小説「愛するということは・・・」

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新しく始めましたこの小説は、ある父親と自閉の息子とが一夏を自転車の旅に出ての闘いの小説です。無論、フィクションです。この小説を通して前作「恋というものき・・」とは違った「愛」のあり方への疑問と愛への求道を展開していきます。
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職員室からの私用の電話は禁止されている。そこで同僚が退室し誰もいなくなった頃を見計らって職員室から電話を『はまべ』に入れた。しかし、何回電話しても電話は通じない。そこで留守電我が家の電話番号とともに
〈息子さんの件で電話を下さい。〉
と入れて家に戻った。その日の、夕食時に雄平からのメールの妻確認をとる。
「今日は、まだ入っていないわ。その内、来るわよ。」と、達観する妻、妻は私と違って心配性ではないのだ。
さて、夕食が終わって妻とホームドラマを見ている時、電話がなった。すぐ『はまべ』からの電話だと感じた私は、妻が受話器を取ろうとするのを制して慌てて受話器をとった。途端、『はまべ』の女将さんの
    すいません。息子は先生のお宅には行けません。死にました。
 の第一声に息を呑んだ。
「な、何ですって?」
           ごめんなさい。折角お誘い頂いたのに・・。
そ、それってどういうことですか。」
                      実は・・・。
こう言いかけて受話器の向こうの女将さんが涙で声を詰まらせた。
         新聞の千葉版に載ったかとおもうのですが、信ちゃんは、学校での
         親子面接の帰りに安房鴨川発の内房線の電車に踏切から身を投げま
         してね。即死でした。
「えっ、何ですって!」
女将さんの話に私は息を呑んだ。
「ど、どうして・・・。」
           一言では言えません。何といってよいやら・・
「どうして、どうして・・。どうして!」
私は受話器に叫んだ。
「一体何があったんですか!」
        本当に申し訳ありません。信ちゃんも先生のお誘いをとても喜んで
        いたのに・・。
        残念でたまりません・・・・・。ほ、ほん・・とうに・・・。
受話器の向こうで女将さんは声を詰まらせて泣き続けた。そして、電話は切れた。
私は、ただただ茫然とした。信じられない、の一言だった。何故だ。何故だ。一体、何があったのだ。虐めか、それとも・・。親子面接でのことか・・。色々な思いが頭を巡る。
妻が心配そうに受話器を握って立ち尽くす私の傍に来て、
「何があったの?どうしたの? 雄平ちゃんに関すること?」
「昨日、話した食堂の息子、その息子が電車に身を投げて自殺したんだ。」
「えっ、そ、そんな・・・。」
「そうなんだ。信じられない。信じられないよ。こんなこと・・。」
「そう言えば・・・。」
妻は、はっとしたように慌てて新聞入れから、テーブルの上に置かれていた新聞を開く。目を皿のようにして新聞をめくりながら記事を捜す。
「確か、千葉版だったはず・・・。あっ、あった。あった。お父さん、これ、これ、これ。この記事見て!」
私は、妻が広げた新聞を食い入るように見る。今朝の新聞だ。その記事の千葉版の片隅にくぎ付けになった。
 
中学三年生の男子生徒が高校進学を理由に安房鴨川六時十八分発の千葉行きの外房線に身を投げて即死。
 
「これだ。これだ。進路のことで? 何故。何故!」
新聞を握りしめる。浜辺でのあの子の様子がありありと浮かぶ。
「僕は、僕は・・。もうダメ・・・。ダメ・ダメ・ダメ・・。ダメだ!」
「僕は、一人ぼっち・・。一人ぼっち・・。いつも、いつも一人ぼっち・・。」
