レオナルド・ダビンチ

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ある人からダビンチを知りたいとのメ−ルが届き、多少美術史で学んだことを踏まえて自信はないのですが、シリ−ズものとして取り上げて見ることにしました。ミケランジェロにも触れながら内容の浅いものとなりますが、書いてゆきたいと思います。
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レオナルド・ダビンチの隠された名作?ダビンチは生涯10点ほどしか作品を残していないと言われています。しかし、隠れた大作があるらしいということです。


http://www.shinmai.co.jp/news/world/article.php?date=20171011&id=2017101101001132

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 ニューヨークで競売に掛けられることになったダビンチによる油絵「サルバトール・ムンディ」=10日(ロイター=共同)

 【ニューヨーク共同】イタリア・ルネサンス期の巨匠レオナルド・ダビンチによる油絵が、11月15日にニューヨークで競売に掛けられることになった。競売会社クリスティーズが10日発表した。現存するダビンチの絵画は20枚もないため極めて貴重。同社は落札価格を1億ドル(約112億円)前後と予測している。

 この作品は1500年ごろ描かれた「サルバトール・ムンディ」(救世主、縦約65センチ、横約45センチ)。青い服をまとって右手を軽く上げ左手に水晶玉を持ったキリストの上半身が描かれている。

 17世紀に英国王チャールズ1世が所有していたが、その後所在が分からなくなった。

転載元転載元: ニュース、からみ隊

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  上は、イタリア中部フィレンツェ県ピンチ村に集まったレオナルド・ダビンチの血縁者。今回の記事からみると何だか左端の女性が何となく直接の血が繋がっていないがダビンチに似ているように感じています。



  今朝の東京新聞の6面に『ダビンチの血縁者発見』という記事が載っていました。びっくりしました。というものもレオナルド・ダビンチは、生涯独身で子供はいなかったからです。レオナルド・ダビンチは1452年4月15日、代々公証人としてフィレンツエ共和国に仕えた家系で父親はセル・ピエロでフィレンツエのダビンチ村に住む村娘カテリ−ナとの間に生まれた公には認められない私生児でした。ダビンチが5歳になった時にこのこともあってセル・ピエロのもとに引き取られて正妻アカタプリガが継母としてダビンチを育てたことになっています。ということでセルピエロ家における血縁者ということとなります。



 東京新聞の記事を載せておきます。

【パリ=渡辺泰之】イタリアの歴史家による研究チームは、世界的名画「モナリザ」などを描いたルネサンス期の巨匠、レオナルド・ダビンチ(1451〜1519)の生存する血縁者を発見したと発表した。
 AFP通信によると、アレサンドロ・ベツツォーシ氏らの研究チームが1973年の調査を開始。ダビンチに子どもがいないため、兄弟、姉妹の子孫を対象に調べた。
 教会などに残る書類や土地台帳を基に家系図を作成。「ダビンチ一族」といえる血縁者35人ほどを探し当てたという。中には映画監督で脚本家のフランコ・ゼフィレッリ氏も含まれている。ダビンチの遺体は16世紀の宗教戦争で紛失しており、直接のDNA鑑定はできない。
 血縁者の男性は伊紙に対し、ダビンチが左右反転した「鏡文字」を記していたことを踏まえ、「母は鏡でしか読めない書類や手紙のことを話していた。わが家で語り継がれてきた伝説だと思っていたが、真実だった」と話した。
昨日は、卒業生に誘われて折角の教え子の誘いでもあったので思い切って『レオナルド・ダビンチ展』に行ってきました。この展覧会は4月10日(日)まで東京江戸博物館で開催されていていよいよ最終日間近なので行ってきました。この博物館は相撲で知られている両国の蔵前体育館の直ぐ脇にある美術館。私は年齢が年齢なので入場料は半額。それに引きかえ誘ってくれた卒業生は今年64歳。今一歩で割引ならず、申し訳なかった。会場はやはり大勢の入場者でごったがえっていました。展示物のほとんどは彼の様々な試みのスケッチとそのメモでした。入場者はその一点一点を覗き込むように観ていました。今回の最大の展示作品は、彼が画いた『糸巻きの聖母』実物の展示。その箇所に辿りつくにはおおよそ60分・・。途中で帰ろうとも思いましたが、教え子のこともあり、60分立ち尽くして何とか作品を観ることができました。作品の大きさはキャンバスでいうとF15号程・・。ダビンチの精細な筆遣いとモナリザにもみられる背景の静かな風景・・。ダビンチの作品には、不可思議な神秘性があります。疲労困憊となりましたが、帰り道昔よく入った安酒場で教え子と乾杯、二時間ほど私が二十代の頃の話題に花が咲きました。教え子は引っ込み思案タイプの女性だったが、自由奔放に生きていた私と接して積極的に生きることが出来たと、随分褒めてくれました。確かにその頃は学校体制に反発・俗に言う教師像に反発し、自由に生徒達と接していた自分がありました。その後、学年主任・教頭・理事等々の役職で次第に着込んだ鎧で体制側・管理教師に成り下がっていった自分があるのですが、そこで教え子に曰く、「今は絵画教室で子供達に自由さを与え、自分も童心に戻り、また二十代にあった自由闊達であろうとしていることで自分を慰めている。」と・・。
  ダビンチについては、後ほど私のブログ書庫『レオナルド・ダビンチ』に今回の展覧会鑑賞の補足として彼の科学的実証主義と性悪的な物の見方等と神秘性について書いてみたいと思います。
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↑↓ともダビンチ展入口付近にて
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会場で購入した図鑑目録
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