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会社は休暇にして、午後から上野へ出かける。昨日の懇親会の酔いがまだ少し残っていた。 五月晴れの空の下では感じていた後ろめたさも、電車が地下に入ってしまえばすぐに薄らいでくる。 上野公園は緑の煌めきの中にあった。そのせいか平日にしては予想以上の人々であふれている。 国立西洋美術館の「ルーヴル美術館展」は30分待ちの行列である。前回が40分だったから少しは短い。 館内にも相当の観客がいたが、うまくタイミングを合わせれば作品のすぐ前へまで行くことができた。 それに今回は2回目なので、じっくり観たい絵は最初から決まっていた。めざすのは10数点ほどだった。 カルロ・ドルチの2作は中でも一番気になっていた。『受胎告知・天使』と『受胎告知・聖母』の一組である。 大天使ガブリエルの姿がこれほど可憐なことに驚く。ダ・ヴィンチともフラ・アンジェリコともまるで違う。 しかも、どう見ても女性にしか見えない。眼を伏せ手を交差して、告げるというより何かを祈っている。 それに比べると、聖母マリアの表情は静かに運命を受け入れる人のものだ。祈りは真っすぐに通じている。 続いて国立博物館の「国宝・阿修羅展」へ向かう。横断歩道越しの入口の所に50分待ちの掲示が出ていた。 それでも比較的短いほうのようだ。平成館への途中に給水サービスがあり、日傘の貸し出しまであった。 行列している人たちを観察すると、若い女性の姿がずいぶんと多い。確かに噂されていたとおりである。 会場内に入るとかなり薄暗かった。その中で奈良興福寺・天平の仏像たちがスポットライトを浴びている。 須菩提、富楼那などの十大弟子像より、迦楼羅、五部浄などの八部衆の異形の姿がとても興味深かった。 それらは皆インドの神々であり、多くが少年の形状をしていて、阿修羅もその中の一体なのである。 そのスーパースター“ASYURA”は、自分ひとりだけの広い部屋で、すべての熱狂を受け止めていた。
たくさんの観客がぐるりと取り囲み、まるで御神輿みたいに、押し合いへし合いしながら廻っている。 しかし、彼は本当は戸惑っているように見えた。説明によれば、阿修羅は懺悔している少年の像なのだから。 3つの顔は自身の成長の過程であり、やっと想いを掴みかけた正面の顔で、切なげに遠くを見つめている。 |
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阿修羅の遠くを見つめる眼差し、微かに綻んだ口元は僅かに掴んだ悟りへの皮肉にもみえてしまいました。
少年の姿、想いは誰もが持つ何時までも消えないココロだと思うんですョネッ。。
天使を再度ご覧になって、Mサンは何を祈ったのでしょうか。
気になるところですネッ。(^▽^o)o pp
2009/6/1(月) 午後 11:00 [ - ]
貴花田(決して、貴ノ花ではありません)に似ているな〜と思います。
思いを掴みかけた、その思いは『山のあなた』ではないけれど、遠く、遠くにあるんですよね。
ハッキリと見えないものをみる、心眼でみる、そんなときこのような表情になるのかも。
2009/6/1(月) 午後 11:28
阿修羅は本来戦いの神だそうですが、この像は興福寺・西金堂の中で、バラモンのたたく金鼓(こんく)を聴きながら懺悔する群像の一つだと言います。自分が感じたのは、この歳になっても時々思い出す“青春の光と影”のようなものといったら近いかもしれません。
天使を観ながらは何も祈ってませんよ。ただただこういう女性のそばにいたらどんなに幸福だろうな、という感慨だけがありました。
2009/6/1(月) 午後 11:51 [ MuseuM ]
おっとねこにゃーさん、貴花田ですか、そう言われれば。。。
仏像はその時それを見ている人の心が投影されたように見える、とも言われるそうですね。面白いものです。
2009/6/1(月) 午後 11:59 [ MuseuM ]
すっかり遅れましたけど、「阿修羅展」アップしました。
確かに阿修羅のまわりは神輿担いでグルグル周っているようでしたね。他の八部衆も皆見応えがありましたよね。
ルーヴルもまたご覧になられて、新しい発見や感動があり、素晴らしく濃密な時間を過ごされたのですね。
またトラバさせていただきますね(^_-)-☆
2009/6/9(火) 午後 11:44
les-fleursさん、どうもありがとう。
阿修羅展の観客動員数はどうも記録的なものだったみたいですね。新聞によると夏目雅子さんにも似ているとのことで、なんとなく彼女のことまで思い出してしまいました。
2009/6/10(水) 午前 7:05 [ MuseuM ]