友人のミニ本『リーセントリー』

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大学時代の友人である原田義彦君が昨年半世紀余りの時間を隔てて再会。それ以来以前からライフワークとしているミニ本制作。そのミニ本が彼から送られてきます。いづれも素晴らしい素敵な本です。そこで改めて彼のミニ本『リーセントリー』のコーナーを作り、内容の一部をブログ仲間に知って頂ければと思い設定しました。
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 久しぶりに友人の作った手作り本『リーセントリー』。あまりブログで取り上げてほしくないという本人の気持ちもあって、次々と送られてくる彼の手作り本『リーセントリー』は掲載しませんでしたが、安倍首相への批判本であるこの手作り本。迷った末に今回は掲載することにしました。
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 これは二冊の手作り本ですが、表紙は左が岩波新書の表紙を真似て、右が中公新書を真似たものです。手作り本を50冊以上手掛けてきた彼ならではの発想です。
 と言っても左の『時勢の観察1』は、38ページ。右の『時勢の観察2』は、72ページ。一時間もあれば読了できます。
 
 左の『時勢の観察』は、サブタイトルとして「安倍政権とファシズム」とあります。
 ここで彼は安倍晋三がヒトラーを懸命に学習して、ヒトラーが如何にして台頭しすべての権力を我がものとして、国民を戦争へと駆り立てたかを縷々述べています。安倍首相の一つの手法として虚言壁であり、ありもしないことをあった如くに言う手法。これはヒトラーの手法であり、そのことに関して彼はナチス政権の宣伝相のゲッペルスの「嘘をつけばひんしゅくを買う。しかし途方もない大きな嘘をつけば、それは国民を動かす力になる。」の言葉を引用します。確かに安倍さんは、
「国民の安全と命を守り平和な日本を作る。積極的平和主義を掲げ自他ともに強い日本にする。」
と得意げに語る。ヒトラーはコブシを挙げて、声を挙げて国民に訴える。そして国民を引き付け戦争の道へとひた走る。
 
 右の『時勢の観察 2』では、安倍政権の『特定秘密保護法』の成立、『武器輸出三原則の緩和』『市場主義の拡大による利益主義』『教育基本法の改正』等々で表現の自由が侵され、個人の動向が監視され、武器が堂々と生産され、国民生活の格差がさらに広がり、福祉関係の予算が縮小・軍事予算が公に増えてくる。加えて二酸化炭素による地球温暖化・PM2.5の増加等々・・。等をあげ世界は終末に向かって突き進んでいると明言します。
 
彼は、この小冊子で世の中の不幸は人間の自己中心性からくる自分だけが得をし、利益を得る。そんな『心の狭さ』から出てくるとし、反対に『心の広さ』は未来に希望を作り出す。自由・寛容・愛・創造性等々は、この心の広さから生まれてくる。と、かすかに人々がこの『心の広さ』を持つことに希望を委ねている。
 
 彼とは、近々、信州への旅行でのホテルでの、また、私の家に泊まることを通して夜遅くまで口角泡を飛ばして激論をしました。この二冊の小冊子は、この激論で彼が言いたかったこと、言足らなかったことをまとめた彼の思いの丈をまとめた冊子と思います。この冊子を通して私が感じたものは、彼の今の時勢を強く憂えるとともに今の世の中への鋭い警告でした。
 
 
 
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 久しぶりに大学時代友人の手作り本『リーセントりー』を簡単に紹介します。彼の手作り本は手のひらサイズの手作り本で今まで50冊を刊行。素晴らしい手作りの創作の世界です。一冊を20部程作り、友人や知人や恩師に発送しているとのことで私の書棚には、彼の作った色々なテーマの手作り本がならんでいます。内村鑑三物語やキリスト物語やナチスのアイシュビッツや東北の災害や富士登山やその他様々なタイトルが並んでいます。幅広いジャンルをこなす彼は、それだけ引出しが多く見識豊かな才能あふれる人物と言えます。この私の書庫にも彼の「リーセントリー」のコーナーを設けて一冊一冊取り上げようと思ったのですが、彼はネットなるものへの不信感があり、掲載することに後ろ向きだったので、ずっと掲載はしませんでした。でも、たまには良いかと思いここに簡単に載せさせてもらいます。
 
