排泄温泉

温泉ってつくものにはハズレがないそうなので

乙女の港(ラノベ訳)

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全然排泄とは関係ありませんが、
ライトノベルみたく読みやすくできたらなあと思って、
割と川端文学の黒歴史的に捉えられがちな、元祖百合の名作を、中学2年生でも読めるようにしてみました。

初めから読まれる方は、お手数ですがページナンバーの大きな番号の一番下からお願いします。なんかいい方法あればいいのですが…。

話の順番(分かりづらくて申し訳ありません)
一 花選び
二 牧場と赤屋敷
三 開かぬ門
四 銀色の校門
五 高 原
六 秋 風
七 新しい家
八 浮 雲
九 赤十字
十 船出の春
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というわけでやっとこさ、終了です。

がんばりました。ええ、がんばりました。

なんというかご都合主義にもほどがあるような作品でしたが、まあいい百合分が味わえました。

また、機会があったら、違う作品を「ラノベ訳」してみたいと思います。

ではでは。





三学期も終わりに近づいた学校は何となく浮き足立っている。船出の前の港のようーー。
送るもの送られるもの、この二つの感情が乙女たちんの心をほころび乱している。
校庭の隅では、何組かのエス同士が限りある日々、残り少ない日々を惜しみ合っている。

克子はこの間病院を退院したけれど、まだ登校はしていない。
そのために洋子と三千子はなんの懸念もなく、毎日睦みあえるのだけれども思いやりの深い洋子だけに克子が見ていないからといってその人を傷つけてはならぬと三千子の態度にも控え目なものがあった。

もしかしたら克子も洋子の心持を知ってわざと登校を遅らせているのじゃないかしら……。
卒業生の一団は物言いまで急に大人びたようにあふれる夢を様々に語り合っている。
港の海から春の光を乗せてくる微風も柔らかい正午過ぎ。

「ああ、あと一週間、このごろ先生方もちっとも怒らなくなったわね」
「それどころか、私は皆さんを厳しくしかったことが往々あるけど、みんなそれはあなたがんあb方が可愛いからですよ――なんて慰撫につとめてらっしゃるようね」
「あのお作法の先生が一番見事な転向ぶりね」

「だってあんなやかまし屋なかったわ。でももう叱ってくださる人がいなくなると思うとさびしいわ」
「あら、いやだ。これからこそますますお母さまたちの眼が光るし、うるさい世間の批評は複雑で容赦ないし」
「そのうちお嫁入りして、今度は向こうの人に叱られどおし――ぢゃなくて?」
「まあひどい、覚えてらっしゃい」

追いかけて背中をたたいたり冷やかしあったり、一様に生徒ははしゃぎすぎているようだ。
学び舎を巣立つということが遠い異国に船出するようでこのごろの乙女の干渉を一層募らせているのであろう。

「A組ではね専修科へ進む方が半分もあるのですって。それから就職希望の人も、かなりらしいのよ。わたしたちのB組ときたら野心家が少ないらしいのね。花嫁学校希望の人がずいぶん多いんですもの」

「あんなこと言ってとぼけているけれど、山田さんたらちゃんと婚約の方がきまってらっしゃるんですって、もっぱらの噂よ」
「嘘、嘘っ」
と、山田は真っ赤になって逃げて行った。

そのまま校庭の外れまで駆けてくると洋子に会った。マダムに仕えている、白い帽子のアマさんが洋子の後から大きな包みを提げてついてくる。
「八木さん、なにしてらっしゃるの?」
「ええ、ちょっと」

と、洋子はアマを連れて用務員室へ入っていってしまった。
山田は首をかしげてしばらく立ち止っていたが、まもなく鐘がなった。

このごろの先生方の様子を看ていると、教え残した教科書をとにかく終わりまで片づけてしまいたいという考えか、生徒のそわそわしているのを見て、見て見ぬふりでさっさと教師としての最後の義務を励んでいられる。
そういう方があるかと思うと、また生徒の浮き浮きしているのがどうも気に入らないという風な考え方もあって、

「あなた方は学校を卒業しさえすれば、もう自分が出来上がったように思いこんでいるひともあるらしい。――しかし、とんでもない。浅はかな考えですよ。あなた方はまだほんのひよっこですよ。先生はひよっこがひとりで生きていくための、便宜や手段を少しばかり教えたにすぎない。これからなんですよ、すべては。あなた方がどうやって身に付けた先生方の教えを生かして使っていくかは。――卒業のうれしいのはわかりますよ。先生だってたびたび卒業の気持ちを味わってきたのですから。しかし、ただ楽しいばかりでそんなそわそわしてもう試験がないから勉強なんかどうだっていい――それじゃあ将来が情けないですよ。試験は一生涯あるものと見なければいけない。さあ、そこで今日はちょっとテストをいたします」

教室はどよめきあった。すかっり安心してしまっているところへ、突然この「テスト先生」の出現は生徒たちをぎくりとさせた。
「ようし、同窓会や交友会主催で、この『テスト先生』の退職か栄転の集まりがあっても、お祝いに出てあげないから」
と、腹のなかに、恨みの角を生やしている生徒もあろう。

