|
人には、他人から見て異常と思われる恋の感情に囚われるときがある。それがまるで病魔の
如く本人の心を占領し、自分の本来のあるべき姿を見失わせるそんなことがある。そんな恋に
限って純情で激しい感情の故に結末が見え隠れする思いに囚われる。神馬左千夫はそんな恋に
落ちた。けれど摩耶の突然の渡米。彼も何とか金を工面して渡米をとも思ったり、文通を通し
て愛を深めようとも思ったりしたが、人の感情は距離に比例するかのように文通の途切れ途切
れとなり、渡米する感情も薄れていった左千夫。その反面、踏み出した東京神学大学での大学
生活は矛盾や不信を妊みながらも中退せず卒業まで漕ぎ着けた。そして、大阪の郊外の教会の
牧師になった彼。不思議なもので信者を前にし、良い説教と思い祈りと聖書の勉強をする中で
彼は見事に牧師に変貌していった。
彼は牧師になった当座は
<何故こんな俺が牧師に・・。高校時代からしてみれば信じられないキリスト教の世界・・>
<偽善とはこのことではないか。祈っていても本当に神を信じて祈っているのか>
<摩耶に惹かれてはまり込んだこの俺が牧師をしていいのか>
そんな思いに囚われていたが、彼はそこに居直って祈っている自分・説教している自分をそ
のまま受け入れるようになっていったのだった。
そんな折りの摩耶にうり二つの女性との出会いは衝撃的だった。
説教も言葉につまり、祈りも身がはいらないまま終わった。
日曜礼拝が終わり信者が三々五々教会を出て行く中、1人摩耶に似た女性が残った。
彼は、動揺する胸を沈めながら、女性に近づき尋ねた。
「この教会は初めてですよね。」
彼女は顔を赤らめて
「ええ、初めてです。」
「この教会をどのようにしてお知りになったのですか。」
彼女はちょっと戸惑ったが
「最近、この近くに越してきたのです。」
「関東の方ですか。」
「ええ、そうです。東京にいました。」
「どうして関西訛りがないと思いましたよ。」
「ご家族の紹介ですか。」
「違います。犬の散歩をしてこの教会の前を通りがかったら素敵な賛美歌が聞こえで
きたのです。そこで日を改めて一度覗いてみようと来ました。」
「そうでしたか。どうですか。ここの教会は・・」
彼女は顔を赤らめて
「ええ、教会の雰囲気っていいですね。」
「そうでしたか。これからもお通いになられますか。」
「ええ、お願いします。」
「ところでお名前は?」
「栗本摩耶っていいます。」
「えっ!!」
彼はドキもを抜かれた彼女の口から摩耶っていう名前が飛び出したからだ。
「ま、摩耶さん・・で・・で、ですか?」
「ええ、変わった名前でしょう。」
「わ、私の知っている人に摩耶っていう女性がいましてね。」
「えっ、そうなんですか。」
「な、なんですが、姿もその女性とそっくりなんです。び、びっくりしました。」
彼女は伏し目がちに顔を赤らめながら窓の外に目をやった。
<この仕草まで山辺摩耶とそっくりだ>
彼は高校時代の生徒会室での窓の外に目をやる摩耶の仕草を思い浮かべた。
「そうですか。人間にはとても良く似た人がこの世の中にはいると聞いたことがありましたが
牧師先生のご存知の方と名前まで同じなんて光栄です。」
「い〜や、こんなことがあるものですね。不思議です。ですからずっと何かおつきあいしてい
たような気分になれます。今後とも宜しくお願いします。きっと何かのご縁でしょう。」
左千夫がそう言うと栗本摩耶は恥じらいながら彼がまた驚くようなことを言った。
「実は、私の高校時代に付き合っていたボーイフレンドが牧師先生にとても似ているです。
これって奇遇ですよね。」
「えっ、わ、私にこれまた奇遇ですね。まさか名前まで同じではないでしょうね。」
「雄平って言いました。先生のお名前は?」
「私は、神馬左千夫っていいます。」
「よかった〜。名前まで同じだと何がなんだか・・」
彼女はそう言って立ち上がった。
すらっとした均整のとれたスタイルのいい美人で、十数年前の山辺摩耶うり二つだと左千
夫は改めて思った。
それだけに複雑な思いが心を過ぎる。すっかり身も心も牧師になっていた彼に一陣の嵐が
吹き抜ける。教会を出て行く彼女を見送りながら彼は思った。
<これは神様からの引き合わせに違いない。あんなに恋いこがれた俺。そのために牧師の道
を歩み始めたのだ。これは 神様からの恵みだ>
彼はの心につと出てくる思いがこれだった。
(続く)
|