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FC2のブログは、ここ→https://kabukuwa.fc2.net/ さて、「旧・亀岡街道」にあった変な橋、今回が7回目で最終回。
「旧・亀岡街道」には、よくよく見てみると、変な橋が多いんですな。
今回紹介する橋の7ヶ所もあるとは・・・・・・。
まぁ、一般人にとっては、どうでもいいことなんだろうけど
実際に昔の人たちにとっては、重要な橋だったわけで
しかし私が捜したところ、記録は全くない・・・・・・という状態なんです。
で、最後は、「旧・亀岡街道 西側」にチョコッと出てきた石橋。
「旧・亀岡街道西側 今度こそ、小さな峠越え」の最後の方に出てきた石橋です。
府道110号線の、信号のある泉原交差点を過ぎて、下音羽の集落に入る手前に
右手に大きな題目塔があります。 それが目印。
石橋のある道の、法面の上は府道110号線。 通称、亀岡街道。
まぁ、ただの用水路用の石橋ですな。
では、この石橋を横から見てみましょう。
ツタがぶら下がってって、チョイと邪魔なんですけど・・・・・・
水路の方が狭くて、逆三角形みたいになっていますね。
ただ・・・・・お気づきかしら? 橋の下が、やたら真っ暗け。
では、反対側を見てみましょう。
あれれ? 道が法面とピッタリ付いているので、反対側が分かりません。
つまり、橋の下と次の水路トンネルは、引っ付いているようです。
では、用水路に入って、橋の下を見てみましょう・・・・・・・
・・・・・・と言いたいとこですが・・・・・すぐそばで、オッちゃんがクルマの中で休憩中。
時々、ゲバゲバ君の方を見ますが、目が合うと、
「ヤバい。目を合わすな」よろしく、サッと向こうを向きます。
完全に不審者扱いですな。 まぁ・・・・・仕方ないか。
しかし、そのようなことを気にしていては、この趣味は続けられません。
垂れ下がったツタを、暖簾をくぐって店の中に入るように、橋の下に潜ります。
橋と用水路のトンネルが続いているので、奥は真っ暗け。
水は浅いので、ジャブジャブ歩いていきます。
この写真は、石橋の部分です。
現役ですので、造りはチョイと雑だけど、シッカリしていますね。
石も、綺麗に四角く切ってあって、キッチリ隙間なく積まれています。
まだ、入口の近くなんで、草が生えていますね。
廃隧道の写真なんかで出てくる、出口に向かっての撮影。
フラッシュを焚いているんだけど、明るい感じの水路トンネルみたいですね。
こんな感じなら、不気味さは全くありません。
けどね・・・・・フラッシュを焚かなかったら・・・・・・・
・・・・・・普通に考えたら、不気味ですよね。
でも、中には、これを「美しい」と思う人が、少なからずいるようです。
美しい・・・・・そう思ったアナタは、病気です。
では、奥に行ってみましょう。
奥は、どうなっているのかサッパリ分からないけど
何やら、ザーザーと水が流れ落ちる音がしています。
結構、大きな音です。
水は勢いよく流れていますが、水量は少ないです。 長靴で十分。
足元は、コンクリートの中に、大きな石を埋めている感じ。 まぁ、安心して歩けます。
大きな石の上は、ツルツル滑ります。
上の3枚の写真は、石橋の部分ではなく、トンネル部分。
石橋の部分と全く同じ造りになっていますね。
この真上は、府道110号線ですよ。 道路自体は盛り土にあります。
・・・・・っていうか、交通量も比較的多く、大型トラックが何台も通るのに
よく重さと振動に耐えられるな〜・・・・・・・。
石橋と同じく、石は綺麗に四角く切ってあり、隙間なく積まれています。
ところどころ、目地を埋めている部分もあります。
奥の方に、何か見えてきます。 なんだ、あれは?