「どうせできようとできまいと、もう通信簿の採点に間に合いっこないし、どうとも勝手になさいまし。お別れにちょっといじめてみるなんて、先生の悪趣味」
こんな連中もいるだろう。

しかし教壇の「テスト先生」は生徒の思惑など、一向にお構いない。生徒の動揺を満足そうに眺めてらっしゃるあたり、ひょっとすると、これは先生の毎年なさる、いたずらかもしれない。
「では問題を書きます、時間は四十分」


一、 仏教の伝来について
一、 フランス革命の遠因と近因
一、 土佐日記、源氏物語、徒然草、弓張月、および真夏の夜の夢、ファウスト、戦争と平和、罪と罰、以上の作者の名。


「先生、フランス革命だけでも、四十分かかります」
と、口をとがらせて不平を言ってみても仕方がない。
「テスト先生」は問題を出すと教室を出て行ってしまった。しばらく鉛筆を動かす音がしていたが、
「八木さん、八木さん、教えてよ」
と、小声で呼ぶ者がある。
洋子は笑いながら――もう机を並べて試験に苦しんだり、なにかと助け合ったりするのも、今日限り……という気がして、ふっと浅くて変わりやすいという、女同士の友情に淡い嘆きを覚えた。

その友情を、わたくしと三千子さんだけはきっと永久に保ってみせる。そんな決心が、別れの日の前にして、泉のように胸にあふれる今日この頃――。
「洋子姉さま。はやくお写真ちょうだいよ」
と、三千子に、さっきも催促された。

「明日できるの。そしたら、いの一番にあげる。――ほらこのあいだ写したの、この中にちゃんとね」
と、洋子は首から銀の鎖をはずして三千子に手渡した。あのクリスマスの夜の、三千子の贈り物のロケット。
パチンとふたを開くと、その中に頬を寄せて微笑んでいる二人の顔……。

「これからの長い一生、わたくしを慰めていてくれる、いいお薬よ」
「ねえ、お姉さま。これから土曜日の晩には、きっとお手紙書くと、約束してちょうだい」
「土曜日でなくったって、書きたいとき、いつでも書くわ」

「いや、土曜日の晩は、どんな差支えがあっても、きっと三千子を思ってほしい。その代わり他の日は三千子を忘れて、お姉さまたくさんお働きになってもいいわ」
「まあ、そんなことまで考えてくださっていたの? いつまでも三千子さんの心をわたくしが見失いませんように……。いつだったかしら、あの赤屋敷の庭で、三千子さんを探した時の寂しさったら」

「わたしだって、隠れていたときとても悲しかったの。お姉さまに見つからずに、そのままどうかなってしまいそうで」
「思い出すことは、みんな楽しいのね」

洋子と三千子は静かに歩きながら、過ぎ去った日々の、一つ一つの同じ思い出を大事に胸へ刻みつけるように細かく話し合った。洋子はふと声を澄ませて、
「克子さんはもう一年いらっしゃるのね。仲良くしてあげてね」

三千子はハッと洋子を見上げて、そしてうなずいた。
「克子さんは強いから、三千子さんのことをお願いしておくわ。三千子さんが優しくしてあげないと、あの方、また意地っ張りになってよ、わかる?」

三千子はまた、深くうなずいた。
誰かが別れの歌をうたっている。


  かみともにいまして
  ゆくみちをまもり
   あめのみかてもと
   ちからをあたへませ
    また逢ふ日まで
    また逢ふ日まで
   かみのまもり
   ながみをはなれざれ


「あの歌を歌うと、ひとりでにみんな涙ぐんでしまうの。蛍の光を歌って別れた、小さいときの感傷が、いまはもっと深く胸に沁みこんでくるのよ」
「お姉さま、わたし、一年総代で、送辞を読むの」

三千子は心のなかに、その日の感激を燃やしながら、お姉さまに晴れの場所で捧げる別れの言葉をいくたびか繰り返していた。
「まあ、なんてうれしいんでしょう。わたくしも卒業生代表で答辞を述べるの。上手にしましょうね。わたくしは三千子さんに誓う心でお答えしてよ。もしかしたら、途中で言えなくなりそうな気がするの」

「――わたしも。」
芽ぐむ地、明るむ海と空。ふたりはじっと眺めていた。
喜びと悲しみとが、ふたりの身体を春の蕾のように硬くしている。
その日がきたら、ふたりの言葉は花のように咲きあい、その匂いは全校をつつむであろう。

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いや、ネタがクリスマスなので。とりあえず。志摩子、かわいいよ志摩子。てな感じです。

このアルバムいちおうかったんですが、メシウマーどころか噴飯ものの痛いアルバムだったなあ。

だからクリスマスなんて中止すべきなんだよ。

しかし、本編中の病院の子供たちが具合悪いのに、教会に歌いに来るシーンではさすがに、笑ってしまいました。時代錯誤ってやつですかね。ちょっとしたホラーですね。

本編もあと残すところ一回となってしまいました。あと1回よろしくお願いしますデス。





夕暮れの冷たい壁に寄り掛かって天の乙女のように澄んだ声で、こういう洋子をみていると、三千子は豊かな家の一人娘として何不自由なく育ってきたとばかり思われるお姉さまの、まことを求める心の底が、きらきらきらめいて、そこに現れたように感じる。

