震災体験

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今日は寒いのを我慢して、久方ぶりに出掛けましたよ。
wild okuwaさんが、“HAI  ZUIDOU”と題したブログを挙げてましたので
それに感化されてしまい・・・・現役ですが、小さなトンネルのレポートを。
いや〜、寒かったけど、いざ行ってみると、テンション上がる上がる。

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さて、今回で“震災体験”シリーズの最終回。
オカンと私は、社長の“池さん”には、これ以上甘えられないと言うことで
一刻も早く、新しい家を見付けないと・・・・・と思うんだけど・・・・・・
オカンの、甲子園口のお店の手伝いに行くことを考えると
どうしても、条件が出てくる。
何処でもいいってわけにはいかないし、
第一、普段の日は私は朝から晩遅くまで、山の中での実験工事に行ってるし
オカンも、堺から乗り換え乗換えで、甲子園口に行ってるし、
不動産屋さんに行けないんだよなぁ。
妹は終日、犬の面倒を見てるけど、行動力が無いしなぁ・・・・。

「オカン、こりゃぁ、夏まで家、無いんと違うか・・・・・」
「はぁ〜」
「下手すりゃ、正月、此処で迎えることになるかもなぁ・・・・・」
「でも・・・・社長に、甘えてばかりいられないしねぇ・・・・・」
夜、オカンと話しをするが・・・あ〜暗い、気が滅入ってしまうわ。
「家賃は要らんって言ってたけど、夏くらいから払っていかな、社長に悪いしなぁ」
「はぁ〜」 
気分は、毎日毎日、さ・い・あ・く・・・・・・

ある日、仕事から帰ってくると、オカンが私に急にこんなことを言いだす。
「アンタ、茨木って、知ってる?」
「知ってるけど・・・・・」
「じゃぁ、次の休みの日、茨木に行くよ」
「はぁ?」
茨木には親戚がいる。もしかして、親戚を頼るんじゃぁ・・・・・
「あんな人を頼って、どうすんの」
じゃぁ、何しに茨木に行くんだ?


「チョット、アンタ、いつまで電話してるの!」
「ちょっと待って・・・・うるさいなぁ、向うから(電話を)かけてきたのよ!」
私がまだ、帰宅していない時である。
妹が友達と、長々と長電話していることに、オカンが怒っている。
「ったく・・・・ベラベラ長電話なんかして・・・・・」
と、ブツブツ、オカンは怒っていたらしいが、急に電話中の妹に
「ちょっと、電話の友達って、何処に住んでるの?」と訊く。
「うん、うん、チョット待って・・・・うるさいなぁ、茨木よ」
「茨木ってどこにあるの?」
「あ、ごめんごめん、ウチのお母さんがね・・・・ちょっと・・・・ねぇ、茨木ってどこにあるの?」
妹は電話の友達に、茨木の場所を聞いている。
「あのね、電車で甲子園口から乗り換えなしで行けるんだって」
そして、また「うん、うん、そうなの・・・・」と電話で友達と話をする。
「あのね、駅前のマンションに住んでるって」
そういうや否や、オカンは「不動産屋さんは何処?」
暫く友達と話しをしていたら「ちょっと、(電話を)変わって。友達のお母さんから」
今度は、オカン同士での会話になる。
オカンは、妹の友達のお母さんから、茨木の場所・マンションの場所等々を訊く。
妹の友達のお母さんは、まず不動産屋さんに連絡を入れてくれるそうで・・・・。
そして数時間後、不動産屋さんから連絡があったのだそうだ。

