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そのニュースを知ったのは、10月10日の、まだ薄暗い夜明け前のことだった。
ジャン・マリ・ギュスターヴ・ル・クレジオ氏が、今年のノーベル文学賞に決まったという速報を見つけた。
瞬間、何かとても懐かしい気持ちが湧き上がってきた。まるで自分の青春時代の友人が帰ってきたみたいな。
あの頃の自分は、ル・クレジオの『調書』(豊崎光一訳)を、いったい何回読み返したことだろう。
今も手元にある、もう35年以上前の色あせた本には、彼の若い写真と一緒にこんな説明が書かれている。

   ○ル・クレジオは1940年生まれの若い作家である。『調書』は1963年に出版された彼の処女作で、
    おそらく『異邦人』のカミュ以来はじめてともいうべき輝かしいデビュー作となった。
   ○精神病者の感覚によって描かれた一つの青春  太陽への恐怖、海や犬に対する同化のイメージ
    言語の魔術的展開にのせて青春の陰画を綴り、カフカの『変身』サルトルの『嘔吐』につらなる傑作  

カフカ、サルトル、カミュ、ベケット・・・ 現在でも自分の精神の核になっている、“不条理”の系譜である。
人間は何のために生まれてきたのか? 実存主義、構造主義・・・ 正直言って、未だに何もわかってはいない。
その後も、『発熱』『愛する大地』『大洪水』『物質的恍惚』『戦争』・・・と、夢中になって読み続けていた。
しかし社会人となった頃から、作品に文化人類学的色合いが濃くなったこともあり、次第に離れてしまった。

そういえば今年の夏、ある雑誌に“私の忘れえぬ本”として『調書』を挙げている人を見つけ、嬉しかった。
この小説は、彼の生まれ故郷である、南仏コートダジュールの中心地ニースが舞台になっていると言われる。
あのマティスやデュフィの色彩の街を、あてもなく彷徨い歩いている青年“アダム・ポロ”の物語なのだ。
今のところ、やはり彼のほうが、村上春樹氏よりはノーベル文学賞にふさわしいと、自然に思えてきた。
もう一度読んでみることにしよう。J.M.G.ル・クレジオ、このパズルみたいな名前を懐かしみながら。

『切羽へ』に想うこと

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第139回直木賞を受賞した、井上荒野さんの小説『切羽へ』を読んだ。自分としては、文学賞受賞直後の単行本を購入して読むことなどほとんどないのだが、1つには彼女が井上光晴の娘であること、もう1つにはこの作品のテーマである“夫がありながら他の男に惹かれていく女性”の心理状態にとても興味があったことが、この作品を読みたくなった大きな理由だった。装丁も美しく、知らず知らずのうちに想像力を刺激してくる。

井上光晴の小説を、自分の青春時代のある時期に、ずっと読み続けていたことがあった。このどちらかと言えば反主流の作家をなぜ気に入ったのかというと、何といってもその登場人物たちの魅力に他ならないと思う。たとえば炭鉱の町で政治活動をしている男や少し気のふれたような女、旅回りの劇団員や心優しきテロリストといった、社会の底辺で生きる人間の不条理な行動が、どこか芝居がかっていて面白かったのである。そして、彼の年譜に【1961年、長女荒野(あれの)誕生】とあったのを見たとき、“こんな名前を付けられたこの娘は大変だなあ”と感じていた本人が、30数年前の彼女だったのだ。

『切羽へ』にも、この父親譲りの描写がそこここに表われていて、妙に懐かしい気持ちになった。第一この廃坑の島という舞台がそのまま父親の世界だし、何人かの個性的な登場人物の中にも、何らかの特徴的な要素が明らかに遺伝されていた。それから、会話のほとんどが長崎弁であることも、更に“まことしやかな噂”等々も・・・

それにしても、もう1つの関心であった“夫以外の男に惹かれることはないと思っていた。彼がこの島にやってくるまでは・・・”というコピーに関しては、少々もの足りない読後感が残ったと言わざるを得ない。主人公の女性がなぜこの男を愛してしまったのかが、今ひとつすんなりと伝わってこないのである。やや刺激的な書き出しがとても魅力的だっただけに、“やがて二人は、これ以上は進めない場所(切羽)へと向かってゆく”というには、案外盛り上がりに欠けるエピローグではなかっただろうか。そこには“切羽”の切迫感はないように感じた。