お姉さまばかり雲の上の高い世界へ行ってしまってなんだか三千子は取り残されたような寂しさ……。
けれどせつなく胸に沁みこんでくる敬虔なものは……。
そうだ、これがお姉さまのクリスマスプレゼント。高いところからお姉さまは呼んでいてくださる……。

三千子はこんな良い「贈り物」を下さる洋子お姉さまを自分のお姉さまと呼べることがどんなにうれしかったろう。さっきまでいったいどんな贈り物だろうと思って、子供らしく喜んでいたのが恥ずかしいくらい。――だって、きれいな大きい形のある贈り物を手渡されるとばかり思っていたのだもの。

「お姉さまは、よく分かってよ。わたしに下さった贈り物……」
それは新しい心の眼……。

外は冬の風が微かに木々を鳴らしているばかり。
本当にあの暗い空から真っ赤なサンタクロースのおじいさんが、お星さまの引くソリに乗って、下界の子供のところへ下りてくるような。
――そんな神秘な夜。


カアンカアンと冴えた鐘が鳴り渡る。さあ、クリスマスの余興のはじまる知らせだ。
「はやく行ってみましょう」
「どんな人たちが集まっているの?」
「たいていは信者のひとよ。でもアンドレ教会としての、降誕祭の礼拝は、五時半に終わったからそのまま帰った方もあるわ。それから信者でない託児所の子供の家の人も、ただ祝会だけを見物に来てるわ。今年の余興は貧しい人たちのためというので、みんな地味な格好なの。いい着物を見せびらかすことはしないの」

三千子は制服で来いという注意がわかると一緒に、今まで考えていたクリスマスというものの美しい賑やかな踊りや遊びの楽しさのほかに、本当の意味のあることを知った。
託児所のクリスマス。三千子の夢にも思わなかったクリスマス。

集会所の入口には花で飾った十字架が下がり、大きなろうそくの絵が揺れている。
室内には中央に大きな暖炉、ところどころに石油ストーブ――その火を取り巻いて、腰かけている人たちのまあ待ち遠しそうな顔と言ったら。

子供たちはもう待ちきれないで、舞台の裾をまくったりして保母さんに叱られながらも、がやがや騒いでいた。洋子と三千子は後ろの椅子に腰かけた。そのまわりには日曜学校の生徒たちが、きちんと並んでいる。

もう一度鐘が鳴った。と、幕が上がった。見物席のイルミネーションが、一気に消え、中央のクリスマスツリーの飾りだけが、青く赤く黄色く星のように輝きだした。
赤ん坊を背負ったおかみさんが、
「ほら、あっちを見てごらん。木に電気の花が咲いているよ」
と、小さい女の子にささやいた。

舞台は真っ黒な背景、銀紙のお星さまが無数に散らばっている。
やがて神父さまが現れて、
「みなさんよくお集まりくださって、大変うれしい。どうぞこの祝福の夜をゆっくり楽しんでいってください。では余興を始めます」
と、はっきりした日本語で簡単に挨拶した。

刺繍のある立派な僧服、慈しみあふれる温厚な顔――。
三千子は夏の高原の大きい靴のカトリックの神父様を思い出した。そして克子に激しく揺さぶられていたあの時の自分と、今の自分と似ても似つかぬ心の平和を、今は雪の洗う信濃のあの神父様のところへ、なんとか知らせに行きたいような……。

舞台のプログラムには、
一、 エデンの園(対話、A組)
間もなくベルが鳴り、遠くでピアノが響き、舞台は上から、青く照らし出された。
真ん中にリンゴの実をいっぱい付けた木――。だんだん照明が明るくなる。
どこかの陰で、子供の歌声。


花よ、花よ、目を覚ませ
鳥が鳴いて、夜が明けた。
…………………………


出てきた子供たちが歌いながら――花になった子。小鳥になった子。木の実になった子。
「あたしたちは、神様の小鳥です。神様の愛の歌を歌います」
「あたしたちは、神様の樹です。神様の恵みの実を結びます

洋子が三千子の耳元でささやいた。
「これなの、わたくしの教えたの――」
どの子供もとてもうれしそうに、その小さな体をちょっと踊りのように動かしている。
陰ではずっと歌が続き、エデンの花園らしい気分を漂わせている。

やがてアダムとイブが出てきて、悪い蛇の誘惑に負けてとうとう神様に禁じられた木の実を食べてしまう。そこへ神様が現れて、大変悲しそうに、二人をじいっとごらんになる。
アダムもイブも、恥ずかしそうに地にひれ伏す。

「ああ、お前たちは自分から求めて苦しみを知ってしまったのだ。さあ、この園を出てもっと苦しむがよい。そして自分自身で幸せを探すのだ!」
いつの間にか電気は暗くなり、花も鳥も木の実も舞台も消えてしまって、そして幕が下りた。

託児所の子供たちはさも不思議そうに舞台を見ていたが、そのうちの一人は、
「わかった、わかった、人のものを取ったのよ、あの二人。だから、神様に叱られたのよ」
と、母親に説明している。

