イエスとともに

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「私のイエス伝」を書いていますが、何時書き終われるかわかりません。そこでこれと平行して私的な「私のイエス」「キリスト教」について少しずつ書いてゆきたいと思います。
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先日、病院で2人のお婆ちゃんが会話をしていたのが耳に入ってきました。
「長生きなんてするもんじゃないわね。実の親が自分の子供をずっと虐待した挙句に、死んでしまうまでイジメ抜いてしまうなんてね。私たちは自分が食べられなくなっても、子供には食べさせなくちゃ、と思って生きてきたのにね。こんなニュースを毎日のように聞かされるようになるなんて、長生きしてもしょうがない」、というような会話でした。
今日の朝日新聞から届いた報道メールに見る、千葉県野田市で起こった父親による小4児の虐待死事件の惨状に代表される出来事を知らされるにつけても、同じ思いを感じないではいられない。食の番組や旅番組、インタメ情報を一日中流される一方、私たちの社会の裏の闇の深さは、どこまでも暗く続いている。

義人はない。1人もない。
神を求める人はない。
どこにもない。

とは、「ローマ人への手紙」の中で使徒パウロが書いている言葉の一部だが、2000年前から、神を求める人は何処にもいなかったと、使徒が述懐せずにはいられない状況だったのである。

そう思って、原始キリスト教時代を考えてみると、あれほどのパウロの伝道活動にも拘わらず、語られている教会の状況には惨憺たるものがある。近親相姦あり、配給を巡る争いあり、伝道についての分裂がある。また、「ヨハネの黙示録」は、7つの教会への叱責から始まっている。神について語られても、決して楽園のような状態など生まれるわけではない。

にも拘わらず、やはり神は存在するのである。それはこの世の表相には存在しないが、内的な世界では脈々と働き、創造活動が起っている。それが使徒パウロやヨハネの活動であり、藤井武や小谷純一の活動であった。
さて、この歴史の先は、どこへ向っているのだろうか?

イエスメシヤとして認めた
油注ぎ
 (新約聖書 マルコの福音書 14章1節〜11節)
イメージ

イエスの埋葬を用意した女

さて、過越の祭りと種なしパンの祝いが二日後に迫っていたので、祭司長、律法学者たちは、どうしたらイエスをだまして捕らえ、殺すことができるだろうか、とけんめいであった。

彼らは、「祭りの間はいけない。
民衆の騒ぎが起こるといけないから」と話していた。

イエスがベタニヤで、ツァラアトに冒された人シモンの家におられたとき、食卓に着いておられると、ひとりの女が、純粋で、非常に高価なナルド油の入った石膏のつぼを持って来て、そのつぼを割り、イエスの頭に注いだ。

すると、何人かの者が憤慨して互いに言った。

「何のために、香油をこんなにむだにしたのか。
この香油なら、三百デナリ以上に売れて、貧しい人たちに施しができたのに。」

そうして、その女をきびしく責めた。

すると、イエスは言われた。

「そのままにしておきなさい。
なぜこの人を困らせるのですか。
わたしのために、りっぱなことをしてくれたのです。
貧しい人たちは、いつもあなたがたといっしょにいます。
それで、あなたがたがしたいときは、いつでも彼らに良いことをしてやれます。

しかし、わたしは、いつもあなたがたといっしょにいるわけではありません。
この女は、自分にできることをしたのです。
埋葬の用意にと、わたしのからだに、前もって油を塗ってくれたのです。

まことに、あなたがたに告げます。
世界中のどこででも、福音が宣べ伝えられる所なら、この人のした事も語られて、この人の記念となるでしょう。」

イエスを売ったイスカリオテ・ユダ

ところで、イスカリオテ・ユダは、十二弟子のひとりであるが、イエスを売ろうとして祭司長たちのところへ出向いて行った。

彼らはこれを聞いて喜んで、金をやろうと約束した。

そこでユダは、どうしたら、うまいぐあいにイエスを引き渡せるかと、ねらっていた

           
 メッセージを聴いて、創造主であられる神様の御心を知ってください


一度きりの人生を最も価値あるもののために生きる道は、神様のために捧げることであると告白します。

壺を割るということは、壺の中の香油を全て注いだという意味であり、これは無駄遣いではなく、愛により全てを捧げることで、このことは、イエス様が油注がれたメシヤであることを示していることを教えられました。

主のための浪費は、天の御国のための備えであり、祝福となることを覚えます。

いつもイエス様が、聖霊様として一緒におられることの幸せに感謝し、この人生を主の為に注ぎますので、主の御心に従って、主の愛を存分に表現できるよいうに、助け、導いてください。

                        ナザレ主イエス・キリスト様の御名で祈ります  アーメン!

