今回は久々のだんじり紹介です。昨年祭礼時に見学いたしました、我が町先代地車を紹介させてもらいます。 明治末期 堺市小阪において新調。大工は地元小阪に居を構えた堺屈指の地車大工 堀内市松。彫師もこれまた大彫師集団 彫又一門。 昭和55年小阪新調にともない、同年我が町が購入いたしました。昭和58年地元大工の手により大修理を行い、平成8年和泉市鶴山台に売却。 数々の思い出を残していただいた、この先代地車をどうぞ! ▲現在も変わらない姿です。柱巻きには竜。一見堺型の箱地車に見えますが、元は板勾欄出人形型式。 ▲屋根廻り。厚みはないが独特の顔です。拝懸魚は鳳凰。 ▲垂木・組物・虹梁部分。垂木には八坂神社の御神紋。虹梁部分に『氏子安全』の額が掲げられてます。○○神社と書かれたものが多いと思いますが氏子安全は他にはないでしょうね。 ▲花燈窓は司馬温公の甕割り。これがいい雰囲気でした。旗差しに???何でしょうか? ▲勾欄部分。ほぼ欠損…出人形もなし…図柄不明。正面については後程。 ▲平右三枚板出人形。素盞嗚尊 八岐大蛇退治と聞いた事がありますが、人物の後の羽らしきものや構図などから大己貴命 大鷲退治では?この竜はどこの?柱巻き?勾欄部分?謎多き地車です… ▲武松の虎退治。ここにも不自然なものが。 ▲それがこれ!あまりにも不自然な構図。誰?どこから来たの?勾欄で見にくいですが、見る人が見ればすぐにお分かりですね。加藤清正が虎退治の応援に駆けつけました(笑) ▲三枚板出人形と並んでいた彫物は、正面板勾欄の唯一の出人形だったんです!これで正面は加藤清正 虎退治と判明しました。 ▲続いて正面三枚板出人形。漢高祖龍退治。大振りの立派な彫物です。 ▲下に移り、正面土呂幕。顔の部分が欠損。図柄不明。 ▲後面土呂幕。後コマのブレーキ棒。旗台。 ▲平右前土呂幕。図柄不明。 ▲平右後土呂幕。図柄不明。前後一対で物語が構成されているかと。 ▲平左前土呂幕。こちらも図柄不明。 ▲平左後土呂幕。何でしょうかまったくわからず…左面も前後での構成。 いかがでしたか?謎多き地車でしたね!まるでパズルをする様に整理しながらの作業でした。 楢葉時代の大修理の際に原型を失い、また保存状態も良くない為彫物の欠損が目立ちますね。 彫物を違う場所に移したり、主屋根の箕甲を足したり、平の葺地も違和感があります。組物自体もダボがない為かずれてしまっています。板勾欄の出人形を取り払い、箱地車風に改良したこの大修理はひどいですね…希少な堀内市松が手掛けた地車をもっと大切に出来なかったのかと悔みます。 小阪町内会館には原型で写る一枚の写真が飾られていますが、立派なものです。修復されもう一度あの姿に戻る事があればと願います。 今回、お邪魔した鶴山台関係者の皆様ありがとうございました!今年もまた機会があればお邪魔させてもらいます。 |

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