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世界中のムスリムの皆さま、
イード ムバラク
もう随分前の事になるが、ドバイへ移るずっと前、ラマダンや二つのイード祝祭時にムスリム達にお祝いの挨拶をすることを勧めてくれたのはキリスト教徒パレスチナアラブ人だった。
クリスマスにはムスリム達はキリスト教徒達にお祝いの挨拶を送り、イスラム祝祭時にはキリスト教徒達はムスリム達にお祝いの挨拶を送る。
ユダヤ教徒もキリスト教徒もイスラム教徒も共に暮らしてきた歴史の長いアラブ世界では、夫々の宗教の祝祭時にお互いに挨拶を交わし、食事やお祝いに招待し合ってきたのだった。
911ニューヨーク事件の9周年を迎える明日9月11日を、その出来事を世界中で忘れないために『国際コラーン焚書日』に定めようと提唱したアメリカ、フロリダのキリスト教新教牧師のコラーン焚書計画がアメリカ政府を始め、世界中の問題になっている。
また、しばらく前から、アメリカ共和党が、間近い議会選挙前の選挙戦略としての政治的な意図によっ仕掛けられた論議『グランド ゼロ モスク』事件と並んで、アメリカ国内のイスラムフォービア=イスラム恐怖症が、アメリカ人達をホントの恐怖に落としこんでいる。
思想信教表現の自由を保障するアメリカ憲法の下では、コラーン焚書(星条旗侮辱は違法だが)は何の違法性もないので、どんな個人、団体の考えや主張を公共の場で表現する自由を誰も止める権利はない。
だからこのテリー・ジョーンズ牧師の主張する『回教は悪魔の教えだ』と言う考えを世界中に発する事も自由だし、これを権力をもって止められてはならないのだ。
2005年にデンマークの新聞がイスラム預言者の冒涜風刺画を掲載し、それを憲法で保障された表現の自由として禁止しない、できないのも自由民主主義を基盤にする欧州法の当然の結論だ。
あらゆる思考、どんな思想、どんな宗教・信条を持ち、どの様に表現しようと完全に絶対的に一人一人の個人、集団の自由なのだ。 自由民主主義を基に憲法を定める国では絶対に譲れない『完全絶対自由』である筈なのだ。
だから当然同じく、テリー・ジョーンズ牧師の主張は間違っていて、キリスト教の教えから遠く離れるどころか、むしろ正反対の考えで、キリスト教と称する似非牧師の迷い事だとして、11日に予定されているコラーン焚書に抗議し、反対運動することもまた保障された表現の自由だ。
ジョーンズ牧師のコラーン焚書決行決意を厳しく批判し、いち早く中止を求めたのは、アフガニスタン駐留アメリカ軍総司令官だった。次いでクリントン国務長官、オバマ大統領、国連総長、バチカン法王他、多くの識者、キリスト教会、イスラム教リーダー達だ。
2005年のデンマーク地方紙が預言者の風刺画を掲載した時に起こったイスラム諸国での反デンマーク運動、デンマーク製品不買運動は、デンマーク企業の膨大な損害となり、倒産寸前まで追い込まれた企業も少なくなかった。
アフガニスタン駐留米軍総司令官は、ジョーンズ牧師の教会によるコラーン焚書に対して引き起こされるであろう反米攻撃が米軍兵士の生命を不必要な危険にさらす恐れがる事を警告した。
実際には、アフガニスタン駐留米軍兵士よりも、イスラム圏諸国に住み、働く全ての無防備なアメリカ人、更には欧米白人キリスト教徒達の方が、今どれほど不安に振るえ、テリー・ジョーンズ牧師の『表現の自由』の下に、どれほどの身の危険に曝されるかも知れない恐怖に怯えていることか。戦闘的イスラムセクト グループ攻撃の心配の無いイスラム諸国でさえも、コラーン焚書と言うイスラム教徒にとって最も攻撃的な、最悪の手段での冒涜が及ぼすかも知れない一般イスラム教徒の反応は予想できないからだらろう。
事実UAEの英字紙には毎日の様のにUAE在住アメリカ人らの投稿が寄せられ、
* グランドゼロモスク反対問題はアメリカの恥であり、全アメリカ人の考えを代表するものではない事。信条・信仰・宗教の自由を求めて新大陸へ渡ったピルグリムファーザーズの理念の基に築かれたアメリカ建国精神に反するものでること
* テリー・ジョーンズ牧師の行動は、自分で勝手にキリスト教と称するだけで、本来のキリスト教とは何の関係もなく、キリスト教会はコラーン焚書に反対する...
