▼日本勝利?:シーシェパードが調査捕鯨妨害活動中止。「軍事技術と経済面で太刀打ち出来ぬ」>KABUも「情報収集➡情報分析」中です。
>而して、いずれにせよ「油断大敵」、鴨。 <追加情報>
反捕鯨団体シー・シェパードが方針転換
日本の捕鯨船に...
ポール・ワトソンが
南極海における日本の調査捕鯨に対する妨害活動を
中止することを2017年8月28日、公式サイト上で発表した。
団体の活動資金が限られていることと、日本でテロ等準備罪(※) が施行されたことにより、活動の継続が難しくなった
とコメントしている。
声明では
各国に対する批判も展開されており、日本に対しては
17年7月11日に施行されたテロ等準備罪について
「抵抗」と表現し
法律の一部が「特に我々の活動を咎めるような内容」
であると強く非難している。
※この国際組織犯罪防止条約を締結することについて,
2003年5月に国会の承認を得ました。
そして,2017年6月15日に条約を実施するための国内法が国会で可決成立し
同年7月11日に本条約を締結しました。
これにより,本条約は同年8月10日に我が国について効力が発生する
予定です。なお,国連薬物・犯罪事務所(UNODC)の
フェドートフ事務局長は,日本が本条約を締結したことへの祝意を
表明しております。(官房長官記者会見:2017,7,12)
<海馬の玄関ブログ参考記事>
・これ参考になりましたよ:「ビハインド・ザ・コーヴ−−捕鯨問題の謎に迫る」
・文化帝国主義を理解するための好材料としての<The Cove>
http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/f40c43a85a4ea0fdadac494e56313cdf ・書評☆星川淳『日本人はなぜ世界で一番クジラを殺すのか』
http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/65245020.html ・イルカ漁断固支持☆文化帝国主義者の大使は可及的速やかにアメリカに帰れ!
http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/895b8c3cc8afcac0eefaf7e997e1ba8e ・<橋頭堡deアーカイブ>反捕鯨論の文化帝国主義的で傲慢な謬論を逐条撃破する
http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/65363928.html ・・・南半球、真夏のChristmas❗ |
やわらかな保守主義
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薄めて流せば何の問題も無い。
風評はどこまで行っても風評なのだから、この際安倍さんが「人体影響はありません!」とはっきり言うべきです。
オイラ?勿論美味しく頂きますよ。
放出トリチウム水?持って来いよ飲んでやるからwww
今更何がトリチウムだ?
トリチウムは宇宙線によって作られる。全地球上で7.2×10の16乗㏃作られている。
雨水1ℓ中に1㏃存在する。河川や海の水には0.2㏃ほど存在する。
それによる内部被曝の影響は全体の0.01%。殆ど取るに足りない。
ところが核実験華やかなりしころは地球上に1.8×10の20乗のトリチウムが放出され、今の4倍だった。
その中でも我々は健康に過ごしてきたのである。
トリチウムは水素の同位体だから、体内に取り込まれても汗をかけば水と一緒に放出され、小便をすれば放出され、水を飲めば置き換えられてしまう。
だから有機水銀のように体内に蓄積されるという事は無い。
もしもトリチウムが有機水銀のように蓄積されるというならどういうメカニズムで蓄積されるのか説明して欲しい。
納得させられればその猿はノーベル物理学賞か化学賞が取れる。物理学がひっくり返るほどの発見だからだwww (脱原発猿に実効半減期なんて解る筈も無いがwww)
だけど、この猿↓にノーベル賞が来ないという事実を以て蓄積説は否定されたのだ。
、
六ヶ所村の再処理工場はまだ動いていないが、東海村の小規模ではあるが実験的再処理施設は稼働していた。、
そこからもトリチウムが希釈されて海洋へ放出されていたのだが、大洗のサーファーは元気だし魚は美味しく食べられている。
オイラもまた食べに行きたいなと思っている。