コメントをくださる皆しゃん、ナイスをくださる皆しゃん、そして、この記事を閲覧してくださる皆しゃんをナザレ主イエス・キリスト様の御名で祝福します。 アーメン

転載元転載元: 憩いの水のほとり

謎の女性を囲む350の墓、古代ローマ都市で出土

1/31(木) 11:33配信
ナショナル ジオグラフィック日本版
青いガラス盃など副葬品も、スロベニアの首都で見つかった1700年前の遺跡
 2017年8月、リュブリャナの繁華街にあるゴスポスベツカ通りで、大規模な建設工事が始まった。リュブリャナは、イタリアの東隣の国スロベニアの首都で、歴史ある町だ。スロベニアの考古学者たちが調査に加わったが、彼らの期待を上回っていたのは、初期のキリスト教コミュニティの意外な姿が明らかになったことだ。そこには一人の重要な女性が眠っており、人々は死後もその女性の近くに身を置きたいと考えたようだ。その女性の正体はいまも謎のベールに包まれている。

ギャラリー:青いガラス盃など古代ローマ都市で出土した装飾品 写真9点

 リュブリャナの始まりは、今から2000年ほど前に作られたエモナというローマの入植地。イタリア北部に土地が不足していたことから、数千人の入植者や、ローマ帝国の設立に貢献した退役兵たちがエモナにやってきた。これまでの周囲の発掘結果から、ゴスポスベツカ通りでも、ローマ時代あるいはそれ以前の墓地が見つかるのではないかと考えられていた。

 スロベニアの考古学者アンドレイ・ガスパリ氏によると、発掘されたのは、ローマ時代後期の複合墓地だった。簡素な墓から石棺(サルコファガス)が収められた霊廟まで、合計350基以上のさまざまな墓がある。さらに、墓地の中心には埋葬室があり、重要と思われる一人の女性が埋葬されていた。このあたりのキリスト教コミュニティは、紀元300年代初めにディオクレティアヌス帝による大弾圧が終わってから栄え始め、5世紀にエモナがフン族によって破壊されて終わりを告げた。
謎の女性とともに眠っていた盃
 ゴスポスベツカ通りから出土した品のうち、もっとも目を引くのは、女性の隣に置かれていた青いガラス製の器だ。約1700年前に作られたもので、ブドウの実や葉やつるの模様とともに、「長寿のため、永遠の命のために飲み干せ!」というギリシャ語が刻まれている。

 この美しい盃は埋葬の儀式だけでなく、日常生活でも使われていたかもしれない。組成を化学的に解析したところ、地中海東部で作られたもののようだ。ブドウはキリスト教の聖餐とも関連があるが、もともとはワインと陶酔を司る神ディオニュソスにつながる。

 考古学者たちは、この女性の墓が拡張された経緯にも注目している。女性が埋葬されてからおそらく10年以内に、正方形だった埋葬室が壊され、墓を囲うようにしてさらに大きな祠(9×12メートルほど)が作られたようだ。そして、エモナのキリスト教コミュニティは、この祠を中心に「アド・サンクトス」と呼ばれるやり方で埋葬し始めた。聖人の墓や聖遺物に寄り添うように死者を埋葬していく方式だ。

 埋葬室に祀られていた謎の女性はいったい何者なのだろう。考古学者たちが正しいとすれば、女性はこの墓地に初めて埋葬された人物で、この共同墓地にとって重要な役割を果たしていた。おそらくローマ時代のエモナにおいて有力な人物だったのだろう。しかし、社会的地位、宗教的立場、出生地などは、今のところ推測するしかない。今後、遺体の分析が行われる予定で、そこから手がかりを得られるかもしれないと期待されている。現在、ゴスポスベツカ通りから見つかった貴重な出土品のほとんどは、リュブリャナ市立博物館で展示されている。

封印を解かれた「キリストの墓」の新事実

イエスはどこに眠るか――キリスト教最大の謎に科学が迫る

2016.11.03
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【動画】封印を解かれた「キリストの墓」の新事実(解説は英語です)

 イスラエルのエルサレム旧市街にある聖墳墓教会で、イエス・キリストの遺体が埋葬されていると伝えられる墓の調査が行われた。墓を覆い包むように建っているこの教会は、何世紀にもわたって破壊や修復が繰り返されてきたが、これまでに判明した調査結果からは、本来の墓の一部が今も残っているらしいことがわかってきた。(参考記事:「『キリストの墓』数世紀ぶりに開けられる」

