今日一日の終わりに・・

毎日のこと頑張って更新していきたいと思います!

でっきるかな〜

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少しづつ前へ

ブログに訪問してくださった方、ご心配おかけしたと思います。
 
少しづつですが、心も体も元気になってきています。
 
4月・5月はどう過ごしていたか、自分でも振り返りたくない気持ちのせいかあまり記憶にありません。
 
それでも義両親のおかげで前を向ける様になりました。
 
3月から始まっている「ミミヅリ」を今回はお休みさせてもらおうと思っていましたが
 
色々と心配をかけている義両親の為にも、自分の体調や心の調子の良い時に手伝いに行く様になりました。
 
寒いのを義母が心配して、5月中から徐々に行き始めましたが
 
軽い対人恐怖症(?)になっていたので、初日は辛かったです。
 
たぶん、みんなに気を使わせていたと思います。
 
でも外に出る様になって、普通に生活出来るって幸せな事だなって思いました。
 
寂しさも、悲しさ、涙もずっと続く訳では無いですね。
 
色んな気持ちを自分なりにちゃんと受け止めて、周りの人の優しさも感じて
 
夫婦仲良く暮らしている方がまめたんも嬉しいと思って、一歩踏み出しています。
 
お兄ちゃんは慣れない寮生活で、最初の頃は相当辛かったと思いますが
 
きっと私たちに心配かけない様にとメール・電話は来ませんでした。
 
部活も色々迷って「ラグビー」にしました。
 
細い体で怪我とか心配ですが、意外に息子は楽しいらしいです。
 
 
 
こうして普通に生活しているのを、まめたんは天国で見守ってくれていると思います。
 
 

天国へ

息子を産んだ時は看護師さんや先生が、生まれる瞬間まで「頑張って!もうすぐだよ」なんて声をかけてくれたのに
 
分娩室は私のいきむ声だけ・・でも絶対痛いなんて言わないと決めていました。
 
赤ちゃんだって苦しくて痛いんだから、私は上手に産んであげたいと思っていました。
 
産まれた瞬間、先生が取り上げ看護師さんにすぐ渡しました。
 
私「男の子ですか?女の子ですか?」
 
先生「今の状態では分からないから、後でお話ししますね」
 
それだけ聞いて私は号泣・・。胎盤の処置も終わり、血圧や体温を計りながら
看護師さんが肩をそっと撫でてくれてました。
 
旦那も入ってきてくれて、二人で泣きながら早く赤ちゃんを抱っこしたいねと話しました。
 
病室に戻った後、先生が来てくれて「赤ちゃんは女の子でした。産まれた時に呼吸は無く死産です」と告げられ
 
旦那と息子が望んでいた「女の子」と聞き、また泣いて・・
 
その後小さな・小さな手のひら位の赤ちゃんを連れてきてくれました。
 
かわいい口は少し開いていて、小さな指にはちゃんと爪もあって、足だってふっくらとお肉がついていて・・
 
今も目を閉じると思い出すかわいい寝顔・・。
 
旦那と息子と私・・みんな泣きながら抱っこしました。小さくて600gしかなかった赤ちゃん。
 
義両親、私の母・姉も来てくれて、抱っこしてくれました。
 
命名「まめこ」
 
お腹にいる時から「まめたん」って呼んでいたので・・。
 
その日に義両親がまめたんに、沢山のおもちゃ・肌着・セレモニードレス・おくるみ・ピンクのリュック・
お菓子・ミルク・くまさん・ウサギさんのぬいぐるみを買ってきてくれて、4月2日に火葬の手配もしてくれました。
 