相双の魚だって常磐モノというブランドが付くほど美味しい魚なのだから、人畜無害なトリチウムを恐れて食わないなんて考えられない、
でも、猿に食わせる魚は無エ。
脱原発猿はMADE IN CHINAの毒入りでも食ってろwww
「海洋放出」に波紋 第1原発トリチウム水、増え続け処分に苦慮7/16(日) 15:25配信
![]() トリチウム水が保管されたタンク群を視察する小委員会の山本委員長(右から2人目)ら=15日午後、福島第1原発 東京電力福島第1原発の地上タンクで保管が続く放射性トリチウムを含む水は増え続け、廃炉作業のリスク要因となっている。東電の川村隆会長が、トリチウムを含んだ水を海に放出する判断を「もうしている」と発言し波紋を広げたが、処分の在り方に苦慮する現実も改めて表面化。汚染水処理への道は険しく、遠い。
◆◇◇タンク群 「これだけのタンクをメンテナンスするのは新たなリスクだ。早く何とかしなければ」。15日に第1原発を視察した、トリチウム水の処分方法を検討する経済産業省の「多核種除去設備等処理水の取扱いに関する小委員会」。委員長の山本一良名古屋学芸大副学長は、敷地内に並ぶタンク群を見上げ、報道陣に語った。 6日現在で約77万トン、タンク約600基の処理水が保管されている。事故後建屋内に流入する地下水が汚染水と混じり、それをALPS(多核種除去設備)で処理した水が増え続ける。 地下水の流入量は、1〜4号機建屋周囲の地盤を凍らせる「凍土遮水壁」などの効果もあり、ピーク時の5分の2の1日約160トン(6月暫定値)まで減った。 トリチウムは水と性質が近く、62種類の放射性物質を除去できるALPSでも取り除くことが不可能。東電は今後2年分のタンク置き場を確保したが、水漏れのリスクは残ったままだ。 ◇◆◇4〜7年 国の作業部会は、処分方法として〈1〉地層への注入〈2〉海洋放出〈3〉蒸発〈4〉水素に変化させて大気放出〈5〉セメントなどで固めて地下に埋設―の五つを挙げた。政府は昨年6月、水で薄めて海洋放出する方法が最も短期間に低コストで処分できるとの報告書をまとめた。それでも77万トンの水を流すには4〜7年かかる試算だ。 トリチウムは稼働中の国内原発でも希釈するなどして海洋放出されている。原子力規制委員会の田中俊一委員長(福島市出身)も海洋放出すべきとの考えだ。ただ県内漁業者の風評への懸念は強く、実現へのハードルは高い。 トリチウム処理に関する小委は昨年9月に発足。処分を巡る風評被害などの影響を検討、関係者や消費者が納得できる対処方法を慎重に探っている。委員には「安全だから放出するという理屈だけでは風評被害を繰り返す」との思いもある。 ◇◇◆反発招く 議論が道半ばの中、川村氏の発言は漁業者らの反発を招いた。東電は「最終的な方針を述べたものではない」と火消しに回ったが、県漁連や全国漁業協同組合連合会(全漁連)から抗議文が出される事態となった。15日の視察を終えた小委の山本委員長は「どんな発言をしたか詳しく把握していない」と明言を避けた。 川村氏の発言は、自身が「福島が原点」と述べた東電の姿勢も問われている。差し迫った課題をどう解決するか。県民へのしっかりとした説明抜きには通れない。 [トリチウム(三重水素)]弱いベータ線を出す放射性物質で水素の放射性同位体。自然界に存在し、核分裂などによって生成される。半減期は12.3年で、人体への影響は小さいとされる。薄めるなどして濃度基準を下回れば海洋放出が世界的に認められている。国が定める放出基準は1リットル当たり6万ベクレル。
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脱原発するドイツに電気を売るために周辺国は原発に投資する。
ドイツの周りは原発だらけになって、何の為の脱原発だかワカリャしねえwww。
[EU・ベルギー] 欧州委、原子力稼働延長へのベルギー政府の支援を認可2017年4月6日
EUの欧州委員会は2017年3月17日、ベルギー関係当局が同委員会に申請していた3基の原子力発電所(合計出力:約183万kW)の稼働延長に係る支援を認可すると発表した。