このトンネル自体は、そんなに長くないのですが、チョイと歩きにくいです。
ジャブジャブ歩いて、奥に行きましょう。
なんだか、変な部屋みたいなものが現れます。
トンネルの底は一段高くなって、ツルツル状態。 足が滑ります。
部屋?の中には、何やら大きな土管の口が見えますね。
では、部屋?の中に入ってみましょう。
どうやら、“変な部屋?”は、「会所」のようです。 正式な名前は「排水会所」。
そんなに広くはありません。 ただし、結構水が溜まっていて、深いです。
泥なんかが溜まっていると思われるので、会所の中には、入りません。
土管の中を覗いてみます。
カッパを持ってきていないので、土管の中を登るのは断念。
まぁ、危ないから、止めておきましょう。 .
この上は確か、畑のはずです。
会所の中は、コンクリート製の部屋になっています。
あ、そうそう、土管の写真も会所の中の写真も明るいですけど
全部、フラッシュ焚いているから明るいのであって、本当は真っ暗け。
電灯の類は全くないですよ。
トンネルと会所の接合部分。 石からコンクリートに変わっています。
さて・・・・・チョイと不思議なのは、
まぁ、橋の部分は良いとして、会所はコンクリート製なのに
なんでトンネル部分は石製にしたんだろう?
単に、会所が後から造られたからでしょうかね?
用水路のトンネルは、写真のように府道110号線を横切っています。
府道110号線、通称「亀岡街道」は明治25年に新しくできた道ですけど
この写真の部分は、江戸時代にはすでに「妙見街道」と呼ばれて、存在していた箇所です。
青色の線が「妙見街道」 緑色がぶろぐにある「旧・亀岡街道」。
「妙見街道」は勿論、妙見山にお参りに行くための街道です。
昔は、お参りがレジャーの一つだったんでね。
土管の口は、この雑草が茂っている辺りです。
畑から行こうとしても、ガードレールを超えて行こうとしても、ムリ。
チョッと危険と判断しました。
・・・・・と言うことで、今回の石橋の紹介でしたが
なんだか、石橋の紹介よりも、水路トンネルの紹介になっちゃいましたね。
まぁ、石橋とトンネルが引っ付いちゃってるから、こうなったわけでして・・・・・・。
これにて、「旧・亀岡街道」にあった、変な橋の紹介は終わりです。
今度は、「旧・亀岡街道」の東側を紹介していきますね。
茨木に住んでいる時は、カブト虫・クワガタ採集によく行った、そんな道です。
おしまい
ゲバゲバ君
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橋梁・橋関係
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FC2のブログは、ここ→https://kabukuwa.fc2.net/ 今回のブログは、4日の夜に書いています。
本日の4日は、やっと・・・・・やっと行きました、
関西の廃道の世界では、知らぬ者はいないという物件。
あるサイトでは「西日本で最も、おどろおどろしい」とも言われている、あの物件。
今まで3回行っているけど、1回も写真を撮っていないんでね。
写真をまとめたら、ブログに挙げます。
さて今回のブログは、5回目になるのかな? 「旧・亀岡街道」にあった、変な橋の紹介。
今まで紹介した橋は・・・・・・
「大阪は茨木市の変な橋」 「廃道にあった石橋」の5ヶ所。
あ、今回は6回目だわ。
ただ、「廃道にあった石橋」は「旧・亀岡街道」じゃなくてね。
それに、これだけ地図は載せてないのよ。
・・・・・というのも、この廃道を奥に行くと、カブト虫・クワガタ採集ができるからね。
え〜、では本題に入りまして、今回の橋は・・・・・・と言いますと・・・・・・
大阪は茨木市に「福井」と言う集落内にあるんです。
・・・・・・それが、これ ↓
集落内にある、何の変哲もない橋じゃねーか。
どうも、最近になって、綺麗に欄干をやり直した感じだけどね。
場所は、ここ ↓
橋が架かっている川は「佐保川」。
現在の府道110号線、通称「亀岡街道」は、明治25年に
この佐保川に沿って造られた街道です。
福井集落にあるから「福井橋」。 捻りもなにもねーなぁ・・・・・・。
親柱とか欄干とか、やけに新しいけど。
え? 平成16年5月?