「分かった。それじゃぁ、今度の休みに茨木に行こう」
で、家族全員で、そのマンションに行ってみる。
不動産屋さんは、私らの置かれている状況を不憫に思ったのか
物凄く親切にしてくれる。
マンションは、室内の改装工事中である。
実は、家主の娘さんが外国から帰ってくるので、この部屋をリフォームしたとのこと。
ところが急に帰国できなくなり、突然、空室になってしまったとのこと。
部屋は4ⅮKの南向き、駅から徒歩3分。内装はリフォームしたて。
家賃・管理費・駐車場で、13万円。
あと、敷金や礼金とかで、100万円は飛んでいくが・・・・・・。
オカンは「どうする?」って聞いてくる。
どうするって、言わずもかな。借りるに決まってる。
オカンも、最初っから借りるつもりである。
つまり・・・・下見10分もせずに、「では、借りますので、お願いします」

リフォームが終わるのは、1週間後。
それまでに、また荷物の整理が始まる。
さて、引っ越しのトラックは・・・・・と言うと、知り合いが「また手配してあげる」と言ってくれる。
今度は30万円位は払わなあかんやろぉ・・・・と思っていたら・・・・
「あ〜、代金は前回と同じでいいよ」 ・・・・・・助かった・・・・・

甲子園口の家に行ってみる。
屋根は落ち、家全体が傾いている。
家の中はガラーンとしていて、24年前に引っ越して来た時を思い出す。
あの時は、嬉しい気分だったのだが、今は寂しさだけが心に宿っている。
そう、この家に4歳から28歳までの24年間過ごしたのだ。
この家は近々、解体することになっている。
もう今後、この家に住むことも無ければ、見ることも無い。
これが、この家に接する最後の時である。

1週間後の2月26日、4t箱車が2台・作業員4名が来て、引っ越しを行う。
そして、その日のうちに、荷物の整理をしてしまう。
整理された家の中は、今までよりも綺麗で広くて日当たりもよく、快適である。
オカンの、甲子園口に通うのも、堺市の家よりすっと便利。
震災から1か月と10日、堺市に移ってから1か月と5日。
「今日からここが、帰る場所であり、安住の地」
オカンも妹も、そして私も、そう思う。
そして、この瞬間“私ら家族の震災”は、終わったのである。

・・・・・・・後日、社長の“池さん”に、お礼を兼ねて、挨拶に行く。
この時は、オカンも同行する。
オカンがいるので、社長の“池さん”は、スゴイ丁寧な言い方。
おいおい、俺の時と態度がえらい違うなぁ。
「いや〜、よかったな。これで安心やな」 社長の“池さん”は、これの連発である。
社長の“池さん”は、新しい家が見つかったことに、喜びを隠せない表情である。

帰りに甲子園口に寄ってみる。
24年間住んで居た家は、完全に取り壊されており、瓦礫と化している。
トイレの便器が、その瓦礫の上に、チョコンと載っている。
もう、甲子園口の24年間住んだ家は無くなった・・・・・
これで・・・・完全に踏ん切りが付き、新たな生活がスタートした瞬間でもあった。

 
          おしまい

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*このブログから、有事の際はどうすればいいか、ご参考になれば幸いです。
 
*このブログから、被災者の生活・思いが少しでもわかっていただければ・・・と思います。
  ただ、私ら家族は“被災者”と言っても、かなりマシな方です。運がかなり良い方です。
  芦屋・神戸の被災者の方々は、私よりも何倍も何倍も、辛い思いをしています。
  ですから、震災体験を語りたくない方も、大勢いらっしゃいます。

*社長の“池さん”は残念ながら、この年の6月、ガンで鬼籍に入りました。


                                         ゲバゲバ君



イエ〜イ、今日から3連休だ〜。
と言いながら、今日は1日中、炬燵で寝ていました。何してんだか・・・・・。
まぁ明日は、トンネル探索にでも行きますか・・・・

表題の“情けは人の為ならず”って、
「困っている人に情けをかけたら、その人の為にはならない」っていう意味ですね・・・・・
・・・・そんな、訳ないだろ・・・・全然意味が違うね。
「困っている人に情けをかけたら、その人の為にはならない」って思っている人って、結構いるみたい。

