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【解題】
本稿の大元の考察は12年前――1回り前の干支の年!――と、超大昔のものです。けれども、現在、ニューヨークの国連本部で、正にいま「核兵器禁止条約の交渉会議」が開催されている2017年の今こそ、本稿は読み返すに価するもの、鴨。そう感じたので――ここ数年書いた関連記事のリンクURLを加えて――再録することにしました。
蓋し、そう、例えば、核兵器禁止条約の如き発想。「条約をつくれば核兵器、少なくとも核兵器の使用を止めることができる」と考える空想的平和主義の悲しいまでの無内容さを見るとき。確かにその言葉は清楚で優しいけれども、要は、文化帝国主義的の滑稽と傲慢をその条約交渉のプレーヤーの言葉はの端々に感じるとき。なにより、冗談ではなくて――その無内容な条約を最大限利用するだろう支那と北朝鮮が即効で引き起こすに違いない――安全保障体制を巡って世界が不安定化することの危惧を感じたがゆえに!
5年ぶりに本稿を再録しようと思いました。尚、核兵器禁止条約がその具体的の相貌、その姿を正式にあらわした段階で本稿の続編をアップロードする心つもりです。
・被爆国たる日本には核武装する権利がある、鴨
http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/5dbbffd0fdb9901b9599883ce21bf038 ・濫用される「国際社会」という用語についての断想
http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/c3e3691fe42c9648d012251a71018c54 ・国連は「主体」ではなく「舞台」です
:国連人権委員会の正体 国連は日本を非難しないと出世しない組織 (追補あり)
・(再論)ゲーム理論から考える「不幸な報復の連鎖」あるいは
「不毛な軍拡競争」という言葉の傲慢さについて
・まずは「加憲」でいいのではないですか
――改憲派こそ「憲法」に期待しすぎるのやめませよう http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/9333930d645cf9bb127ad33d72915dd7 ▼戦争は人為か自然か?
2012/01/07 21:01
日々感じたこととか 大昔のものですが、私の週刊愛読書『週刊金曜日』でおもしろい文章を見つけました。当時の同誌編集部の成澤宗男さんの筆になる戦争の本性についての記述。笑う門には福来る。同誌を私は健康のために毎週購読しているのですけれども、2012年の今も、この記事は「笑ってすますわけにはいかないもの」とも感じましたた。以下、引用。
この国は、戦争を自然災害と同じように見なすのが伝統なのか。太平洋戦争の空襲や原爆投下などが語られはしても、その「悲惨さ」が誰によってもたらされたのかという議論はこの六〇年間国民にとって関心外だった。「悲惨さ」を嘆くことはあってもそれらをもたらした権力者の行為は不問にされ、あたかも天災犠牲者を弔う感覚だ。 だが戦争や有事は、自然界で突如生じる天災ではない。人間の行為の産物であるから予測が可能で、英知を働かせれば回避や予防もできる。だが。こうした常識は今も通用しないようだ。その代表例が、これから全国津々浦々を包み込もうとしている「国民保護計画」だろう。(後略:「国家はデマで国民を戦争に導くのか 全国各地で始まった「戦時訓練」」,『週刊金曜日』2005年12月9日号pp.17-19所収) まあ、昔も今も通用しない主張や認識のことを世間では「常識」とは言わないのでしょうが、この400字原稿用紙1枚にも満たない記事には大東亜戦争後の我が国で跳梁跋扈し猖獗を極めた戦後民主主義からの妄想平和主義の核心とも言うべき<世界観>が込められていると感じました。それは、我が優秀かつ勇敢なる自衛隊を違憲と捉えるだけでなく国家の自衛権をも否定するもの;そして、現在、行政法と憲法と国際法を無視して「無防備地域宣言の条例化」を推進しているカルト思想の基底と見られるものをです。 以下、(甲)「戦争は人為か自然か」→(乙)「人間は戦争を回避予防可能か」→(丙)「戦争に備える行為は戦争を誘発する危険な企てか/戦争を否定し戦争の準備を行わないことは戦争を誘発する危険な企てか」の三点につき検討します。 尚、引用した記事には、ご丁寧に無防備地域宣言運動全国ネットの事務局長・桝田俊介氏のコラム「無防備地域宣言は戦争に協力しない」(ibid, pp.18-19)が付随している。つまり、戦争の本性に関する『週刊金曜日』の考えは<無防備地域宣言運動>とも親近性があると思われるのです。これらを確認するために<無防備地域宣言運動>側の発言を一つ収録しておきましょう;滋賀県でこの運動にコミットしておられる方の提言。以下、「無防備地域宣言をめざす大津市民の会」事務局長・中川哲也さんの提言。 天災と違い、戦争は人間が意図的に引き起こすもの。ならば、人間の英知で戦争をなくすことは可能だ。無防備地域は「軍隊のない地域」の意。国際法と憲法9条を生かし、軍備を持たず、お互いが憎しみあわず多民族が共生できる社会を目指す。「武力で解決する」ブッシュ・小泉的思考から脱却し、「平和を愛する諸国民の公正と信義」(憲法前文)に住民の安全を託し、地域社会で戦争をなくすシステムを住民の手で作る。その核が無防備地域宣言と条例だ(以上、引用終了) ◆戦争は人為か自然か? 世に恐ろしいものの代表として「地震・雷・火事・オヤジ」と言います(尚、ここで本当は「オヤジ」は「大風=台風」なのですが、俗論の「親父=星一徹」のこととします)。而して、「火事」はいささか微妙ですが、地震や雷が自然現象であり天災であるのに対して、オヤジや戦争が「人間の行為の産物」であり「人間が意図的に引き起こすもの」、即ち、人為であることは取りあえずそう異論はないでしょう。 しかし、「自然界で突如生じる天災」は予測ができず予防や回避が難しいのに比して、「人間の行為の産物」や「人間が意図的に引き起こすもの」のすべてが予測可能で「英知を働かせれば回避や予防もできる」のかと問われれば、問題はそう簡単ではない。逆に、自然現象には法則性が見出されるのに対して、人為的事象には主観や運命が介在する余地が多く、寧ろ、自然現象は法則を活用したコントロールが可能なのに対して、「女心/男心と秋の空」の如き人為の制御は難しいとも言えるからです。 更に、根本的な問題がある、鴨。自然現象と人為の差は、実は、(N)その動因を人間以外のものに求めるか人間の行為や意志に求めるのかを基準にしてカテゴリー分けできるだけでなく、(H)その現象を<原因→結果>の因果関係で理解できるか、あるいは、<目的→行動>の目的連関で捉えられるのかという認識論的な違いによってもカテゴリー分けができるということ。そして、世の森羅万象の事物の、この「因果関係−目的連関」という二つの判定基準による自然と人為への分節(振り分け)は、相互に孤立した判定であり、相互に他の判定を否定も肯定もしないということです(老婆心ながら申し述べれば、例えば、大晦日にしこたま飲んだ結果の飲酒運転が引き起こす交通事故の如く、ある一つの同じ事象に因果関係と目的連関の双方が観察されることも希ではないということです。為念)。 ◆戦争は回避可能か? 戦争の本性の吟味について「自然と人為の差異」をどのように捉えるか。私は<三次元マトリックス>とも言うべき認識枠組みを提案します。即ち、 世の森羅万森羅万象を(X)動因が人間の意志に起因するか否か、(Y)その現象の中に法則性が観察できるか否か、(Z)その現象を人間が制御可能か否か、という3対の軸でもって位置づければ、少なくとも、戦争の本性を考える作業を生産的にする、鴨と(★)。 ★註:三次元マトリックス 三次元マトリックスによれば、地震・雷・台風・火事・オヤジ、そして、戦争は各々次のように表記できる、鴨。尚、下で使用する1行3列表記:例えば、(1:0:0)は(第1列)動因が人間の意志に起因する、(第2列)現象の中に法則性が観察できない、(第3列)その現象を人間が制御不可能という情報に対応するものです。 地震(0:0:0)、雷(0:1:0)、台風(0:1:0)、火事(1:1:1)、オヤジ(1:?:1)、戦争(1:0:0)、と。すなわち、何十年間隔での周期性が確認される幾つかの地震は(0:1:0)になり、あるいは、「雷が神奈川県東部で発生する」という精度なら(0:1:0)でしょうが、「今日の午後2時から5時の間に川崎市麻生区の新百合ヶ丘駅北口ロータリーに落雷する」かどうかという事態になれば(0:0:0)になるでしょう。また、統計的な観察からは火事の発生や交通事故の死亡事故は(1:1:1)かもしれませんが、一件一件の特定の火災や事故は(1:0:0)になるの、鴨。 