あれ? 此処には、むか〜しから橋が架かってたのになぁ・・・・・。
まぁ、その昔にあった橋はぶっ壊して、新しい橋に架け変えたんだろうね。
な〜んだ、つまらん! ・・・・・と言うことで、サッサと「福井橋」を後にして
「旧・亀岡街道」をテクテク歩いていくのでした・・・・・・
おしま・・・・・・い・・・・・・
・・・・・・と言いたいところだけど・・・・・・
最初の、「福井橋」の写っている写真を、よ〜く見てね。
橋の手前、左に公園みたいなのがあるでしょう?
この、公園みたいな場所に、目をやるとね・・・・・・
あれま?! 思わず「ウワッ!!」と言っちゃいましたよ。
おかげで、近くにいた地元民が、私に対して警戒心アリアリの目で見ましたよ。
それが、これ ↓
これは、若しかして、若しかしたら・・・・・・
昔の「福井橋」の親柱??
しかも・・・・・チャンと4つあって・・・・・・向きもそろえているじゃねーか。
では、早速見てみましょう。
漢字で「福井橋」。 まぁ、これは普通に読めますな。
で、何時にできたのか? 別の親柱を見て見ますと・・・・・・
これも、橋の名前が記載されています。 ・・・・・・が、読めねーなー。
まぁ、多分“ふくいばし”って書いてあるんだろうなぁ・・・・・・。
・・・・っていうか、これって“ふくい”って、読めねーぞ。
では、向こう側にある親柱は・・・・・と言いますと・・・・・・・
・・・・・う〜ん・・・・・まぁ、“ふくいはし”って読めますけど・・・・・・
で、もうお気づきの方もおられましょう。
今まで見た3つの親柱に記載されている「福井橋」 の字体が、全部違いますね。
・・・・・と言うことは、4つ目の親柱は・・・・・・・
2つ目の字体と同じ。 まぁ、私には“ふくいはし”読めませんけど・・・・・・・。
で、もう一つ、お気づきになりました? え? 何がって?
いやね・・・・・、この4つの親柱を、よ〜く見てください。 下の2枚の写真です。
番号は、紹介した順番です。
どうです? ①・②と③と④は、形が明らかに異なりますね。
で、①と②も微妙に形が異なっています。
・・・・・と言うことは、親柱の造られた時代が、全部違う・・・・・と言うことかしら?
多分ですけど、古い順に④→③→②→①じゃないかしら?
親柱の裏側、欄干との接続部分だけど、明らかに異なっていますね。
写真の親柱は、③と④です。
①と②は、④と同じような形ですが、大きさが異なります。
で、もう一つ、写真にチラッと写っているベンチ。
このベンチも、なんだか・・・・・・。
これって、若しかして、橋の道路部分じゃねーの?
つまり、昔は若しかして、石橋だったのかも?
まぁ、今となっては、昔の状態はサッパリ分からないんだけど・・・・・・
ただね、昔から日本人って、古いものを残さずに廃棄するでしょ?
特に、今まで普通に使っていた物なんて、そうじゃない?