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さて前回の続き。
オカンが「あれ、どうする?」って聞いてきた、もう1つの問題。
“あれ”ってのはね・・・・・それは・・・・家賃・・・・・。
一体いくらくらいするんだろう?
広さ、立地等から見て、1軒家なので多分13万〜15万円。
これに駐車場を合わせたら、15万〜17万円位かなぁ・・・・。
今は払える。しかし、この状況下では、半年以上は家を借りないといけない。
いや、下手したら1年以上かも・・・・・。
そうなったら、生活切りつめても、どうかなぁ・・・・きつすぎる・・・・。

え?なんで社長の“池さん”に、家賃を払うのかだって?
いや・・・借りてんだから、家賃払うの当たり前でしょう。
家1軒、用意してくれたのは有難いし、それに甘えますよ。
しかし、家賃まで甘えるのは、私は“人として”どうかなぁと思いますよ。

でもね、そうは言うもの、いつまでこの状況が続くか分からないし
出来れば、安いに越したことは無い。
「出来たら・・・・5万円位・・・・・」ってオカンが言うけど
「そりゃ、無理だろ。ど厚かましすぎるわ」
まぁ、兎に角、社長の“池さん”に、“恥を忍んで”一度、交渉に行くことにする。

「社長、遅くなりまして・・・・。おかげさんで、落ち着きましたわ」 
「お〜!そうか。お母さんは、どうや。元気か?」
社長の“池さん”に挨拶に行く。
「まぁ、こんな状況や。ゆっくりと、次に住む家、探したらいい。どうせ空き家なんだから」
「この状態だったら、1年かかるかもしれんが・・・・かまへん(構わない)から」
立て板に水、社長の“池さん”は喋る。
で、私が「あの〜、家まで借りて、まだ、こんなこと言うのは何ですが・・・・」と言うと
「なんや、困ったことがあるんか?
「はぁ・・・・・」
私がモジモジと「あの〜、家賃の事ですが・・・・出来ましたら・・・・5万・・・・」というと
・・・・社長の“池さん”、急に怖い顔になる。
あ〜、やっぱり「ふざけんな!」って怒られるわ・・・・・そりゃそうだ、甘え過ぎだ・・・・・

「おい、ゲバゲバちゃん!誰がお前から家賃貰うって言った?」
「え?でも・・・・家借りてるんだし・・・・家賃は・・・・・」
「アホ〜!お前から、家賃なんか獲れるか!」
怒ったと思ったら、今度は「はぁ〜」とため息ついて、こう言う。
「家貸したんはな、お前が困ってるのもあるけど、まだ理由があるねん」
理由?なんじゃそりゃ?
「俺は、お前に大きな借りがあるんや。今、その借りを返すときなんや」
大きな借り?何じゃ、それは?オレは身に覚えが無いぞ。
「空き家だった家を貸したんは、お前が困ってたからや。困ったときはお互い様やからのぉ」
と言うと、顔をキッとして
「でも、家賃を獲らんのは、借りを返す為や」
いや、だから俺は、身に覚えが無いっていうのに・・・・・
「あの時、ゲバゲバちゃんが助けてくれんかったら、どうなっていたことか・・・・・」
だ・か・ら、俺は社長を助けた覚えはないんだけど。
「ほら、去年の8月。夜通しポンプの見張りしてくれたやろ。あれで、俺の首がつながったんや」
!!あ〜!あれね。思い出したわ。すっかり忘れてた。

・・・・・・・あの日、私は帰宅途中だった。
と、携帯に課長から電話が入り「今から、京都の現場に行ってくれ。頼む!」と言われた。
しかも、明日の朝10時まで。
当時、会社規定では、営業には残業日も休日手当も出なかった。
つまり、この仕事は・・・・タダ働き・・・・。
「“池さん”から、泣きが入ってなぁ・・・。“池さん”とこの現場やねん」
え〜、オレ、その現場には行ったことないし・・・・
「作業できるものは皆、○○ちゃんの出張作業に行って、ゲバゲバちゃんしかおらんねん」
え?と言うことは・・・・もしかして、おれ1人で行けっていうの・・・・・?
「ゲバゲバちゃん、電気工事と玉掛とユニックの免許もってるやろ?」
え?ユニック?一体何するんだ?
「頼む!行ったってくれ。“池さん”助けたってくれ!」
え〜、面倒くさいなぁ〜。帰って、ゆっくりしようと思ってたのに・・・・・
まぁ・・・・仕方ないか・・・・行きましょう。