私は何が言いたいのか。それは、人為だから予防と回避が可能とか、自然現象は予防や回避が不可能とは言えないということです。例えば、世界規模の大恐慌はケインズ革命以前には人為であったのでしょうが(ある程度予測は可能ではあったにせよ)予防も回避もできなかった。なにより、1973年のオイルショック以降、世界の経済成長率とある国家財政における社会福祉コストの増加率のギャップは現在でも基本的には解決されていません。畢竟、あるタイプの戦争もまたそうではないでしょうか。 而して、動因の観点からは戦争は人為かもしれないが制御可能なものばかりではない。このタイプの戦争は予防と回避が不可能という点では台風や地震などの自然現象となんら変わらないということです。 ◆戦争に備える行為は有害か有益か? 戦争は人為かもしれないが制御可能なものばかりではないのではないか? 要は、戦争はなぜなくならないのか? 簡単です。領土問題・自国民の保護、国家の正統性の確保・国民経済の存立の確保、このような国家の存在と国民の生存を巡る幾つかのタイプの国際紛争において、人類は「戦争よりも効率的で効果的な紛争解決の手段」をいまだに手に入れてはいないから。畢竟、日本にとっての日清・日露の両戦役および大東亜戦争などはその典型例と言うべきものでしょう。 逆の方向から敷衍します。戦争を地上から消滅させる方法としては大きく次の五つがあるの、鴨と。即ち、1「兵器消滅型」、2「抑止力均衡型」、3「人類消滅型」、そして、戦争をできない<本能>を人類が後天的に獲得する4「突然変異型」。及び、戦争の主体たる主権国家がすべて消滅する5「国家消滅型」の五つです。 而して、4「突然変異型」と5「国家消滅型」は<問題解決の納期>を30年とか100年とかに制限するとすれば3「人類消滅型」とほとんど差のない理想論というかSFの世界の御伽噺の類でしょう。 また、1「兵器消滅型」での戦争の消滅を実現するためには、すべての攻撃兵器の破棄を全世界が「同時に始め」、また「同時に終了」しなければ意味がないと思います。どこかの国が抜け駆けをすれば、その意図は瞬く間に崩壊するでしょうから。よって、これまた非現実的であり、畢竟、人類に残された戦争をなくす方途は2「抑止力均衡型」しかないと私は考えるのです。 ならば、「戦争よりも効率的で効果的な紛争解決の手段」が発見されていない現在、戦争がなくなるケースは独り抑止力の上での均衡のみということになる。就中、理想的には、どのプレーヤーも(=主権国家もテロリスト集団も!)現在の状況を悪化させない限り別のより良い状況には入れないという「パレート最適モデルの均衡状態」を、可能な限り長く可能な限り広範な紛争において実現すること。それが「不愉快な正解」とも言うべき<戦争を巡る正しい認識>なのではないでしょうか。而して、実は、それが曲がりなりにも20世紀の二度の世界大戦を通して人類が実現しようと努力してきている方途に他ならないの、鴨。 畢竟、あるタイプの戦争が不可避である限り人類に許されているのは、戦争の発生をミニマムに抑え戦争が発生した場合には戦争が惹起する悲惨をミニマムにすること。言わば<戦争との平和的共存>だけではないか。ならば、戦争の惨禍をミニマムするために次の三点をたゆまず推し進めるべき、鴨。と、そう私は考えます。すなわち、 ◇人類と戦争との平和的共存のためのスキーム ・兵器・法制度・国民意識のすべてにおいて戦争に備える努力 ・戦争でなくとも解決できるタイプの国際紛争を漸次拡大する努力 ・抑止力の均衡を維持しつつ、漸次、武力自体をミニマムにしていく努力 結論:戦争は人為ではあるが制御可能とは言えない。 この認識からは、戦争でなくとも解決できる国際紛争と戦争でなければ解決できない国際紛争の違いを理解せず、また、平和をもたらす抑止力の均衡を否定するが如き、憲法9条教の如き主張は、平和を希求するその美しい言葉とは裏腹に、世界の不安定化を招き戦争を誘発する危険なものである。と、そう私は確信しています。 尚、戦争を巡る現在の国際法の内容に関しては下記拙稿をご参照いただければ嬉しいです。 |
復響
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2008年の世界金融危機に端を発する世界同時不況のためか、あるいは、所謂「失われた10年」から日本を脱却させた小泉構造改革が道半ばで小休止したことに起因する(それ自体は根拠薄弱さを曝して竜頭蛇尾に終った)所謂「格差社会論」の延長線上のことなのか、ここ1年半ほどこれまた所謂「新自由主義」に対する批判を超えて「資本主義」自体に対する批判が日本では喧しい。しかし、私が見聞きする限りアメリカのみならず欧州では現在の「資本主義−市場主義経済」にどのようなスタビライザー(制度的な安定装置)を組み込めば世界金融システムは再生可能なのか、あるいは、どのような「経済的−社会的規制」のパッケージを導入すればアメリカ流の強欲資本主義的な企業の反社会的で美しくない行動を抑制できるかが政策論議の中心軸であるのに対して、こと日本では「正か邪か!」の如き勢いで、かつ、「文芸批評家的」な高みからする無責任な「資本主義の終焉論」が論者の口の端に上ることも稀ではないように思われます。 蓋し、20年前、1989年−1991年にその不公正さと不効率さを露呈しつつ「社会主義−共産主義」が現役の経国済民の政策パッケージ(「経済体制−社会体制」)ではありえないことが「歴史的−論理的」に証明されたことを、大東亜戦争終結後のこの社会で跳梁跋扈し猖獗を極めた戦後民主主義を信奉する勢力、すなわち、隠れ左翼とも言うべき日本の「プロ市民」や「リベラル派」はいまだに認めていないということでしょうか。カール・マルクスは『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』(1852年−1869年)の劈頭で「ヘーゲルはどこかで、すべて世界史上の大事件と大人物はいわば二度現われる、と言っている。ただ彼は、「最初は悲劇として二度目は喜劇として」とつけ加えるのを忘れた」と書いていますが、「社会主義−共産主義の破綻」も二度あるのかもしれません。最初は「悲劇−社会主義諸国の崩壊という歴史上事件」として、そして、二度目は「喜劇−社会主義という<死者>を蘇生させようとする無意味な文芸評論上の茶番」として。 本稿はそのような「喜劇」を楽しむための、つまり、「隠れ左翼の遠吠え」をよりよく理解するための「観劇ガイド」です。他方、それが結局はいかに馬鹿げた主張であれ、なにほどかの根拠に基づき論理的に語られる主張はその知の領域に不案内な者にとって、例えば、ミシェル・フーコーが語った意味での「権力としての<知>=素人たる他者に隷属を強いる力としての<知>」になりかねないでしょう。よって、本稿の第二の目的は、日本の隠れ左翼たるプロ市民やリベラル派に対する「携帯用理論武装アイテム」を保守改革派の同志の皆さんに提供することです。 実際、書籍でもネットでも、マルクスに関する簡潔な「要点便覧」は極めて稀。Wikipediaにせよ、それは左翼の(百歩譲って左右の)「マルクス愛好家」による、「マルクス愛好家のためのマルクス紹介」でしかない。要は、別に読まずに済むものならマルクスなど金輪際読みたくもないという素人の保守改革派向けの情報を寡聞にして私は知らないのです。蓋し、戦後民主主義を信奉する左翼プロ市民や朝日新聞・NHKの主張と情報操作に反論反撃する上でマルクスについて何を知っていればよく何は知らないでよいのかを仕分けした上で、(不愉快ながら必要になる蓋然性の高い)要点のリストと要点の概要をまとめたそれこそ印刷すればA3サイズ2枚二つ折のリーフレット程度にまとめられた情報はネット上にもほとんどないのではないでしょうか。而して、「ないなら作ってしまえ!」と。これが本稿作成のそもそもの動機です。 けれども、本稿にはもう一つの目的がある。それは保守改革派の皆さんにマルクスの社会思想に対する興味や関心を持っていただくことです。蓋し、ポスト工業化社会における所謂「限界費用逓減」の傾向が現実味を増しており(マルクスの経済学が依拠するパラダイムたる古典派経済学を打ち倒した)新古典派総合の経済学さえその理論的基盤が揺らいでいる現在、所謂「マルクス主義経済学」なるものには、最早、学説史上の価値しかない。要は、マルクスの思想が「マルクス主義経済学」にすべて還元可能ならば経済学史に興味のある方でもない限りマルクスの著作を今更紐解く必要はまずないのです(というか、30年近く左翼運動を見てきた私が確信を持って想像するに、単独の言語としては世界で一番『資本論』が印刷出版されてきたこの日本で、かっての左翼と現在の隠れ左翼を合算しても、邦訳か英訳でさえ『資本論』全三巻を三度以上通読した者は10%を確実に切るだろうし、まして、ドイツ語の原書か(『資本論』の特殊事情なのですが)準原書のフランス語版で『資本論』全三巻を三度以上通読した者は0.1%を遥かに下回るはずです。