|
私のシナリオ集(7) 「死」
−照明が青に変わり、寝台に寝た愛が浮かび上がる−
牧師 : 娘は脳死と判定されました。もう意識が戻ってくることはないでしょう。医師の診
断では体全体も長くはないとの診断です。娘は以前からもしも何かあれば山本たえ
さんに角膜を・・と言っていました。
山本 : そうです。お父様からこの話を聞いた時、私はきっぱり拒否したのです。脳死は人
間の死ではない。他の臓器と同じで体の一部なんだと、私の仏教観からはとても受
け入れることの出来ないことでした。お父様にその時、ある脳死の女性の出産のこ
とをお話しました。
脳死状態に陥った妊婦が、子供を出産出来たのです。脳死状態である母親の胎盤
を通して居続けた胎児は出産出来たのです。これは明らかに脳死は死ではなく、体
は生きている証しなんだと・・・。
牧師 : 私も脳死による移植問題には否定的です。悩みました。しかし、今回娘の気持ちを
大切にしたいと思います。ですからお願いです。
山本 :特別の許可を受け彼女の病室へ行きました。彼女自身に問いかけて見よう思ったの
です。
−BGM:シュ−ベルトの『死と乙女』−
五 場
病 室
(寝台の脇に車椅子で近づき、愛の手を握る)
ああ、これはまさしく愛さんの手だ。柔らかくて温かな・・・。
愛さん、愛さん私だよ、山本たえです。
聞こえたら私の手を握り返して下さいね。
愛さん!愛さん・・・。
本当に脳死ですか、生きていますよ。ほれ看護婦さん・・。このように温かい手で
すよ。
応えてはくれない? (看護婦さんの方を振り返る仕草をする)
いいえ、いいえ、きっとこちらのことはきっと伝わっていますよ。
(耳に手をあてて) 脳死だから脳派が平坦?伝わっていない。
お父様、それは嘘ですよ。愛さんは生きていますよ。
こんなに温かい手をしていて死んでいるものですか。
いいですか、愛さんあなたの頬をさわらせて下さいね。
(愛の頬に手をあてがう)
おお、なんと温かい頬。おおなんと柔らかな頬。そしてすべすべし た頬。これは死
んでなんかいない。
私が思い描いていたあの広隆寺のみ仏の頬。きっとこのようにふくよかにちがいない。
(ぴくっ手が震える)
あっ涙!涙!・・。これは涙!
看護婦さん・看護婦さん、愛さんはまさしく生きているじゃありませんか。えっ、な
んですって酸素の吸引装置から出た水滴ですって?
(激しく首を振る)嘘です。それは嘘です。目が見えないからと言って、酸素の吸引
装置ですって!
いいえ、いいえ、これは愛さんの涙です。目が見えない私の方が分かります。これ
はまさしく愛さんの涙です。
愛さんのお父様そうでしょう!そうでしょう!
こんなに暖かい頬、こんなに柔らかい頬、そして涙・・。愛さんは生きています。
(間)
それなのにこの体をメスで切り刻むなんて、無情です。
この愛しい愛さんから、目をえぐり出し、私になんて・・。出来ません。とても出
来ません。ああ〜(泣き崩れる)
牧師 :(正面を見て、直立不動でたんたんと)確かに辛いことです。父親としても思いは
あなたと同じです。
でもそれは涙ではありません。娘はもう天国に旅立ちました。
もう、問いかけてみても、揺すぶってみても、叩いてみても娘は答てくれません。ま
だ、からだがあたたかい内に娘の意志をかなえ上げさせて下さい。
山本 : お父様まで・・。うそです。うそですよ。本気ではないですよね。
そう言って下さい。(泣きながら)
(間)−照明変わる。紫−
(舞台をさまよいながら)えっ、今誰か何かいいましたか。
えっ、今誰か何かいいましたか。 (あたりを見回す)
(間)
えっ、なんですって『ど・う・ぞ私・の・目・を』(愛の顔に耳を当てるなんで
すって目を・目を・・・。(観客の方を振り向き・中央へ)
その時私は確かに聞いたのです。『どうぞ私の耳を』とささやく声をはっきり聞い
たのです。
そう、 私のこの両手に温かい涙・・。愛さんの涙が・・。
それは、愛さんの現世との別れの悲しい涙だったのか、それとも私へみ仏の慈悲の涙
だったのか。
(両手を前にかざし声を震わして)どうぞ私の目をあなたの目に、 そして、私は決断
しました。愛さんの目を私にと・・・。
(沈黙が続く)
あの柔肌をメスが切り開き、そして私の目が見えるようになったと思うと、心は激
しく痛みます。
しかし、愛さんの思いを思うとしかと世界をこの目で見なくてはと思います。
今私の目は、こうして愛さんの目で見ています。彼女が見たその目で生きとし生ける
ものを見ています。こんな老婆が・・。こんな身の不自由な私が・・。17歳の心優
しい女の子の目でみているのです。
(舞台中央に車椅子から立ち上がって歩み出る・声震わして)
この手に触れた愛さんの柔らかい肌、そして涙、この手に触れた愛さんの暖かい頬、
そして涙・・・。
(舞台正面・手をかざして拝むように)
南無阿弥陀仏・南無阿弥陀仏
−時計の振り子の音が響き・止まる−
声 :ニユ−スを お伝えします。交通事故で脳死状態にあった30歳の男性が先程正式に脳
死と判定されました。ただちに臓器の移植手術の手続きに入ります。
繰り返しお伝えします。交通事故で脳死状態にあった30歳の男性が先程正式に脳死
と判定されました。ただちに臓器の移植手術の手続き入る予定です。
医師の声 メス・クリップ、止血剤投与・メス・クリップ・・・・・。
〜〜 幕 〜〜
|