電話が終わってしばらくすると、“池さん”から電話がかかってきた。
「ホンマ、頼むわ。行ってくれ。」と懇願されたんで
「あ〜、課長にも言っときましたよ。今から行きますわ」
あ〜、面倒くせ〜。しかも、タダ働きかい。
まぁ、でも自分が何処までできるか、やってみようじゃないの。
また、一人で夜中の工事現場なんて、滅多に経験できないし。
いいんじゃないの。行きましょう。(←結構、いい加減)

現場は、地下水が出てきて、それを大きなポンプで汲み出すのだが
万が一、ポンプが稼働しなくなると、土留めが崩壊してしまうのだそうだ。
でもポンプは時々、ゴミや小石が羽根車に噛んでしまい、停止してしまう(インペラーロックと言う)。
そうなったら、配線をチョイチョイっと変えて、逆転させて、噛んだものを取り除く。
それでもダメな場合は、予備のポンプと入れ替える。
組まれた配管をバラシてのポンプ交換。当然、ユニック車が必要。

実際、インペラーロックで停止すること10回くらい。
うち1回は、ポンプ交換。
これらの作業を1人で行って、しかも夜中は眠いし暇だし・・・・・
でも、いい経験だったな。

・・・・・・「あの時、ゲバゲバちゃんが京都の現場に行ってくれなかったら、どうなってたか・・・」
いや、オレ、助けったって気持ちはないんだけどなぁ・・・・
「だから、俺はな、ゲバゲバちゃんに大きな借りがあるんや。」
「いつか、この借りは返さなあかんと思ってたんや」
「ゲバゲバちゃんが困っている時は、今度は俺が助けたるって思ってたんや。今がその時なんや」
「ええか、新しい家が見つかるまで、1年でも2年でもいたらいい。その間、家賃払えとか、出て行けとかは絶対に言わん。」
「家賃払う金があったら、家具の一つでも買え」

その時・・・・私はね、不覚にも涙が出て・・・泣いちゃったんですよね。
「アホか!泣く奴があるか!長男のお前が泣いて、どうするんや!」と怒られる。
しかし・・・「まぁ、お前も、お母さんと妹さんを守らなあかんって、気ぃ張ってたんやろうなぁ」
「ええか、絶対に家賃払えとか、出て行けなんて言わんから、安心しろ」
「お母さんと妹さんを守ったれよ」

帰宅してオカンに「家賃の事、話ししてきた」と言う。
オカンは「どうだった?5万円位でいいって?」と訊くが、
「いや・・・・」と言うと、「やっぱりね・・・・。ま、家を貸してくれたんだし、それだけでも・・・・」
「いや・・・・家賃は要らんって言ってた」
「え?」オカンも信じられない顔をする。
社長の“池さん”が言ったことをオカンに言うが、オカンは一言「そうなの・・・・」
そして、ニッコリと「家賃が要らないって、助かったわ。社長がいい人でよかった」
オカンは、.安堵の胸を撫で下ろす。
しかし、安堵の胸を撫で下ろし、ホッとするのも束の間
オカンも私も、今迄にない位、ある強い思いが頭の中に浮かんでくる。
それは・・・・・「一刻も早く新しい家を見付けて、この家から出ていくこと」である。
なぜ、そう思うのかって?
それは・・・・「いつまでも、社長の“池さん”に、甘えてはいけない」からである。