「ねえ、三千子さん、今お母さんに話している子ね、あの子は九つなんですって。だけど体が弱くて腰が立たないのよ。でもお母さんが働きに出ているので、ずっと毎日ここの世話になっている子なんですってよ」
「まあ!」
三千子は思わず伸びあがるようにして、声のする方を見た。

次は日曜学校の先生が幕の外に立って、
「今日は、大変珍しいお客様があります。みなさんはご存じないでしょう。先生も思いがけなかったのですが、紺や突然に着てくださいました。そしてみなさんに歌を聞かせてくださるという、大変うれしいお知らせです。――さあ、それは誰でしょう。それはーー慈善病院、あそこに養生に来ているお子さんたちです。みんな少し病気のよくなったお子さんたちです。ではみなさんどうぞ静かに、お歌を聞いてあげてください」

見物席の人々は一斉に顔をあげて幕の開くのを待ち構えている。
そして、まあなんという痛ましいいじらしい光景を舞台に眺めていたことであろう。
そこに立っているのは、足に厚い包帯をした子、細い手足の青い子、眼帯をしている子、どれも五六才から、8才くらいまで――見るからに痛々しい子が五人並んでいた。
お辞儀をして、唄い出した。


……あたしたちが、ねむっているよるも、あたしたちをまもる、きんのほし、きらきらひかる、おほしさま
……くらいよるも、おそらをまもる、あたしたちを、いつもみちびく、きんのほし……


聞いているうちに、三千子はだんだん目頭が熱くなってきた。
ふと横を見ると、洋子も泣いている。
その子供たちの、ひたむきな歌、かわいい声。世界中の子供たちに訴えるような、その幼い声。
見物席は、しいんと静まっている。
幸薄い子供たちの歌は天のお星さまにも届いたであろう。

三千子はたまらなくなって洋子の手を握ると、
「お姉さん、こんないいクリスマス、ありがとう」
「三千子さん、わかってくれた? 美しいものだけの世界でないってことを……。あなたはいつまでもあなたの幸せを大事にしてね」

三千子は素直にこっくりして、
「わたくしの贈り物、もうお姉さまに差しあげるの、困っちゃったわ」
「あら、いやよ、あんなにわたくしを今日まで我慢させておいて……」
「笑わないでね、だって、あんまり子供っぽいもの」
と、三千子は濡れたまつ毛をふきながら、白い箱を渡した。

「ありがとう。いい、ここで見ても?」
洋子は楽しそうに箱を開いた。細い銀の鎖の付いた、銀のロケット。それに添えた、チョコレートのクリスマスハウス」
「なんとお礼を言ったらいいかしら、このロケットは、きっとわたくしの守り神になってくださるわ。ほんとうにありがとう」

三千子は胸がいっぱいだった。

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右が洋子さまのイメージ画像です。もう覚えていただけましたか?
順調に行って、あと2回でこれも完結しますです。


で、今回は「クリスマス中止」の意見広告のような内容になってます。
ええ、中止にすべきです。
ラブプラスの現実内でしたら、中止の中止でOKですが。







    十  船出の春


ふたりの歩いている山の手公園も、木々がすっかり痩せてしまって――ついにこの間までは日陰だった小道にも明るく日が差している。
葉が落ちたため遠い町まで枝の間に見える。

お日さまの温かさがほんとうに感じられるのも冬の楽しさである。お正月の休みの近いある午後。
「三千子さん、このごろみたいに、わたくし、心が晴ればれしてることはなくってよ……。それにもうクリスマスもすぐだし」

「ええ、わたしもよ。――でも、クリスマスがすむと御正月ね。そしてお正月がすむと、学校の門をお姉さまは出て行っておしまいになるのね。ほかのだれが出て行ってもいいけれど、お姉さま一人だけが通れないような魔法の網って貼れないものかしら。三千子ね、あの銀色の門をぴったり閉めておきたいわ」

「そんなことを言って。まだわかってくれないの? どうしてもわたくしたちが一生一緒に暮らせるものではないってことを……。だけどね、わたくしたちさえしっかりしていれば心と心とは一生でも通いあえるものだってことを……」

「だってわたし、心なんてそんな目に見えないものに、大事そうにすがりついているだけじゃ、頼りないんですもの」
「まあ? 心こそが大事じゃないの?」

「そうだけれど、やっぱりお姉さまの身体のそばにいたいの」
「それはね、三千子さんが信仰の世界を知らないからよ」
と、洋子はまるで学校のマダムのような柔らかいそして深い目で三千子をじっと眺めたが、その信仰というものを話してくれるのでもなかった。

ただ洋子の眼を見ていれば、ひとりでに三千子も納得がいくはずだと、そういうふうに信じているかのように……。そして洋子はなにげなく、
「克子さんへ、クリスマスはなにを贈ったらいいかしら? 考えてちょうだい」

「わたしに?」
と、三千子は大きい目をくりくりさせて、
「わたしね、お姉さまの考えにはなんでも賛成よ。だけどクリスマスの贈り物だけは誰にも相談しないで、その日まで秘密」