つまり、左翼の中で「『資本論』を読んだことがある」言っても満更嘘ではない人士は千人に1人もいないということです)。 では、マルクスの思想はマルクス主義経済学に還元可能か? 私はマルクスの社会思想がマルクス主義経済学に大凡還元可能とは考えていません。比喩を使い敷衍すれば、マルクスの思想は「宇野経済学」に収まりきれるものではなく「向坂逸郎のマルクス主義」をも包含している、と。宇野弘蔵氏は(日本でだけ有名な)世界的マルクス主義経済研究者ですが(笑)、その宇野経済学などは、最早、過去の遺物にすぎぬとしても、マルクスの社会思想はいまだによりよい社会の再構築を希求する者にとって豊饒なアイデアの源泉である、と。蓋し、マルクスは結果的にせよ『資本論』という経済学の書物に表示義(denotation)としての経済理論のみならず共示義(connotation)としての社会思想・社会哲学を盛り込んだと言えるのかもしれない。『資本論』の副題が「経済学批判」であることはそれを暗示しているように私には思えるのです。 もちろんこれらのことは読者の側のテクスト解釈に任せられるべき事象であり、私は、例えば、アルセチュール『資本論を読む』や廣松渉『マルクス主義の成立過程』『物象化論の構図』の如く、私のマルクス解釈が「マルクスの真意」であるなどと僭称しているのではありません。というか、誰にせよ「ドイツ語のできる腕っこきの降霊術師」でも雇わない限りマルクスの真意なるものを特定することは不可能なはず。ならば、2009年に生きる我々にとってのマルクス主義とは歴史的に受け取られてきた(つまり、マルクス=レーニン主義からのマルクス解釈を中心とした)マルクスの<テクスト>の意味内容でしかなく、アルセチュールの解釈も廣松渉の解釈もこの知識社会学的な観点からは単なるプライベートなマルクス解釈のone of themにすぎないのでしょうから。 畢竟、マルクスの社会思想(例えば、弁証法的唯物論−唯物史観、疎外論・物象化論・物神性論、商品論−貨幣論、「市民社会−政治的国家」論、恐慌論−生態学的社会論、等々)は現在では人類の知的共有財産と言うべきものであり、而して、それは我々保守改革派が「態度としての保守主義」を超えて体系的かつ実践政策的な「社会思想としての保守主義」を構築していく上でアイデアの宝庫とも呼ぶべきものではないのか。マルクスの社会思想に対してこのような認識と評価を持つがゆえに、(専門外の素人であることを顧みず)謂わば「マルクスの可能性の残余」と私に思えるマルクスの社会思想の便覧を保守改革派の同志の皆さんに向けて書くことにしました。尚、私の「保守主義」を巡る基本的な考え方は下記の拙稿をご一読いただければ嬉しいと思います。 ・「左翼」の理解に見る保守派の貧困と脆弱(1)〜(4) http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11148165149.html ・「偏狭なるナショナリズム」なるものの唯一可能な批判根拠(1)〜(6) http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11146780998.html ◆目次 ・マルクスの生涯と著作 ・マルクス社会思想の背景と構図 ・マルクス関連必須用語 ・保守主義から見たマルクスの可能性の残余 ■マルクスの生涯と著作 カール・マルクス(Karl Marx:1818年−1883年)はドイツのラインラント州トリーア市にプロテスタントに改宗した「洗礼ユダヤ人」弁護士ハインリッヒ(Heinrich Marx:1777年−1838年)の子として生まれました。しかし、マルクスの父方も母方もユダヤ教のラビ(rabbi:ユダヤ教の教師・律法学者)の家系であり、マルクスも「割礼を受けたユダヤ人」ですが6歳の時に洗礼を受けプロテスタントに改宗しています。マルクスの生涯を大雑把に整理すれば次の四期に区分けすることができると思います。 (Ⅰ)ドイツ時代:1818年5月−1843年9月 (Ⅱ)パリ時代:1843年10月−1845年1月 (Ⅲ)ブリュッセル時代:1845年2月−1849年8月 (Ⅳ)ロンドン時代:1849年9月−1883年3月 マルクスの生涯の同志であり親友であったエンゲルス(Friedrich Engels:1820年−1895年)はマルクスより2歳下。多少因縁めいた話をすれば、マルクスの没年(1883年)に「マクロ経済学」の創設者ケインズと「資本主義の経済発展におけるイノベーションの死活的重要性」を説いたシュンペーターが生まれています。 日本でマルクスと生年の近い人物としては、井伊直弼(1815年−1860年)、島津久光(1817年−1887年)、勝海舟(1823年−1899年)、大村益次郎(1824年−1869年)、天璋院篤姫の夫である徳川家定(1824年−1858年)等々がおり、大久保利通(1830年−1878年)、吉田松陰(1830年−1859年)、孝明天皇(1831年−1866年)はマルクスより一回り下の世代にあたります。而して、マルクスの主著『資本論』(1867年)が世に出たのは大政奉還の年、我が明治維新の年なのです。アダム・スミスの主著『国富論』(1776年)が出版された年に独立宣言がアメリカで採択されたことと併せて歴史の妙を感じてしまいます。以下、マルクスの生涯と著作について要点を紹介します。 (Ⅰ)ドイツ時代:1818年5月−1843年9月 極めて成功した弁護士の「お坊ちゃま」として、大学に入学するまでマルクスは郷里のトリーアですごします。ちなみに、マルクスがパリ時代の直前に(1843年6月)結婚した妻は、その父がプロイセン政府の枢密顧問官、その異母兄は後にプロイセン政府の内務大臣を長らく務めるという貴族出身の女性。而して、「マルクス自身も自分の実子(娘たち)はブルジョア家庭の娘として教育し、女中(レンヒェン)との間にできた息子は労働者階級の子供として無教育のまま放置」した(森嶋通夫『思想としての近代経済学』(岩波新書・1994年, pp.111-112)、19世紀のブルジョア家庭の<常識>を備えた人物だったのです。 1835年、父親の勧めによりマルクスは地元のボン大学法学部に入学、同じくパパ・マルクスの意向で1836年プロイセン国内の最高学府ベルリン大学法学部に転校します。謂わば、福島県相馬地区一番のやり手弁護士の息子が東北大学法学部に入学し、1年後、東京大学法学部に転学したようなものでしょうか。ただ、マルクスは法学に興味が持てず、歴史学や哲学や詩学、特に、当時のドイツ哲学界を風靡していたヘーゲル左派の哲学にのめり込んで行ったようです。而して、(ベルリン大学やボン大学より学位が取りやすかったためか)イエナ大学哲学部に博士論文を提出し1841年4月に学位取得。翌1841年5月にマルクス博士はベルリン大学を卒業します。 卒業に際して大学の教職を望むものの政治的・性格的の諸般の事情でかなえられず、マルクスは自由主義的なスローガンを掲げ発足したケルン市の『ライン新聞』に関わることになり、忽ち「主筆」(実質的な編集長)の役割を果たすことになります。後年、マルクスの死亡届の職業欄には「著述業:Author」と記されるのですが、私はマルクスは当時一流の経済学者であり三流の革命家、そして、生涯を通してその職業はジャーナリストであったと考えています。いずれにせよ、そこでマルクスは「支那製陶器」の如く綺麗ではあるが中空の哲学論議では解決しえない現実の社会的諸問題に遭遇する。この辺りの経緯を『経済学批判』(1859年)の序言からマルクス自身の言葉で確認しておきましょう。尚、本稿でマルクスの引用は原書原文に鑑み適宜修正します。 「わたくしの専攻学科は法律学であった、だがわたくしは、哲学と歴史とを研究するかたわら、副次的な学科としてそれをおさめたにすぎなかった。1842年から43年のあいだに、「ライン新聞」の主筆として、わたくしは、いわゆる物質的な利害関係に口をださないわけにはいかなくなって、はじめて困惑を感じた。森林盗伐と土地所有の分割についてのライン州議会の討議、当時のライン州知事フォン・シャーペル氏がモーゼル農民の状態について「ライン新聞」にたいしておこした公の論争、最後に、自由貿易と保護関税に関する議論、これらのものがわたくしの経済問題にたずさわる最初の動機となった。 他方では、当時は「さらに進もう」というさかんな意志が専門知識よりいく倍も重きをなしていた時代であって、フランスの社会主義や共産主義の淡い哲学色をおびた反響が「ライン新聞」のなかでもきかれるようになっていた。