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      つづく

*現場の帰りに、新車を注文して帰りました。
  その時に注文した車が、今でも乗っているクレスタです。

                                             ゲバゲバ君




さ・・・寂しい・・・

震災の体験をブログにして、今回で7回目。
新しく“震災体験”のカテゴリーを作って、今までのを移動させました。
今日を入れて、あと3回。
まぁ、震災体験としては、このあたりが限度でしょうなぁ。
でも今月は、ものの見事にブログ更新日とお休みが一致したわけでして・・・・

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堺市に引っ越ししてから1週間。
その間に片づけをし、ものを買い足したり・・・・。
途中、片付けも粗方できた頃、叔父さん・叔母さんも家に帰る。
私は、リース機による実験工事の責任者だったので、仕事に戻る。
私は殆ど家におらず、オカンと妹は終日、家にいる状態。

本当は、オカンは甲子園口にいるとき
前回登場の知り合いの店を手伝っていた。
お昼から夕方まで週6回、自転車に乗って通っていた。
知り合いは、オカンの事を懇意に思い、いろいろしてくれていたのである。
だから、トラックも手配してくれた。
あ、知り合いって、オカンより2歳上のオバサンですよ。
「今、店あけても仕方ない」と言うことで、当分は店は閉まったままにしている。

1週間を過ぎ、落ち着きを取り戻した頃。
仕事が休みの時、家にいると、チョットは予想はしていたが・・・・・・
やっぱり来たか・・・・・・
それは・・・・寂しさ、情けなさ・・・・・・。
知らない土地に来たという、そう言った理由からではない。
私の家の周りの人たちは、そう、被災者じゃぁ無いんですね。
あの地震は、自分たちに起こった出来事ではなく、よその出来事。
だから地震の前も、地震の後も、別に何ら変わりなく生活をしている。
周りの人たちは、今住んで居る家が、今後もずっと帰る場所であり、安住の地である。

それに比べ、私ら家族は・・・・・家が潰れた被災者・・・・・。
社長の“池さん”から借りた家が、賃貸契約を結び、今後もずっと帰る場所であり、安住の地ならば
話しは若干でも違ってたであろうな。
でも、「次の家が見つかるまで」の仮の住まいと言うことで借りたんだ。
・・・・根なし草・・・・・う〜ん、私らの家族にぴったりの言葉だわい。

ある時、オカンが泣いている・・・・・・。
私が言うのもなんだがオカンは、かなり気丈である。
そのオカンが泣いている・・・・。
「寂しい・・・情けない・・・・・」
おいおい、それを言ってくれるなよ。
でもなぁ・・・・今現在、どうすることも出来ない・・・・・。
社長の“池さん”に頼んで、賃貸契約を結び、ここを“帰る場所”にするか・・・・
しかし・・・・最初が「次の家が見つかるまでの仮の住まい」で入ったんだから
そうそう、気持ちの切り替えもできないし・・・。
これが、新たな問題の1つ目である。

避難所って、大体が近所だし、幾つか知っている人の顔もある。
それに、み〜んな被災者。
アナタも私も此処にいる者は、み〜んな被災者。
自分が辛い立場でも、周りの人は、み〜んな同じ辛い立場。
だから話しをしても、お互い同じ辛さなので、話しが通じるし
お互いの気持ちも分かる。
人間、辛くても周りが同じなら、ある程度の心の落ち着きとかは出てくる。

復興住宅が建って、数か月したころ、爺ちゃん・婆ちゃんをはじめとした
被災者の自殺・ノイローゼとか、色々有ったでしょう?
あれ見て「なにを贅沢なことを言ってるんだ」って思ってた人が結構いたようでして。
被災地に復興住宅が建って、そこに住むと言っても
住む人から見たら、完全なよその土地。
よその土地で、知り合いもいない。
周りは被災者ばかりだけど、マンションって、ご近所さんがいないのと同じだからね。
全くと言っていいほど、付き合いが無い。
特に、爺ちゃん・婆ちゃんは、そう。
外に出るという概念が少ないし、だから動けない。
気力も衰えているし・・・・
そんな状態で、日がな1日家にいたら・・・・そりゃ、おかしくもなるよ。
そうならない為には、まぁ、素人判断だけど
無理やりにでも、復興住宅の人を集めて、1か所で何か仕事を与える。
まぁ、被災者に向けて何か作るってのが、一番いいかも。