「そう。」
と、洋子は微笑んだ。三千子はなにかを思い出したような口調で、
「お姉さまと克子さまが仲良くなってくださったのは、みんなみんなお姉さまが偉いからよ。そして克子さんが強かったからなのね。それに……」
と、いいかかって、三千子はきまり悪そうに黙ってしまった。

「どうしたの、それから?」
と、洋子が催促した。
「だってわたし、うぬぼれ屋さんに聞こえると恥ずかしいから……」

「大丈夫大丈夫、どんなに三千子さんがうぬぼれたって、うぬぼれすぎると思わないから。三千子さんは、うぬぼれてもいい人なんだから」
「あらぁ、なお困っちゃったわ。――あのねえ、お姉さまと克子さんを仲悪くさせた原因が三千子だと思ってもいいの?」

洋子は笑いながらこっくりした。
「仲良しになってくださったのも、そう? ……だからなの、だからわたし克子さまとお姉さまに、なにか素晴らしい贈り物をしたいの。考えているけれど、秘密なの」
「まあ、なにを下さるのかしら。クリスマスの朝まで、がまんして待ちましょうね。こんながまんなら百でも千でも結構よ」

そこの坂を下りると、洋子の以前の屋敷が近く、往来からその屋根が見えた。
ふたりともすぐそれに気づいていたけれど、どちらからもそのことは言い出さなかった。
洋子が牧場の新しい家に移って、明るい日常を送っているにしても、この大きい屋敷には洋子の古い悲しみが……。

「克子さんもだんだんよくなって安心ね。お休みになったら、いちどおたずねしましょうか」
「ええ、クリスマスにお姉さまをお誘いしていきたいわ」
「そうね。だけどクリスマスはわたくしにも考えがあるの。いいこと、わたくしのクリスマスの贈り物は、きっと三千子さんをびっくりさせてよ。――でも喜んでちょうだい。こんないい贈り物を三千子さんにあげられるなんて、前みたいな古い家のお嬢さまだったらとてもできないことなんですもの。その贈物のなかには、わたくしのこのごろ考えている希望が入っているのよ。――待っててね」

洋子の言い方があまりにも真剣なので、三千子はその贈物というものが急に心配になってきた。
どうも、ただの贈り物ではなさそうだ。
リボンやチョコレートや、人形ではなさそうだ。何だろう、いったい?


そのクリスマスの日、三千子は日向で靴を磨いていた。
今、洋子姉さまからの速達便を受け取ったばかりでその中に書いてある文句をいろいろに思いながら、じっとひとりで考えていたかった。
靴を磨くのは二の次で、ただ冬の日の光に温まっていたかった。お姉さまのことを考えながら……。

いたずらっけの多い昌三兄さまも、冬休みの帰省しているので、お部屋のなかではとても物思いなどしていられそうもない。すぐからかわれたり、怪しまれたりするに決まっている。
靴を磨くふりをしながら、三千子は手紙の文句を胸の内でまた暗唱してみた。


三千子さん、クリスマスの祝福をあなたに心からお伝えします。
わたくしの贈り物を、どうぞわたくしと一緒に、お受け取りに来て頂戴。
今晩、六時までに、聖アンドレ教会へおいでください。
追伸――服装は制服のままでいらしてください。このことは特にお願いしましてよ。


三千子は半日ドキドキしながら夕暮れを待った。
聖アンドレ教会。そこに待っているお姉さまの贈り物。

クリスマスを祝う集いのために新調したドレスやリボンや手提げやみんな三千子はせっかくだけど身につけないで、洋子の手紙通りに、学校の制服――だけどせめて靴だけはよく光った、新しいのを履いた。
母は不思議そうに三千子の支度を見ながら、
「ふだんのままで行くの? 八木さまにお呼ばれしてるんじゃないの?」
「お呼ばれだけども、でも制服でいらっしゃいって、特に注意してあるのよ。だからなにかわけがあるんでしょう、きっと」

「そう? なかなか凝っているのね。だけどあんなに着るのを楽しみにしていたのに、普段着で行くなんて、三千子さんは八木さまのおっしゃることは、感心によくきくのね」
「そりゃあお母さま、洋子お姉さまったら、思いつきのとても良いかたなのよ。きっと素晴らしいことがあるわ」
と、三千子も贈り物を持って家を出た。ずいぶん苦心して見つけたプレゼントだけれど、洋子姉さまのような贈り物には到底かないそうにもない。

聖アンドレ教会は洋子の牧場からも遠くない古い教会。神父さまは、かなりお歳のフランス人。教会には付属の託児所がある。
しかしそういうことは一切三千子は知らない。ただいつか牧場へ行く道で「あそこがアンドレ教会よ」と、洋子から教えられたことがあるきりだった。

それだけに三千子は教会に着くまで華やかに美しい、クリスマスの教会らしい情景ばかり、頭に浮かべていた。

往来から奥まった路地のなかに教会の灯が見える。
門には十字架を付けた大きな高張提灯が、一対かかっていた。
門のなかには薔薇の花壇が両側に並んで、大抵は冬枝ばかり尖っているが、その中に一本、咲きそこなったような蕾を付けたまま、霜枯れしているものもあった。