3基の内訳は、仏エネルギー大手Engieの子会社エレクトラベル社と仏電力大手EDFが共同所有するチアンジュ1号機(出力:96万kW、運転認可期間:2025年9月末)と、エレクトラベル社単独所有のドール1号機(出力:43万kW、運転認可期間:2025年2月14日)および2号機(出力:43万kW、運転認可期間:2025年11月末)。 ベルギー政府は2014年と2015年、総額約13億ユーロの追加投資を行うことを条件に、40年間の運転認可期間を10年延長することを同発電所の所有者と合意した。 政府は、発電所の所有者による投資の見返りとして、この合意の後、 1)合意期間より早期に同原子力発電所の閉鎖を政府が求めた場合 2)現行の原子力税の課税水準を変更した場合 3)合意で示された経済パラメーターを変更した場合 のいずれかに当たるときには当該発電所の所有者に補償金を支払うことを保証していた。 EU条約では、EU加盟国はエネルギー・ミックスや原子力技術に対する投資について自由に決定することができるとされているが、一企業を公的資金で支援する場合には、欧州委はその支援がEU域内の単一市場における競争を阻害するものでないかをEUの国家補助規制に照らして審査することになっている。 今回の審査はこの観点から実施されたが、欧州委はこの保証は国家補助に当たるものの、ベルギー政府が電力市場で独占的な立場にあるエレクトラベル社に対し、当該発電所への出資割合に応じた発電量を電力市場に売却することを義務付けたことにより同国の電力市場に過度な歪みが生じないことが確認できたとして、今回の稼働延長に係る支援を認可するに至った。 ベルギーでは2003年に新規の原子力発電所の建設と40年を超えた既存原子力発電所の運転を禁止する法律が制定されたが、供給力不安などから今回の原子力発電所3基の稼働延長を認めた経緯がある。 [ルーマニア] Nuclearelectrica、3年間で総額456億円の投資を決定2017年5月11日
2017年4月24日付報道によると、国営原子力発電事業者Nuclearelectricaは2017年から2019年の3年間で総額17億レイ(約456億円)の投資を計画している。 [チェコ] 原子力発電所建設への財政支援はチェコ企業シェア70%超の場合に限定2017年5月22日
チェコ産業連盟のStanislav Kazecky副会長は2017年4月27日、韓国水力・原子力発電(KHNP)主催のチェコ・韓国原子力事業者フォーラムにおいて、同連盟から原子力発電所建設事業に対する出資はチェコ企業のシェアが70%以上を占める場合のみであると発言した。
KHNP側は提案に理解を示し、チェコの原子力発電所建設事業にかかわる大部分をチェコ国内のエンジニアリング会社に割り当てる計画を明らかにしている。 チェコ政府は2015年に原子力発電を増加させる長期計画を承認し、ドコバニ発電所およびテメリン発電所に原子炉を建設することを予定している。 同プロジェクトの資金調達は明らかにされていないが、米国、ロシア、日本、フランス、中国、韓国の主要な事業者が入札することが予想される。 [ポーランド] エネルギー相、2050〜2060年に3基の原子炉設置と発言2017年6月16日
2017年6月6日付報道によると、ポーランドのトゥホジェフスキ・エネルギー大臣がエネルギーミックスに関する会議の中で、2050〜2060年時点で最大3基の原子力発電所を設置することが可能と発言した。
同氏は、最初の原子力発電所建設に関する最終決定はまだ行われていないが、準備は進んでいるとしている。 また、EUとの必要条件の調整が行われた後、原子力発電所建設計画が前進するのではないかという見通しを示している。 どうするんだ?ドイツ人。
また攻め込んでいくのかwww
でも、ドイツって幸せ者なんだぞ。
周りの国が原発建てて支えてくれるんだから。
我が国はそうはいかないので・・・・・・・
脱原発などはクソだ!
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>ブログ友の記事転載です。
>コメントなし、割愛(←便利な言葉だよねぇーwww)
>同感ではないけれど、激しく共感しました。
>だって、KABUは「温暖化対策」自体からして、
・それ必要なの〜?
・それ意味あるの?
>もし、海水面が上昇して島礁国が水没するという話がほんととして
>要は、そのような事態がおこるのは事実らしいとして、
・その事態と温暖化、そして、温暖化とCO2のボリュームの変化の間に因果関係あるの?
・もし、因果関係があるとして「島礁国」はそれを世界から助けてもらう権利があるのかいな?
>あるわけないじゃん!