これがもし父親が書いたとしたら、はたしてどうなっていただろうか? たぶんそのタイトルにふさわしい、もう一歩踏み込んだ男女の愛憎劇に仕立て上げたような気がしている。そうでなければ、一方で家庭を持ちながら、また一方で瀬戸内寂聴とも愛人関係にあったと言われる井上光晴の、“全身小説家”としての精神が収まらないと思うのだ。時代が恋愛小説に求めるものが違ってきている、と言ってしまえば確かにそれまでなのだが。
今回の直木賞受賞作品『切羽へ』の背後には、そんな『虚構のクレーン』が聳え立っているような気がした。

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今思い返してみると奇跡的な偶然が重なり合って、檀一雄の『火宅の人』と沢木耕太郎の『檀』の2作を読み返すことになった。『火宅の人』はこの正月休みに、大げさに言えば愛とか家庭とか、ひいては人間が生きていくとはどういうことなのかを考えたくて、再度読みだしてみたのである。しかし子供の病気や愛人と“事を起こす”あたりで気が重くなってスローダウンしていた時に、ある女性から「昔買ったままだった本を読もうと思うの。『火宅の人』シブイでしょ」というメールが入った。彼女とは前々から歳の差を感じさせない相性の良さでいろいろと話し合ってきたのだが、それにしてもこの絶妙のタイミングには、自分も本当に驚いてしまった。そして、彼女は沢木耕太郎のこの作品の方を先に読んだという『檀』を、その後貸してくれることになったのである。

普通の男が『火宅の人』の主人公みたいに生きることは、おそらく不可能だろう。それは彼が小説家、しかも無頼を標榜する浪漫派の作家だからこそ、はじめてできる話ではある。そうでもないと片方に子沢山の家庭を抱えながら、もう一方で歳若い女性と違う家で暮らすなんて、金銭的にも物理的にも到底無理なことに思える。そのパワーたるやおそろしいものがあるが、だからこそこの小説が、ある意味ひとつの夢物語として、大勢の人々に受け入れられたのかもしれない。こういう極限状況の舞台の上でこそはじめて、“愛”とか“エゴ”とかが極めて先鋭な形でその姿を表してくるものなのだ。それにしても、主人公のあの“天然の旅情”に共感すら覚えてしまう自分は、いったいどういう種類の人間に見えるのだろうか。

もう一冊の『檀』は、『火宅の人』にも別名で登場してくる、檀一雄の妻の手記という体裁になっている。この夫の不倫騒動は実際にもあったことだそうだが、この本を読んで自分が何より驚いたのは、妻が夫を、中間にいろいろ葛藤があったとはいえ、最終的に赦しているということである。もちろん時代が時代であるから、女性が耐え忍ぶ道を選んだとしてもそれほど不思議ではない。しかし、あんなにも不名誉な話を世の中に曝されてもなお、この夫を赦し包み込んでしまう彼女の優しさが、すぐには信じがたいのである。最後に彼女はこう問いかける。「あなたにとって私とは何だったのか。私にとってあなたはすべてであったけれど。」・・・人生は不思議に満ちていて他人にはわかるはずのないものも沢山あるが、この女性の大きさには、素直に胸が打たれる。

この2作品を通して、我々は檀一雄というひとりの男の幸福な人生を知ることになる。その入り組んだ少年時代から最初の妻との死別、そして再婚当初の手紙で「私は持続的に女を愛することなど出来ない性分ですが・・・」と書きながら、どうしても持ち続けたかった家庭、それらのすべてが今となっては優しい薄闇の中にたゆたっている。自分は今、ここに描かれている女性たちの中で、最後近く一緒に九州の島を船で行く『お葉』が一番心にかかっている。そこにこそ“天然の旅情”が凝縮しているように思えるからだ。思えば、彼にとって“火宅”にあり続けるということは、自分が自分らしい人生に情熱を燃やすための、いびつな必要条件であったに違いない。

S・ベケットがノーベル文学賞を受賞したのは1969年、自分が18歳の時だった。まだ今とは比較にならないほど心が傷つきやすかった頃だが、このアイルランド生まれでパリ在住の老作家は、その不可思議な容貌とともに、自分の中にすんなりと入りこんできた。おそらく、遠くから伝わってくる人間ぎらいの噂と、いわゆる不条理な人生を表現するその小説や戯曲の世界が、自分の少しくねじれかけた性格に、ぴったりとあっていたからなのだろう。あの頃はずいぶんと熱中していて、古本屋で全集まで買いこんで一晩中読み明かしたりもしたものである。