あの時、あの少年は、苦しい胸の内を吐露したのだ。みんなから無視され、虐めを受けて、それでもそれに耐え、あの浜辺で海を見つめながら、潮騒の音に心を癒していたのだ。でもでも、私の家に来ることを約束してくれたはずだ。あの時の嬉しそうな少年の微笑は一体何があったのだ。彼の食堂を出るときの、彼に向ってかけた私の言葉を思い出す。
「いいか。どんな辛いことがあっても一度きりの人生だ。 頑張ろうね。おじさんたちは、応援するし、君が息子の雄平の友達になってくれることが出来たらどんなに雄平も救われることか・・・。」
そういって彼と固い握手をして別れたのに、私の言葉は、彼を救うことは出来なかった・・。
彼にとって私は、無力だった。何の力にもなれなかった。どうして、どうしてこんなことに・・。そんな無力感に襲われて幾度も幾度も握りしめた新聞記事に目を落とし、その記事の向こうに見えるものを読み取ろうとした。本当に進路の問題? 虐めがあったのでは・・。それとも、誰かに線路に突き落とされた? 分からない。分からない。
そう思うと今すぐ『はまべ』に駆けつけて事実関係を知りたいと言う衝動に駆られ、もし、進路が原因ならば、彼の中学校に行って担任なり校長なりに問いただしてみたい。そうとも思った。
そのまま疲れたような無力感に襲われ私はどっとベッドに倒れこんだ。しかし、眠れない。胸騒ぎがする。雄平のことだ。少年の死を通して、今旅先にいる雄平のことが私に胸騒ぎを起こしたのだ。悪い方に、悪い方に考えて寝付けない。幾度も寝返りをうち、眠れぬまま夜が明けた。明け方になってうとうととして寝入ってしまった。陽ざしが眩しくはっとして飛び起きた私。その時、二階から私を呼ぶ声が妻の声が、
「お父さん、ひまわりが枯れかけているよ。水あげてないでしょう?」
はっとした私。いけない。あのひまわりが枯れる? 私は台所の蛇口をひねりコップ一杯に水を入れると、大急ぎで雄平の部屋に飛び込んだ。すると妻が、すでにオシロイバナとひまわりに水やりをほしていた。いかん、いかん。このひまわりを枯らしてはならない。
「お父さん、駄目じゃ〜ない。毎日、きちんと水やりしないと・・。雄平ちゃんの部屋は一杯に陽ざしが入るから、忘れるとすぐ枯れてしまうよ。」
そうなのだ、そうなのだ。息子雄平がもどってくるまでは、この花は枯らしてはいけない。
「お母さん。雄平のメール入ってる?」
「ううん。まだ入っていないみたい。」
途端、『はまべ』のあの少年のこともあり、胸騒ぎが起きる。
「まさか・・・。」と呟く私。
「お父さん!」
「ああ、」
「戻ってきますよ。あの子はああ見えてもしっかりしてるよ・・・。」
「お母さんは本当に元気に帰ってくると思っている?お父さんは、やはり心配だ。とにかく人との対応出来ないからね。気が小さいし、何か売るとバニクルからね。心配だ。」
「でもね。そんな事言ったら・・・。何も始まらないじゃ〜ない。」
と言って携帯を雄平に入れる。
「繋がらないわ。電源を切っているみたい。」
その一言で、益々胸騒ぎに襲われる私。
「ほらほら、だからだよ。どうするんだよ。・・・・・・・。」
「時間を置いて後で、また携帯を入れてみるわ。」
「・・・・・。」
「心配しても始まらないわ。電池切れかも知れないし・・。さあ、さふ、下に降りて朝御飯を食べましょうよ。」
妻は、そういって息子たちの部屋を覗き、声をかけて居間へ降りて行った。
 とても食事をとる気になれない。窓際のひまわりをしげしげと見つめる。
いいか。雄平。雄平。携帯にメールを入れろ。いいか。無事でいろ。
ひまわりを絶対に枯らさないから・・・・。
ひまわり
ひまわり
真夏の朝日に向かって背筋を伸ばし、明るく輝いているひまわり。
太陽の恵みを知って感謝の気持ちで太陽に向かって咲く花だ。
きっと雄平は、少女のひまわりを載せて帰ってくる。帰ってくる。
 
必ず帰ってくる。 

私の頬を涙が一滴落ちた。我が息子よ。 息子よ・・・・・。
                                           
