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〈息子さんの件で電話を下さい。〉
と入れて家に戻った。その日の、夕食時に雄平からのメールの妻確認をとる。
「今日は、まだ入っていないわ。その内、来るわよ。」と、達観する妻、妻は私と違って心配性ではないのだ。
さて、夕食が終わって妻とホームドラマを見ている時、電話がなった。すぐ『はまべ』からの電話だと感じた私は、妻が受話器を取ろうとするのを制して慌てて受話器をとった。途端、『はまべ』の女将さんの
すいません。息子は先生のお宅には行けません。死にました。
の第一声に息を呑んだ。
「な、何ですって?」
ごめんなさい。折角お誘い頂いたのに・・。
「そ、それってどういうことですか。」
実は・・・。
こう言いかけて受話器の向こうの女将さんが涙で声を詰まらせた。
新聞の千葉版に載ったかとおもうのですが、信ちゃんは、学校での
親子面接の帰りに安房鴨川発の内房線の電車に踏切から身を投げま
してね。即死でした。
「えっ、何ですって!」
女将さんの話に私は息を呑んだ。
「ど、どうして・・・。」
一言では言えません。何といってよいやら・・。
「どうして、どうして・・。どうして!」
私は受話器に叫んだ。
「一体何があったんですか!」
本当に申し訳ありません。信ちゃんも先生のお誘いをとても喜んで
いたのに・・。
残念でたまりません・・・・・。ほ、ほん・・とうに・・・。
受話器の向こうで女将さんは声を詰まらせて泣き続けた。そして、電話は切れた。
私は、ただただ茫然とした。信じられない、の一言だった。何故だ。何故だ。一体、何があったのだ。虐めか、それとも・・。親子面接でのことか・・。色々な思いが頭を巡る。
妻が心配そうに受話器を握って立ち尽くす私の傍に来て、
「何があったの?どうしたの? 雄平ちゃんに関すること?」
「昨日、話した食堂の息子、その息子が電車に身を投げて自殺したんだ。」
「えっ、そ、そんな・・・。」
「そうなんだ。信じられない。信じられないよ。こんなこと・・。」
「そう言えば・・・。」
妻は、はっとしたように慌てて新聞入れから、テーブルの上に置かれていた新聞を開く。目を皿のようにして新聞をめくりながら記事を捜す。
「確か、千葉版だったはず・・・。あっ、あった。あった。お父さん、これ、これ、これ。この記事見て!」
私は、妻が広げた新聞を食い入るように見る。今朝の新聞だ。その記事の千葉版の片隅にくぎ付けになった。
中学三年生の男子生徒が高校進学を理由に安房鴨川六時十八分発の千葉行きの外房線に身を投げて即死。
「これだ。これだ。進路のことで? 何故。何故!」
新聞を握りしめる。浜辺でのあの子の様子がありありと浮かぶ。
「僕は、僕は・・。もうダメ・・・。ダメ・ダメ・ダメ・・。ダメだ!」
「僕は、一人ぼっち・・。一人ぼっち・・。いつも、いつも一人ぼっち・・。」
あの時、あの少年は、苦しい胸の内を吐露したのだ。みんなから無視され、虐めを受けて、それでもそれに耐え、あの浜辺で海を見つめながら、潮騒の音に心を癒していたのだ。でもでも、私の家に来ることを約束してくれたはずだ。あの時の嬉しそうな少年の微笑は一体何があったのだ。彼の食堂を出るときの、彼に向ってかけた私の言葉を思い出す。
「いいか。どんな辛いことがあっても一度きりの人生だ。 頑張ろうね。おじさんたちは、応援するし、君が息子の雄平の友達になってくれることが出来たらどんなに雄平も救われることか・・・。」
そういって彼と固い握手をして別れたのに、私の言葉は、彼を救うことは出来なかった・・。
彼にとって私は、無力だった。何の力にもなれなかった。どうして、どうしてこんなことに・・。そんな無力感に襲われて幾度も幾度も握りしめた新聞記事に目を落とし、その記事の向こうに見えるものを読み取ろうとした。本当に進路の問題? 虐めがあったのでは・・。それとも、誰かに線路に突き落とされた? 分からない。分からない。
そう思うと今すぐ『はまべ』に駆けつけて事実関係を知りたいと言う衝動に駆られ、もし、進路が原因ならば、彼の中学校に行って担任なり校長なりに問いただしてみたい。そうとも思った。
そのまま疲れたような無力感に襲われ私はどっとベッドに倒れこんだ。しかし、眠れない。胸騒ぎがする。雄平のことだ。少年の死を通して、今旅先にいる雄平のことが私に胸騒ぎを起こしたのだ。悪い方に、悪い方に考えて寝付けない。幾度も寝返りをうち、眠れぬまま夜が明けた。明け方になってうとうととして寝入ってしまった。陽ざしが眩しくはっとして飛び起きた私。その時、二階から私を呼ぶ声が妻の声が、
「お父さん、ひまわりが枯れかけているよ。水あげてないでしょう?」
はっとした私。いけない。あのひまわりが枯れる? 私は台所の蛇口をひねりコップ一杯に水を入れると、大急ぎで雄平の部屋に飛び込んだ。すると妻が、すでにオシロイバナとひまわりに水やりをほしていた。いかん、いかん。このひまわりを枯らしてはならない。
「お父さん、駄目じゃ〜ない。毎日、きちんと水やりしないと・・。雄平ちゃんの部屋は一杯に陽ざしが入るから、忘れるとすぐ枯れてしまうよ。」
そうなのだ、そうなのだ。息子雄平がもどってくるまでは、この花は枯らしてはいけない。
「お母さん。雄平のメール入ってる?」
「ううん。まだ入っていないみたい。」
途端、『はまべ』のあの少年のこともあり、胸騒ぎが起きる。
「まさか・・・。」と呟く私。
「お父さん!」
「ああ、」
「戻ってきますよ。あの子はああ見えてもしっかりしてるよ・・・。」
「お母さんは本当に元気に帰ってくると思っている?お父さんは、やはり心配だ。とにかく人との対応出来ないからね。気が小さいし、何か売るとバニクルからね。心配だ。」
「でもね。そんな事言ったら・・・。何も始まらないじゃ〜ない。」
と言って携帯を雄平に入れる。
「繋がらないわ。電源を切っているみたい。」
その一言で、益々胸騒ぎに襲われる私。
「ほらほら、だからだよ。どうするんだよ。・・・・・・・。」
「時間を置いて後で、また携帯を入れてみるわ。」
「・・・・・。」
「心配しても始まらないわ。電池切れかも知れないし・・。さあ、さふ、下に降りて朝御飯を食べましょうよ。」
妻は、そういって息子たちの部屋を覗き、声をかけて居間へ降りて行った。
とても食事をとる気になれない。窓際のひまわりをしげしげと見つめる。
いいか。雄平。雄平。携帯にメールを入れろ。いいか。無事でいろ。
ひまわりを絶対に枯らさないから・・・・。
ひまわり
ひまわり
真夏の朝日に向かって背筋を伸ばし、明るく輝いているひまわり。
太陽の恵みを知って感謝の気持ちで太陽に向かって咲く花だ。
きっと雄平は、少女のひまわりを載せて帰ってくる。帰ってくる。
必ず帰ってくる。
私の頬を涙が一滴落ちた。我が息子よ。 息子よ・・・・・。
終わり
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