棺も病院の用意してくれる物を使うつもりでしたが、旦那が真っ白で中にピンクのパラの付いた棺を
 
見つけて用意してくれて、お骨も残る様に火葬してくれる所に電話してくれて
 
ピンクのかわいいお骨入れを用意してくれました。
 
綺麗なお花やリースも用意してくれました。
 
その夜旦那が付き添ってくれて、一緒の部屋に泊まりましたが
 
目が覚めて旦那の寝ている方を見ると、おくるみを抱きながら泣いていました。
 
「こうして抱いてやりたかった・・」と・・
 
4月2日、朝に最後のお見送りをしたくて先生に外出許可をお願いしました。
 
血液検査の結果が悪いので、本当は許されないはずですが許可してもらいました。
 
義両親・次男・三男も来てくれて、みんなでお見送りしてくれました。
 
旦那と義母が「ピンクのリュック背負って、忘れ物取りに天国に急いで帰ってる」
 
「また来てくれる」って慰めてくれました。
 
42歳でまたママのお腹にまめたん来てくれるかな?
また来てくれたら今度こそ絶対苦しい思いはさせないね。
そしてまた全部、同じ物用意して抱っこするね。
 
 
お兄ちゃんも4月4日に入学式で、私は何もしてあげれなかったけど義両親が全部用意してくれました。
 
義両親・北見から駆けつけてくれた母・姉、悲しい思いをさせた分これからは心配させない様に
 
夫婦で頑張っていくね。      まめこも見守っていてね。
 
これから赤ちゃんを産む予定のママ・パパ、元気な赤ちゃんが産まれる様に心から祈っています。

受診から2日後

29日の6時10分にトイレに行くとおしっこは出終わっていて、尿意はもう無いはずなのに
 
何故か水分が出ていてトイレの中でパニック!
 
ちょうど息子がいたので「携帯とって!」叫んでタオルを股に挟みかがんで病院に電話。
 
「産婦人科お願いします」声は震えて何か聞かれたけど答えることが出来ず・・
 
相手もただ事ではないと思ったのか産婦人科に回してくれて、「破水だと思います。どうしたらいいですか?」
 
受付の方も落ち着いていて「横になってください。すぐ来れますか?」
 
私  「救急車呼んだほうがいいですか?」
受付 「いえ、車で大丈夫です。下に何か敷いてシートを倒して来てください」
 
その時はそんなに救急性も無いのかな?大丈夫かな?と思いました。
 
旦那に電話して仕事途中で走って帰ってきた旦那に乗せてもらい、高速を飛ばして行ってもらいました。
 
それでも普通に車なので、高速を降りた後赤信号で何度も止まって心の中で「早く!早く!」と祈っていました。
 
病院に着いた時はほっとしましたが、看護師さんの様子が何か違って
 
夜間救急当番の先生の名前を聞いても分からず、「この前受診した○○です」名前も覚えていなかった。
 
「破水したんだ」「エコーするね」だけ覚えています。その後の一言「厳しいな」・・・聞こえてしまった。
 
「周産期医療がある病院に搬送するので、救急車の手配します」と言われ事の重大さがわかりました。
 
待っている間看護士さんに「羊水無いとどうなりますか?」「赤ちゃん苦しがっていますか?」
 
色々聞きましたが詳しい検査をしないと分からないと言われ、
羊水が無いと赤ちゃんは多少居心地は悪いかなと言っていました。不安にならない様にあまり多く語らず。
 
搬送先の病院で血液検査や点滴、エコーと一通り検査をしている間に
義両親と旦那の次男も駆けつけてくれましたが何を話したか・・全く覚えていません。泣いていたと思います。
 
即入院になり、「今は二人だけど、明日転院予定だから明日から一人です」と言われ
 
起き上がる事は禁止、おしっこの管もされて、何をするのもナースコールしてくださいと言われました。
 
朝に担当の先生が来て、旦那と私に「厳しい選択をしてもらわないといけない」
 
「最低1週間寝たきりの生活をしてもらって、赤ちゃんを少しでも大きくさせて出産するか
今回は諦めて妊娠継続を終わらせるか」
 
旦那が色々質問しましたが、「今の状況だと本当に厳しい、出産しても高い確率で障害が残る」
「その障害がどの程度かわからないが、この周期だと肺が未完成で呼吸が困難」
「将来長い目で見て、普通学級に入れない場合が多い」
 
考えても考えても答えが見つからず、泣いてもどうすることも出来ず・・胎動だけはポコポコと感じていました。
 
この子を殺すことになる・・産んだとしても私たちは幸せだけど、障害がもしもあったらこの子は幸せなのか?
 
