私の幼い頃(昭和20〜30年代)は
夕暮れ時5時半になると 父親たちが蟻の行列の如く家路に着く
そして、家族揃って食事を摂るのが どこの家庭もそうだったのです
この毎日の食事の仕組みが壊れた現在の日本に これからの日本が
歩むための検証すべき大切なヒントがある気がしてなりません。
日本の歴史で 食事を家族で一緒にしなくなったのは
竪穴式住居時代から辿っても 僅か50年前ぐらいのことです。
食の乱れは食卓の乱れ。
食卓の乱れは家庭の乱れ。
家庭の乱れは社会の乱れ。
そして、社会の乱れは国の乱れ。
正に 検証の事例が 毎日の如く家族の崩壊のニュースとして表れている。
社会では、10年連続で3万人もの日本人が自殺しているのです。
にも拘らず 多くの日本人は仕事らしき事に
大切な時間の無駄遣いを続けています。
仕事のやりすぎは「罪ですよ」と言ったら 日本人は驚くでしょうね!
働いて 世界から食物を輸入して 残飯にして捨てても
金を払っているのだからどこが悪いと開き直る日本人たち
日本人が たくさん働いて果実を奪えば世界の人が餓えてしまうのです。
世界での労働時間を無視して日本人だけが働き蜂となり働いた結果
日本人の家庭は 素晴らしい家族が生まれましたか?
素晴らしい日本社会が生まれましたか?
確かに 見た目は綺麗で便利な都市環境は出来ましたが
天災で一瞬の間に原始時代に戻ります(当然復興します。一度体験した時代を反省した物になるかは甚だ疑問ですが?)
ドイツでは 週45時間以上は 法律で働けませんから
・・・戦後ドイツの本格的な時短闘争は、ドイツ労働組合同盟(DGB)の取り組みで開始された。1955年、DGBは週労働時間短縮をめぐって、「土曜日のパパは僕のもの」のスローガンとポスターをかかげ、街頭キャンペーンも展開した。この間に先ほど挙げたような労働条件については労働協約で規定し、それに基づいて事業所規定(事業所委員会と事業所経営者の協定)で細目を決めるという労働法制が確立されていったのである。また、店の営業時間を規制する「閉店時間法」も制定された。
時短闘争において活発だったのは、金属産業と印刷産業の労働組合であった。1967年週5日、48時間労働制をかちとった金属労働組合は77年、週35時間労働を要求した。だが、経営者や政府は「時短は雇用を減らし、失業を増やす」と猛攻撃を開始。経営者、政府側の攻撃を打ち破ったのは78年〜79年はじめの金属産業労組・鉄鋼スト。そして84年、7週間続いた金属産業労組のストと、12週間続いた印刷・紙加工労組のストだった。これらの闘争に際し、他産業の労組等も力を合わせて運動を展開していった。
1985年4月、ついに週40時間の壁が崩された。金属産業で週38.5時間制から、週37時間制へ移行する労働協約が、1990年には段階的に週35時間制に移行する(同年10月実施)労働協約が調印された。印刷産業でも1995年4月から週35時間制が実施されている。この2つのいずれの産業も賃下げを行うことなく労働時間短縮を勝ち取ったのだった。このように金属産業、印刷産業を筆頭に、他の産業でも時短が行われていった。
時短は企業の利益に直結する。それだけに時短を獲得しても反撃するのが経営者の常である。ドイツでも例外ではない。週35時間制で働いている労働者の割合は伸び悩んでいる。労働時間の弾力化、週40時間制への復帰攻勢、時間外労働などの増加等に反撃が現れている。
しかし、あくまで労働協約上の時間内での話。ドイツでは普通年間労働日数を45時間弱で計算。フルタイム労働者の場合、年労働時間1643時間の枠内の問題である。ちなみに日本は統計上の労働時間は1900時間、さらに長時間におよぶサービス残業、もしくは残業が加わるため、日本から見れば別次元の闘いとも言えるかもしれない。
各国の年間労働時間(2006年度)単位:時間
韓国・・・2394
アメリカ・・・1804
日本・・・1775 (日本の場合はサービス残業が隠されています)
イギリス・・・1672
スウェーデン・・・1587
フランス・・・1535
ドイツ・・・1421
オランダ・・・1367
オランダでは昇「給」か昇「休」かを選べます。給料の代わりに休みが増えるのです。
それにつられて隣国のドイツやフランスも給料の代わりに休みを増やす人が増えているのでしょう。
同じ労働時間で競争するのであれば、日本人の技術力を真に誇れるのだが
ここまでの日本のリーダーは 国民の預貯金800兆円に手をつけて
意味のないダムや仕事館やグリーンピアのリゾート施設など
わざわざ無駄な事業を作り、
政財界の詐欺師の国策で国民は サービス残業で12時間以上も働かされて
その事業費の3割もピンハネして 最後は事業を閉鎖にして
そのうえ 1000億も掛けた資産を 2足3文で またこの詐欺師集団が奪う
いやはや、金という魔物に取りつかれた連中は
一見紳士淑女として 日本社会では評価をされているのが面白い
経済大国日本とカラ威張りしたわずかな期間がありましたが
結局は腕力戦略大国アメリカに
日本人の汗と涙と家族の絆を見事に奪われました。
いま、私は
これから遣らなければ成らない事を
2000年から始めて10年が過ぎました。
若い時期の 私の事業は必ず大手企業に真似られましたので
人生の終盤は 真似られない事業と言う事で
特許、ビジネスモデル、実用新案、商標登録、そして健康環境問題訴訟まで
視野に入れて社会的ミッション性のある事業を考えました。
そして、いま 始めています。
日本の食用油を変えます!
日本のキッチンを夢見れるレシピ研究室に変えます!
美味しい食卓(料理の技術ではなく、家族の会話の美味しさ)から
家庭の団欒が生まれ 優しい教育の環境が生まれます
家庭の団欒から 社会への優しさが生まれます
社会への優しさとは 不正義や弱者虐めに抗議できる優しい心です
愛のある家庭の美味しい食卓から 優しい心が生まれます
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