別に名も知れていない、昔ならどこにでもあった石橋なんて
改修工事が始まったら、それまでの“部品”は、ぜ〜んぶ、廃棄してましたからね。
それが、どんな形にせよ、こうして残してある・・・・・ってのは
私ぁ、茨木市の「昔の古いものを残して、後世に伝えよう」という気持ちが嬉しいですね。
この「福井橋」のような、地元民しか使わないようなものは
普通は、まず残りませんからね。
茨木市の心意気に、チョッと嬉しくなった、ゲバゲバ君でした。
おしまい
*「旧・亀岡街道」の変な橋も、あと1回です
ゲバゲバ君 |
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FC2のブログは、ここ→https://kabukuwa.fc2.net/ 結構、変な橋がありましてね。
まぁ、一般人には何の興味も無いんでしょうけど・・・・・
その変な橋は、以前にブログに4回挙げています。
「大阪は茨木市の変な橋」の4ヶ所。
しかも、この4ヶ所の橋は全て、茨木市佐保という集落にあるんです。
ウチ3か所は“渡り橋”ですけどね。
さて今回は、「旧・亀岡街道」から分岐してチョイと離れた、
今は放置プレー中の廃道にあった橋を紹介。
この辺りは15年ほど前まで、カブト虫・クワガタ採集によく来ていたんだけど
大概が夜だったし、橋に興味がなかったんで、気が付きませんでした。
放置プレー中の道は、こんな感じ ↓
まぁ、川・・・・・と言っても枯れているんですけど・・・・・
その川に架かっている橋が、これ ↓
・・・・・・・訳分からん写真だな〜・・・・・・・
ボーボーに生えた草しか写ってねーし・・・・・・・。
写真の左右の、黒くなっている部分が川なんですよ。 ・・・・・やっぱり、よく分からん・・・・・・
では、横から見てみましょう。
最初見たときは、穴か何かだと思ってました。
北摂の、鉱山跡に行けば、似たような感じの間歩が、アチコチにあるからね。
でも、茨木に鉱山があるって聞いたことないし・・・・・・。
で、下に降りて、穴らしきものを見てみましょう。 すると・・・・・・
おお〜!! これって、石橋じゃねーか!
つまりは、今テクテク歩いてきた道から、川を跨ぐために造られた、石で出来た橋なんですね。
まぁ、川っていっても、ご覧の通り。 枯れてますし・・・・・・枯れ葉で埋まっちゃっています。
もう何年も・・・・いや、15年前ですら放置プレー中でしたから、橋の路面は・・・・・・
最初に載せた写真のようになっちゃっているわけ。
石橋の上に土が堆積して、草が勝手気ままに生えてしまっているんですね。
・・・・・で、川を跨いだ先は・・・・・・
・・・延々と広がる薮薮・・・・
幾らバカなゲバゲバ君でも、この薮薮には入る気がしません。
まぁ、向こうに大変良い樹液木があって、
カブト虫・クワガタ採集ができるんなら、話は別だけど・・・・・・。
実はこの辺り一帯は、昔は田畑だったんですね。
茨木市の山の中は昔は結構、田畑が奥の方までありましてね。
薮薮の広さは、能勢町・猪名川町・川西市の比じゃありません。
上の写真は、場所はチョッと離れているけど、「旧・亀岡街道」から見た、薮薮。
向こうに見える竹藪までが元田畑で、今は全て薮と化しています。
こんなのが、茨木市の山には多いんですよ。
さて、石橋に話しを戻しまして、どんな構造か見てみましょう。
まぁ、農作業用の石橋ですからね。
造りは案外、雑・・・・・というか、適当・・・・というか、簡単なものでしょう。
通常の石橋は、道路部分は写真のように、細長い棒状の石を綺麗に並べています。
また、橋台部分も、綺麗に四角く切った石を、綺麗に積んでいます。
あ、これは「旧・亀岡街道」にあった、別の石橋の写真です。
やはり、人や荷車が長期にわたって通りますので、キッチリした造りになってます。
・・・・・で、今回の石橋は、と言いますと・・・・・
・・・やっぱり、適当・・・・・というか・・・・・・
・・・・・・雑・・・・・というか・・・・・
石の形や長さはバラバラ。 隙間は適当な大きさの石を挟んで、誤魔化しているし・・・・・・。
まぁ・・・・・個人が使う橋だし、そんなに重い物が通るわけじゃないし・・・・・
で、橋台部分は・・・・と言いますと・・・・・・
・・・・石の大きさも、形もバラバラ・・・・・
隙間があるし、その隙間に適当に石をはめ込んでいるし・・・・・・。
まぁ、道路用じゃないんで、仕方ないか・・・・・・。
通常は田畑の出入りする橋では、放置プレー中なら、橋自体が無くなっているのが殆どです。
あっても、鉄板やコンクリートの橋です。 もしくは建設現場用の橋。
石橋にしていたのもあるでしょうけど、
今回のように残っているのは、珍しいんじゃないかしら?