三千子は牧師館から漏れる薄明りで、庭のそんなありさまを眺めながら、教会の入口へ入った。
思いがけなくひっそりしている。クリスマスの夕べだというのに不思議な静けさ。
そこには暗い明りが一つだけで受付の人もいなければ、きらびやかなにぎわいの影もない。

どこかの部屋でオルガンの音が聞こえるばかり――。
三千子はぼんやり入口に立っていた。お姉さまはどこにいらっしゃるかしら。
すると、オルガンの音が止んで人の声がしはじめた。

そこへドヤドヤと駆けだしてきた、一群の子供たちーー。
三千子はびっくりしてその子供たちを見た。そしてその子供たちのみすぼらしい身なりや、暗い顔つきに驚いた。
もっと三千子をびっくりさせたのは、その子供たちの後ろからゾロゾロ続いてくる、貧しさに慣れきったような飾り気の微塵もない母親達らしい一団であった。

「まあ! これがクリスマス? なんという違いなのだろう。わたしの考えていたクリスマスとは……」
三千子は何となく顔を赤らめて、どうしていいか分からなくなって、その場を逃げるにも逃げられないでいると、
「三千子さんじゃないの? さあ、はやくお上がりになってちょうだい」
と、声をかけながら洋子が出てきた。

そして、母と子の一団と一緒に集会所へ入っていく、神父さまたちの姿も見えた。
三千子は物問いたげな目で洋子を見た。口では何と言っていいか、急には言葉も出なかった。

「三千子さん、びっくりさせてごめんなさい。ここはね、由緒ある教会なのよ。今の人たちはここの託児所の子供で今年のクリスマスの集いには、あの人たちを中心にすることになったの。それで日曜学校の方の生徒もみんな一緒にお祝いするのよ。わたくしは託児所の世話はとても出来そうもないんだけれど、日曜学校の小さい生徒さんたちに少し対話みたいなものをさせるお手伝いをしたいのよ。――どうしてって? わたくし、語学の勉強の合間にマダムにね、なにかわたくしにできる仕事をお願いしたの。そしたらね、マダムが少しの間教会のお手伝いをしてごらんなさいって、神父様に紹介してくださったのよ」

「まあ!」
三千子は胸打たれて、またしても洋子の清さ、美しさを見つけたように思った。

働くということはなにも職業婦人になることばかりじゃない。自分の持って生まれたものを上手に活かして使うのこそ本当の働きというものだ。報酬を得ないでも、自分の能力が少しでも人のために使えるならば、喜んでその中に自分を置く。
そして、そのことに幸せを感じる。
洋子はそんな心を、深く胸のなかに植え付けたのか。

「ねえ、クリスマスというのは綺麗な着物を着て遊びまわったり、たくさんのプレゼントをもらうことではないの。自分の喜びも楽しみもすべての人々と分かち合って、一緒に祝って……自分の持っているものを貧しい人たちに分け与える、その喜びを知ることなの。それが、ほんとうのクリスマスじゃないかしら?」

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5000字超えてしまい、脈絡もなくわけてしまいました。
克子さま、すっかりほだされてしまいました。
そういや当時の赤十字の制服を実際に見る機会がありまして。わりと萌え萌えな感じでした。




あくる朝、早く三千子が見舞いに行くと、克子は案外元気な顔色だった。
「お人形とお花」
「あら、ありがとう。ちょっと見せて」

と、克子は三千子の手から小さい花かごを受け取って、
「まあ可愛いわね。ドライフラワー?」
「ええ、克子さんの治るまで、花も枯れないように――」

「永久花ね」
と克子はうなずいて清らかにほほ笑んだ。
「わたくしね、いろんなことずいぶん反省しちゃった。……ごめんなさいね。三千子さん」
三千子はあわてて真っ赤になった。
「そんなことどうして?」

「どうしてって? 三千子さん、よく分っているでしょう。わたくし、ずいぶんワガママだったのですもの」
病気のために克子の気が折れたのかとも三千子は思ったけれど、克子の声にはいつもと違う、深い響きがあった。

「わたくしね、わたくしなら――もしも、洋子さまが、わたくしのようにお怪我をなさったら、いい君だと思うかもしれないわ。それなのに洋子さまは親切に看てくださって、すぐ三千子さんを呼んで下さったり……。わたくしなら三千子さんにはわざと知らせないかもしれないのに……」
「そんな話ダメよ、御病気なのに」
と、三千子は克子の口を押さえるように手を出した。

あまり本当のことを打ち明けられるのはなんだか怖い。
克子の洋子に対する気持ちが、温かく溶けたのはゾクゾクうれしいけれど、これ以上聞くのはなんだか恥ずかしい。
三千子の方がきまり悪くてまごついてしまった。

強い克子はこんなときにも凛々しく立派に自分の悪いところをすっかり見せようとする。
強いというのは自分を鞭打つのも強く、これこそ真実の強さといえるのだろう。
三千子はやっぱり克子を「えらいな、えらいなあ」と思い返すのだった。

「わたくしね、洋子さまにお詫びをしたいの。自分でよく知っていながら、洋子さまにとても悪いことばかりしていたのですもの。許してくださるかしら」
「ええ、お喜びになりますわ。克子さまを悪く思っていたら、昨日だってあんなにお姉さま……」