と訴えつづけている。
またイード祝日初日のUAE英字新聞には、アブダビの英国国教会聖アンドリュー教会司祭と全ての教会員は、テリー・ジョーンズ牧師のコラーン焚書に激しく抗議、反対すと共に、イスラムとムスリム同胞に対する共感と連帯、イードの祝日への心よりのお祝いを述べる挨拶と声明を発表している。
こうした投稿の背景には、イスラム教国在留のアメリカ人、欧米キリスト教徒達の恐れと心配によるムスリム社会への必死の訴えが読み取れる。 それは2005年のデンマーク事件の経験はもちろん、イラク、アフガニスタン、イエメン、ソマリアなどで止む事の無い欧米人誘拐、殺害の現実を身をもって感じているからだろう。
こうした在外欧米人家族達の恐怖感や、実際に彼らの生命に危機を及ぼす可能性がどれ程高いかと言う事実と、ジョーンズ牧師の『保障された表現の自由』との関係を、『ワタシ達の表現自由』はどう理解し、実現していくのか。
2005年のデンマーク紙風刺画事件が大きく広がり、莫大な規模の損害を及ぼした原因は、デンマーク首相、外相を始め、スウェーデン政府、ドイツ政府なども揃って『表現の自由の保障』を主張し、風刺画掲載について謝罪する義務も必要もない事を明言した事だ。
被害を受けたデンマーク、スウェーデン企業にも当然、勿論『表現の自由』は保障されている訳だから、
『自社のイスラム圏市場の利益保護のために、不必要に他宗教を侮辱する風刺画掲載に反対し、そうした新聞社への広告宣伝を取り止める形で抗議する』
と言う主張を表明する事もできた筈だが、一社もそうする事はなかった。
その結果が広範なボイコットによる莫大な損失をまねいた訳だ。
絶対完全な表現の自由...とは
敬意を表する事も自由であり、不敬侮辱を表す事も自由なのだ
そしてまた、保障された各々の表現の自由には、同時にそれに相応する対価と影響結果が伴い、その結果を甘受することを前提にした上で『自由に表現』するか、または『表現しない自由』を行使するのかは、各々の判断の自由な訳だ。
世界中のムスリム達はこの一月間、ムスリムであるか否かを問わず、貧する者達、飢餓する者達、幸い薄き者達を思いやる事に専念し、慈悲慈愛、喜捨と分かち合いに思い巡らし、商活動を制限し、その分チャリティーと家族や友人と時を過ごす事を実行してきた。 そしてそう言う事こそが最も価値ある事であると学んだ喜びを祝うイードの3日間を迎えている。
そのイードの中日にジョーンズ牧師はイスラムの聖典コラーンの山の焚書をもって911攻撃を犯したムスリムの悪魔性を訴える表現の自由を行使する。
アフガニスタンでは既にこの件に抗議する爆破事件が始まっている。
アメリカ人は元より、イスラム諸国に住む欧米キリスト教達の恐怖は止まず、どんな憎しみの連鎖と反米、反欧米キリスト運動を産み出すか解らないことを世界中が懸念する。
丁度、無知蒙昧に基づくファナティックカルトムスリムグループの911ニューヨーク攻撃の結果が、いまでも多くの一般ムスリム達が欧米圏で蒙り続ける攻撃と反イスラム運動による憎しみ、蔑みに苦悩する論理と同じパターンをアメリカ人、欧米キリスト教徒達に引き起こす。
違いは、ムスリム達は決してユダヤ教聖典もキリスト教聖典も侮辱しない、と云う点だ。 なぜならイスラムは、この二つの先達の教えの同線上にある継承の教えとするからだ。
人間に保障された完全絶対の自由
その自由の対価を完全絶対に支払い切れると確信できる者だけが獲得できるものなのだ
ムスリム達に祝福の挨拶をする事を教えてくれたキリスト教徒パレスチナ アラブ人は、『ムスリム達は非ムスリムから敬意を表されることを至福の喜びとする、それは私達キリスト教徒も同様だ。私達アラブは、そう言う世界に生きてきたからなのだ』
ワタシはそれを美しいと感じた自分が嬉しかった
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ラマダンー10
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ラマダン、終わりましたよ。 ムスリム同胞の皆様、一ヶ月の断食大変ご苦労さまでした。 そして、全世界のムスリムの皆様へ、EID MUBARAK !! 楽しいイードをお迎えくださいませ〜 *イードの祝い イードはアラビア語で、“再びくる日”という意味です。イードの祝いは年に2回あります。ラマダーン(断食)月明けのイードルフィトル、そして、その10週間後をイードル・アドフィーヤといい、日本のお正月のようにみんなが楽しみにしている祝日です。 イードル・フィトル ラマダーンの月に断食をすることは、イスラム教の五つの実践の柱のひとつです。ラマダーンの最終日の夕方、西の空に出てくる月をみんなで待ち、月を見つけると「見えた!見えた!」と感嘆の声をあげて、イードの祝いの準備にとりかかります。 その日は夜を徹してモスクや大通りはもちろんのこと、各自の家の飾りつけをします。 翌朝(イードの日)は、身をそろって集団礼拝に出かけます。 主婦は朝早くからごちそうを作り、それを子どもたちが近所の家に配る習慣があります。また、親戚や近所の家を訪問しあい、プレゼントを交換したり、子どもたちはおこづかいをもらったりして、楽しい一日を過ごします。