わたくしはこの未熟な思想にたいして反対を表明した、だが同時にまた(中略)わたくしのこれまでの研究では、フランスのこれらの思潮の内容そのものについてなんらかの判断をくだす力のないことを率直にみとめた」(岩波文庫・1956年, p.12) (Ⅱ)パリ時代:1843年10月−1845年1月 その自由主義的で過激な論調ゆえに『ライン新聞』が発禁処分になる直前、マルクスは同紙を退き(1843年3月)、「社会主義−共産主義」思想と経済学の本格的な研究に打ち込むことになります。そのマルクスを受け入れてくれたのはパリ。そこでマルクスはドイツとフランスの社会主義に関心を持つ読者のための雑誌(実は、フランスの社会主義者からはほぼ相手にされず実質ドイツの社会主義者向けにパリで編集された雑誌たる)『独仏年誌』の共同編集者に迎えられます。 注意すべきは、マルクスの郷里モーゼルワインの産地として有名なトリーアは、フランス革命期に(1794年)フランスに占領されナポレオン戦争の終結に際して(1815年)プロイセンに併呑された地域にあったこと。畢竟、フランスの占領期にフランス流の自由主義を謳歌し、逆に、旧フランス占領地域を蔑むプロイセン治世下では抑圧的な政治のみならず、森林の共有地に対する入会権的慣習を認めない近代法の原則的適用に苦しめられ、更に、プロイセンの関税同盟政策(1834年)によってフランスという大消費地を後背地とする農工業生産の要衝からプロイセンの一経済的辺境に逼塞せしめられた地域にそれは属することです。 マルクス少年の眼には所有権を絶対視する近代法適用の徹底化や関税同盟という国の一個の経済政策によって郷里が日一日と衰退していく様子が映っていたのではないか。高度成長期の「石炭から石油・原子力へ」というエネルギー政策の転換によって郷里が年々衰微していった有様をはっきり覚えている福岡県大牟田市出身の私にはそう思われて仕方がありません。而して、マルクスが『ライン新聞』時代に遭遇した社会問題は必然的な邂逅であり、マルクスが哲学研究から「社会主義−共産主義」思想と経済学の研究に向かったのは当然のことだと思われます。それもあり、15ヵ月に満たないこの時代は主に研究に充てられましたが、後に「初期マルクス」と呼ばれる一連の著作が書かれ始める時期でもあります。 以下、この時期の著作。尚、(03)はマルクスの生前は未公刊であり、1932年モスクワのマルクス=エンゲルス研究所から『マルクス=エンゲルス全集』(「旧MEGA」)の一部として著述から88年ぶりに世に知られた曰く付きの著作です。 (01)ユダヤ人問題によせて(1844年) (02)ヘーゲル法哲学批判序説(1844年) (03)経済学・哲学草稿(1844年) (04)聖家族(1845年:エンゲルスとの共著) (Ⅲ)ブリュッセル時代:1845年2月−1849年8月 ドイツ社会の現状を激しく批判するマルクスの著作活動はプロイセン政府の逆鱗に触れ、1845年初頭、プロイセン政府の圧力でフランスはマルクスに国外退去を命じる。落ち延び先は(フランス七月革命の余波の中で1830年にオランダから独立したばかりの)ベルギーの首都ブリュッセル。 もうすぐそこに迫っていた「二月革命−三月革命」(1848年)の予兆を感じつつ、この時代、マルクスは国際共産主義運動のネットワーク構築を目指す(実質は亡命ドイ人活動家がその過半を占めていた)「共産主義者同盟」(旧称「ロンドン義人同盟」)での活動やドイツの社会主義運動を支援する『新ライン新聞』の創刊(1848年)等々の実践活動に精力的にかかわっていきます。この時期にマルクスが置かれていた思想状況を再び『経済学批判』の序言から引用しておきます。 「わたくしをなやませた疑問【森林窃盗等の現実的社会問題】を解決するために企てた最初の仕事は、ヘーゲルの法哲学の批判的検討であった、この仕事の序説【『ヘーゲル法哲学批判序説』】は、1844年にパリで発行された『独仏年誌』にあらわれた。わたくしの研究が到達した結論は、法的諸関係および国家諸形態は、それ自身で理解されるものでもなければ、またいわゆる人間精神の一般的発展から理解されるものでもなく、むしろ物質的な生活諸関係、その諸関係の総体をヘーゲルは一八世紀のイギリス人やフランス人の先例にならって「ブルジョア社会」という名のもとに総括しているが、そういう諸関係にねざしている、ということ、しかもブルジョア社会の解剖は、これを経済学にもとめなければならない、ということであった。この経済学の研究をわたくしはパリではじめたが【『経済学・哲学草稿』を書き始めたが】、【フランス首相】ギゾー氏の国外退去命令によってブリュッセルにうつったので、そこでさらに研究をつづけた」(ibid. pp.12-13) ブリュッセル時代のマルクスの著作は以下の通りです。 (05)フォイエルバッハ・テーゼ(1845年) (06)ドイツ・イデオロギー(1845年:エンゲルス、ヘスとの共著) (07)哲学の貧困(1847年) (08)賃労働と資本(1847−1849年) (09)共産党宣言(1848年:エンゲルスとの共著) マルクスはパリ時代の後半からブリュッセル時代の前半にかけて、片や、現実離れした観念の遊戯たるヘーゲル左派の哲学と、他方、現実に埋没する今ひとつの観念論たる所謂「空想的社会主義」を批判していくのですが、その作業のための新たな「武器=経済学」の調達をも同時にこの時期に行なわなければなりませんでした。 ところで、ブリュッセル時代にマルクスの思想にはなんらかの断絶があると主張する新左翼系やポスト=モダン系の論者が存在します。アルセチュールや廣松渉に代表される、所謂「認識論的切断」「方法論的切断」「物的世界像から事的世界観への推転」「実体概念を使った表象から関係概念を使った認識への移行」がそこで「弁証法的唯物論」を確立した『ドイツ・イデオロギー』に読み取れる、と。また、次のロンドン時代のことになるのですが、「1857年恐慌のあと、したがって六〇年代の比較的早い時点で、エンゲルスはともかく、マルクスは恐慌=革命テーゼを放棄したと判断」されるとする論者もおられる(大内秀明『もう一人のマルクス』日本評論社・1991年, p.81)。 これらは、例えば、カール・ポパーからの、マルクス主義は神ならぬ身の人間が知り得るはずもない歴史法則なるものを発見したと詐称する<歴史主義>であるという批判や、分析哲学がその成立の不可能なことを示した「実体概念」を用いてマルクス主義は綴られているという批判、あるいは、「マルクスの預言と異なり資本主義は崩壊消滅しなかったではないか」という指摘に対する左翼陣営からの対応と思われます。 蓋し、アルセチュール自身、その晩年には「認識論的切断」の存在を否定しているだけでなく、彼等の主張には明確な文献上の証拠はなく、他方、かなり特殊な用語法(例えば、彼等の用いる「実体主義」「関係主義」の語義!)が見られる。要は、それらは解釈にすぎず、百歩譲っても我々保守改革派には無用な左翼内部のマニアックな議論だと思っています。いずれにせよ、先にも述べた通り、それらは彼等のプライベートな解釈であり現実の歴史の中で影響を与えてきた<マルクスの思想>とは一応無縁と考えてもよいでしょう。 以下、
<読まずにすませたい保守派のための<マルクス>要点便覧
−あるいは、マルクスの可能性の残余(弐)>に続きます〜♪
<続く> |
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敵は本能寺にあり、鴨。蓋し、フランシス・ベーコン(1561−1626)は人間の認識を歪める契機として4個の「イドラ:idola」−−コミュニケーションに起因する偏見としての「市場のイドラ」、井の中の蛙的な知見の狭隘さに起因する「洞窟のイドラ」、その時代時代を牛耳る有力な思想に影響されることに起因する「劇場のイドラ」、生物の一つの種族としての人間に生得的に備わっている認識と理解と思考の能力の有限性や特殊性に起因する「種族のイドラ」の4者−−を抽出したけれど、大なり小なり海外報道にはそのすべてが、週刊金曜日的や朝日新聞的の認識には異文化コミュニケーション領域の「市場のイドラ」を除く三者(3.5者?)が、しかし、その三者(3.5者?)においては海外報道よりも遥かに強烈に炸裂しているの、鴨。