                                     終わり
こうして、私と息子雄平の旅は終わった。柏の家路についた私は、運転する妻のサイドに座り、
「雄平の奴、大丈夫かな。」
と、一言つぶやくと緊張感がとれたせいか。今までの疲れが出たのかどっと車の前座席に倒れこむようにして深い眠りについた。
「お父さん、家に着いたよ。お父さん、起きなさいよ。」
と言う妻の一言で眠りから覚めた。朝、病院を出たが、よほど疲れていたのか、私はそのまま眠りについてしまい。そんな私を気遣って妻は休憩も取らずそのままノンストップで車を走らせたのだった。私が妻の声で目を覚ました時は、すでに陽ざしが傾き始めていた。
ふらふらと車から降りたった私に、
「お父さん。大丈夫?」
と妻の声。車を車庫に入れると、大急ぎでインターホーン押した。
息子たちは余程私たちを心配していたのだろう。玄関を開けて二人の息子が飛び出てきた。紛れもなく私の息子たちだ。家を出て一週間余り、息子たちを見て家に戻った実感が湧いてきた。
次男の雄太が私の顔をみるなり、
「や〜、よく生きて返ってきたね。父さん。」
そして、末っ子の雄一が、
「お岩さんみたいに顔が腫れあがっているよ。前見える?」
そんな短い会話だが、嬉しい。ほっとする。
 
 翌日、雄平の部屋を覗いてみた。二階の南側の陽ざしが一杯入る部屋が雄平の部屋。夏は冷房なしではおれない。そんな窓際にある大きな鉢にオシロイバナが咲いている。雄平が庭の隅で咲いていたオシロイバナの種を拾い集め、密かに育てていたのだ。その脇に前籠から降ろしたひまわりの鉢植えが置かれていた。妻が昨日置いてくれたのだ。そのひまわりに私は話しかける。
「雄平。おはよう。今どこでどうしている。朝飯は食べたか。昨夜は良く寝られたか。」
ほとんど覗いたことのない雄平の部屋。ビデオテープがうず高く積まれている。さすがアニメ好きな雄平の部屋だ。
「お父さん、雄平からメール入っているよ〜。」
階下から妻の声がする。私は、急いで階下の居間に行く。妻が携帯を差し出す。
【いま、海の近く。元気】
雄平らしい。メールだ。どのあたりかは海だけと書かれていて分からないが、ともかく元気という連絡でほっとした。メールを見た後、私は早速パソコンを使ってどのあたりかを捜してみる。
「お母さん。昨日出発した時点から考えると、銚子の犬吠崎あたりかも知れないね。」
「そうね。どこかは分からないけれど、とにかく連絡が入って良かったわ。どこかに泊まったかしら・・。」
「泊まるとなると、この地図からすると、銚子電鉄の犬吠駅の近くに旅館やホテルがあるようだね。もう少し来たなら海鹿島海水浴場の近くにやはりホテルや旅館があるね。さて、どうしたかな。それどもどこかの公園か寺の境内で野宿したかな。携帯で聞いてみる?」
「やめときましょう。とにかくメールくれたんだから・・。根掘り葉掘り聞くと雄平のやる気を削ぐことにもなるかも知れないから・・。」
妻の方が、私よりよっぽと人の気持ちが分かるようだ。とにかくほっとした私は、コップに水を入れると二階に駆け上がり雄平のひまわりに水やりをした。
それから二日後。この間、同じような簡単なメールが妻の携帯に入っていたようだ。元気らしいということでまた一安心。それにしても携帯という電話は便利なものだ。私のような携帯嫌いはもう時代遅れだなっと自分に言い聞かせ、顔の傷も少し癒えてきたので近くの歯医者に出かけ欠けた歯の治療。その後、家に戻り、息子たちが大学のサークルとバイトに出かけ、妻も仕事で出かけたので久しぶりに職員机の学校に出かけることにした。
学校は、部活動の生徒たちが校庭や体育館で元気な掛け声をかけあって練習に励んでいた。休みといえども、やはり私にとって学校のこうした空気が一番ぴったりする。教室では何教室かを使って中三の数学と英語の補習をしていた。高校受験のための補習だ。