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記念すべき日になりました。
正確にいえば、先週の(日)が、その日、だったんですけど... 我が家の四女と長男が、人生初めて、断食を、体験しました。 我が家では、子供達が大体7〜8歳頃から断食を体験させ始めるのですが、
最初は、週末の午前中だけ、次に週末1日中、とか、
少しずつ慣らしながら、中学生になった頃から、体調が良い限り 1ヶ月の断食を全部完了させる、という感じで始めさせてます。 でも、長女や次女たちが始めた幼少の頃は、調度冬だったので、 一日完璧に終えたとしても、4時半頃で終了してました。 それに比べて夏は、長いですね、イフタール(断食後の食事)は、今、ジョージアで8時頃です(毎日時間が少しづつ早くなっていきます)
(断食は日の出から日没までですから、夏のほうが断然、日没の時間が遅いのです)
だから、同じ年齢で始めた長男と四女は、他の姉達よりも、数倍も長い我慢を成し遂げたことになるんです。 長男7歳、四女は9歳ですが、この過酷な夏の断食を、大人と一緒に頑張ってやり抜いてくれた事、 私は、学校でどんな良い成績をとってくることよりも何十倍も嬉しく、誇りに思います。 昨日は、アメリカはレイバーズデーで、休日だったので、 長男には「1日休んでもよいよ」と言ったのですが、
「またやるよ〜♪」 という普段は弱虫長男の頼もしい言葉で、せっかくの3日間連休でしたが、
暑い中外に出ると辛くなるのを考慮して、どこへも行かず、皆、家の中で過ごしました。(結局掃除しましたが)
それでも、四女は10分おきにおなかがすいたと、訴えにくる。。。(あと、何時間だから頑張れと、励ますだけの母)
何はともあれ、長男と四女の初の断食、計4日間をやり抜いてくれました。
調度、先週末は、ライラトルカドル(みいつの夜)にあたったので、皆でモスクへ行き、お祈りをしてきました。
朝は、5時におきて、皆、半分目を瞑りながら、スフール(朝食)を口に押し込み、水を飲み、お祈りをして、また、皆、眠りに入っていきました。。。
そして、起きたのは、昼頃。。。次女なんか、2時頃(昼間です)起きてきたし、、
なんだか、、メリハリの無い堕落した生活のように思われるでしょうが、、
毎日ではないですからね、
こんなことも、1年のうちの1ヶ月だけですもの、(それも週末、仕事や学校が無い時です)
こんな時くらい、自分の健康に感謝して、飢えで苦しんでる人達を思いやったり、
貧しい人達に寄付をしたり、改めて神に敬意を払い感謝の気持ちを表したりと、
そんな、普段忘れている事を思い出すのも大切な事ではないでしょうかねぇ。。。
人間、普段は、欲に絡んだ世知辛い生活をしてるじゃないですか、
だから私は、たまにはこんな神聖な時間があっても良いじゃないかなぁ、と思うのです。
*そのラマダンも後、2日か3日(月の形で終了日が決まります)になりましたよ。
ちょっと寂しい気がします
≪断食の意義≫
断食には罪を許すという偉大な効果があります。
また同様に肉体を健康にし、病気を防ぐという効果もあります。
また断食は盾のようなものであり、地獄の炎から護ってくれるものなのです。 預言者は言いました。「断食とは護ってくれるものである。信者は断食によって地獄の炎から身を護る。」 サーイム≪断食)の最大の喜びはアッラーとの謁見です。 アッラーの使徒は言いました。「人間の行為はすべて倍増される。
善行は10倍から700倍の報奨がある。
至高のアッラーは仰りました。『断食は我のためである。我はそれに対し報奨を与える。
サーイム(断食者)には2回の喜びがある。
断食を解いた時の喜びと主に見まえた時の喜びである。
断食するものたちは最高に暑く、最大の渇きの日(審判の日)に喉が渇くことはありません。 というのも、アッラーのために自分の喉を乾かしたからです。
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