 この墓はキリスト教世界で最も神聖な場所で、石灰岩の洞窟の壁を削って作られたもので、「石墓」と呼ばれている。石墓の上には、遅くとも西暦1555年、あるいはそれよりも数世紀前から、大理石の板がかぶせられていた。この覆いが設置されたのは、熱狂的な巡礼者が墓から石の欠片を記念品として持ち去るのを防ぐためだと言われている。

 大理石の覆いが外された10月26日の夜、ギリシャのアテネ国立技術大学の保存担当チームが行った最初の調査では、覆いの下に敷かれていた充填材の層までしかたどり着けなかった。しかしその後、60時間にわたって休みなく作業が続けられ、表面に十字架が彫り込まれたもう一枚の大理石の板が見つかった。そして10月28日の夜、墓を再度封印するまであと数時間というとき、ついに本来の石灰岩の石墓が無傷のまま姿を現した。

保存担当チームが、エディクラのファサード(正面部分)を元に戻す前に、汚れを落とし、デジタルスキャンを行うために石を持ち上げる。(PHOTOGRAPH BY ODED BALILTY, AP FOR NATIONAL GEOGRAPHIC)
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「本当に驚いています。膝が震えていますよ。こんな結果は予想していませんでした」とナショナル ジオグラフィック協会付きの考古学者フレデリック・ヒーバート氏は言う。「100%確実とは言えませんが、これは墓の場所がはるか昔から移動していないことを示す証拠のように思えます」(参考記事:「21世紀中に解明されそうな古代ミステリー7つ」

 研究者らはまた、石墓を囲む形で18世紀に作られた「エディクラ」と呼ばれる小さな聖堂の内部に、本来の墓である石灰岩洞窟の壁が存在していることを確かめた。聖堂の南側の内壁に窓が切られており、そこから洞窟の壁が見えているという。

「これは何世紀にもわたって崇拝を集めてきた『聖なる岩』ですが、今ようやく、実際に人の目に触れたのです」。エディクラの保存と修復を監督するアントニア・モロポーロー教授はそう語る。

割れた大理石の板の下に散らばる破片を取り除く作業員。下に見えるのは、キリストの墓とされる岩の表面。(PHOTOGRAPH BY ODED BALILTY, AP FOR NATIONAL GEOGRAPHIC)
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十字架の彫り込みがある割れた大理石の板は、十字軍の時代のものかもしれない。(PHOTOGRAPH BY ODED BALILTY, AP FOR NATIONAL GEOGRAPHIC)
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本当にキリストの墓?

 聖墳墓教会の中にあるこの墓に、イエス・キリストが埋葬されているかは断言できないものの、キリストの時代からおよそ300年後、ローマ皇帝コンスタンティヌス1世の代理人たちが墓の特定を行っており、これについてはその信ぴょう性を示す間接的な証拠が存在する。

 キリストの埋葬地に関する最古の記録は、新約聖書に収められた4編の福音書だ。これらは西暦30年ごろにキリストの死後、数十年たってから書かれたと考えられている。細かい描写については必ずしも一致していないものの、すべての福音書で、キリストは岩に掘られた墓に納められたと書かれている。キリストの亡骸は、熱心な信望者だった裕福なユダヤ人、アリマタヤのヨセフが引き取り、自分のために作ってあった墓に安置した。(参考記事:2006年5月号「『ユダの福音書』を追う」

 ナショナル ジオグラフィック協会の助成を受けている考古学者ジョディ・マグネス氏によると、エルサレム周辺では、洞窟を削って作った墓が1000カ所以上確認されているという。家族ごとに使用される洞窟にはそれぞれ、内部に1つ、あるいは複数の埋葬室がある。埋葬室は側面の壁に掘られた細長いくぼみで、遺体はそこに1体ずつ納められる。(参考記事:「謎の古代モザイク画、秘められたユダヤ人への伝言」

「こうした墓の作りは、キリストの時代における裕福なユダヤ人の埋葬法について、私たちが知っている情報と完全に一致します」とマグネス氏は言う。「当然ながら、これがキリストの埋葬が史実に基づいていることの証明にはなりません。しかし、この事実は、福音書を記した人たちがこうした伝統と埋葬の習慣に精通していたということを示しています」

イエス・キリストの墓として信仰を集める石板の表面をきれいにする作業員。(PHOTOGRAPH BY ODED BALILTY, AP FOR NATIONAL GEOGRAPHIC)
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城壁の外にあった墓

