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こんにちは、ゲストさん
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新米教師を励ましてくれた生徒たち(3) |
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新米教師を励ましてくれた子供達
私がこの学園の教師になったのは、大学を卒業した年、私が22才の時であった。そし て、いつしか月日が流れ、今年で25年目、47才を迎えようとしている。何時しか窓際 族の仲間入り・・。そう思うとなにか月日のたつのが無情の如く早い。この流れていった 月日の中でたくさんの生徒と出会い、たくさんのドラマが展開した。今思うと、その一つ 一つが私の大切な部分をしっかりと支えているように思う。 今回、このシリーズに、中でも忘れられない生徒の群像を載せておきたいと思う。その 生徒達とは、初年度に出会った生徒達である。 私がこの学校に入職した年は、第一ベビーブームの頃で一学年18クラスと言う多数のクラ スで構成され、学校全体では、三千名近い多数の生徒がいた。そのこともあって22才、 大学を卒業したばかりの私も入職早々担任をすることになった。1年D3組というクラス で1クラスに57名という多数の生徒がいた。新米教師がのっけから右も左も全くわから ないのにクラスをもたされ、そのクラスも57名と大所帯・・。教室に入っても教室は生 徒でぎっしり、担任をしてしばらくの間は、教室の教壇に上がって出席をとっても、胸が 高鳴っているので、ドキドキしてばかり、生徒の顔もまともに見られず見れるのは頭ばか り・・・。 しかし、そのような状況であった初年度、この初年度が私にとって、教師をやっていく 時のバネとなり、今もって支えになっている。今から20年前、この同じ「エンピツ」の 小冊子の中に「愛すべきもの人間!」というタイトルの文章を載せた。私にとって懐かし い文章なので、この文章を基に、私の「24の瞳」を書いてみたい。 (文中の名前は仮名です。) ある雪の日 今年も又、東京の町に小雪が舞った。小雪が校庭に舞うたびに思い起こす事がある。そ れは、いまから4年前のこと、その日は本校の入学試験の日だった。その日は、朝から雪 が降りしきっていた。 入学試験の朝掃除当番にあたっていた民子が、息を切らして私の下宿の細い急な階段を 登って来た。民子は私が受け持っていたクラスの生徒であった。 「トントン」勢いよく私の部屋のドアをノックした。「先生!先生!」、私は眠い目をこす りこすり身を起こした。「誰?」「民子よ。起きてよ!」私は勢い服を着るとドアを開けた。 顔を赤らめ、ハアハアと息を切らし白い息をたてながら民子が立っていた。「 先生!朝 当番の監督でしょう?」民子は、私に朝当番の監督を知らせに来てくれたのだった。 その頃、私は学校から歩いて5分ばかりのところに下宿していた。その下宿部屋は普通 の民家の二階で六畳一間だった。民子の母親が「学校から近い処」という条件で捜してく れたのである。彼女の家とは、母親の紹介ということもあって近かったのである。 「先生!早く掃除を済ませて雪合戦しようよ。」 私は、外へ飛び出した。外は白一色の銀世界だった。近年にない大雪だった。私は走り だす前に民子は、道路をころげるように走り出した。走りながら叫んだ。「 先生!急いで よ。掃除が終わってしまうから・・。 」民子の明るい健康そうな声が響く・・。 駈けて いく小さな民子の後ろ姿。振り返っては振る黄色の手袋、そして降りかかる雪、そこには 走り出したくなるような「詩」があった。 髪もとかず、顔も洗わなかった私だったけれ ども、「心」は童心に戻ったかのように弾んでいた。 学校に着くと、生徒達と一緒に受験生が歩きやすいように道路の雪かきをし、時間の合 間をぬって生徒達と先生方とで雪合戦に興じた。まるで童心に帰った一時であった。(続く) |
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愛すべきもの、人間!(24) 新米教師を励ましてくれた生徒たち!(2)
