Ca. 888 B.C.:天孫・ににぎの尊−天照大神の神勅を賜り高天原より降臨
Ca. 660 B.C.(皇紀元年):神武天皇<天壌無窮、皇孫統べる豊葦原瑞穂之國>建国
690(皇紀1350年):天智女=天武妃の鸕野讃良皇后、持統天皇として即位
・・==>現在に至る<日本国>の正統性の枠組みが確立
1338:足利尊氏(1305〜1358)、征夷大将軍に任じられる(founded a shogunate
which becomes the ideal order for Japanese ethos)
・・==>現在に至る<日本の社会>の諸々の属性の原点ができる
V(^◇^)・・・内藤湖南翁の言う如く、応仁の乱(Onin War:1467〜)より前は、
まー、<外国>のことと思ってないと勘違いしますよ、ということ。
而して、・・・
ビックバン以降の宇宙史、「アダムとイブ−ノアの洪水:Adam and Eve−the Flood」以降の世界史、または、天孫降臨以降の日本の歴史の、さてどこから始めるか。予想される批判。そう、「いまどき司馬史観ですか」とか「西欧崇拝の裏返しですよね、逆に」、または、「海馬之玄関が豪語する「分析哲学系現象学流新カント派アメリカプロセス法学一家の社会科学方法論」(笑)って、なに、<日露戦争>を境に日本を「バビロン捕囚」しちゃうあの坂の上の雲の司馬さんと仲良しなんだぁ!」とかのお叱りはパスさせていただき、ここは古風に控え目に、内容的には「明治維新」から始めることにしました。
歴史の領域では弊ブログの最も関心のある「中世期:鎌倉時代中期〜室町期」から始めるとなると、「アメリカからの挑戦と応戦のプロセス」として比較的シンプルに日本の近代史を捉えることも許されるだろうことに比べて、どうしても、その<物語>は、<中央アジア>、すなわち、<イスラーム>と<トルコ>をも軸に加えた立体構造にならざるをえず、現在、ウェルネッケの女神様のもとサルコフ男爵夫人のお世話をいただきながら社会復帰(?)準備中の身にはすこし厳しいからです。でも、復帰間近だよぉー。
ヽ(^o^)丿
と、もっとも、当たり前ですが、「古風に控え目」にと言っても、もちろん、昔懐かしい「唯物史観」や「大塚史学」。あるいは、その「大塚史学」から脱走し不純物を取り除き、家元・ウエーバーに回帰して「資本主義のエートスなるものを、実直で勤勉で自立心・自律心旺盛な、要は、合理的かつ独立不羈で敬虔なプロテスタントの美意識と行動規範」に見立てるファンタジックな史観、更には、それらのどれにも増してお茶目な「無責任の政治システム−個人の内面世界まで覆い介入してくる天皇イデオロギー」のマジンガーZ的な中空の合体構造と日本的政治システムを看做す「丸山流」(←講座派残党・残滓流とも言う)が乱舞狂瀾した「戦後史学」まで引き返さす、などはありえない(笑)。あくまでも、「分析哲学系現象学流新カント派アメリカプロセス法学一家の社会科学方法論」(笑)の視座からのものとして、些か、古風に控え目に「世界史における日本の近代史は黒船さんが運んできてくれた」とここでは考えてみるということです。よって、<自家製・近代史>もこの「イベント(the event↓)」から始まります。
尚、私の基本的な<歴史>に関する認識については
下記拙稿もご参照いただければ嬉しいです。
An abbreviated Chronological Table
for Social Thought and International Politics
in search of Re-Construction of Conservatism
in Japan
・完版:保守派のための海馬之玄関ブログ<自家製・近代史年表>みたいなもの−−(上)
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