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しばらくブログの更新が滞っていました。
今後、しばらく精進するつもりです。
さて、BS朝日で、「ヨーロッパ路地裏紀行」という番組があります。
そのキャッチフレーズを、 「人生の全ては路地裏にある」
とする、なかなかアジのある番組です。
ヨーロッパ各地の、陽の当たる表通りではなく、メインストリートから少し奥に入った細い路地裏にある店舗を尋ね、昔ながらの面影を残す「古き良き職人たち」の生活を紹介するという――まあ、ありがちといえば、ありがちな番組なのですが…… 小さな店舗で仕事をする昔気質(かたぎ)のマイスター(匠:たくみ)たちが、地域の住人たちと織りなす人間模様……まさしく「人生のすべては路地裏にある」――を世界規模で紹介する、なんだか懐かしい感じのする、個人的には好きな番組です。 ですが、先日放送された「イタリアの路地裏」編は、また違った意味で、キャッチ・コピーどおりの必見の一篇でした。 イタリアのとある路地裏にある、昔ながらの時計店と、家具のリフォーム店がその回の主役です。 ――数年前から時計店を営むマリオ(名前はウロ覚えです)の日課は、出勤してすぐ、小さな店の前を箒(ほうき)で掃除することから始まります――という斉藤由貴のナレーションと共に、朝、一人の四十代のハンサム男が自転車で店に到着し、シャッターを開け、掃除をするシーンが映ります。 しばらくすると、時計の電池が切れたといって、ひとりの客が現れます。 すぐに作業は終わり、その客と世間話をするマリオ。
1日の客数は少なそうです。
午前11時、店にキンパツのイケメン男がやって来ます。
ナレーション:「しばらくすると(ってもう昼近くです)、マリオのパートナー、フーリオがやってきます。彼はもとはマリオのライバルでしたが、腕を見込んで、マリオがパートナーとして彼を迎え入れたのです……」
と、すぐにマリオは、「午前中の仕事の疲れをとるため」に、近くのバルにエスプレッソを飲みにでかけます。来たばかりのフーリオも店番をするわけでもなく、当然のように、ついていくのです。
このあたりから、なんだか怪しげな雰囲気が漂ってきます。腰に手をまわしこそしませんが、どうも二人は恋人くさい!
一杯飲んで、店に帰ったふたり、ちょっとだけ机に向かって、ルーペ越しに時計を覗くと、すぐに友人たちが「メシにしようぜ」と誘いに来ます。
仲間3人とフーリオを引き連れ、行きつけの店にでかけるマリオ。
(ナレーション)「今日は時間もないため(仕事もしてないのに)、簡単にサンドイッチの昼食です」
時間がないのに、結構、店でトグロを巻いたあと、ゆっくりと店に帰ったマリオとフーリオは、今度こそ仕事をするのかと思えば、ヨーロッパ名物、昼から夕方まで店を閉めるモードに移行し、マリオは店内で、最近練習に熱が入り出したギターの練習を始めます……
仕事中、フーリオが時計のパーツをなくすといったマヌケな仕事をしても、マリオはニコニコ顔です。
いくら恋人でも、ちょっと甘やかしすぎジャネ?といった感じですね。
夕方、再びちょっとだけ店を開けて、すぐに閉め、マリオは来たとき同様、自転車で家に帰ります。
結構、いいマンションに住んでいるマリオ!
あれで生活できるのなら、わたしもイタリアにいきたいなぁ、と思っていると、マリオのパートナー(何人いるの?)のマリアが帰ってきました。
(ナレーション)「二年前に出した店も軌道にのって来たので、マリオは、マリアとの仲を真剣に考え始めています」
って、要するに、マリオはマリアのヒモ(みたいなもの)じゃないの。
つまりナンですか?
恋人の家に転がりこんで、遊び同然の仕事をゲイ友だち(なのか)と、適当にこなし、あとは趣味のギターに命をかける男、マリオ!
その生活ぶりを、ナレーションの斉藤由貴は、懸命に持ち上げます。
ローマの路地裏にはもうひとり住人がいます。
家具リフォーム職人のアントニオです。
もう70歳近いアントニオですが、マイスターと呼ぶにはほど遠い、素人目にみても、まるで腕のない「自称職人」なのです。
当然のように、この店も客が少ない。
なのに、若い弟子の職人を雇っています。
まったく不思議な店です。
家も、かなり大きなアパートメントに住んでいて、金は持っていそうだし――と思ったら、続くナレーションで疑問が氷解しました。
要するに、アントニオは、もと大手銀行の頭取だったのです。
それを、60近くになって、若い女性と結婚(再婚?)したのをきっかけに、念願だった家具リフォーム職人に『加齢な』、いや「華麗な」転職をしたのです。
ありていに言えば、銀行員の時に稼いだ金を食いつぶしながら、趣味の生活を続けている悠々自適の老人、というわけですね。
ならば、あの若い弟子は?