髪もとかず、顔も洗わなかった私だったけれども、「心」は童心のように弾んでいた。 学校に着くと、生徒たちと一緒に受験生が歩きやすいように道路の雪かきをし、時間の合間 をぬって生徒たちと先生方とで雪合戦に興じた。まるで童心に帰ったようか一時であった。 ふいに私の耳元で、誰かが大きな雪の固まりを投げた。「ビジッ!」と冷たい感覚が首筋 にはしる。振り返ってみると、民子達だった。おさげ頭にゆきが降りしきるものかまわず、 校庭を走り回る生徒達・・。この風景が何故か初年度の私の「心の風景」となっている。 毎日が楽しく、そして明るく、それに加えて希望に充ち満ちあふれていた。 その頃の様子を歌った詞 1.僕は、一日の始まりに勢いよく布団をける 子供達と語る楽しみと歌いたい気分で 下町の街角を学校に向かって突っ走る 膝の出たスボンは情熱のしるし、 汗くさいシャツは若さのしるし、 教師になった喜びに毎日をころげ、 毎日を明るさの中に生きていた 2.子供らがキシキシと会談を登ってくる ドッとなだれ込み笑う 小さな二階部屋は、歌いたい気分の 若さと若さの触れあいの中で笑いあう 膝の出たズボンは情熱のしるし、 汗くさいシャツは若さのしるし、 教師になった喜びに毎日をころげ 毎日を明るさの中に生きていた 1年D3組の生徒達は自由で奔放で明るく優しい生徒が多かった。 中でも今でも鮮烈なイメージで残っている生徒達がいる。私の初年度のクラスの生徒達 12人! ◎ とも子は、小柄ながら情熱家で感激家で、理想家だった。彼女は、クラス新聞を発行 することを提案。自らが積極的に新聞発行に励んだ。私もその都度かり出された。旧 校舎の裏にあったバラック建ての生徒会室、裸電球の薄暗い灯りの下でガリ刷りを彼 女達と一緒にやった。一枚一枚手刷りの新聞。みんなは手も顔もインクで汚し、でも クラス新聞を刷った。 ◎ 春子は、民子とともに、私の下宿へよく遊びに来た生徒だった。下宿では、いつもに こやか笑い、明るさをたたえた純な生徒であった。クラスでもいろいろ委員を嫌がら ず引き受けてくれた。とにかく休みの度に下宿に来ては、民子達とラーメンを作って してくれた。 ◎ 一美という生徒も彼女達と友達であり、気のいい明るいおしゃべりの生徒であった。 私のことをいつも「サブ!サブ!」と呼び捨てにしていたが、それだけにこちらから 見ても親しみ易い子だった。そんな彼女も仲の良いグループの生徒の扱いで、激しく 私に抗議したことがあった。明るく人の良い生徒ながら、時としてはっきり物事を言 う生徒でもあった。 ◎ かな枝という気だての人一倍優しい生徒も民子達の仲間の一人であった。他の生徒達 が明るくておしゃべりで、少々気丈なところがあった中で、このかな枝はどちらかと いえば比較的口数の少ない生徒だった。この仲間は、少しずつ性格と、それぞれの結 びつきを異にしながら私には1つに見えるくらい、みな清純で女学校の良い面を一杯 たたえている生徒達だ合った。 ◎ 富士子は、美人でスタイルもよくクラスの優等生だった。民子のグループとは、一線 を画していたようだったが、彼女は他のクループにいながらも、グループに強く執着 せずどちらかといえば八方美人的な態度を取っていた。クラスの学級委員としてクラ スの人間関係に気配りをしたのであろう。そのためあまり自分を出さず、いつも微笑 みを絶やさなかった生徒の一人であった。彼女は併設の中学校の卒業生で、その点で は、高校の雰囲気や教育に関して一応、肌で知っていた生徒だったので、新米教師か から見て全幅の信頼をおいていた。この生徒もまた、清純そのものであった。 ◎ 文恵は、クラスの中では言葉遣いも悪く態度も大きな生徒で少々、つっぱり風なとこ ろも見られたであったが、その実は、決してくずれたところのない純情な生徒でもあ った。その証拠に富士子は、この文恵グループにいた。文恵も向う気が強い反面、優 しい子だったのである。 ◎ 和子は、文恵グループの一人であった。ある先生の大ファンだった彼女は、そのこと で一喜一憂をし、篤い思いをたぎられた。彼女は2学期学級委員を名乗り出てクラス の事に彼女なりに奔走した。でも、憧れの先生の事で人知れず悩むことが多かった。 この紙面で、民子ほか7名の姓とを極く簡単に書いてきたが、この年のクラスの生徒は、 この他にももっと沢山の生徒が思い出される。 http://members3.jcom.home.ne.jp/kabanatakara/ |
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