・「市場のイドラ:idola fori」(idols of the market place) ・「洞窟のイドラ:idola specus」(idols of the Cave) ・「劇場のイドラ:idola theatri」(idols of the theatre) ・「種族のイドラ:idola tribus」(idols of the tribe) 他方、カント(1724−1804)が『純粋理性批判』(第1版1781年A;第2版1787年B)で喝破した如く、「内容なき思考は空虚であり、概念なき直観は盲目である:Thoughts without content are empty, intuitions without concepts are blind.」(p.A51=B75:「先験的原理論」の「第2部門−先験的論理学」の「序論−先験的論理学の理念」)とするならば、海外報道と週刊金曜日的や朝日新聞的の認識を比較するとき、両者の「空虚」と「盲目」の度合いは後者の方がそのいずれにおいても桁違いに凄まじいと言える、鴨。 ことほど左様に、敵は本能寺にあり、敵は中央区築地にあり、敵は渋谷区神南にあり。反日海外報道の害毒の源泉は朝日新聞とNHKにあり、と。このことは、例えば、所謂「従軍慰安婦」なるものについての彼等の無知と詭弁を反芻するとき明らかではないでしょうか。 所謂「従軍慰安婦」なるもの巡る、朝日新聞、あるいは、鈴木宗男氏に連座してオランダ大使を罷免された、また、ワシントンポストの記者をしていた双子の兄は性犯罪を病気のように繰り返しとうとう刑務所に入った東郷和彦氏の議論は噴飯ものの杜撰なものでしょう。要は、 (ⅰ)所謂「従軍慰安婦」なるものを、①日本軍が組織的に、②朝鮮等の日本本土以外の地で、③本人の意志に反して強制的に女性を集め、④専ら戦地における日本軍将兵を相手に売春をさせるべく、⑤それらの女性の自由を拘束し続けた、⑥組織的計画の被害者と定義するならば (ⅱ)そのような「従軍慰安婦」は存在しない/その存在を日本政府の資料、もしくは、旧日本軍の将兵の証言から証明することはできない。例えば、「従軍慰安婦」に関して「軍が組織的に関与した」証拠として吉見義明氏が防衛研究所で発見したとする「軍慰安所従業婦等募集に関する件」という通達なるものも、論理的には軍が関与していないがゆえに出さざるを得ない通達であることが確定している (ⅲ)よって、そのような「従軍慰安婦」なるものが存在したと銀河系で初めて書いた、職業的詐欺師の吉田清治『私の戦争犯罪 朝鮮人強制連行』(三一書房・1983年)は<妄想歴史小説>にすぎず、また、それが<妄想歴史小説>である限り、その<妄想体系>において初めて成立した「従軍慰安婦」という概念もまた指示対象を欠く無意味な言葉にすぎない(つまり、「証拠が今までのところ見つかっていない」のなら「従軍慰安婦」は存在しないのです。なぜならば、「従軍慰安婦」なる概念自体が吉田氏の発明品なのだから) (ⅳa)ここまでは、日本国内では左右、保守リベラルと立場こそ違え最早共通認識と言える (ⅳb)海外からの「日本は所謂「従軍慰安婦」なるものに対してきちんと謝罪も補償もしていない」まして「河野談話見直しなど破廉恥だ」等の日本批判は、これら(ⅰ)〜(ⅲ)の経緯に関する無知を苗床にして蔓延した善意の滑稽譚である。その滑稽ぶりは、例えば、アメリカ下院外交委員会で提案された、所謂「従軍慰安婦」なるものを巡る対日非難決議(House of Representatives, 110th Congress 1st Session, Resolution 121)に炸裂している(この決議原文は下記拙稿の(中)(下)をご参照ください) ・安倍総理の逆襲−「従軍慰安婦」という空中楼閣に依拠した New York Timesの自民党新総裁紹介記事(上)〜(下) http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11397816233.html 而して、朝日新聞、あるいは、東郷和彦氏の議論は(例えば、「私たちはどのような日韓関係を残したいのか」(『世界』(2013年3月号)所収, pp.137-145));「政府の予算を使って「慰安婦」に道義的補償を」(『週刊金曜日』(2013年2月15日号−931号)所収,pp.26-27)に明らかなように)次のようなもの、 (ⅴ)(α1)(ⅰ)の「従軍慰安婦」の定義にかかわらず、(α2)日本国、就中、日本軍が軍政を敷きその地域の治安等を担っていた戦地のエリア内で、(α3)その稼業に入る/稼業を続けるにつき自分の意志に反して売春婦稼業に従事していた、(α4)外国人の女性に対して、(α5)日本と日本軍は「広義の強制」を課していたと言える、ならば、 (β1)それらの「広義の強制」の被害者たる「慰安婦」に対しては道義的な補償を行うべきなのだ(2003年3月25日、2004年11月29日、そして、駄目押しの2007年4月27日の最高裁判決により、広義(ⅴα)だろうが狭義(ⅰ)だろうが、要は、所謂「従軍慰安婦」にせよ、単なる「慰安婦」にせよ、日本に対する法的な賠償請求権は認められないことが確定している以上そうすべきだ)。而して、(β2)「河野談話」もよく読めば「広義の強制」を認めたものにすぎず、また、法的賠償責任は否定しているのだから、現実的な落としどころである(β1)と矛盾せず破棄や否定するには及ばない。否、その破棄や否定は人権価値に対する日本の消極的な姿勢の証左と国際社会では受け取られかねず得策ではない 加之、(γ1)海外では「狭義の強制」か「広義の強制」かなど誰も問題にしていない。ポイントは、女性の人権に日本が価値を置く国かどうかだけだ。「軍人がトラックにぶちこんで連れていった女性が仮にいないとしても、騙されて連れて行かれ、逃げられずに「慰安婦」を続けるしかなかった女性はいるわけでしょう。だったら女性を傷つける点では同じでしょう。なぜ日本人が問題にするかわからない」(ibid, 週刊金曜日,p.27)、「慰安婦が「甘言をもって」つまり騙されてきたという事例があっただけで、完全にアウトである」(ibid, 世界, p.140)、と。よって、(γ2)「河野談話」の否定は日本の文明国としての信用と品性を毀損するものであり行うべきではない、と ちなみに、欧州議会やアメリカ下院の反日決議に盛り込まれた事実認識はそれらの参考資料リストを見るまでもなく、明らかに、吉見義明氏やジョージ・ヒックス『The Comfort Women』(1995年)、または、吉田清治氏の編み上げた<妄想>の枠内にあり、それは、国連に提出された「ラディカ・クマラスワミ報告」(1996年)あるいは「ゲイ・マクドゥガル報告」(1998年)についても同様。 要は、海外では「狭義の強制」の犠牲者としていまだに所謂「従軍慰安婦」なるものはイメージされている。加之、東郷氏がそういう事例があったと言う「慰安婦が「甘言をもって」つまり騙された」「騙されて連れて行かれた」という事例においても騙したのが日本軍ではない以上、法的にはもちろん道義的にも日本には何の責任もないのです。ならば、「河野談話」は可及的速やかに、かつ、(韓国経済が更に悪化する頃、支那国内で格差問題が更に先鋭化する頃等々)時宜を睨んで日本にとって最も賢いタイミングで否定すべきでしょう。 要は、基本的には、韓国国内向けの文書として出された「河野談話」を、対日外交の<ツール>として韓国がそれを用いている現在、日本も「降りかかる火の粉は払わなければならない」ということ。蓋し、紹介した9本の記事はすべて、これら(ⅰ)〜(ⅲ)に関する事実認識さえ欠くシャビ−/しょぼいものですが、それらは「降りかかる火の粉」の危険性を日本国民に警告してくれているものではあろう。と、そう私は考えます。 畢竟、(すべての責任を「ナチス」というならず者に押し付け、「主権国家=国民国家」としての責任はほぼ全く果たしていない姑息なドイツとは異なり)一切の法的な戦争責任/戦後責任を、国際法史上例を見ない精度と誠実さで果たし終えている日本を比べた場合、(1)「Shinzo Abe’s inability to face history」でWPSTの論説委員に「Why, decades after Germany solidified its place in Europe by facing history honestly, are facts so difficult for some in Japan to acknowledge?」(歴史に誠実に向き合うことでドイツがヨーロッパにおける確固たる地位を固めてから数十年が経つというのに、なぜ、事実を認めることがかくも難しい人々が日本には存在しているのか)などと言われる筋合いは全くないのです。 いずれにせよ、歴史問題は、第1に日本の国内の反日リベラルが引き起こした問題である。それと同時に、(欧州におけるドイツとは違い)日本を巡る歴史問題は解決していないと感じる韓国・支那をして「歴史問題が解決した」と思ってもらう義務も義理も日本にはない。それは、韓国・支那側の歪な国際政治認識の結果でもあるから。と、これらのことを日本人は直視すべきであろうと思います。 尚、所謂「従軍慰安婦」なるものについては、 下記拙稿をご参照いただければ嬉しいです。 ・安倍総理の「特定アジア外交の暫時の穏健化」は 剛直で柔軟かつ豊穣な<政治>の常道である(上)(下) http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/acf96a949c50f4d6709523298347cbf0 ・石原知事−橋下市長が「河野談話」を一刀両断 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/00e9b430bbdefea7909292451e0890b4 ・「従軍慰安婦」問題−完封マニュアル(上)〜(下) http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11137268693.html 木花咲耶姫