三千子はハッと言葉を切った。克子の目の前で、洋子を「お姉さま」と呼んで克子が気を悪くしないか。そう呼びなれているので、つい口に出てしまったけれど……。
「いいじゃないの。三千子さんのお姉さまなんですもの。わたくしだってお姉さまと呼びたいくらいよ。もし洋子さまが呼ばせてくださるなら」
と、克子は目をきれいに光らせて、

「洋子さまと三千子さんとの間が、わたくし分からないことはなかったのよ。それなのに……」
「お姉さまを呼んできますわ」
と、三千子はじっとしていられなくて、廊下を小躍りするように……。

運動会の後片付けで三年以上は登校、一二年はお休みだった。
病院の前から電車に乗って、三千子が学校についたときにはもう大方整頓されて、昨日の装飾につかった、小旗や色とりどりのモールや造花や聖堂の鐘をかたどった鈴割りなども近くの孤児院へ、例年通り贈るためにひとまとめに束ねてある。

その傍を通って、三千子が洋子を探しに行くと、五年の人がモップでせっせと階段をこすっていた。
マダムが切り花を抱えて、私室へ入っていかれる。
三千子は五年の人へ遠慮しつつも尋ねた。

「あのう、八木さまはどこに?」
「あら、三千子さんなの? 克子さんどうなさって、およろしい?」
その人も昨日の赤十字班のひとりだった。

「ええ、今朝はずいぶん元気でしたけれど、しばらく学校はお休みらしいんですの」
「まあ、とんだことね。……八木さんは二階の教室だわ、多分」
と言いながら、その人は自分が先に立って洋子を呼びに行ってくれた。

エプロンを付けた洋子がいぶかしそうに出てきた。三千子は黙って人影のない廊下へ洋子を誘うと、
「お姉さま。――とっても、とても、いいお話」
「なによ」
「あのね、克子さまが、お姉さまにお詫びをしたいのですって」
「まあ!」

洋子は濃い色の眼をびっくりしたように見開いて、かえってぼんやり突っ立っていたが、もう長いまつ毛がパチパチと顕われてきた。
「昨日のこととても感謝して……。御自分がワガママだったってお姉さまが許してくださるか心配してらっしゃるの。会いたいって……。それでお迎えに来たの」

「三千子さん、よかったわ。ありがとう」
と、やっとそれだけ言った。そして洋子はただ幾度も瞬きながら、だんだん下を向いた。
三千子も今はもううれしいという以上に、なにか悲しいほど高まった気持ちだった。

言葉もなく二人は大きな塊に溶け合うような熱い思いに流されて……。
三千子が洋子から初めて手紙を渡されたこの廊下で、二人はまた手を取り合って……。

運動会の日まで、そむきあった小さい乙女心、奪い合った一つの花びら、傷つけあった愛情、そういう鬱陶しい幾月かを超えて、今日は綺麗に掃除したように滑らかに晴れたようで。

「もう、済みましたよぉ」
と、だれかが叫んでいる。
エプロンを外した生徒たちが、楽しそうに公邸へ出て行く。

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上記はとりあえず温暖化こと克子さまです。

これから読まれる方にはあれですが、とりあえず洋子さまTueeeee!!!

て感じでしたね。人間、病気だなんだの時が、まったくもって付け入りやすいと思います。






灰色の飾りのない部屋。運動場の華やかなどよめきが聞こえてくるのでなおさびしい。
あんなに外は美しい日なのに、このなかはうすら冷たい秋。
古い壁の隙間からコオロギでも出てきそう。

洋子はたった今の悪夢のようなほんの一瞬の出来事を思い返してみる。
「どう、まだ痛いの? 少しお休みになれないかしら?」
と、優しい言葉をかけてみても克子は答えない。

額は包帯に巻かれ胸には氷をあてている。少し浅黒く輝くような顔色が白っぽく青い。
勝気な輪郭でいつも派手に匂う唇も、パサパサと紙のように乾いている。
「心配なさらなくとも大丈夫よ。ねえ、目をつぶってよ。少しお休みになると御元気が出てよ。目をあいてちゃいけないわ」

しかし克子はうつろな目を大きく開いて、天井を見つめたきり……。
「やっぱりこんなに怪我してまでも、気の強い克子さんは、わたくしを敵視してらっしゃるのかしら? わたくしに解放されるのが悔しいのかしら?」
と、洋子は思って椅子にそっと腰をかけた。

近くの木の葉に風の音が時雨のようで、窓をかすかに叩いて散る葉もある。
「目をつぶってよ」
今度は克子も物憂鬱そうに瞼を合わせると、うとうとしはじめたようだ。
熱のせいかもしれないけれど、柔らかい血の色がほのぼのと頬に浮きだした。いつもの克子とは別人のよう……。

綺麗だが頼りない。
マダムと担任の先生が入ってきた。
「どなたかお宅から来ていられるんでしょうね。八木さん、父兄席へ行ってお宅の方がいらしたらお連れしてください」

洋子は駆けだすと、一年の控え所へ行って三千子を探した。
ちょうど競技の終わったばかりらしい三千子は、ジャケットを肩にかけて足を揉みながら休んでいるところだったが、

