サランの国から小舟で天守の国に渡ろうとしたテンジンは、渦巻き雲(台風)に襲われて激しい風雨にもてあそばれ小舟はバラバラになり、海の藻屑に・・。翌朝、彼は天守の国の港から50キロあまり離れた海岸に打ち上げられた。失神状態だったけれど、幸いにサランの兵士として鍛え上げられた彼の体は荒波と暴風雨にも耐え、命を落とすことなく天守の国の海岸に打ち上げられたのでした。
まどろみの中で、イスヨンが自分の手をずっと握っている。ああ、良かった親方は死んではいない。生きていたのだ。まどろみの中で、テンジン・テンジンと幾度も呼ぶイスヨンの声。 テンジンは、まどろみの中でそう思った。しかし、まどろみの中のささやきは、次第に男性の声から女性の声へと変わっていく。これはどうしたことか。
親方!親方!彼はまどろみの中で必死に叫んだ。すると、どこかで聞き慣れた女性の声・・。まさか、この声にテンジンは恐る恐るそっと目を開けた。
霞がかかったような視界に懐かしい姿が飛び込んできた。
「お、女将さん!」
まぶたに飛び込んできたのは、懐かしいマロミ・・女将さんその人でした。
「気が付いたかい。良かった。よかった。」
もしかして、これは夢・・・。嵐に会って息絶えた私・・。するとここはあの世・・。
真偽を確かめようと、急ぎ体を起こそうとすると体の節々が痛いし、めまいもしふらつくテンジン。
「だ、ダメ。起きては・・」
慌ててテンジンの体を制する女将さんのマロミ。
「ど、どうして僕は、ここに・・」
女将さんは、テンジンを制すると、ここに運ばれてくる経緯を話してくれました。
事の次第はこうでした。
嵐の翌日、海岸に意識不明の男性が打ち上げられているとの伝言が漁師からマロミに伝えられのました。実は四年前、テンジンが家を出た以来、必ずサランに渡ったと判断したマロミは漁師たちにずっと捜索を頼んでいたのでした。嵐の夜、サランは夢のなかで、図らずもテンジンがサランの国に部下を連れて帰ってくるという夢を見たのです。翌朝、マロミは、此の一報に胸騒ぎがし、大急ぎで打ち上げられた浜辺に駆け付けのです。そこでマロミが見たのは、全身傷だらけになって横たわるテンジン。大きく成人したテンジンの痛々しいみじめな姿でした。 大急ぎで横たわるテンジンの胸に顔を押し当てて聞き耳を立てました。かすかに息をしていたのです。
生きている!生きている!小躍りしたマロミはそれから三日三晩、寝ずの看病をしたのです。でも、この間、テンジンの意識は戻りませんでした。そこでマロミは、イスヨンから教わった命を救う貴重な薬草をイスヨンの薬草箱から探し出し磨り潰してお湯で溶き、口移しでテンジンに与えたのでした。奇跡です。テンジンは生きながらえ意識も戻ったのです。
経緯を話すマロミの頬からは、涙が幾筋も流れ落ちました。テンジンもこうして自分を看病してくれたマロミの深い愛に触れてむせび泣いたのでした。