(ナレーション)「最近、アントニオには嬉しいことがあった。義理の息子のアルが、彼の仕事を継ぎたいといってきたのだ(この番組で、斉藤由貴は終始、男口調です)。彼は高校を卒業したあと、しばらく人生の目標を探していた(つまりブラブラしていた?)のだが、これでは駄目だと一念発起したのだ」
要するに、勉強は嫌い、かといって大学も行かず、良い就職もない義理の息子が、為(な)さぬ仲ではあるものの、金は持っている元銀行頭取の義父の機嫌をとるために、父に弟子入りした、という感じなのですね。
あるいは母に諭(さと)されて、そうしたのかもしれません。
そういった、かなり胡散臭い連中を、番組は懸命に持ち上げて、ヨイショして、エエ話感をカモシだそうと一所懸命です。
そのショボい持ち上げかた故に、滑稽で、ある種のおかしみとペーソス(最近は使わない?)が漂い、まさしく、「真の路地裏には(悲喜こもごもの)人生がある!」と思わせるよい放送となりました。
おもろうて やがて悲しき 路地裏かな――
と、ここまでが前フリ、というか、マクラです。
これからが本番。
先日、映画を観に行って、路地裏〜とまったく同じ印象を受けました。
その映画は「アベンジャーズ」
アメリカンコミックのヒーロー、マイティ・ソーやアイアンマン、ハルク、ホーク・アイ、キャプテン・アメリカ、ブラックウィドウなどが、異次元から来る敵と、サミュエル・L・ジャクソン演じるリーダーの下、力を合わせて闘う、血湧き肉躍るアクション巨編――のはずだったのですが、これがまったくの「路地裏現象化」しまくった作品でした。
観にいく前に、ちょっと心配はしていたのですが、それは杞憂におわらなかったのです。
だいたい、能力の大きさ(つまり強さ)が違いすぎるヒーローを一緒に扱うのが間違いなのです。
もうその無敵ぶりや強さが異次元化している「ハルク」や、デミゴッド(半神)の「マイティ・ソー」、ミサイルを発射し、空を行き宇宙空間にまで飛び出せる「アイアンマン」と、魔性の女(つまり、ただスタイルの良い諜報員の生身の女性)「ブラック・ウィドウ」や弓矢の名手「ホーク・アイ」や、第二次大戦の遺物、常人の5倍程度の力を持つ(だけ)のキャプテン・アメリカが、共闘することに無理がある。
異次元から飛来する、鯨の数倍もあるような巨大な金属製のサカナ型兵器と闘うのに、色気のある女性や弓矢の名手、人間の5倍の力を持つアメリカ隊長では、力不足でしょう。
必然的に、オオモノの敵と戦うのは、ハルク、ソー、アイアンマンの三人ということになり、あとの三人を演出で持ち上げることになります。
まるで、ヨーロッパ路地裏紀行、イタリア編のように……
リアル(現実)のイタリア紀行ではなく、「アベンジャーズ」は映画なのですから、演出ではなく、ストーリーで、非力な三人に重要な役どころを与えるべきだったのです。
小回りの利く彼らでなければ、できない、強いだけのハルクやソーでは不可能な、役割を!
敵の基地に忍び込んで、力で闘うハルクやソーやアイアンマンの、さらに上を行く力を示してきた敵、もう人類では勝てない強大な敵に対して、非力な三人が、頭脳プレーで内部から破壊し、その混乱に乗じて、力の三人が外部から破壊する――といったような。
が、実際は、最後まで力の三人組が大活躍し、非力三人組は、どこのいたの?というストーリーでした。
NYを狙うミサイルを宇宙へ持っていったのも彼だったし……
というわけで、「アベンジャーズ」が終わって、エンドロールが流れるのを独り観ながら、わたしの胸には、しばらく前に観た「ヨーロッパ路地裏紀行」を観終わった時と同様のペーソスと一抹の寂しさが吹いていたのでした。
おもろうて やがてかなしき アベンジャーズ
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