能勢町の妙見山西側にある旧道にも、放置プレー中の石橋があります。
「妙見山 野間峠の石橋」を見てくれたら分かるけど
上の写真のように、キッチリした感じの石橋もいいけど
「今回の適当な造り」の石橋の方が、何故だか好きなゲバゲバ君でした。
おしまい
ゲバゲバ君
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FC2のブログは、ここ→https://kabukuwa.fc2.net/ 本日、「旧・亀岡街道」の東側の残りを、テクテク歩きまして、これで全線走破。
あ、テクテク歩いたから“走破”じゃねーな。
さて、旧・亀岡街道の途中にある「佐保」と言う集落には
江戸時代に、14ヶ所の渡り橋がありまして。(佐保村御普請場所帳より)
ただ、石を並べただけの簡単な“橋の代わり”でしてね。
これが、現在でも残っており、しかも現役のものまであります。
ただ・・・・・昔のように石を並べただけ・・・・・ではなく
コンクリートで固めて、崩れない・流されないようにしています。
上の2枚の写真は、現在も現役です。 チャンと手入れもされていますね。
下の写真は、もう誰も使ってないようです。 手入れがされてないのか、雑な感じです。
じゃぁ、昔ながらの渡り橋って、どんな感じだったのかしら?
もう、全部がコンクリートで固められたのかしら?
そう思っていると・・・・・
目の前にある、コンクリートで固められた渡り橋を見た瞬間
次に目に入ったのは、点線で囲まれた部分。
木の枝が覆いかぶさっている個所から、石垣がチラリと見えますね。
これを見た瞬間、「あ、あれって道の跡だな」って思いました。
で、近寄ってみると・・・・・・
思った通り、廃道がありましたね。
で、コンクリートで固められた渡り橋との間には・・・・・・もしかして・・・・・
写真の上手から来る川を石を積んで.堰き止めて、その上に適当に石を並べている。
これぞ、まさしく・・・・・・
昔のままの、本当の渡り橋
いや〜、残っていたんですね〜。
この地点は、佐保川と小さな小さな川の合流点。
流されずに残っていたのは、大雨でも小さな小さな川の水量が少なかったこと。
また、この渡り橋を渡った先は廃道で、だれも使わなかったこと・・・・・の2点でしょう。
場所は、ここ ↓ ・・・・・って言うか、前回紹介した隣じゃんか。
廃道を見てみると、笹藪ですね。
こりゃ、長いこと放置プレー中の状態です。
廃道は奥の方まで続いているんだけど
実はこの廃道、「旧・亀岡街道」なんですよね。
真っすぐに行くと、「頼りない橋」の手前で道が無くなっちゃいますけど。
写真を見ればお分かりの通り、川上側と川下側では、水位が違いますね。
このような、超簡単な橋・・・・・いや、橋と呼べるものかどうかだけど
これが江戸時代には14ヶ所もあって、明治時代までは普通に使っていたとは・・・・・・。
しかも、集落(今でいう『字』)間での重要な橋だったとは・・・・・。
これじゃぁ、牛や馬の脚を痛めるわ・・・・・・。
このような、昔のままの渡り橋は、佐保の集落とその周辺に、まだ残っているんでしょうかね?
佐保川は案外、大雨になると水量は物凄く増えるし
このような、.小さな小さな川しか残ってないと思います。
・・・・が、小さな小さな川は、集落外れの山の中に流れています。
興味のある人は、探してみてね。
・・・・・と言うことで、大阪は茨木市の山間部の集落「佐保」にある渡り橋の紹介でした。
いや〜、これね、前々から記録として、まとめたかったんですよね〜。
で、次回(と思う)は、旧・亀岡街道の東側を探索して見つけた橋ですが、これ ↓
なんじゃ? こりゃ? 草ばっかりじゃねーか。 でも、この草の中にね・・・・・
いや〜、たまたま見つけたんでね。
普通に歩いていたら、まぁ見つかりませんな。
おしまい
ゲバゲバ君
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FC2のブログは、ここ→https://kabukuwa.fc2.net/ 明日(26日)が晴れなら、旧・亀岡街道の東側の残りの部分を散策しようかしら?