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紹介した9本の海外報道を俯瞰すれば、WSJとWPSTの記事に塗り込められた本音は「どちらが正しい歴史の認識かなんかどうでもいいから、これから支那を押さえ込む上でも、アメリカ政府の手間とアメリカの投資家の対韓国投資運用実績のことも少しは配慮してですね、歴史問題なんかで日本は騒ぎは起さないでくれ!」という所でしょうか。他方、 NYTもしくはFTとEconomistの狙いは、寧ろ、「火のない所に火をつけてでも、この機会に安倍総理を叩くこと」なの、鴨。 たかが9本とはいえ、安倍批判という同じイシューの記事を系統的に読んで見て興味深かったのはその各々の情報源。聖書学における(ヨハネ書を除く他の共観福音書共通の情報源としての)「原マルコ書」の如く、前者・後者に共通する情報源が反日リベラルの朝日新聞や毎日新聞であり、後者の特ダネ的なそれが「週刊金曜日」的なカルト的リベラル、もしくは、韓国や支那の「識者」そのものであろうこと。この推測は僅か9本を読み比べただけにせよ文献学的の視点からは満更間違いではないだろうと思います。 いずれにせよ、例えば、靖国神社の性質、所謂「従軍慰安婦」なるものの不存在。なにより、①「差別排外主義」とはほぼ無縁の、寧ろ、②「イデオロギーの対立を外交に持ち込むことなく、紛争は国際法に従い解決すること」がその年来の主張である安倍総理。これら①②を看過して、安倍総理とその内閣を「右翼」あるいは「急進的民族主義内閣」と位置づける彼等の無知と論理の粗雑。僅か9本の海外報道を通してとはいえ、これらを確認した今、安倍総理の歴史認識を批判する海外報道は、 (A1)歴史的事実に関する無知 (A2)歴史学−−歴史学方法論−−に関する無知 (B1)指示対象を持たない/指示対象が曖昧な<詩的言語>による状況認識 (B2)事実との対応関係の検証を欠くレッテル貼りの狂瀾 にすぎず、よって、それらはなんら安倍総理に対する批判にはなり得ていない こともまた確認できたのではないかと思います。蓋し、正に、 WSJ, WPST, NYT, FT, and Economist must face the past! WSJ, WPST, NYT, FT, and Economist’s inability to face history! 歴史を直視せよ! WSJ, WPST, NYT, FT, とEconomist! 歴史を直視できないWSJ, WPST, NYT, FT, とEconomist! 畢竟、事実無根の所謂「従軍慰安婦」なるものを<事実>と看做して、謝罪し続けるなど「大勢の人が短時間、または、少数の人間が長時間は出来るかもしれないけれど、しかし、大勢の人が長時間することなど出来はしない」のです。 また、戦前の日本を総否定する彼等の都合上でしょうか、いずれにしても、「侵略」の定義が国際的にも学界的にも定まってはいないという厳然たる事実を否定するがごときWSJやWPSTの暴論もまた(それが、中華思想によるものにせよ、西欧中心主義によるものにせよ、あるいは、コミンテルン史観によるものにせよ)文化帝国主義的の歴史の教条主義として、現在においては「大勢の人を長時間騙すことは出来ない」運命を甘受しなければならないだろう。と、そう私は考えます。 例えば、「侵略」の定義について、朝日新聞は、「「侵略の定義」については1974年の国連総会決議があり、日本も賛成している。国連憲章に違反する他国への先制武力行使などを侵略行為と定めつつ、最終的な判断は国連安全保障理事会が行うとされている」(2013年5月10日)と書いている。けれど、これは全くの間違いです。なぜならば、国連総会決議にはなんらの法的拘束力もないから。 例えば、国連総会の決議が<法規>で、<裁判所>としての安保理がその<法規>を解釈運用するのなら「国連総会決議が侵略行為と定めつつ、最終的な判断は国連安全保障理事会が行う」と言えなくもない。けれども(①国連総会と安保理に各々権限を与えている法の効力の面でも、②政治社会学的な観察からも、いずれも)国連決議は安保理の判断をなんら拘束しない。要は、「最終的な」の4文字は明らかに間違い。安保理の判断は「最終」であるだけでなく「最終かつ最初」なのですから。 更に、重要なことは、もし1974年の「侵略の定義」が法的拘束力を帯びているとしても(←仮定法過去ですよ!)、それと、「大東亜戦争が日本の侵略戦争」であったかどうか「第二次世界大戦を始めたのは誰か」という問題とそれは何の関係もないこと。 而して、最も重要なことは、朝日新聞のこの誤謬/詐術など、現在では24時間内外でこうして誰もが正すことができ、正しい情報を誰もが知ることができるということ、鴨。いずれにせよ、現在では「歴史の認識」は朝日新聞や欧米のリベラル派に排他的かつ独占的な<販売権>があるものではなくなってきていることは間違いないと思います(★)。閑話休題。 http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/32/40/61e3e6d9c11040da7030f0875749eca3.jpg ★註SA: 歴史認識の正しさが間主観性を帯びる背景 歴史の認識が、不可避的に価値の憑依する日常の言語でもって過去の世界の<物語>を語る営み、現在の地点からされる過去の再構築でしかない以上、歴史認識に絶対の正しさなどは存在しません。しかし、歴史認識は「万人の万人に対する戦い」状態でもない。そこには自ずと共通の枠組みが存在する。 重要なことはその<枠組み>とは、歴史的事実の単一性や同一性ではなく、歴史を見る認識枠組みの共通性だということです。歴史の更に基底にある「時間」を切り口に「安倍総理の歴史認識を批判する海外報道紹介(5)」の註「歴史の認識の正しさは相対的なものでしかない」に述べたことを敷衍しておけば、 ・安倍総理の歴史認識を批判する海外報道紹介(5) (★註SA:「歴史の認識の正しさは相対的なものでしかない) http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/c4859ef5fb45ca68475f21d833a3a318 マクタガート(John McTaggart)が「時間の非実在性:The Unreality of Time」(1908)で提示したように、人間の意識する「時間」の観念には「A系:天壌無窮、無限の過去から現在を貫きつつ、あるいは、現在を丸ごと運びつつ、無限の未来に連なる時間」のイメージと「B系:事象の前後関係」というイメージの二つのイメージや解釈(both A series and B series interpretations or images of time)があるのでしょう。 而して、ベルグソンが喝破した(砂時計や日時計の如く)「人間は時間を空間化して初めて理解できる」という経緯は、マクタガートのA系列の時間観念は、実は、B系列の「事象の変化」にサポートされない限り意識されないし、逆に、B系列の事象の変化そのものは人間がA系列の時間観念を事前に(アプリオリに)保有するのでなければ成立しないということ。例えば、A系の時間観念を欠く場合、ある事象を「お湯を出しっぱなしにしていたら風呂桶から溢れた」という因果関係が垣間見える事態としては理解できても、「キムヨナ姫の演技に見とれていたら、知らず知らずのうちに16分が経過していた」という時間が介在する事態としては理解できないだろうということです。要は、(マクタガート自身はA系の時間観念を「本質的」と理解していますが、そのマクタガートにおいてさえも)A系とB系の時間観念は相補的ということです。 