 ユダヤの伝統では、城壁の内側に死者を埋葬することが禁じられており、福音書にもキリストはエルサレムの街の外、はりつけにされたゴルゴタの丘に近い墓に埋葬されたとはっきり書かれている。キリストの埋葬が行われたとされる時期から数年後、エルサレムの城壁が拡大されたせいで、ゴルゴタとキリストの墓は街の中に位置することになった。

 西暦325年頃、キリスト教を公認したコンスタンティヌス帝の代理人がキリストの墓を特定するためにエルサレムにやって来たとき、彼らはその200年前にローマ皇帝ハドリアヌスによって建てられた神殿こそが、その場所だと教えられたという。複数の史料が、ハドリアヌス帝はローマの宗教の優越性を示すため、キリストの墓の上に神殿を建てさせたことを示している。(参考記事:2012年9月号「ローマ帝国 栄華と国境」

 カエサレアの司教エウセビオスによると、このローマ神殿は破壊され、その下から岩壁を削って作られた墓が出てきたという。洞窟の上部は剥ぎ取られて内部が露出しており、その後墓を覆い包むように教会が建てられた。教会は1009年、イスラム王朝であるファーティマ朝によって徹底的に破壊され、11世紀半ばに再建された。

 20世紀に行われた聖墳墓教会の内部の発掘により、ハドリアヌス帝の神殿、およびコンスタンティヌス帝の教会の壁とみられる遺構の一部が見つかった。その他、現場からは古代の石灰岩の石切場1カ所と、洞窟を削って作った墓が少なくとも6基発見されている。

 キリストの墓と時代を同じくする墓の存在は、考古学的に重要な証拠だとマグネス氏は言う。「墓があるということは、この一帯が当時、エルサレムの城壁の外に位置するユダヤ人の墓地であったことを示しています」

アルメニア使徒教会の代表者2名とギリシャ正教会のエルサレム総主教に、露出した墓を見せる科学者チームの責任者アントニア・モロポーロー氏。(PHOTOGRAPH BY ELISAVET TSILIMANTOU, JERUSALEM PATRIARCHATE - NATIONAL TECHNICAL UNIVERSITY OF ATHENS)
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「キリストの墓」の保存・修復現場を訪れるフランシスコ会修道士。(PHOTOGRAPH BY ODED BALILTY, AP FOR NATIONAL GEOGRAPHIC)
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保存・修復作業が始まる前、石墓を覆う大理石にもたれて祈りをささげる女性たち。(PHOTOGRAPH BY ODED BALILTY, AP FOR NATIONAL GEOGRAPHIC)
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修復は数カ月、研究は数十年

 石墓には再び、大理石の覆いがかぶせられた。次に開かれるのは数世紀後、あるいは数千年後になるだろう。しかし封印される前に、墓の岩の表面は徹底的に調べ尽くされ、記録された。

 1999年にキリストの墓の歴史について独創的な論文を発表した考古学者のマーティン・ビドル氏は、この墓が本当にキリストの墓であると確信するためには、石墓と洞窟の壁から得られたデータを詳細に調べるしかないと考えている。

地中探知レーダーを使って、大理石のファサードの奥にある本来の石墓の壁を探る技術者。(PHOTOGRAPH COURTESY JERUSALEM PATRIARCHATE, NATIONAL TECHNICAL UNIVERSITY OF ATHENS)
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「岩の表面に刻まれた文様からわかる情報はきわめて重要です」とビドル氏は言う。「教会の敷地内には、キリストの墓以外に少なくとも6つの墓があることがわかっています。ではなぜエウセビオス司教は、この墓をキリストの墓だと言ったのでしょうか。私自身は、エウセビオスが間違っていたとは思いません。彼は非常に優秀な学者でした。おそらく証拠はあるのです。ただし、探さなければ見つかりません」

 現在、アテネ国立技術大学のチームが引き続きエディクラの保存・修復作業を行っている。彼らはこれから少なくとも5カ月の間、聖堂の隅から隅までを補強し、汚れを落とし、記録に残していく。そこで得られた貴重な情報は、学者たちがこの先何年もかけて研究し、世界で有数な神聖な場所の起源と歴史を解き明かしていくことだろう。

エディクラを支えている鉄製の支柱は、来春、修復作業が終了したときに取り外される。(PHOTOGRAPH BY ODED BALILTY, AP FOR NATIONAL GEOGRAPHIC)
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文=Kristin Romey/訳=北村京子

