大会第一日目の小池善之氏の主題講演『”非暴力による平和”を巡って』の後、シンポジュウムとして以下の報告とこのテーマについてのディスカッションが行われました。
①『浜松市における非暴力平和運動』の歩みと報告→浜松聖書集会の水戸潔氏
②『沖縄における非暴力平和運動について』の経過→沖縄県沖縄市の友寄隆静氏
③『辺野古基地阻止の運動』の現状→沖縄県うるま市の石原昌武氏
①については
、昭和39年11月5日に浜松市の中心地において道路封鎖の上、自衛隊の戦車100台余の行進。戦闘機45台が飛び交う一大パレードが市長や商工会議会頭ら出席のもとに市を挙げて実施された折、一人の牧師(松本牧師)が『戦争準備絶対反対』というプラカードをかかげてたった一人でのデモ行進をした。太平洋戦争中、日本の教会がこぞって戦争に協力したことを含め抗議運動をしたのです。このことは、当時の中日新聞に取り上げられましたが、このたった一人の牧師の抗議運動を下支え支援したのが浜松聖書集会の主宰者の溝口正氏で、この抗議運動以来二人は終生変わらぬ平和運動の戦友となり、1966年以来毎月一回第二日曜日に雨の日も雪の日も一回も欠かさず浜松市内を非暴力平和行進を続け、現在に続き550回という、極めて貴重な素晴らしい運動の起こりと現在への経過報告がありました。その551回目の平和行進をこの大会の最終日に行うことになります。
②については、
沖縄在の友寄氏より、本人がどうして『日本友和会』に入会したか、の動機の話から『天皇制と沖縄』についての問題提起がされました。
1952年4月28日の日本主権回復の日と称したその日の影での沖縄県民が味わった屈辱の日について何故屈辱の日なのかを資料をもとに語ってくれました。つまり昭和天皇は沖縄を米国に売り渡す発言をした。(ソ連という共産圏から日本を守るため米軍の基地を沖縄に置く)このことを知らない人が多いし、結果昭和天皇は全国各地を慰問に訪れたが、一度も沖縄へはこなかった。日米安保条約を通して沖縄は、その捨石となった。
との話され、共和制にも話が及び問題提起がされた。
私個人としては共和制が望ましいと思っていますが、内村の不敬事件があったものの、彼は天皇への畏敬の念が強く、この内村から端を発した無教会には、南原繁にしろ、矢内原忠雄にしても皇室を尊ぶ傾向があり天皇制を廃止して共和制施行には消極的のように感じています。但し、現天皇は、美智子さんともども何よりも現平和憲法を愛し、その思いを無言のうちに活かしている人物だとして評価しています。
③については、
沖縄から駆けつけてくれた石原氏が現在の辺野古基地移設反対の運動をスライドで紹介。テントを毎日張って連日抗議を続ける漁民・県民の人達。しかし、これを押しとどめる動きも激しく、その反対運動を阻止する警備隊も日増しに人数が増えている。しかし、この辺野古基地移設にはマスコミ・県民の80%以上の反対と外国の著名人からの支援もあり、闘いは続く。キャンプシュワープゲートには8月23日にはバス35台3,600人もの人が参加し、沖縄は燃えている。等の報告がありました。
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このことについては、私の方から、本土ではほとんど取り上げられることがなく、よそ事として捉えている。辺野古移設反対が50%越えているが、実際は国民の多くは(感触として70%以上)は反対ではなく、沖縄にお任せと思っているのではないか。余りにも本土における沖縄の情報が少な過ぎる。ここに問題があると思う。私は『デモクラTV』というネットテレビのファンでいつも見ているが、その番組の中で『新 沖縄通信』という番組があり、毎月の沖縄の動きをこと細かに伝えてくれている。是非、この『新 沖縄通信』をネットテレビで見て欲しい、と述べ、出来ればネットテレビを視聴てほしいと述べ、デモクラTVのパンフレットを参加者全員に配っておきました。
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