>と考えているからです。
>しかし、参考になる記事。
>そう思い以下転載させていただきます。
▼パリ協定:そんなに凄いのか?人口を減らし余計な消費活動を止める方が効果的ではないか? 2017年06月02日(金) 二酸化炭素排出量世界第2位のアメリカがパリ協定からの脱退を表明しました。
まるで地球最後の日のような報道です。
パリ協定とはどういうものなのでしょうか。
国立環境研究所のHPからパリ協定締結の喜びをつづった記事を見てみました。
そして、研究者でもある筆者の方はこの協定を以下のように書いています。
中国は世界のだれもが批准しなくても一人でもしなくてはいけないほど環境破壊を続けているとんでもない国ですし、各種統計数字はねつ造と言われていますので、まるで優等生のように扱われているのは噴飯ものです。http://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/077.png
私は環境保護は大賛成で、化石燃料をどんどん使おうという考えには賛同しません。しかし、
先進国だけがまた資金提供させられるこの実効性のない協定に、トランプ大統領が、もう他国の笑いものになるのはたくさんだと言ったことには賛同します。
途上国に住んだことのある人は気づいていると思いますが、途上国、中進国の、貧困層ではない多くの人間は、省エネやリサイクルの習慣もなく、奨励もされないのです。資源の無駄使いを平気でしています。資本主義の悪い所だけを急速に吸収して無駄を美徳としているようなところもあります。
協定は、産業革命前からの温度上昇を2℃以内に抑えるというものです。
人類は今までに2度の人口爆発を起こしているそうです。(※1)
1度目が1万年前から2000年前頃までの農業開始の時期です。
2度目が18世紀の産業革命期です。
人口とエネルギー排出量のグラフがあります。
(http://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/235.gif世界のエネルギー消費量と人口の推移 経済産業省資源エネルギー庁)
本当に、温暖化を止めたいならば、エネルギーを出さないようにしないといけないのであって、エネルギー使用量と人口は比例していることから、世界人口を減らすことが最も効果的だと思います。
しかし、人口を減らすことは消費者が減ることになり、この考えは産業界から無視されます。
選択肢としてあり得ないと見なされ、空気を汚さない(?)再生エネルギーが注目されています。
しかし、再生エネルギーはまだまだ不安定で、とてもすぐに主要エネルギーになるわけではありませんし、将来的に安定するかどうかもわかりません。
では、エネルギー利用を減らす、つまり余計な活動を控えるというのはどうでしょうか?
地産地消にすれば、物流のエネルギーを大幅に削減できます。
人の移動を活発にしなければそれもエネルギー削減に貢献します。
格安航空まで登場させて世界中を飛び回る観光は当然温暖化に悪影響を与えます。
オリンピックなどに象徴される環境に負荷を与えるイベントを止めることも効果的です。
車を自転車に変え、外出を控え、自分の家の近くで質素に生活を楽しむという人生もあるのです。
そういう人が増えれば温暖化はかなり弱まると思います。
温暖化反対と言いながら、観光立国、人の移動を活発化させる、地産地消をせずに生産拠点を集中させて物流を地球規模で活性化させるというのは、全く矛盾した考えなのです。
また、46億年の地球の歴史を考えれば、人間の影響だけで地球が壊れるというのもちょっと信じがたいです。(局地にヤシの木があったり、地球が凍結していたこともあるそうです)(※2)
私は、人間がこれ以上地球に悪影響を与えないような抜本的な解決策を世界中で合意してもらいたいと思うのです。http://emoji.ameba.jp/img/user/mi/midori-neko-love/3911257.gif
具体的には、人口増加集団に対する家族計画、余計な活動自粛、ソフトランディングを望むならばそういう方法しかないと思います。
世界中の人の欲望をそのままで、エネルギーの種類だけを変えようという都合の良い協定ならば、それは意味のないもので、先進国がお金を取られ、企業が儲けるだけです。
パリ協定というもっともらしい大義名分の下で、誰かの懐を潤したり、都合の悪い本当の原因を無視したりして、それでおしまいというのではなく、この先に効果のある協定をつくる第一歩としてもらいたいと思うのです。
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・天皇制と国民主権は矛盾するか(上)〜(下)