「急だけど、明後日から店あけるから、手伝いに来て」
知り合いから、ある日連絡が来る。
お店まで片道2時間。
しかも今まで、電車に乗って、それも2回も乗り換えて仕事に行くなんて
今迄全く経験のないオカンにとっては、行くだけで大変。
(過去に乗り換えの経験は、津山に帰るときだけ)
知り合いには色々してもらっているので「嫌です」なんて言えないし
また私が、「行け!」と無理やりに行かせる。
え?無理やりって、酷いって?
私はその時は、実験工事で仕事に行ってたでしょう。
その仕事が・・・・朝から夜遅くまで・・・・もう、へとへと・・・・
「寂しい」 「情けない」なんて、言ってられなかったからね。

数日たつとオカンは「あかん(ダメだ)、通勤が・・・・」と言いながら
「寂しいとか、情けないとか言ってられないわ」と言う。
まぁ他にも、お店は被災地なんだし、周りは自分と同じ被災者だから
お客さんと話しをしても、お互いが通じるようで・・・・。
それに、自分が置かれている現状は、
周りの被災者に比べ、かなり恵まれていることにも気づいたみたい。
あ〜、オカンも元気になったし・・・・・問題解決。

・・・・と、オカンが私に「あれ、どうする?」と聞いてくる。
わ〜、そうだ。あれね、どうしよう・・・・・。
この問題は、近日中に来るのだが、我が家では避けて通れない問題である。
まぁ、避けて通る人もいるかもしれないけど・・・・・。
私らは、それは無理。
その上に、震災直後からある、大問題も解決しないといけないし・・・・・。
あ〜、一体いつになったら、本当に落ち着くのかしら・・・・?

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     つづく


                                              ゲバゲバ君



いや〜、ここんとこ、ずっと震災ネタですがね。
え?そろそろカブト虫・クワガタ採集ネタはないのかって?
いやいや、これは震災後の生活の記録だから
我が家の震災が終わるまでは、ずっと続きますよ。

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さて取りあえず、引っ越しが終わったんだけど
実はまだ、元の家にはたくさんの荷物が残ってましてね。
だから、完全には引っ越しは完了してないわけ。
前にも言ったけど、通常の引っ越しなら、
要る物・要らない物に分けて、要る物だけを引っ越すでしょう。
でもね今回は、時間の関係とかで、何でもかんでも荷物にまとめたんで、物凄い量なんですよ。
それに、引っ越しのトラックは通常、箱車でしょう?
でも今回は、ユニック車だったし。

さぁ、この問題は完全には解決してないぞ。
それは、残りの荷物を運び出すには、どうしたらいいんでしょうかね?
この状況下では運送業はテンテコマイで、トラックなんて手配できない。
じゃぁ、もう1回、会社の人に・・・・いやいや、そんな事は出来るわけないし。
当分、このままの状態で、元の崩れた家に置いておくしかないのか・・・・・。
う〜ん、と思案していたら、オカンの知り合いが・・・・・・・・
「トラックだったら、私が手配してあげる」
え?なんだって?いや、そんな事できるの?
知り合いの取引先である、大手スーパーの担当者に話を持っていくと、
その担当者、オカンの事を知っているようで、
4t箱車が2台に、作業員が4人を手配してくれる。
「ちょっと、タダってわけにはいかないから、費用は掛かるよ」って。
いやいや、トラック手配できるだけでも、信じがたいのに・・・・。
でも・・・一体、いくらかかるんだ?
ザット見て・・・・・・30万円以上は、かかるんじゃないかしら・・・・・・