「や〜。お久しぶりですね。二学期の準備ですか。」
同じ学年の理科の教師が職員室を覗いた私に語りかけた。
「いやいや、私の職員机の整理ですよ。昨日までちょっと旅に出ていましたから・・。」
「先生!。どうされたのですか、その顔・・。ひどく腫れていますよ。」
「ああ、これですか、自転車に乗っていて転びましてね。歯も折ったのですよ。」
「あらら、そうでしたか。学校に来ていいんですか。大丈夫ですか。」
「ああ、顔がアザで腫れていますし、唇を少し切っていますが、足腰に少し痛みはありますが、こうして学校に来たり、後片付けをしたりするぐらいは大丈夫ですよ。」
「そうでしたか。でも、無理なさらないでくださいね。それに自転車は危ないですよ。」
「ところで先生は?」
「私?私ですか、今日はクラスの生徒の母親から呼び出されましてね。再来年に子供を私立の進学校に受験させたいのでということで、これから三者面談なんです。」
「いや〜。そうでしたか。夏休みというのに呼び出されたのですか。この頃の親は、結構先生を酷使しますね。」
「まあ、仕方ありません。担任ですから・・。」
「そうそう、そうだ。」
話をしているうちに、食堂『はまべ』のあの中学生のことを思い出した。雄平は、あとに三日程で帰ってくるだろう。一度、『はまべ』に電話を入れてみなくては・・・。
そこで私は、財布に入れてあったメモ用紙を取り出して『はまべ』の電話をかけた。そこで私は、予想もしない事件に遭遇する。
 
妻がきっとして雄平を見る。
「僕・・。旅を続ける。」
「駄目だ。駄目だ。一人で続けるのは駄目だ。」
「・・・・・・。」
「お父さんの不注意でこのようなことになってしまった。それはお前に詫びる。でもな、お前を一人で行かせることは出来ない。」
「ど・・う・・し・・て・・。」
雄平は、私の目を避けるように空を見上げながら言った。
「どうしてもだ。どうしてもだ。」
私は、興奮して叫んだ。すると雄平はまた呟くように言った。
「ど・・う・・し・・て・・。」
「駄目なものは駄目。」
すると妻が私の肩を叩いて
「お父さん。お父さん。」
と私の言葉を遮ろうとした。私は、その妻の手を取り払うようにして
「いいか。雄平‼お父さんが一番心配しているのは、お前が生まれながら人とのコミニュケーションがとても不得手で、お前がこの先、旅を続けることを思うと不安で不安で・・」
と言い出した私の思いが胸を突いて出て涙が溢れ出た。
「いいか。もし、お前に旅先で何かあったらどうする。誰に助けを呼ぶ? そんなことを考えるとお父さんは耐えられない。」
「・・・・。」
「親として、上手に生きられない雄平。お前が不憫だ。不憫でたまらない。」
「・・・・。」
妻がしきりに私の肩を叩く。
「親としてお前の不憫さを少しでも解消ずるため、お父さんたちは生涯、お前と一緒にその不憫さを背負っていこうと思っている。」
雄平は、じっと空を見上げている。その目からすっと涙が雄平の頬を伝って落ちた。
「雄平。父さんたちと家に戻ろう。ねっ、どうだ?」
雄平は、空を見上げたまま、泣き続ける。
雄平の今まで生きてきた人知れず苦しんだ思いをそこにみるようだ。
「父さんはね。今回の旅を通してね。お前の夏祭りでの太鼓を叩く姿。ゆかりちゃんと楽しく太鼓を叩き踊る姿。そして、民宿の屋上でのお前の星空の話等、父さんはね。その一つ一つが嬉しかった。今回のお前との二人旅で雄平の心の世界を少しは知ることが出来たし、お父さんに大きなものを教えてくれた。ありがとうよ。本当にありがとうよ。」
そう言いながら、妻を振り返ると、妻は目頭を両手で押さえて泣いていた。私も雄平の見上げる空を見上げた。胸の底から次々と突き出てくる思いが涙となって頬を伝う。
雄平と私と妻の間に魂が寄り添い、震えている。しばしの間、三人は黙って泣いた。三人の涙が心の中にあったわだかまりを洗い落してくれる。