http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11136660418.html ・「天皇制」という用語は使うべきではないという主張の無根拠性について(正)(補)
http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/b699366d45939d40fa0ff24617efecc4 すめらぎのお話・・・臣籍降下から復帰された天皇 2017-06-01 07:19:53
先月30日は旧暦では五月五日の端午の節句の日でしたが、五月五日といえば貞観九年(867年)の光孝天皇の第七皇子定省(さだみ)王が誕生された日です。
光孝天皇は、第五十四代仁明天皇の第三皇子の時康親王で、兄である第一皇子の道康親王が天皇になられていました(文徳天皇)から、親王として様々な官職を歴任されていました。この頃皇統は文徳天皇の系列で続いていくと思われていました。
ところが文徳天皇の孫にあたる陽成天皇の時に事件が起きます。
「神皇正統記」によれば、陽成天皇は性格が荒々しく帝王の器にふさわしくなかったといいます。また「愚管抄」には、もののけによる災いがひどく、狂気のふるまいは言葉にできないほどだったと記されています。
そして十五歳の頃、宮中で天皇の乳母の紀全子(きのまたこ)の子、源益(みなもとのすすむ)が殴殺されるという事件が起きたのです。これが殺人か、過失致死か詳細も犯人も不明とされていますが、陽成天皇が・・・、と噂されたのです。
陽成天皇は乱行・奇行により群臣を悩ましたと伝わり、この事件の後何度も譲位を迫られ、ついに八八四年摂生であり、陽成天皇の母の兄弟でもあった藤原基経により皇位を廃されました。基経は、「花見の行幸」と偽り内裏から陽成天皇を連れだし、二条院に遷されたといいます。
そしてこの時、陽成天皇の後に譲位の形を受けて即位されたのが陽成天皇の祖父の弟である時康親王だったのです(光孝天皇)。この時時康親王は既に54歳、当時として随分遅い即位です。
光孝天皇は即位されると、陽成上皇の同母弟で時期天皇として即位される可能性のある貞保親王(15歳)をはばかられて、御自身の皇子は全て臣籍降下させ子孫に皇位を与えない意向を表明されました。この時定省王は臣籍降下により源定省となりました。ところが光孝天皇は次の天皇の候補者が確定しないうちにわずか三年の後崩御されたのです。
そこで急遽、皇族に復帰され皇太子を経ずに即位されたのが源定省です(宇多天皇)。この時、定省の第一王として誕生していた源維城(みなもとのこれざね)王も皇籍復帰され、後に親王宣下を受けられ改名し敦仁(あつひと)親王となられました。
宇多天皇は、陽成上皇とは一歳違いと同年代でした。そのため、宇多天皇は陽成上皇のご存在に悩まされたといいます。というのも、宇多天皇は一度臣籍降下をしながら皇族復帰をされ即位された唯一の天皇だったので、陽成上皇に「あれはかつて朕に仕えていたものではないか」と言われてしまう立場だったのです。臣下の頃、陽成上皇が神社行幸の際には舞も踊られたといいます。しかも、陽成上皇には復位を意図しておられるという風説もあったのです。
本当に陽成天皇に問題があったのであれば、陽成上皇を担ぎ上げようとする者はいないはずでしょう。実は、基経が仲の悪い妹の子である甥を廃すために策を労したというのが、こういう話からも察せられます。そしてそれをご存知であったからこそ宇多天皇は、復位を気にやんだのではないかと思えるのです。そこで基経が死去して数年後、三十一歳にして十三歳の皇子敦仁親王を立太子後即位(醍醐天皇)させました。これは陽成上皇や陽成上皇系との皇統争いが生じないよう、皇統の正統性を示されたものといいます。さらに、この直前、基経の跡を継いだ時平が若いこともあり、菅原道真を権大納言に任じており、時平が次席にされています。これは宇多天皇が親政を目指すための藤原家への牽制でしたが、さらにその藤原家に外戚で繋がる陽成上皇への牽制でもあったのかもしれません。しかし、このことが後に昌泰の変に繋がり、菅原道真が失脚することになるのです。