息子が一言「もしママとお父さんが死んでも、僕がいるしょ?僕も結婚して将来子供が出来たらみんなで見るよ」
嬉しかった・・。少しの間でお兄ちゃんになってくれた。
 
でも現実は小さく産まれても障害が無い子だっているけれど、私の血液検査の結果が凄く悪く
 
何も無いと言う事は奇跡に近い状況でした。
 
産んで泣いて暮らすか、諦めて泣いて暮らすか・・。本当にあの日に決断して良かったのか。
 
「抗生物質の点滴も打っていますが、抑えきれるか分からない」とも言われ「母体も危険」とも言われましたが
 
私の体なんてどうでもいい!って思っていました。赤ちゃんがどうにか助けたいと・・。
 
決断は早くと言われ30日に、「呼吸があれば助けて欲しい」と旦那がお願いしましたが
 
中途半端な事はしない方がいいと、「助けたいなら障害があっても育てる決心をしてください」と言われ
 
私たちは諦める決断をしました。何度もポコポコと動く赤ちゃんに謝りながら・・
 
助けてって言ってるのか、大丈夫だよもう一回お腹に来るからねって言ってくれてるのか・・。
 
気が狂いそうなくらい泣いて、落ち込んで・・次の日には子宮を広げる治療をしました。
 
その時もポコポコと胎動を感じていました。子宮が全開になっても陣痛が来ないため
 
4月1日、朝7時に促進剤を入れることになり、それを入れると急に陣痛が来ました。
 
旦那がそばに付いてくれていましたが、お腹に手を当てると返事をするかの様にポコポコと・・
 
二人で泣いて、謝って・・
 
だんだん陣痛がきつくなってきて、ナースコールを押すともう産まれると言われ
 
旦那は待合室で待つ様に言われていました。
 

悲しいけれど・・

悲しいけれど、ちゃんと記しておこうと思いました。
 
こんな悲しい思いは、今出産を迎える方達にしてほしくないとも思います。
 
3月24日(土)から三日間少量の出血が続いていました。もともとポリープがあると言われていて
 
そこからの出血もあったので、「いつもの出血かな・・」なんて思っていましたが
 
いつもと違うのは、赤かったり、茶色だったり、おりものがドロっとしていたりいつもとは違う感じでした。
 
月曜日を待って病院に電話すると、「出血はとにかく受診してください」でした。
 
でも函館までは車で2時間くらいかかる為、旦那に仕事を急に休んでもらう訳にもいかず
 
張り止めのダクチルを処方されていたので、その事を言うとそれを飲んで安静と言われました。
 
火曜日にやっぱり心配で、汽車に乗って病院に朝8時に行きました。
 
汽車は急行なので50分で函館に着き、駅からタクシーで病院に行きました。
 
受付で「次の健診は24日なのですが、出血があったので・・」と診察券を出して座って待っていました。
 
看護師さんが「受診に来たの?安静で良かったのに。今日は混み合ってるから結構待つし、
他の先生の受診になるよ。」と言われました。
 
それでも「診てもらったら安心だからお願いします」と言って待ち続け・・やっと受診。
 
診てもらった事のない先生でしたが、話を良く聞いてくれる先生だなと言う印象でした。
 
経過を話して内診してもらいましたが、その時は出血は無いとの事でした。
 
安心してまたタクシーに乗って函館駅まで行きトンボ帰り。
 
しかし帰りの汽車は混み合っていて、座る席が無く20分くらい立って乗っていましたが
 
お腹が張ってきて車掌さんに涙目になりながら、「指定席買えませんか?」と聞くと
 
「今日は混んでるから席は八雲まで空かないんだよね」と言われました。
 
八雲から長万部まではひと駅・・。それまでの我慢は出来そうにもなく
 
「妊娠しているんです・・。お腹が張ってきて・・」と言うと車掌さんも慌てて席を探しに行ってくれました。
 
結構席に荷物を置いてる人がいて、座りたくても「いいですか?」とも言えず立っている人が多かったです。
 
私の様にお腹もそんなに大きくなっていなくて、若くも無ければ妊婦とは思ってもらえないのかも・・?
 
車掌さんが一つ席を見つけて、呼びに来てくれて座ることができましたが座っていても
 
お腹の張りがすぐには収まらず・・やはりいつもとは違っていました。

突然でしたが ケータイ投稿記事

お腹の赤ちゃんを、今日天国にお見送りします。
あと四ヶ月で産声をあげるはずでしたが、早く会いたいという気持ちを赤ちゃんが感じたのか…。
かわいい女の子でした。
命名は「まめこ」です。
お腹の中にいるときから、まめたんって話かけてたから…。


ブログもお休みさせてください。
いつか元気に戻ります。
仲良くしてくれた皆さん、ありがとう。

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