しばらくして雄平の見上げる空を見ながら彼のもう一つの思いに気が付いた。空高くキラッと銀色の光を反射させながら米粒のようにジェット機が飛んでいく。その後ろに白い飛行機雲が真っ直ぐ、東に向かって伸びていく。そう、銚子の方向だ。私は、両手で頬の涙をぬぐうと、
「分かった。分かった。雄平。あの飛行機雲の方向だ。旅を続けろ。お父さんはね。お前を信じる。お前にとってこれからの一人旅は大海原だ。心配だけど、お前が一人でこの大海原を渡れ。」
「お父さん。」
妻が私の肩を叩く。
「な、母さん、いいだろ?」
「うんうん。そうそう。お父さんの決断に拍手よ・・・。」
妻は、幾度も肩を叩く。
雄平は、私たちに向かって頭を下げる。
「ご・めん・・ね。今まで・・。あ・・り・・がとう。」
「な、何だ。その言いぐさは・・。これが最後のように聞こえるぞ。」
雄平は、私を見て笑う。妻が私の肩を叩いて、
「必ず帰ってくるのよ。何かあったら必ず携帯入れるのよ。すぐお父さんと二人して迎えに来るからね。だから、携帯の充電忘れないでね。」
「ああ、そ・う・す・る。」
私は、大急ぎで荷物の中から地図を出し、地べたに広げる。
「な、いいか。この赤の色鉛筆で引いた線がこれからの旅先の経路だ。まずは、九十九里浜のビーチラインを使って銚子に出る。それからは利根川沿いに西に霞ヶ浦の入り口にある佐原市に行き、国道356号線を使って真っ直ぐ柏市に向かう。分かるな。」
雄平は、立ったまま地べたに広げた地図を見る。
「大丈夫ね。雄平ちゃん。分らない時は交番があったら聞くのよ。聞けるよね。」
「ああ、・・・。」
「雄平、パンク修理セットを渡すから、近くに自転車屋がなれけば自分で修理するんだよ。修理の仕方はこうだ。」
と言いつつ、壊れた私の自転車を車から引きずり出し、後ろタイヤを使って説明する。
雄平は、細かなパンク修理の工程を食い入るように覗き込む。
「なあ〜に、難しいものではない。要はしっかり空気漏れの箇所を簡易バケツに入れた水を使って確認し、穴の箇所にパンク糊を薄くしっかりつけて少し乾かしてから修理ゴムを当てる。後は、チューブをタイヤに入れて、しっかり携帯空気入れで空気を入れることだ。しっかり一杯に入れるんだぞ。昨日、浜辺で父さんがやったろ。あの要領だ。」
「ああ、分か・・った。」
私は、ポシェットから金を取り出して、
「いいか、ここに十五万円ある。これで旅を続けろ。民宿は、誰かに聞けば教えてくれるし、ない場合はこの間の要領でテントを張れ。テントなしの野宿もいいぞ。」
話している間に私の心は、晴れ渡っていく。大丈夫だ。雄平は、必ず帰ってくる。確信に近い思いが込み上げてくるからだ。
「いいか、旅は後三日あれば済むと思うが、一週間もあればたっぷりだ。母さんに毎日携帯することを忘れるな。」
「ああ、・・・。」
「そうそう、〈はまべ〉の食堂の坊やのこともある。急いで旅をしろとは言わないけれど、遅くとも一週間までには帰って来いよ。」
再度、荷物を確認する。前籠にあるひまわりを幾度も幾度もしっかり紐で固定する雄平を見て
「雄平ちゃん。このひまわりも持って行くの?」
「ああ、」
私は、慌てて妻に目配せして妻の袖を引いた。
「そうだ。しっかり固定しろよ。旅すがら枯らすなよ。水をしっかりあげろよ。」
「ああ、そうする。」
「じゃ〜な。元気で行っておいで・・」
「雄平ちゃん、連絡忘れないでね。」
「お前の自転車の後をゆっくり付いてこの県道の突き当りまで見送るよ。」
私たちは、こうして九十九里浜ビーチラインに出る処まで行き、ビーチラインを走る雄平を見送った。雄平は、私たちの車を振り返りもせず元気に走って行った。
翌朝早く目が覚めた私は、真っ先に妻と雄平を捜す。二人はベットの側にある二つ椅子に交合にもたれかかるよう寝ている。妻は夜通し車を運転してきたせいかすっかり疲れたように頭を椅子もたれかせ両腕をダラリ下げて寝ている。息子は息子で病室の床にうつ伏して寝ている。そんな二人を見て、