注意すべきは、マクタガートのA系の時間観念は「歴史の認識の正しさは相対的なものでしかない」で紹介したように、近代に特有なA系の時間観念の一つにすぎず、A系の時間観念には、いわば、(Aⅰ)ヘレニズムの時間:円環としての時間、(Aⅱ)ヘブライニズムの時間:不可逆的かつ有限なる線分としての時間、(Aⅲ)原始共同体の時間:振り子運動体としての時間、そして、(Aⅳ)近代社会の時間:不可逆的で無限なる直線としての時間等々複数のものが、しかも論理的には同じ正しさの資格を帯びて併存しているということ。 A系列とB系列の時間観念の相補性。畢竟、このことこそ、カントが「空間」とともに「時間」を「純粋直観」であるとしつつ(要は、悟性のカテゴリーと並んで、ある認識の間主観的な正しさの根拠として「時間」や「空間」観念に普遍性とアプリオリ性を認めつつも、『純粋理性批判』「純粋理性のアンチノミー:二律背反」(p.A426ff=B454ff)で鮮やかに論証しているように)「時間」に関する言説はその間主観的な正しさの根拠を人間の認識・思考・反芻の能力の内部には保有していないと論じた経緯とパラレルであろうと思います。ここから、カントの「先天的総合判断」の可能性を求める知的探求が始まり、すなわち、先験哲学(「先天的認識についての認識」としての先験的認識を編み上げた哲学)がここに誕生する。 ポイントは、フッサールが喝破した如く「意識とは何ものかに対する意識」でしかない(要は、世界と意識は言語でできている!)。ならば、B系の時間観念の器に盛られるものは、独り言語化された事象や事態でしかないということ。遠回りしたようですが、ここで、歴史の<物語>を編み上げるパーツが<日常言語>でしかなく、その<日常言語>には新カント派が述べたように(少なくとも)文化科学/精神科学においては「価値」が憑依する、よって、歴史の<物語>を語る営みはすべからく「価値に関係づけられた事実判断」の営みであることが定礎できたのではないかと思います。 ならば、そのような<物語>に間主観性を与え得るものが、(謂わば<物語>の外部にある)人権や民主主義なるものに価値を置く、よって、第二次世界大戦を「民主主義と全体主義の戦い」とする西欧中心主義的なイデオロギーではなく、まして、支那や韓国の中華思想などではありえず、あくまでも、言語の哲学的な本性を究明した上で、言語が間主観的な意味を保有する経緯を照射したウィトゲンシュタインの言語ゲーム論、ならびに、現象学および現代解釈学を包摂する(広義の)現代分析哲学の地平であることは、21世紀に至る哲学の歴史を少しでも学んだことのある向きには自明のことであろうと思います。 http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/79/c1/117bb4b67e1f25fb261cefeb77b58af1.jpg <続く> |
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(追記)
英国のカルト的文化帝国主義システムEUからの脱出の決定、および、トランプ大統領の誕生(2016)。日本国内では、安全保障法法制の成立(2015)、あるいは、改憲勢力が衆参両院で憲法改正/破棄の発議に必要な三分の二を上回ったこと(2016)・・・。まさに、この記事をアップロードして二年足らずの間に<保守主義>の国内外でのイニシアチブ奪回の趨勢はいよいよ明らかになってきたと思います。
しかし、リベラル派はこの記事をエントリーした2年前とほとんど同じ無内容で空虚、かつ、傲岸不遜で独善的なロジックとフェイク情報を発信し続けている。これまた、まさに、奇観というか滑稽な事態。けれども、リベラル派が国の内外でマスメディアと<知識人層>なる利権を手放していない以上、彼等への批判はまだ意味を持つのではないか。欧州の主要国での各種選挙が予定されており、保守派の勝利の進軍がさらに予想される2017年如月の今、この旧稿を「アーカイブ」しようと思ったこれがその理由です。
(2017年2月11日−ホワイトハウスでの安倍首相とトランプ大統領の初会談の日に)
・トランプを携えて日本再生―We also make Japan great again! ・宗教と憲法−−アメリカ大統領選の背景とアメリカ建国の風景 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/3a1242727550e8e31a9133aa154f11bf ![]() リベラル派からここ数年、日本社会の「右傾化」を危惧する発言が出されているようです。アメリカでも先の中間選挙では保守派の共和党が爆勝した(↑画像)のですが、それはそう問題ではないらしい。すなわち、例によって、彼等の使う「右傾化」の意味や定義はいまひとつ明確ではない。 けれども、リベラル派が「日本社会のある変化」を嘆きそれに対して憤っていることは事実。而して、仮に「右傾化」なるものを、次のような政策コングロマリットを果敢に推進する政府や政党の存在、および、それらの政府や政党を−−消極法的にせよ相対的に−−多数の有権者国民が支持している状況が出現していることと捉えれば、<右傾化する日本社会>という理解は満更間違いではない、鴨。悪夢の民主党政権の後、2度の衆議院選挙と1度の参議院選挙で自民党が圧勝したのですから。 ▼右傾化? ・憲法9条改正の実現 ・憲法96条改正の実現 ・集団的自衛権の政府解釈の変更 ・特定秘密保護法の制定 ・防衛費の増額 ・公教育への「愛国心」教育の導入 ・公教育での日本の立場をより鮮明にする施策の導入 ・公教育の民間委託の推進 ・首相、閣僚、国会議員の靖国神社参拝の励行 ・支那および韓国に国際法を超えた過度な配慮はしない姿勢 ・支那、韓国、北朝鮮という特定アジア三国を包囲する 地球儀俯瞰的な外交の推進 ・ロシアおよびインドとの友好関係の強化 ・国連の人権委の勧告などは敬して遠ざける姿勢 例えば、「ヘイトスピーチ法規制」や「夫婦別姓制度」の導入に不熱心なこと。あるいは、難民の受け入れに消極的な姿勢等々、他にもいくらでも「右傾化」という事態を構成する要素はあるのでしょうが−−経済政策の領域はばっさり割愛すれば、だって、安倍政権は間違いなく先進国でも最も社会主義的な経済政策(アベノミクス)を果敢に推進しているのですからね(笑)−−おおよそ、リベラル派が嘆き憤る<右傾化する日本社会>とは、上のような政策コングロマリットを推進する政府や政党の存在、および、それらの政府や政党を多数の有権者国民が支持している状況が出現していることと捉えられるの、鴨。と、そう私は思います。 而して、<右傾化する日本社会>という状況は現実なのでしょう。 で、それがなにか? 喜ばしいことじゃないかい? 畢竟、リベラル派がこれらの政策コングロマリットに反対であるというのはわかる。それは彼等の自由。蓋し、わが国には思想・良心の自由があり、表現の自由があるのですから、彼等がこれらの政策コングロマリットを批判するのも自由だから。けれども、彼等の言説に許しがたい、というか度し難い論理の誤用があるとなれば、我々保守派もその言説の支離滅裂と傲岸不遜を突くことになんの遠慮もいらない。だって、占領憲法を紐解くまでもなく思想・良心の自由および表現の自由は−−実は、戦前から!−−日本の有権者国民には保障されているのですから。 ・暇潰しの言語哲学:「プロ市民」vs「ネットウヨ」 http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11370196915.html 蓋し、リベラル派の言説の問題点は、<右傾化する日本社会>という事実認識を超えて、それはけしからん−−日本の有権者は無知蒙昧な馬鹿かだ!−−と論じていること。社会科学方法論における杜撰で初歩的な落ち度。 もし、私のこのリベラル派の「右傾化」批判の認識が満更間違いではないとすれば、そのような言説や認識は、マーケットが変化したのに、70年間同じ品揃えの「商品−政策」を出し続けた結果、赤字続きになった責任を日本の<消費者−有権者>に転嫁するものにすぎないもの。と、私はそう考えます。マーケットが変化したのなら商品の方を変えなさいよ、とも。また、「右傾化」などは「歴史修正主義」や「反知性主義」同様に単なるレッテル貼りにすぎないの、鴨とも。 ・歴史修正主義を批判するリベラル派の知性の貧困−−占領憲法をガダラの豚にしましょう http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11972266400.html 私は何が言いたいのか。それは、冷戦構造が崩壊(1989-1991)して資本主義と自由主義の人類史における勝利が確定して以降、主権国家各国は、逆に、自国の安全は自国で守ること、ならびに、−−グローバル化の激流から唯一その国民と市民たる外国人を護る権能を持つ−−その主権国家は自前で自己の社会統合のイデオロギー再構築の使命がまったなし的に課せられたということ。