「あらぁ、お姉さま、悔しいのよ、二着。上手に転んでお姉さまに看護してもらおうかしらと思っているうちに、スタートをしくじってしまったの。駆けだすと夢中でお姉さまのこと忘れちゃって、転びそこなったし、二着だし三千子つまんないわ」
と、明るく甘えてきたが、
「まあ、お姉さまの冷たい手。どうしたの。なにか御用?」

「ええ。あのね、克子さんがさっきの買い物競走でお怪我をしたの。お家の方がいらしてたら、病舎へお連れしたいから、一緒に探して――。三千子さん軽井沢で克子さんのお家の方知ってるわね」
三千子も、洋子のただならぬ様子を感じると黙ってうなずいた。

「それからね、三千子さんがそばにいてあげたら、きっと克子さんも喜ぶと思うの」
「ええ。」
洋子の温かい思いやりが、細かい心づくしが三千子の胸にしみた。

「お怪我ひどいの?」
「ううん。だけど怪我よりも後で肋膜を悪くしたりすると困るって――。胸を打ったから心配らしいわ」
二人は不安に追いたてられるように見物席を回って歩いた。

こうして探している間にも、克子が急に悪くなってあのさびしい部屋で死ぬんじゃないかしら。そんな恐怖まで心の底を通る。
「いらした、いらした。あそこの裁縫室のまえのところ。お母さまよ、お呼びしてくるわ」
と、三千子は人垣を分けて急いで行った。

洋子はあたりの賑やかな人声のなかにぼんやり立っていた。自分ひとりの胸の言葉を聞くように……。
今まで自分のしていたこと――三千子を自分一人の妹のように思い決めて楽しかった、その独占欲のひそかな喜び。克子に勝っているという内心の誇り。

それを洋子は反省してみる。
洋子は克子を敵にする気はなくとも、克子にしてみれば、負けた、悔しい、勝ちたいで、それが克子の心をどんなに意地悪くしていったことか……。
この春から、なにかと洋子に突っかかってきた克子――それが洋子に思い出されて、自分も悪かったと、今更悔やまれる。

「お姉さま」
三千子が克子の母を連れて、そこへ戻ってきた。
運動会もそろそろ終わりの方らしく、赤い風船がいくつも、高い空を泳ぐように登っていく。


「三千子さん? 三千子さんも来ていて?」
克子が静かに目を開いた。
もうしばらく休んで、自動車で病院へ移ると決まって先生方は部屋を出て行った。傍に残ったのは、克子の母と洋子だけ――。

壺に差した菊の花と軽い腰掛けをマダムの使いが持ってきた。
「三千子さん、いらっしゃるの?」
と、克子は低い声でまた母に尋ねた。
三千子は上着やお弁当箱を取りに教室へ行っていた。今度は洋子も電話をかけに行ってそこにいなかった。

「三千子さん、今までいらっしゃったけれど、ちょっと……。すぐ戻ってらっしゃるでしょう。それよりもうひとりの五年の上品な方が、それはご心配くださって、お母さまを探してくれたり、三千子さんをここに連れてきたり、マダムにね、花までおねだりしてくださったんですよ。お母さまはちょうどお茶をいただいていて克子の怪我したのも知らなくて、その方たちにいろいろお世話になったらしいのよ」

「そう。」
克子はそのまま瞼を閉じたが、目尻にポツリ涙が浮かんできて、
「身体の具合が悪いとなんだか気持ちが澄むようね。わたくし、怪我をしてよかったと思うくらいなの。ね、お母さま……」
と、しんみり話しだそうとしたところへ、洋子が看護婦と一緒に迎えに来た。

「あの、お車が参りましたわ」
克子は抱えられる様にして、自動車に入るときに腰を支えてくれる洋子の白く長い指を、じいっと見ていた。
「御一緒に行ってあげて!」
と、洋子は三千子の耳にささやいて、そっと車のなかへ押しいれた。

そうして玄関と教室とを行ったり来たりして洋子は克子の荷物などをすっかり運んでくれた。
「お大事にね」
車が動き出してからも、気づかわしそうに立っていた。

病院へ着いて間もなく、レントゲン室へ運ばれて行こうとして、
「今度は三千子さんがわたくしの夢の番をしていてくださる?」
と、振り返って微笑んだ。

三千子の気を引き立てるために言ったのだろう。しかし、三千子はどきんとした。
――軽井沢で熱を出した、三千子の枕元にいてくれて、三千子の夢まで妬みを見せたほどの克子の激しい愛情……。克子がこんなになったのはなんだか自分のせいのような気がする。

詳しい診察の結果、右肺強打、急性肋膜炎になる恐れがある。額の傷も二針縫った。
夕方からまたひどく熱が上がって、白い包帯の下の顔は目立って痩せたよう――。
「三千子さん、いる?」

熱にうなされながら時々呼ぶので三千子は帰ることもできなかった。
そうかといって小さい三千子は慰めるすべも知らず、ちょこんと椅子に座って、艶のない克子の寝顔を見ているとなんだか自分が泣き出してしまいそう――。

夕飯前に克子のお母さまが病院へ戻ってきてくれた。

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