. 一冊は、大学時代の聖研のサークルが創刊した『真理と芸術』という冊子の復刻版です。実際はB5版の大きさですが、この在庫がないので彼はわざわざ手創り本でその復刻版を作ってくれたのです。この冊子は私たちの怠慢でこの創刊号でたち切れになってしまったのです。その創刊号には大学の学長や内村鑑三の直弟子の創刊号に寄せての寄稿文が掲載されていて貴重な冊子なのです。私もここに『レンブランドと創世記』という小論を載せています。
 
 もう一冊は、『創世記物語』で彼がとらえた創世記観が分かりやすく書かれています。「アダムとイブ」や「カインとアベル」や「ノアの洪水」や「ソドムとゴモラ」や「バベルの塔」や「アブラハムとイサク」や「ヨセフの物語」等々を美術上がり
特技のカットを挿入しての力作です。彼はこの手作り本『創世記物語』の最後を次の言葉で締めくくっています。
 
 
 
 聖書が繰り広げイスラエルの民がたどる歴史は壮大だ。比類のないドラマで
 
彩られた波乱万丈の物語を展開させてゆく。創世記はその端緒である。そし
 
て、そこには一貫として神と人との関係が基調をなし、聖書の最大テーマとして
 
謳われている。それは現代のぼくたちの心にまで続いている。
  大学時代の古き友人に誘われて先月の中ほど、二泊三日の信州上田に旅に出かけました。その様子は、一部このブログで戦没画学生の展示館『無言館』報告として掲載しました。この旅は、三浦綾子読書会が企画し音頭をとって開催した信州上田での全国大会に便乗しての参加の旅でした。三浦綾子と言えば昔、テレビドラマで人気をはくした『氷点』の原作者で、何冊ものベントセラーを生み出したクリスチャン作家です。今回の参加の私の目的は、三浦綾子を知ると言うよりも、この全国大会に組み込まれている『瞬き詩人の水野源三』の詩による阪井和夫氏作曲の歌を阪井氏・浜田聖子女史が歌うコンサートに参加することにありました。三浦綾子と水野源三の繋がりと言えば水野源三の心の恩師榎本保郎の伝記的小説『ちいろば先生物語』を書くことを通してでした。水野源三の数冊の詩集刊行のおり、三浦はその序文を書いたりしているのです。 ところで私が水野源三の詩を知ったのは、以前、私のブログにも掲載しましたが、兄から送られてきた『瞬き詩人・水野源三』の詞による阪井・浜田両氏のコンサートを録音したCDを聴いてからでした。その直後、兄に誘われてお二人による『瞬き詩人・』水野源三の世界』のコンサートを聴く機会が得られ、すっかりお二人の歌声と水野源三の詩の世界の虜になり、直ぐお二人のCDを何枚も買い求めるほど入れ込むことになったのです。そのお二人のコンサートがこの三浦綾子の全国大会にもあるということでこの大会に飛びついたのでした。加えて前々から一度は訪ねてみたいと思っていた窪島誠一郎が設立した『無言館』見学がプログラムに入っていたからでした。

 上田の坂城(さかき)にそだった水野源三の足跡をたどるフィールドワークも組み込まれ、彼と身近に接した方々の話もありこの全国大会はとても充実したものでした。

  その二泊三日の旅も感動をしたためて古き友人は『不思議な節理の細い糸』と題してつぶさに記した手作り本を作成、私の手元に届けてくれました。

 
 
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 彼は、この旅を通して得た素晴らしきもの・重きもの・深きものは、幾多の出会いを通して得たものであり、その出会いの不思議を次のように書いています。

 

 繰り返すが、出逢いはいかにも偶然の産物のように見えて、そこに至るまでのあまりにも複雑に過ぎる一つ一つの必然の営みが、出逢いへと導く役割を果たしている。そのすべては見えざる細い糸で繋がっている。

 

 水野源三・榎本保郎・三浦綾子の絆、窪島誠一郎の無言館の建設、様々な人たちの証言、そして阪井和夫氏、浜田盟子氏、西山道子さんを結ぶ縁、その末端に私も連なっていることの不思議、今回の旅はそれらを振り返っただけでも、大きな意味を持っていたように思えてならない。

 

と・・。ここに出てくる人々は、今回の旅の中で直接的にも間接的にも彼の心を

揺り動かした人たちである。

 