ならば、昔は(笑)自民党内でも宏池会(岸田派・麻生派・谷垣グループ)に代表されるリベラル派とイデオロギー的に右の清話会(細田派)が競い合うことでイデオロギー的にも政策的にも均衡を保っていたのに、現在では、右の−−要は、特定アジア諸国とは国際法を逸脱するような妥協はしないということ?−−安倍首相に刃向う動きは自民党内には見られない、これは民主主義の危機だ。などというリベラル派の言説は、マーケットの変化を看過して、自分たちの<商品>の売り上げが芳しくない状況を有権者国民や自民党の国会議員に責任転嫁するものにほかならない。と、そう私は考えます。 換言して敷衍しておけば、「派閥による疑似政権交代」という55年体制下の自民党長期政権を理解するに便利な<認識枠組み>が現在通用しないことを、現実をより整合的に理解する新しい認識枠組みを構想・構築要できない自分たちの無能を棚に上げて、−−噴飯ものの図柄は、例えば、スイス生まれの春香クリスティーン氏などが「派閥による疑似政権交代システムこそ日本政治の要諦のはずなのに、今の安倍政権はそれを無視していて怖い」とか本当に寒い発言をリベラル派の<識者>などが絶賛するというシュールな風景を想起していただきたいのだけれども−−「派閥による疑似政権交代システム」が機能しない現実の方を批判する愚である、と。要は、それは、彼等リベラル派の怠慢である、と。要は、無能、と。 冷戦構造の崩壊と超大国の消失という現実を直視する限り、例えば、シーレン防衛にせよ日本も「自分の国は自分で守る」しかないし、予定調和的な冷戦秩序が崩壊した現在、日本国の社会統合のイデオロギーもまた「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」(占領憲法前文)などの<物語>ではない別の<物語>にバージョンアップする必要があることは自明でしょう。 ならば、「規制枠組み−冷戦構造」が変わり、マーケットも変わった現在、自民党内のリベラル派と保守派の切磋琢磨の図式が変わるのは当たり前のこと。だって、自民党自体が元来「自主憲法制定」を目指して結党された政治政党なのですから。 而して、自民党の「1強多弱」体制や、自民党内の「安倍1強体制」は民主主義に反するなどは噴飯もののいいがかりにすぎない。畢竟、それは、マーケットを軽蔑するプレーヤーはマーケットから軽蔑される。ビジネスマネージメントのこの箴言に直球ど真ん中でヒットする言説であろう。と、そう私は考えます。彼等は怠慢だけではなく傲慢なのだとも。 要は、どんな主義主張も表現するのは自由だけれども、根拠を欠いた「私はこう思う、ゆえに、日本の有権者国民もそう考えるべきだ」という他者に向けられた当為命題は傲岸不遜でしょうよということ。例えば、集団的自衛権の政府解釈の変更は立憲主義にも民主主義にも反するとかのリベラル派の言説は、正に、「言うだけならただやで」もんの傲岸不遜であろうと思います。だって、内閣法制局の数次の国会答弁でも「日本は立憲君主主義の国」であり、また、社会思想としての「立憲主義」と「民主主義」は鋭く対立するイデオロギーなのですから。 ・民主主義−−「民主主義」の顕教的意味 http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11916914003.html ・民主主義−−「民主主義」の密教的意味 http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11930076948.html ・天皇制と国民主権は矛盾するか(上)〜(下) http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11136660418.html ・保守派のための「立憲主義」の要点整理 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/9256b19f9df210f5dee56355ad43f5c3 このような私の主張に対しては、 しかし、次のような事実の指摘がリベラル派から 来るかもしれない。 来る来る。 来るさ来るさ、きっと来る。 すなわち、 >日本は市民革命を経ていないから民主主義が根ずいていない あるいは、 >70年間の戦後民主主義的な議論の蓄積 >これまでの政府見解との整合性 >東京裁判を受諾してサンフランシスコ平和条約で主権回復した事実 そして、 >サンフランシスコ平和条約に反する集団的自衛権の解釈や、 >まして、占領憲法の改正など許されないとかの主張も来る、鴨 あのー、「市民革命」なるものを経なければ根ずかない「民主主義」なるものには普遍性はないでしょう。まして、じゃ、その価値の正当性の根拠は国連加盟193か国の9割がたにとって欠落している。そうなりませんか。 あのー、民法の事情変更の原則でもないけれど、規制もマーケットも変わったのなら、商品もそれを生産・販売する組織も、あるいは、組織の企業理念・文化(CI・CC)自体から変えなければマーケットから退場させられるのは−−今の社民党のように−−当然ではありますまいか。政治とは日々変化する状況に対する公的権力の営みであり、「整合性」や「議論の蓄積」とはその施策に対する支持を集めるうえで有効な限り尊重されるもの。 冷戦構造の崩壊、超大国の消失という事情の変更の前には「整合性」や「議論の蓄積」などはそう大したプライオリティーを政策コングロマリット設計と実現において帯びない。そう私は考えます。 而して、東京裁判を受諾して、もって、 サンフランシスコ平和条約で日本が主権回復したのは事実。 そうなのでしょうね。 けれど、(ⅰ)新カント派の知見を持ち出すまでもなく、事実命題と当為命題の根拠は異なる、(ⅱ)戦後体制と言ったってね、その中で、東側ができ東側が崩壊した事実、(ⅲ)アジア・アフリカの数多の諸国が独立した事実−−植民地支配を2世紀近く続けてきた帝国主義の本家家元の英国・フランス・オランダ・アメリカは、ただの一言も植民地支配について謝罪などしていない事実!−−、(ⅳ)元来、国内においては最高の、対外的には独立平等の主権国家がその社会統合のイデオロギーを条約などで制約されるいわれはないという事実。 これら、(ⅰ)〜(ⅳ)を鑑みれば、規制もマーケットも変化したのですよ、と。 そう私は即刻反論する。 土台、例えば、憲法と国際法の優位性論に関して−−私も国際法優位の一元論を取りますが−−国際法優位説を取るリベラル派がする「だから、サンフランシスコ平和条約に反する集団的自衛権の解釈や、まして、占領憲法の改正など許されない」とかの議論は憲法基礎論に関する無知が炸裂したもの。 国際法優位の一元論の本家家元ハンス・ケルゼンにおいても、あるいは、現在の日本で憲法学の通説を代表しておられる早稲田大学の長谷部恭男さんの著述を見ても、国際法優位の一元論とは、ある主権国家の実定法秩序が他国からも憲法秩序と認められるということ−−要は、イスラム国は他国から独立国と認められていないからその実定法秩序は<梁山泊>の秩序にすぎず、台湾は多くの国がその主権を認めているがゆえにその実定法秩序は国際法的にも正当な憲法秩序ということ−−にすぎません。つまり、国際法優位の一元論とは法の効力についての形式的・法論理的な議論。 而して、ある主権国家のその領土内で通用するルールや社会統合のイデオロギーの内容はその主権国家が国内法で独自に決めうること。この形式と内容の違いを理解しないリベラル派を無知蒙昧とまでは言わないけれど「反知性主義」と呼んでも、それはそうレッテル貼りの言辞ではない、鴨。つまり、リベラル派の言説は不遜。 ・「偏狭なるナショナリズム」なるものの唯一可能な批判根拠(1)〜(6) http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11146780998.html および ・瓦解する天賦人権論−立憲主義の<脱構築>、 あるいは、<言語ゲーム>としての立憲主義(1)〜(9) http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/0c66f5166d705ebd3348bc5a3b9d3a79 畢竟、繰り返しになりますけれど、私がリベラル派に言いたいのは「私はこう思う、ゆえに、日本の有権者国民もそう考えるべきだ」という主張にはちゃんと根拠をつけましょうねということ。これもの凄くささやかなお願いだと思うのですけれども。 どうでしょうかね、彼等には通じないの、かな。(←最近、西野カナさんにどっぷり、鴨) ということで、なんとか<娑婆>で2015年を迎えることができました。 同志の皆様に感謝します。而して、憲法改正もしくは破棄に向けて 頑張りましょう。共に闘わん。 |