〈悪かったな。私の不注意で息子にも妻にも多大な迷惑をかけて・・。〉
とため息まじりでつぶやいた。ベットの上で両腕を動かしてみると、右のひじが痛む。そっと体をねじって左手を支えにしてベットから起き上がろうとした私。一瞬ふらついて思わず妻のもたれかかっている椅子をドンとばかりに蹴飛ばしてしまった。
「い、いかん」
妻は、びっくりして目を覚ます。
「お、お父さん。ど、どうしたの。だ、大丈夫? 起きたりして・・・。」
「ごめん。ごめん。起こしてしまったね。」
妻は飛び起きて私の体を支える。その気配に雄平も半身体を起こして私たちを見る。
「雄平も起こしてしまったね。すまん。すまん。」
妻は、しげしげと私の顔を覗き込む。
「それにしてもひどい顔ね。お岩さんみたい。」
とくすっと笑う。前歯を一本折ったものの、脳には異常はなく、昨夜当直の職員から肋骨も大丈夫身との診断結果を聞いていた妻も一安心していたのだろうか。くすっと笑う妻にそんな妻の安堵感を感じた。
病院の職員にお礼を言って支払を済ませて病院を後にしたのはそれから二時間程してからだった。
病院の駐車場一番奥に私たちの二台の自転車に荷物を積んだまま置かれていた。私のひまわりも雄平のひまわりも大丈夫そうだ。昨日助け起こしてくれた人たちがしてくれたのだろうか。二つのひまわりの鉢には水が注がれているようだ。自転車はというと、私の自転車は前輪が波打ってひしゃげでいた。無理すれば乗ることは出来なくはないが、走らせて旅を続けることは不可能だ。もし、そうすれば直ぐ転んでしまうだろう。むろん、私にはもう旅を続ける意思は失せていた。そこで雄平に
「昨日、助けてくれた人たちの名前や住所聞いている?」
と問いかけると雄平が首を横に振った。
「いや〜ね。母さん。このあたりの人は親切だね。雄平もよくやってくれたけれど、雄平一人だけだったら大変だったよ。」
「へぇ〜。そうだったの。」
「私を抱き置きしてくれてね。散らばった荷物をまとめて雄平と私の自転車を病院まで持ってきてくれたんだよ。」
「そう。それはそれは、名前だけでも聞いておくのだったね。でも、そういう好意の人は、名前も住所も言わないものね。感謝、感謝ね。」
雄平も黙って頷く。
「さて、っと。雄平、車の後ろにお母さんに手伝ってもらって私たちの自転車を載せてくれないか。」
「そうそう、雄平ちゃん、今後ろを開けるから、自転車を入れて。」
でも、何故か雄平は首をかしげるだけで動かない。
「さぁ、さあ、運んで・・。」
と私が急かせると、私の自転車を抱えて車の側に運ぶ。
私は、慌てて前輪の前籠のひまわりの紐と後輪の紐を解く。雄平は、私の自転車の後輪を持ち妻が前輪を持ち自転車を斜めにして車の中に押し込んだ。
「お母さん。もう少し奥に入れないと、雄平の自転車が入らないぞ。」
私の荷物とひまわりを後部座席に置くと、妻は、後ろにまわり自転車を出来るだけ後ろに押し込む。もう一台は入るのはかなり厳しそうだ。
「お父さん、このスペースにもう一台入る?」
「入るも入らないも無理やり押し込むしかないよ。」
と言って左手でぐいっとばかりに押し込んだ。幾ばくかの空間が出来た。
「さて、雄平。今度はお前の自転車だ。」
しかし、どうしたことか、雄平は、首をかしげて動かない。
「大丈夫だよ。入るよ。もし無理ならお父さんの自転車は病院に頼んで引き取ってもらうから・・。ささ、ささ、お母さんと持ち上げて入れてみて・・・。」
でも、雄平は動かない。
「どうしたの? 車に乗せないの?」
「ああ、」
妻はびっくりして問い返した。
「どうしたの。載せないの?」
「ああ、」
私も雄平の態度に驚いて
「どうするんだよ。その自転車、置いていくつもりか。」
少しきつい調子で問い返すと、雄平は首を振った。
「じゃ、雄平ちゃん。自転車に乗って車の後からついて来るの? 嘘でしょ?」
雄平は、またも首を横にする。
しびれを切らした私は、
「じゃ〜。どうするんだ。まさか、旅を続けると言うのか。」