 深いえにし(縁)を私もまた感じる者です。

 

 
私はこの八月で70才に・・。この手作り本の作者は72才・・。お互いにこの世での『生』の残された時間は僅かと言う歳となりました。
 そんな中、彼は今回のミニ本のタイトルを『永遠に生きる者のごとく』と題して、過去を振り返りつつ、老人としていつまでも変わらず青年の如くバイタリティーを持って今を生き抜く自分をいろいろな角度から書き綴っています。
 
 聴力も衰え、眼底出血もあり、舌が荒れて刺激物を受け付けない体になりながら、このようにミニ本に思いの丈を書き綴り親しい仲間に送り続ける。それこそこのミニ本のタイトル『永遠に生きる者のごとく』です。
 
 彼は、昨年の夏、近々世界遺産になった富士登山を決行します。最近では三浦雄一郎がエベレストの登頂を80才にして実現され話題になりましたが、彼にとっては富士登山は、三浦氏のように一大決心を持って臨みました。《やれるあいだに、やっておけ》とこのミニ本の初めに書いています。いろいろな事に思い立ったり一歩ひくのではなく挑戦してみる。経験してみる。いわば自己実現を重ねてみる。それがいつしか年月とともに重なり合い、その人の深さとなる。彼からは、いつもそのようなことを感じています。学生時代、哲学者の森有正に魅せられて彼の著書を何冊が読んだことがありますが、その中に体験と経験ということが出てきます。哲学者の言葉ですから普通私たちが使う体験とか経験ということではなく、マザー・テレサが日々、積み重ねて体験してきた行為が、彼女をして『愛』としか呼べない生を経験と呼ぶ。彼女が献身的に行った愛の重層が彼女をして『愛』としか呼べない存在となり、それが経験の本質と私流に彼の言葉を理解したのですが、彼は、恩師と一杯やりながら、人が充実した生を生きる術を師から教わり次のように書いている。
 
 ○創造的に生きる
 ○向学心を持つ
 ○よく遊ぶ
 ○多くの人と交わりを持つ
 ○異性に関心を持つ
 
 この四点が人が充実した生を生き切る術だ、とあげているのです。
 
 このことをマザー・テレサに置き換えてみると、日々愛をもって『創造的に生き』 ・神に額ずくことで『常に学び自己を高め』・死の床に就く『多くの人と交わりを持ち』生きたそれが彼女をして『愛』としか呼べない経験となったと理解するのです。
 彼も、日々貪欲に創造的活動に生き、ミニ本を作り続けることで向学心を失わず、主に文通を通して仲間との交流を大切に日々生きている。彼をして何が彼の経験と言い得るのか、コツコツと書き続けた経験は、彼をして何と呼べばよいのか、送られてきたミニ本『永遠に生きる者のごとく』を手にして思いを巡らすのです。
 
 先日、神戸にいる友から手作り本が送られてきました。『RECENTLY・永遠に生きる者のごとく』です。この手作り本を開きながら、今日は『友』についてを少し書いてみたいと思います。
 