30万円は支払えるけど・・・・・やっぱり今後の事を考えたら・・・・・
って思っていたら・・・・・「7万円でいいよ」
え?7万円?と言うことは、2台分で14万円?
いやいや、全部で7万円。 え?マジで?
通常なら、絶対にありえない金額で、手配をしてもらうことになる。

え?前回の最後に言った“新たな問題”って、このことか、だって?
いやいや、違いますよ。全然、違うし。

堺市の、社長の“池さん”から借りた家では
荷物の整理・整頓が始まる。
とにかく、夜遅くの引っ越しの為、どこに何を置くかまで決めていない。
いや、決める時間が無かったし。1Fと2F分にしか荷物は分けていない。
しかも、会社の人が来てくれた引っ越しの荷物は
生活に必要なものばっかりだから、早いこと、整理・整頓しないと・・・・・
いや〜、また大変な目をしないといけないのか〜。

でも、甲子園口の今まで住んで居た家は、屋根は無いし傾いているし
次に大きな余震が来れば、家財道具全てがパー。
しかし、堺市の家だと、その心配もないし、安堵の胸をおろす。
それに、水もお湯も出るし、電気も付くし、あったかい布団に寝られるし
個人のプライベート空間もあるし・・・・・・。

ドタバタと、荷物の整理・整頓をし、その間には近所に挨拶に行き
途中、オカンの知り合いのトラックがやってくるし
「やっと、終わった〜」と思うのは、避難所を出て1週間後の事である。

さぁ、やっと人並みの生活が出来るぞ〜!
電気を点ければちゃんと点灯し、水道をひねれば水が出るし、お湯も出る。
部屋の中は暖房が効いてて暖かい。
寝る前にはお風呂に入って、あったかい布団で、おやすみなさい。
近所には、お店も開いているし、食べ物・飲み物も買える。
さぁ、この家は仮住まいなのだから、私らの住む家を見付けて行こう。

・・・・・・・これで、私らの家族の震災が、一応終わったんだ、と思ったんだけど・・・・・
世の中、そうそう上手くは行かないんだなぁ、これが。
この後に、前回言った“新たな問題”と、もう一つの問題が現れていくのである。

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      つづく


                                                  ゲバゲバ君
仕事の日は、丸1日携帯でネットが見ることが出来ないんですね〜。
だから今日の夜23時に寝たとしたら、次にネットが見られるのは・・・・・・
明後日の朝の9時くらいかしら。
と言うことで、ちょっと無理して、続きを書いていきましょうか。

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会社に行った日の夜、少しブラブラしてみる。
友達の家に行く途中、国道2号線を渡るのだけど、そこには信じられない光景が・・・・・
片側2車線道路であるが、1車線を、なんと自衛隊のクルマがビッシリ、ズラ〜リ!
おいおい、戦争でも始まるのか?といった光景。
まぁ近くに伊丹駐屯所があるからね。

次の日は、もう荷物も粗方まとめてあるし、することが無い。
ここ数日、いつでもすぐに引っ越しが出来るようにと、
机やタンスの中の物を段ボール箱に詰めたり、まとめたりばっかりだったので
急に気が抜けてしまう。
オカンが「境の家に行って、どんな感じか見る」と言うので
エッチラオッチラと堺市の家に行く。
ここで近所の人に、引っ越すこと、夜騒がしくしてしまうことを言っている。
でもね、今考えたら叔母さんの指示は、ホント的確だったね。
で、1月21日土曜日の夜、避難所を出ることになる。

夜8時。 鶴見区から3時間かけて3台のトラックがやってくる。
会社の人らが何人か。営業や機械整備の先輩がいる。
勿論、まとめ役として課長も来ている。
建設機械のリース屋だけど、大型の機械の設置工事・電気工事・配管工事も行うので
来てくれた人らは、みんな、建設現場で工事経験のある人ばかり。