陽成院が残された御製からはそのような狂気も荒々しさも感じられません。院になってから幾度か歌合わせを催すなど歌才があったと言われていますが、陽成天皇の歌と伝わるのは百人一首の歌のみと言われています。その歌は陽成院の次代の光孝天皇の皇女釣殿宮綏子(すいし)内親王への求愛の歌です。二人は後に結ばれ内親王はお后となりました。平安時代和歌は男女の恋の駆け引きに使われたと言いますが、それは男女が対等であればこそ成り立つものです。そしてそれは元天皇である陽成院でも変わらなかった証がこの歌であるといいます。そしてそのどこにも、身勝手さはないのです。 筑波嶺の 峰より落つる みなの川 恋ぞ積もりて 淵となりぬる 陽成院は、乱行・奇行で廃されたといいますが、そのような者に光孝天皇がいくら元天皇だからと自分の娘を結ばせるでしょうか?その次の天皇も内親王の兄弟である宇多天皇です。また、そこまで乱行・奇行があったというのに、その後長寿だった陽成院に長い間乱行・奇行の話はないようなのです。 藤原基経は妹の高子との仲も良くなかったようで、母子ともども疎んじたとも伝わっていますが、陽成院はその基経の陰謀で退位させられたというのが本当のところではないでしょうか。なにしろ退位の時はまだ16歳の少年だったのです。当時そのぐらいの年齢であれば正式な妃が入内していてもおかしくはありませんが、退位の時まで一人も入内されていなかったのも基経の嫌がらせだったのかもしれません。乳母の子の死も、不幸な事故だったのかもしれません。なにかの事故をきっかけに後ろ盾もない16歳の少年が、本来は後ろ盾となるはずの大人達に退位を迫られたというのが真相に思えるのです。 しかし、もしかしたらそのおかげで陽成上皇は長寿を全うできたのかもしれません。次の天皇である光孝天皇は当時としては高齢で即位されたためかわずか三年、57歳で病に倒れていますが、陽成上皇は82歳で崩御されています。
陽成上皇と同年代の宇多天皇は、31歳で譲位されその後出家の後は法皇として仏に仕えられて65歳で崩御されましたから、陽成上皇は宇多法皇よりも長寿でした。これは陽成上皇の父帝である清和天皇が27歳で譲位され相次ぐ天災のために出家の後畿内を行幸されわずか32歳で崩御されたのと対照的です。
宇多天皇は菅原道真を重用しましたから天皇の御在位中の憂いが少なく済んだろうであろうことが想像できますが、清和天皇が御在位の時は藤原氏が皇族以外で初めて摂生の座に就いた時であり、さらに天災が次々に起きた頃でもありました。祈る存在としての天皇として、現在よりも自然現象が畏れ多いと思われていた当時の祈りへの重圧がどれほどであったかを考えると、そのために命を縮められたのではないかと思えるのです。
そして同様に光孝天皇は年老いてから天皇になられ、宮中祭祀を行われたその厳しさが重圧であったであろうと思えるのです。というのも光孝天皇の時代にも天災が続いていたからです。
宇多天皇が譲位され皇子の敦仁親王が次の天皇に即位され(醍醐天皇)ると、醍醐天皇の御代は34年と長いものとなりこの時代は後にその後の村上天皇の御世とあわせて延喜・天暦の治と称される天皇親政の理想の時代とされました。第九十六代の後醍醐天皇は父帝が御宇多天皇であったことに絡めこれにあやかり「後醍醐」と遺号されています。とはいえ、醍醐天皇の御代に引き続き菅原道真が活躍されると思われていた時、昌泰の変で菅原道真は左遷され大宰府で死去してしまいます。これは菅原道真の出世を妬んだ藤原氏が、菅原道真がその娘婿である斉世(ときよ)親王を即位させようとしていると讒言されたためです。この後、菅原道真の左遷に関わった人々が次々と亡くなり、清涼殿に落雷があるなど菅原道真の怨霊伝説がどんどん肥大していくことになりました。そして醍醐天皇は清涼殿の落雷直後から病がちとなられわずか3カ月で崩御されています。このことはいかに精神的な負担が大きいものかを物語る事件だと思うのです。
菅原道真公死去
宇多天皇と醍醐天皇は二代に渡り皇籍復帰から天皇に即位されましたが、宇多天皇は即位の際の詔に文句をつけて藤原氏が出仕しないこと(阿衝事件)があり、結局詔を取り下げることとなったことから、藤原氏とは出来うる限り距離を置きたいという心理があったかと思います。一方で醍醐天皇の時代には、その藤原氏の替わりに出世した(と藤原氏が考えている)菅原道真が失脚させられてしまうということになってしまいます。そのような政局渦巻く朝廷と祭祀を司る天皇との両面の負担のあるところに、宇多天皇は皇籍復帰されていき、またその跡を醍醐天皇が継がれたのです。
皇籍復帰された宇多天皇と醍醐天皇の御世が二代に渡って続いた時代があったことを知れば、現在の旧宮家が皇籍復帰することに何の問題もないことがわかります。歴史を振り返れば、そこから自ずと答えが出てくることは沢山あります。現在の皇室の人数の減少も旧宮家が皇籍復帰することで解決できることであり、我国の歴史を振り返ればそこに異論の入る余地はないのです。そこに異論を挟むような輩は日本人ではないからとしか言いようがないといえます。
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