「ああ、」
妻も私もこの一言にびっくり、
「嘘だろう?お父さんの自転車はこのままでは無理だし。お父さんだってこの右肘の怪我で乗れても思うように運転出来ないぞ。それともお前一人で? まさか。」
「ああ、」
「一人で・・。う、嘘だろう。」
妻がきっとして雄平を見る。
「僕・・。旅を続ける。」
私は、唇や頬から流れ出る血を手ぬぐいで抑えながら何とか東金病院にたどりつけた。手ぬぐいを持つ右手が方から肘にかけて痛い。腰のあたりも痛いし、呼吸をすると胸が少し痛い。そんな状況で受付けで緊急の診察を申し入れた。すぐ外科での診察が可能となり、息子雄平が付き添って診察室に入った。
外科担当の若い男性医師がびっくりしたように立ち上がり、
「どうなされました。」
「自転車に乗っていて転倒して道路に投げ出され顔面を思い切り打ちました。」
「そうでしたか。それはそれは・・。自転車の事故は最近多くなりましてね。充分気を付けてくださいね。そちらにおられるのは息子さん?」
 「ええ、そうです。息子と自転車で房総半島一周の旅をしていまして  ね。今回の事故に会いましてね。」
「それはそれは、そうでしたか。それは素晴らしい。それだけにこの怪我、困りましたね。」
「ええ、旅は出来ないと思います。」
旅は半ば。断念するのは残念だが、私の傷がどれ程なのか、それによるけれどこれ以上だと思った私。
「それでどうでしょうか。」
医師は、私の顔を覗き込み、指を立てて左右に動かし瞳の動きや視力の確認し、頭痛の有無を確認した。それから頬の傷と眼孔の周りの傷と打撲の状況を見て痛みの有無を確認。私の口の中を見て、
「前歯あたりから出血していますね。申し訳ありません。指でそっと押さえてみてくれませんか。」
そこで、痛む歯をそっと押さえてみる。歯がぐらつく。
「前歯が折れているようですね。別館に歯科がありますのでこの後、見てもらってください。」
「はー。」
と私の頼りない返事。振り向くと雄平が診察から退出したようでいない。
「立ってみてくれませんか。胸を見てみましょう。」
といって立ち上がった私の胸の左右を両手で押さえ、
「どうですか。痛みますか。呼吸すると痛みますか。」
「ええ、少し痛みます。」
「肋骨は大丈夫そうですね。頭ですが、今は大丈夫そうですが、後になって後遺症が出てくる恐れがありますから、CT検査受けられますか。」
「はあ。お願いします。」
それから私はCT検査を受け、歯科で麻酔した後、折れた前歯一本を取り除いた。全部が終わったのは八時過ぎ。終わって人けのいない待合室のソファにどっと倒れこんだ私は、深いため息をついた。雄平がそばに来て、
「お母さんが来るって・・。」
と言って携帯のメールを見せてくれた。私はすぐ電話を入れる。妻は、連絡を受けた後直ぐ自動車で家を出たらしく携帯の電源を切っているようだ。
「雄平。お母さんは何時ごろ家を出た?病院の場所を言った?」
「ああ、五時過ぎ・・。病院の名前も言った。」
「そ、そうか。ありがとうよ。」
さすが息子だ。いざとなればきちんとやってくれている。でも妻は何時ごろ着くのだろう。それまで病院は開いているのだろうか。心配になって受け付けに行き事情を話し、緊急入院としての扱いをしてもらい、緊急病室で一晩過ごすことになった。夜中に二時頃、家内から携帯が入り、何とか病院にたどりつけたようだ。
<父、事故病院へ>の一方をメールを受けた時、
妻はてっきり雄平かと思ったらしい。驚いた妻は折り返し直接携帯で雄平に確認をとったらしい。そこで事故を起こしたのは私だと知り、バイトで外出の次男と大学のサークルでいない三男にそれぞれに電話を入れて一人車を走らせて来たのだと言う。休みなしの夜間での運転。さぞ大変だったろう。再度病院の夜勤医師の許可を受けて朝まで緊急病室で家族三人夜を明かすことになった。

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