家の中を照らす投光器は20個以上。
それに見合う発電機は60KVA。
言うとくけど発電機は、みなさんが灯火採集で使うような大きさじゃないよ。
ウチの家族はこれを見て、唖然・・・・・
一体、何が始まるんだ・・・・・という表情・・・・・・

ちょっと専門的になるけど
投光器には、1mほどのコードが付いているでしょう。
これと直接、発電機に接続するんじゃないんですね。
分電盤と呼ばれる、ブレーカーの付いた箱に一旦かまして
そこから、分岐したコード(キャブタイヤコード)に、また分電盤をかますんです。
皆さんのおウチにも、ブレーカーの箱があるでしょう。
あれの、工事用と思っていただければいいです。
まぁ、ちょっとした電気工事ですね。
家の中にコードを這わせて、分電盤を取り付けて、端子にかます・・・・。
私以外の家族の者は、ジッとその作業の様子を見てる。
この作業をするには、実は“第2種電気工事士”の免許がいるわけでして。
来てくれた会社の人で1人免許を持っているけど、実は私も持っていたりして・・・・。
免許を持っている者は、分電盤とコードの接続
(クワガタの掻き出し宜しく、懐中電灯を口にくわえながら・・・・・)
後の人は、コードを這わして、投光器の設置。
いや〜、こういった作業になれているから、早いこと出来るわ。

「じゃぁ、エンジンかけるぞ」の合図で、発電機のエンジンが掛かる。
ブワーッという、あのディーゼルエンジンの、スゲー音。
全ての分電盤のブレーカーがオフになっているのを確認して、
発電機のブレーカーを入れる。
そして、分電盤のブレーカーを順次入れていき、それから投光器を1個ずつつけていく。

「おお〜!」歓声が漏れる。まぁ、明るいこと、明るいこと。
荷物はすでに、まとめてある時点で、すぐ必要なもの・そうでないものと分けている。
オカンが、どれを持っていくか指示し、叔母さんと妹は、荷物を出していく。
男どもは、その荷物をトラックまで持っていく者、積んでいく者に分かれる。
この時の総指揮者は私。だって、長男だもん。
まぁ私も、営業だったけど、設置工事の責任者で何回も現場に行ってるし
仕事と同じようにすればよいわけでして・・・・。

今考えても、スゴイ手際よくできたなぁ。感心するわ。
荷物をトラックに次々積んでいく。
が、このトラック、引っ越し用の箱車じゃなく、現場ようなのでユニック車なのだ。
だから、言うほど荷物は積めない。
これ以上無理、と言う所でブルーシートを掛け、ロープで縛る。
いざと言うときの為に用意したユニック車だけど、ユニックを使うことが無かったな。
このユニックを操作するのも、資格が要りまして。
2.8t未満(だったと思う)の移動式クレーンと玉掛の2つ。
この両方の資格を持ってるは、課長と電気工事した先輩と営業の先輩と私。
こういう時って、建設現場に携わってる人って、便利ですね〜。

この作業中、近所の人とかが「何があったのか?」って見に来ている。
震災が17日、引っ越しが21日という異例の早さと
停電の中、発電機まで持ってきての引っ越しに、驚いたそうでして。

叔母さんと妹は避難所に残り、発電機のトラックは会社に帰り
オカンは私たちと、堺市の家に行く。
実は、荷物をトラックに積む際に、1階に置く荷物・2階に置く荷物と分けており
夜11時を回ってはいるが、一気に荷物を降ろしていく。

とにかく夜は遅いし、皆さん疲れているだろうから、
床に荷物を置いていくだけ。勿論、片づけなんてしない。
で、終わったのが夜中の12時半。 お疲れ様でした。

避難所を出て一応、我が家の震災に終止符を打った・・・・・のかと言えば・・・・そうではない。
実は、ここから新たな問題が発生することになる。
この問題は、テレビや新聞など、マスコミからはあまり報道されていないことで
避難所から出て、よその土地に行った人が体験することなんですよ。

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          つづく
        

                                               ゲバゲバ君

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