父・冬人の自由律俳句の世界

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以前、『私の父・冬人の自由律俳句の世界』と題して、この私の書庫にコーナーを設けましたが、今回、このコーナーを元に父没20年を記念して全面的に書き換え、一冊の本にしました。これはその本を再録したコーナーです。
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 極めて個人的なことなのですが、ここ一年来、懸案でした私の父の句集がここに来て、地震等で仕事が滞った関係で思いの外、時間が
とれて製本作業が進みやっと目標の100冊の内、60冊程が出来上がりました。私の父はサラリーマンをしながら自由律俳句をライフワークとしていました。
 85歳で他界しましたが、生前四冊の句集を出しています。父が亡くなってから20年になります。そこで父没後20年を記念して手作りの句集に挑戦。このブログの書庫にある『父の自由律俳句の世界』を再度書き直して打ち直し、プリントアウトして、製本作りに入りました。
 
 目標にはあと45冊ありますが、見通しが出来たのでホッとしています。
ブログ仲間にも読んで頂きたく案内をここに載せます。
 
   判:A5判
 
   頁:105頁
 
   掲載俳句:273句
 
 もし、ご希望の方があればゲストブックで秘(内緒)扱いでご住所を
 
お知らせ下されば、送料はこちら負担で一冊贈呈します。 
        ちち はは  4 
 
 
 
    父娘で神苑のあやめ見て行こう
   
   「 父娘」これは「おやこ」と詠みます。サブタイトルが付いていて「長女」とあります。平安神宮にはアヤメ・カキツバタ・菖蒲等々が六月頃に咲き乱れます。長女がこの年の十月に結婚することになり七月に神戸銀行を退社。最後の父娘の良い思い出として「アヤメ」を見に行こうと思い立つたのでしょう。アヤメはどのように二人を迎えてくれたのでしょうか。
         
 
 
  ほほづき 色づき塔が見えている

  サブタイトルに『法起寺』とあります。「ほほづき」と父は書いていますが 「ほおづき」が正式名称でしょう。法起寺は聖徳太子の法華経講話のために建立した岡本宮が前身とされています。この寺には日本最古の三重塔があり、また周辺は秋になると「コスモス」が咲き乱れる名所でもあるようです。父が訪れた時はコスモスにはまだ早く「ほほづき」が色づいていたのでしょう。沢山の塔を詠んだ中で、これは花との対比による「美」を詠っています。
              
      
    ちち  はは   3 
 
 
 
   何より母がすこやかな正月

   今年もまた元気に母と正月が迎えられた。「 母がすこやかな正月」でも句になると思いますが「何より」もを加えることで「また迎えられた」という父の安堵感と感謝の気持が表されています。父が言いたかったのは「何より」だったのです。
         
               かたびら涼しくて老人
 
    「かたびら」は裏生地のない「ひとえもの」の着物ですが、「かたびら」を着た老人と道すがら出会ったのでしょう。老人ゆえに「かたびら」が似合っている。この句とは季節が異なっていますが父の句に『あたたかく老人道に出ている』と言う句があります。季節は異なっていますが、微笑ましく見つめる父の姿をその句にも感じます。
              
 
      正月のしずかさ池にうっっている

   昭和二十七年に父は豊年製油に入社し大阪の箕面市の桜井に移り住みます。家は千里丘陵の外れにあり家の直ぐ裏が丘陵でした。池はこの丘陵にあった池のことかと思います。父の散歩道はこの池のあたりまでだったと思います。父の俳句に空と池が幾つか出てきますが池は空を映します。空が好きだった父はそんな池が好きだったのでしょう。静かな無風の空を映す池に父は改めて新年の思いを胸にしたのでしょうか。
 
          ちち はは 2
 
 
           春が曇ろうとしてひとひら
     ひとひら散っている              

    花曇り、桜の花が散っている。桜の花の命は短いものです。「 ひとひらひとひら」と書くことで花びらがひらひらと舞い散る様子が見事に表現されています。亡くなった実父の「命」そして末弟の「命」をその「ひとひらひとひら」に重ね見たかも知れません。「 春が曇ろう
として」は変わりゆく天候の中、雨に打たれまいとして散る桜の花の思いなのでしょうか。           
 
 
 
               ざるいっぱいの梅の実妻健康

    名古屋の住まいは社宅でした。庭が広くて「栗の木」「葡萄棚」「びわの木」そして縁側先き「梅の木」等々何故か実の成る木が多かったという印象を持っています。この梅の木にはケムシが毎年沢山つくのですが、青梅で結構採れたのです。この笊一杯の梅の実は、その梅の木からの収穫のことでしょう。明るい声で父に収穫した青梅を見せ「お父さん、これで梅
干し出来るね!梅は健康に良いのよ!」とか母が言ったのかもしれません。
 
 
 
 
      秋あるいてきて水のんでいる
 
    歩いて来て水を飲んでいるのは誰でしょうか。当時住んでいた千種区の振甫町から二キロ程離れた所に流れている矢田川に釣りに出かけた私たち兄弟達が汗をかきかき家に戻ってきて井戸端でワイワイ騒ぎながら井戸端で水を美味しく飲んでいる様子を詠んだのではないかと思います。「きて」からは我が家を感じますし、「水」は井戸水のように感じます。
         ちち  はは    1
  昭和二十二年〜昭和三十一年
 
 
      くにのちちははに
             とどける正月のもの少々

   この句は父も母も平仮名で表現されています。「父母」と「 ちちはは」と書き並べてみますと平仮名の持つ特有の空気を感じます。平仮名は平安時代にもっぱら女性の書く手紙等で使われた漢字の簡略化である草書体からきたとされています。漢字が男性とすれば平仮名は女性。それだけに「暖かさ」や「細やかさ」を表現出来る世界です。私は父の自由律俳句通して「ひらかな」の魅力を知りました。この平仮名に日頃から優しさを感じている両親への父の気持ちが出ているように感じます
 
 
 
    心美しく病の床から手紙くれている

    昭和十二年に父は弘済会を退社。ほどなくして油糧公団に入社し、勤務十年目に大阪勤務から名古屋に転勤になります。私が四歳の時です。この句は転勤した翌年に詠んだ句です。この頃、すでに父はキリスト者でした。この手紙は信仰を共にする人からの手紙でしょうか。
句友からでしょうか。人は「病」になると心美しくなります。「 病の床」ではおのずと「自分」と向かい合い、「命」と向かうからでしょうか。 
 
 
         寒さやわらぎすわっている父

  サブタイトルに「郷里にて」とあります。父の病状が良くないので和歌山の実家に見舞ったのでしょうか。暖かな陽ざしが射し入る部屋に床から身を起こし黙って坐っている父。息子はそんな父に「寒さがやわらいで良かったな。父が健在なこんな日が続いてほしいな」と思ったでしょう。残念ながら私にはその祖父の記憶はありません。
              
 
          葬いのことすまし月夜母と居る

   父が亡くなって葬儀も終わり一段落して満月の夜を静かに傷心の母に寄り添うように月を見上げる。息子は母にどんな言葉をかけたのでしょうか。末弟の死こと。戦争のこと。父の在りし日のこと、慰める言葉も見つからず、だだ静かに語り合って夜を過ごしたのでしょう。 
 
 
 
 
 
 
 

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