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⁺彼は10年ほど前から「リーセントリー」という手作り本形式の個人通信を不定期的に出すようになります。それまでの彼は若葉学園で広報活動に熱心だったようですが、殊の外視聴覚障害の子供達を通園施設では園長として年に何回か発行された『ふくろう通信』では彼の思いのたけを載せていたようで彼から送られてきた「第10号 ふくろう通信」は90頁程にも及ぶまとめられた通信で全頁にわたって彼の篤い思いが吐露されていて素晴らしい。
その一ページには彼の思いが短詩として次のように掲載されています。
わたしの心の中には
ウォークマンを持ち歩いているわけではありませんが
つねに 音楽があります
道を歩いていても
風の中に 木々はおどり
雨の中に 雨だれが歌います音楽を
わたしは それらと周波を一人に合わせます
すると
つねに 心に音楽を
それが なんでもない人生を
ゆたかにする秘訣です
彼はとても感性豊かで讃美歌が好きでしたが、アイルランドの民謡等を含めてどうやら何時も口ずさんだり心の中で歌っていると思われます。また、無類の自然好きで富士山やアルプスの雄大な山々に心奪われ、道ばたに咲き乱れている草花を愛しく思い草花を見つけるとよくカメラのシャッターを切っていました。若き日の仲間の達との聖研の集いはそれをして自然の溢れた富士見(富士見駅は中央線の小淵沢の次です。)を「心の里」と呼ばしめたのでしょう。
さて、ここでどうしても「リーセントリー」(近状報告という意味)という手作り本に触れておく必要があります。彼は76歳で亡くなるまでに90冊という膨大な量の「リーセントリー」という手作り本を発行し続けました。
一冊につき20人程の知人・仲間に送りました。まずは用紙を大きさにそろえて切る作業・原稿の打ち込み・写真の挿入・レイアウト・装丁・発送まで大変な作業が続きます。私も彼に誘発されて大きさがB5判の手作り本を何冊か手がけたことがありますが、結構な作業です。しかし、物づくりですからいったん始めたらそれに集中し充実感が疲労を補って余りあるものです。私の手元に送られてきにはた「リーセントリー」には内村鑑三・キリスト教に関係したもの・彼が生涯大好きだった映画・東北大震災・富士見の集い報告・旅行記・老いについて・入院体験記・大好きなビールについて・死について・時局につて・原発について等々多岐にわたります。
彼は5年程前、癌に侵されます。病巣は肝臓でした。かなり大きな腫瘍になっているので、「すぐ入院して手術を!」と医者から強くすすめられたのですが、手術しても再発するケースも多く完治しない恐れもある、ということでその医者の勧めを彼は頑として断りました。絶対に手術はしない。という彼の決意でした。
癌の宣告を受けても彼は意気消沈せず、逆に癌に抵抗するかのように何回も海外に出かけます。その旅行には奥様の洋子さんが何時も同行しました。まず彼はインドに向かいます。行先はインドのコルカタです。マザーテレサの活動の場所。「死を待つ人の家」のあるコルカタ。テレサの「息吹き」を感じるためです。そして次に嘗て訪れた絶滅収容所(アウシュビッツ)のあるポーランドへ。彼にとっていつも心の中の問題点として誰しもが持ちうる≪我が内なるアウシュビッツ≫を再確認するために・・・。海外の最後が彼の愛してやまなかった「イ二シュフリーの島」の詩を生んだ二度目のアイルランドへ。そして「らい療養所」の」ある瀬戸内の長島愛生園へ・・。ここで彼に内村鑑三の存在を知らしめた友人の父親「宮川糧」の素晴らしい働きを知ります。・旅の最後は九州の水俣。NHKのテレビ番組で知った石牟礼道子氏の水俣病を扱った名著「苦海浄土」。彼はその内容に衝撃を受け、水俣の慰霊祭の旅に出かけたのです。
等々、死が宣告されてからこのように死に立ち向かうかの如く精力的に動き、それぞれを「リーセントリー」したためて知人・友人たちに送り続けた彼がいました。
そして奇跡が起きます。なんと不思議や、肝臓の癌の数値が下がったのです。この知らせを受けてびっくり・・。しかし、したたかな癌は場所を変え下から喉頭へと場所を移していたのです。以前、浅川巧の足跡を訪ねて韓国に旅行した時、キムチが大変舌の沁むということに見舞われ、そこに徐々に癌が転移していたようで舌に出来た腫瘍は治らず医者から治療を受けた後さらにひどくなり食べ物を食べるのも苦痛となり昨年の九月家族に見守られながら天国へと旅立ったのです。
こうして彼の人生を振り返ってみますと、若き日に彼の心を捉えて離さなかった内村鑑三の「後世への最大遺物」。(彼はこの本を数十回読んだとのことのとです。)彼は正しく《高尚なる勇ましい生涯》で生涯を閉じたと言えます。
最後に今回のタイトルの「神の国はあなた方の只中にある」についてですが、このタイトルはルカ福音書の17章の21節に出てくるイエスの言った言葉です。マタイは神の国は天の国と置き換えていますが、神の国の方がピンときます。というのもこの場合の「神の国」とは「神の支配」ということで、マルコ福音書の1章の15節〈時は満ちた。神の国は近くなった。悔い改めて福音を信ぜよ。〉と合わせて読みますと天ではなく神とした方がよりこの言葉の意味するものが見えてくるような気がします。ルカ福音書のこの節の前後をみますと、この箇所は救いと終末に関して「今こそ神の国に目覚めろ」というルカの救済史観が出ているともみてとれます。コンツルマンの著書に「時の中心」というルカ福音書と使徒行伝を扱った本がありますが、その著書で「時の中心点」とはイエスの働きである。それは、律法と預言者との古い秩序と、キリストの再臨によって終わりを告げる教会時代との間に立っている。イエスは古い秩序の終わりであると同時に、新しい秩序の初めである。と論じています。ルカは救済史観はこれを重ねてみますと、「救済の歴史の只中にイエスがいる」。パウロがそれを説いたということになるかと思います。その意味ではここに出てくる「只中」はそういう救済史観を指しているのかもしれませんが教会では牧師は「只中」は多くは信者の集う教会としています。しかし、私のような教会にも集会にも属さない者からみますとこれは個人一人一人の心の中のことだと思ってしまうのです。原田君は本田哲郎神父の言葉を例に挙げ「小さくされた者へのまなざしが信仰である」マザーテレサの「弱きもの・貧しきもの・病んでいる者」も「小さくされた者」であり、それらに対し注ぐ視線こそ信仰とし、宮川君の父君の宮川糧や、シュバイツァーや中村哲やネパール医師の岩村昇等々、主にあって献身的に生きた人々を挙げています。
彼は内村鑑三から「楕円の真理」と「独立心」と信仰を学んだ彼は内村に始まり内村に終わると思えるほど強い影響を受けたが本田哲郎神父やマザーテレサ等のカトリック関係方々・20年余り通った教会そして、児童文学者で詩人で小学校の教科書にも載っている仏教徒の野呂奘氏とは夫婦共々三十年余りにわたって親交を温めることが出来たのは宗派・宗教に拘らない彼の信仰・・。それは真に生きる人々に「神」を見からだと思うのです。
イエスは言う「あなた方こそ神の国の只中にいる」と・・。
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