 
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 この手作り本の作者は、今までにもいろいろなところで取り上げましたが、私が武蔵野美大の学生時代に大学の『聖書研究会』というサークルで出会った古き友です。彼は絵画科で私は、彫刻科でした。武蔵野美大は、その頃は創立間もないころでした。当時、中野の高円寺の叔母の下宿先に居を構えていた私は、中央線の高円寺から中央線で国分寺駅に出て西武国分寺線に乗り換えぎ二つ目の鷹の台という駅で下車。駅の直ぐ側を流れる玉川上水沿いに二キロ弱歩いて大学に通っていました。この頃は鷹の台周辺は畑が続き、上水は鬱蒼とした木々が続いていました。この上水の木立に囲まれた登下校路は、私にとって一番の心休まる場所でした。何時もバッハやべェートーベンの曲を口ずさみ、この木立の道を歩きました。(現役の教師時代のことですが、募集に関しての情報を得るために美大の近くにある白梅学園という女子高を訪問したことがありました。今から十五年程、前のことでしょうか。其のときすでに鷹の台一体はびっしりと住宅が立ち並び、浦島太郎ごとき思いに囚われたことを覚えています。今は、もっと変化していることでしよう。)
 当時の武蔵野美大は、大学に昇格して間もない頃でしたので、一棟だけとびぬけて立派な鉄筋の真新しい校舎がキャンバスの中程に建っていて正門脇に女子寮の二階建ての鉄筋が建っていましたが、そのほかは平屋で、、私の属した造形学部等は、にわか作りで建てられたような平屋のプレハブ校舎。それが幾棟も並んでいました。絵画科も彫刻科もこの校舎でした。武蔵野の平野に吹きさらしの校舎。ただ広いだけの校庭に風に校庭の砂にあおられて舞い上がるような寒々とした風景がそこにありました。
 大学一年は、教養課程ということで絵画科の学生との交流も多く、デッサンや絵画が中心だったかと思います。木炭デッサンでは芸大に対抗すべく実在感を表現する物として大きな壺だとか、レンガだとか、そんなありきたりの物がモチーフとして使われていました。当時、絵画科も彫刻科も同じ棟ということもあって休憩時間は、よく校舎脇で絵画科の学生たちと談笑、自然交流が生まれました。加えて絵画科に私の高校時代の仲間もいましたので結構絵画科の学生たちとの親交も増えました。そんな時、目が鋭く少々異質な学生と出会いました。確か時々、手に短刀を持っていたかと思います。話し出したきっかけは覚えてはいませんが、極めて異質で個性的な学生という印象が今でも残っています。多分、絵画科にいた同じ高校出身の仲間を通してだったかと思います。その彼がこのミニ本の製作者のH君でした。私が内村鑑三に興味をもっていたことで二人は急速に近くなりました。というのも彼もまた、友人の紹介で内村を知り、内村鑑三の大ファンになっていたからです。その頃、彼は確か西武多摩湖線の武蔵大和駅?の近くに独立学園出身の仲間とともに下宿していました。急速に親交を深めた私は、幾度か泊りがけで尋ねたこともありました。
 
 下の下手な詞は、後年その頃の彼を思い出し作ったもので、現在の家内が曲を付けてくれました。時々仕事で自転車に乗って出かける時、40分程の道のりをこの歌を口ずさむことがあります。
 
    秋が去って 木戸吹く風が 乾いた音で きしませ吹く
 
  あれは 裸電球の下だった 絵筆を握り 出からしの番茶 飲みほし
 
  遥かな未来に 思いをはせた
 
  遠い昔の 学生時代
 
 
 
  錆びついた コンロ引出し  風花を  窓越しに  見つめていた
 
  あれは、雪降るあぜ道のことだった 崩るる雪を背に受けて  笑った友よ
 
  互いに未来に夢を 抱いた
 
  懐かしい友よ 学生時代  
 
   懐かしい友よ 学生時代
 
 
 
 
 
 大学を卒業して私は、高校の美術教師に・・。彼は大学の教授の指導方法や評価方法に疑問を持ち、絵画を断念。内村の影響もあってか、北海道の家庭学校で教護院の指導員の勉強。そんなこともあって、しばらくして二人は音信不通になり、月日が流れました。この間全く消息が分からないままでした。四十年以上も時間が流れたのです。でも、何故か彼との触れ合いの思い出が脈々と生き続け、時折、クラスの生徒たちや美術授業の時などで彼の話題を語ったものでした。それが四年前、武蔵野美大のサークル仲間の集い『富士見の集い』を彼が企画、当時の仲間と二人して当時のサークルメンバーの居場所を大学に通って調べたり、ネットで調べたりして、やっと私の居場所を探し当てたのです。そして、突然彼からの手紙が届いたのです。彼には失礼ですが、ひょっとして亡くなっているのではないかと思ったり、彼の故郷である淡路島に戻っているのではないかと思ったりしていたのですか、この突然の手紙が届いた時は、幾度もわが目を疑り、中々信じられませんでした。それは、まるで天から舞い降りたような奇跡とも思える『集い』の案内でした。そこから二人は、溜まっていた言い尽くせぬ思いあったのでしようか。堰を切ったように沢山な手紙交換が始まりました。彼と再会して今年で四年目に入りましたが、この間、彼から届いた手紙は六十数通にも及びます。彼から送られてきた手作り本は、三十冊余り・・。
 彼は、弟テオに手紙を出し続けたく画家ゴッホを正しく地でいくようです。(このミニ本を含め、友とは何かを彼の思い出をたどりながら次回で続きを書きたいと思います。)
 
 
 

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