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港近くのレストランで昼食をとった後、バスに乗ってアントワープの街を離れる丁度その時、突然すさまじい豪雨が襲いかかってきた。そしてその雨は、高速道路に載り国境を越えてオランダに入っても、まだ間歇的に降り続いていた。バスの中では「これはヨーロッパの涙雨だね」などと皆騒いでいたのだが、車は渋滞する反対車線が嘘みたいに順調に走り続け、やがて見覚えのあるアムステルダム・スキポール空港に着く頃には、さすがの激しい雨もその勢いを失いつつあった。 |
フランドル 冬の旅
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アントワープにまつわる有名な話に「フランダースの犬」がある。特に日本人にはアニメのせいで大人気なのだと言われているが、自分はどうも平均的日本人から外れているようで、よく知らなかった。ただ主人公のネロ少年が、凍てつく雪の夜に教会の大きな祭壇画の前で息を引き取る場面は、どこかで見た記憶がぼんやりとあった。そして、その舞台となった教会がこのノートルダム大聖堂であり、その祭壇画が、中にあるルーベンスの『キリスト降架』なのであった。この童話は地元ベルギーではキリスト教精神からみて受け入れ難く、あまり人気がないそうだったが、大聖堂前の広場には小さな記念碑が立っていた。赤みの差す黒い石碑に少年と犬の絵が描かれていて、その端に彫られている『TOYOTA』の文字が、さりげなく時代を映し出している。 |
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ベルギーでの最後の日、朝ブリュッセルをバスで発ち、アムステルダム空港へと向かう途中にあるアントワープに立ち寄る。アントワープは、地図で見るとずいぶん内陸部にあるため、このあたりでは有数の貿易港であるということがすぐには信じられなかったのだが、街が近づいてくると、向こう岸が遠く見える大河に沿って巨大な船が何隻も舫っており、また荷揚げ用のクレーンが林立しているところなど、いかにも港町の姿だった。歴史的にみると同じ中世といっても、ゲント、ブルージュ、アントワープとその繁栄の変遷があった訳であり、今回ちょうどその順に訪ねたことになるこのフランドルの3都市は、それぞれにとても個性的な街であった。 |
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そのままホテルへと帰ってしまうにはまだ早い時間だったので、一つ前のブリュッセル中央駅で列車から降りる。地下ホームから人波に従って広い階段を上っていくと、まるで美術館にでも入り込んだみたいなホールに出た。建物の曲線的な外観が昼から少し気になっていたのだが、この駅はアール・ヌーボーの建築家ヴィクトル・オルタが設計したことを思い出し、あらためて周囲を見回してみる。すると、階段の手摺や壁面の装飾等が急にそれらしく輝きだし、ヨーロッパの生活に根ざした文化の奥深さに、またしても脱帽させられてしまった。考えてみると、ブリュッセルは20世紀初頭、世界ではじめてアール・ヌーボーが花咲いた都市でもあったのだ。 |
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ゲントからブルージュ行きの電車は、ちょうどタイミング良くホームに入ってきた各駅停車に乗り込んだ。そのいかにもローカル線に見える少し汚れた列車で、名前も知らない看板だけが立っている無人駅を、いくつも停まりながら走っていく。駅の周りにはきまって教会の塔を囲むように小さな集落があるのだが、あまり人の姿を見ることはなかった。しかし、そんな観光客などまるで意識していない素顔の田園風景のほうが、遠い国から来た旅人の記憶の中には、かえって印象深く残っているものだ。車窓に冬枯れの林が目立ちはじめてしばらく経った頃、まばらな乗客たちのほとんどが降りる準備にかかりだした。どうやら次の駅が、ブルージュのようである。 |