生」から生」「生きる」
「業に流れて」生きるから、

衆生無辺 誓願 (しゅじょうむへん せいがんど)

・・・

煩悩無尽 誓願 (ぼんのうむじん せいがんだん)

法門無量 誓願 (ほうもんむりょう せいがんがく)

仏道無上 誓願 (ぶつどうむじょう せいがんじょう)


地上のあらゆる生き物を全て救済する誓願

煩悩は無量だが、全て断つ誓願

法門は無尽だが、全て知る誓願

仏の道は無上だが、必ず成仏する誓願



四弘誓願(しぐせいがん)
菩薩が、仏道を求めるとき、
最初に立てる四つの誓願




南直哉師のブログから

他者への開け

2018年12月30日 | 日記

 数年前に倫理関係の本を出し、昨年は同様のテーマで講演もし、最近は雑誌の「倫理」特集でインタビューを受けました。

 すると、知人たちからしばしば「言ってることは面白い気がするんだが、いかんせん肝心なところがよくわからん」と言われてしまいました。

 そこで、年の瀬にもう一度、倫理についての私の考えを述べておこうと思います。

 同じものだと考えられがちですが、倫理と道徳は別物だと、私は考えます。

 道徳はある共同体の秩序維持に関わる行為規範であり、秩序に従う行為を善とし、背反する行為を悪と考えます。それに対して、倫理はその道徳の根拠を問うのです。

 当の共同体において、「人を殺してはいけない」「困っている人は助けるべきだ」「嘘をついてはいけない」「正直であるべきだ」などという道徳的判断について、
なぜそうするのかを問うのが倫理です。

換言すれば、道徳の個々の内容の当否が問題なのではありません。そうではなくて、内容の根拠を問題にするのです。

 したがって、倫理は「自己」という様式で実存する人間にとって、根源的な問いを提起することになります。

 なぜなら、「自己」は「他者に課され」て始まるからです。我々の身体は「他者」に由来し、命名を通じて最初の社会的人格を一方的に与えられます。「自己」は「他者」に被曝することで始まるのです。

「自己」がそのように開始されると、次は「他者」による「躾け」や「教育」を通じて、共同体の道徳が浸透してきます。「自己」はもちろんそれを拒否できません。それどころか、浸透を通じて我々は「自己」に仕立てられるのです。我々の実存が「他者に課された自己」として構造化されていくわけです。

 倫理が最初に起動するのは、この「他者に課された自己」という構造を自覚したときです。
そして、自覚は「課す他者」を規定する共同体の弱体化や動揺に、多く由来します。それは現象的には、共同体の行為規範たる道徳の揺らぎを招きます。「なぜ人を殺してはいけないんですか?」という問いがあからさまに出現する所以です。

 動揺は「他者に課された自己」という構造全体に波及し、それが実存する当事者に構造の自覚を促します。

 したがって、道徳的であることは、社会的存在である人間すべてに強制されますがすが、倫理的であることはそうではありません。倫理的であることは、実存が危機に瀕した人間にとってのみ、テーマとなる(なることがある)のです。

 かくして、「課された自己」全体の動揺は、
あらたて「他者」に対して態度を決め直すことを要求します。

「自己」として実存する限り、「他者」を不可欠の条件とする構造からは逃れられません。ということは、この上さらに「生きる」とは、実存構造を自覚した上で、これを「引き受ける」と決意することなのです。倫理的な実存が立ち上がるのはこの局面です。

 それは具体的には、「他者」への態度の転換として現実化します。「他者」に「自己」を「課される」のではなく、「自己」を「他者」に開き、「他者を受け容れる自己」へと構造転換するわけです。

 その「受け容れる」ための最も根源的な方法が宗教だと、私は思います。なぜなら、「さらに生きる」(「自己」を維持する)決意に
論理的な根拠は無く、要するに
思い込み(「信」、私に言わせれば「賭け」)だからです。

 宗教が入信に当たって戒律を課すのは、
教義に基づいた行為規範(戒律)を入信志願者に改めて選択させることを通じて、新たな「自己」を課すためです。

「自己」は自らの選択においてその新バージョンの「自己」を受け容れ、
再起動します。
「自己」が「自己」よって(=自己責任で)「自己」を開始るすること、
これこそが、根源的な倫理的行為なのだと、私は思います。

最終的に宗教を方法とするかどうかは別として。

 今年も当ブログをお読みいただき、誠にありがとうございました。皆様の新年のご多幸を心より祈念申し上げます。




転載元転載元: ナザレのイエスと釈尊道元の思想の深化。日本人の知性で考える!

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