今回のちょっと昔は、昭和50年代後半の宮入時の楢葉集合写真です。 まだまだ上地車が大半の久世地区でした。東山三町は子供地車、小阪は新調間もない頃、東八田、 平井は先代の上地車、当然に楢葉も先代上地車の時代。 多治速比売神社氏子の平井も一度新調時にこ野々宮神社に宮入した経緯がありますね。 今では無理かも…の古き良き時代。この写真の一番の特徴は、東八田、楢葉は昼間でも提灯を つけている事と小阪新調まもない頃の貴重な姿が写っている事。小阪地車紹介でもお話しましたが、 上松町の屋根が乗せられてます。この屋根に施された【懸魚】が今でも好きで記憶に強く残ってます 提灯に関して何故かはわからないが、子供の頃からそうでしたね〜。段提灯って言うてました。 堺ではよく見る風景ですが、この付け方は久世くらいでしょうか。 ▲左から小阪・楢葉・東八田 ▲小阪屋根廻りをアップします。この懸魚、いいでしょう〜! ▲楢葉をアップ。段提灯が昼間でも据え付けられてます まだこの時は小阪・東八田・平井・楢葉の四台しかだんじりを所有してなく、長崎屋(現 イズミヤ) 周りで2年程?パレードをした記憶があります。この数年後に東山三町が続けて新調され、その後 和田、伏尾が復活されていきましたね。この頃からしたら久世も随分変わりました。 |
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2009年02月27日
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