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Europe 14より抜粋
その朝は天気がよく、澄み渡った青空のところどころでちぎれ雲が運ばれていた。前日に降った雨のおかげで、空気は澄んでいた。どの葉も新しく、暗い冬が終わったことを告げていた。どの葉もきらめく陽光の中で、自分が去年の春の葉とは何の関係もないものであることを知っていた。
太陽はそれらの新しい葉群を通して、森の中の湿った小道の上に柔らかい緑色の光を落としていた。その小道は、大都会に至る幹道へと続いていた。
こどもちたが遊びまわっていたが、かれらは晴れた春の日を全然見ていなかった。こどもたちが春そのものであったから、見る必要がなかったのである。かれらの笑い声、かれらの遊戯は、木や葉、花の一部であった。それは何の幻想でもなく、じかに感じとられた。まるで葉も花も、こどもたちの笑い声や遊び、そして飛び去る風船の仲間入りをしているようであった。草の葉、黄色いたんぽぽ、繊細な若葉、それらのすべてがこどもたちの一部であり、こどもたちは大地の一部であった。人と自然を分かつ境界線は消え去った。けれど競争路上で車をとばしている者も、市場から帰りを急ぐ女たちもそのことに気づいてはいなかった。おそらくはかれらは一度も大空や風にそよぐ木の葉や白いリラの花をまともに見たことはないであろう。かれらはそれぞれ心にそれぞれの問題を抱えており、こどもたちやきらめく春の日を決して見ることはないようであった。悲しいことにこどもたちを育てているのはそのような大人たちなのである。それゆえ、そのこどもたちもやがて走路上の男や市場から帰りを急ぐ女たちになってしまうことであろう。そうして世界はまた暗転してしまうことであろう。そこに果てしない悲しみがあるのだ。若葉の上の愛の気配は、やがて来る秋によって吹き飛ばされてしまうことであろう。
クリシュナムルティの瞑想録 自由への飛翔 J・クリシュナムルティ著 大野純一訳 平河出版社刊
★ クリシュナムルティ(故人)はイエス・仏陀と並んで地球に降臨して来た偉大な孤高の哲人です。
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