まぁ、行き当たりばったりですからな〜。
ってことで今回は、その散策中に見つけた“変な橋”を紹介。
前回は「これ? 渡れるの? 頼りない橋」と題して、ヒョロヒョロな橋を紹介したけど
今回は、“渡り橋”と呼ばれる橋です。
上の写真は、「これ? 渡れるの? 頼りない橋」で、紹介を忘れた写真。
やっぱり、頼りない橋ですな。
で、今回の渡り橋の場所は、ここ ↓
“渡り橋”とは、川に石を積み上げて、更にその上に大き目の石を適当に並べただけの橋。
大雨が降ったら流されてしまうし、
石の上を歩くから、牛や馬の脚を痛めてしまいます。
大阪は茨木市の佐保の集落に、大きな渡り橋が残っていまして
以前、「大阪は茨木市の変な橋」と題して、ブログに挙げています。
では、今回の渡り橋は・・・・・・
単なる、コンクリートの堰堤みたいだけど、渡り橋なんです。
川上側と、川下側の水位が違います。 堰堤のように川をせき止めた感じです。
因みに、この渡り橋は現役。
川の水は、渡り橋の何処から抜けているかと言うとね・・・・・
上の写真は、川上側から撮影。 奥に前回の「これ? 渡れるの? 頼りない橋」が見えます。
本来は、大き目の石が並んでいたんだけど
それもひっくるめて、全部コンクリートで固めてしまっています。
一ヶ所だけ、水が抜ける水路を新たに作ったようです。
川下側です。 水が勢いよく出てきています。
で、コンクリートで固めた堰堤のような感じだけど、よく見てください。
大き目の石が埋まっているのが分かるでしょう?
昔のままだと、通行に支障をきたすんで、こうやってコンクリートで固めています。
さて、この場所から少し離れた、小さな川でも同じような橋があります。
場所は、ここ↓
地図に道が記載されてないから、正確な場所じゃないと思うけど・・・・・
川の流れの感じから、此処だと思う訳。 先ほどの渡り橋の近所ですね。
あ、此処はテクテク歩いていかなきゃ、行けません。
此処も、堰堤のような感じですけど
先程の渡り橋よりも、コンクリートが雑・・・・・というか、手入れしてない・・・・というか・・・・。
この橋は、殆ど使われてないようです。
なんだか、ボロボロになっていますね。
すぐ近くに畑はあるんだけど、この橋を使わずに、チャンとした道があるからな・・・・・。
で、全貌を撮りたいんだけど、激薮と崖で撮ることが出来ません。
渡り橋から水が流れているのを撮ったんですけど・・・・・何が何やら・・・・・。
竹林の向こうに行きたかったけど、足元が悪すぎてムリ。 すぐそこは崖だし・・・・・。
この渡り橋は、大雨が降ったら“沈下橋”になるでしょうね。
道は川に向かって下っています。
で、橋の手前に、何やら見たこともないような構造物。
橋の名前とかが書いている「親柱」かな? いや、違うな。
なんだか、溝が切ってあるし、板でもはめ込むみたいな・・・・・・。
この四角い柱の隣には、これまた溝を切った大きな石が・・・・・
一体何に使うんだろうか?
考えられることは、川の水があふれそうになった時、板で堰き止めることでしょう。
じつはこれ、クイックさんのブログによれば「陸閘」と言うものだとか。
この場所は、渡り橋周囲は一段と低くなっているから
陸閘の周りに壁は不要だし、この程度でいいんでしょうな。
何時で来たのかは不明だけど、案外昭和だったりして・・・・・・
あ、渡り橋自体は、江戸時代からあったんですよ。
安永5年(1776)の「佐保村御普請場所帳」に、14か所存在することが書いていますんでね。
つづく
ゲバゲバ君
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