彼の芝居「ゴドーを待ちながら」を初めて観たのも、そんな学生時代だった。新宿の紀伊国屋ホールで、たぶんひとりで観たのだが、帰りの中央線の車内で感じ続けていた奇妙な充足感を、今でも憶えている。
『田舎道。一本の木。夕暮れ。』と設定された舞台で、エストラゴンとヴラジーミルの2人が、ゴドーを待っている。そこにラッキーを引き連れたポッツォが通りかかり、4人でドタバタの大騒ぎをして時間を過ごすが、ゴドーは現れない。2幕目の次の日も同じような時間つぶしを繰り返すけれど、結局最後になってもやはりゴドーはやって来ない。少年が毎晩伝言を伝える。「ゴドーさんは今夜は来られません。明日なら・・」と。それだけの芝居である。
現在では、毎日世界中のどこかで上演されているといっても過言ではないほど有名な現代劇になっており、自分でもその後世田谷パブリックシアターをはじめとした劇場や、またTV番組の舞台中継としても、いろいろな演出の“ゴドー”を目にしてきた。合計すれば7回以上にもなるのではないか。

このゴドーがいったい何を意味しているのかという謎解きは、昔からさまざまにあった。ゴッド(神)という説が一番強かったようだが、その他にも、革命、現世的利益、あるいは死と実にいろいろで、自分としてもいまだによくわからない。もともとどんな解釈もできるようになっていて、それだからこそ面白いのかもしれない。
ただいつも考えるのは、人間の一生というのは、要するに、明日に何らかの望みをかけながら、毎日をやり過ごしていく繰り返しではないのか、ということである。こう書いてしまうと、いかにも身もふたもないけれども。

Mr.Childlenが「くるみ」の中で、『希望の数だけ失望は増える それでも明日に胸は震える』って歌ってるのは、まさに“ゴドー”の世界と同じことではないのかと、よく思ってみたりもしたんだ。それから、『出会いの数だけ別れは増える それでも希望に胸は震える』 ってとこだって、誰かといつも繋がっていたいという願いがそのまま出ていて、人間誰もが心の底に持ってるDNAを感じてしまうんだけれども。
だから、誰かに関心を持たれているということは、人生を過ごしていくうえでとても重要なことで、それがなくなっちゃうと極めて寂しい状態になるのは当然なのです。・・・これで例の答になってるかな。ちょっと変か?
何はともあれ、最後に楽屋話をひとつ教えてあげましょう。このブログのタイトルを考えていた時に、一番最初に思い浮かんできたのが、他の人にはまず意味がわからないだろう、こんなやつだったんだな。
《ゴトー0を待ちながら》 なんてね。

走り続ける、深夜特急

先日戸棚の中を整理していたら、たくさんの本の中から沢木耕太郎の『深夜特急』が出てきた。昔何度も読み返した記憶がよみがえり、第1便の「黄金宮殿」を懐かしくめくっていると、ペナン島のページで指が止まった。マレーシアのペナン島には今年の6月に行ってきたばかりなのだが、この本のことはすっかり忘れてしまっていた。確かマレー半島を南下して行ったことは覚えていたのに、そうだったのか、あのペナンへも、彼は滞在していたのだ。
...ほこりを払い、もう一度読み直してみる。

沢木耕太郎のノンフィクションは、『一瞬の夏』や『テロルの決算』をはじめとして、その頃もほとんどのものを読んでいた。ドキュメンタリー映画を見ているような、乾いた文体の爽やかさが気に入っていたからである。なかでもこの『深夜特急』は、特に大好きな作品だった。デリーからロンドンまで乗り合いバスだけで行くという、そのテーマのみでも面白かったが、そのデリーへ行き着く前の、香港・マカオ、バンコックからマレー半島、カルカッタ等々の出来事が、とても印象的なものに感じられたのだ。

ペナン島の話は、「娼婦たちと野郎ども」という第5章に出ていた。半島側のバタワースからフェリーに乗って渡り、どこか怪しげな安ホテル「同楽旅社」における一風変わった生活が書かれている。今から35年近く前のことだから、現在と単純に比較する訳にはいかないが、もしかしたら、あの猥雑な街並の向こう側で、同じような旅社が今も存在している気さえしてきた。ペナンには、そう思わせる空気が、いつでも流れている。

そんなことを思い出していたら、今日午前中に、テレビで「豪華列車で行く魅惑のアジア」とかいう番組をやっていて、そこにもなんとペナン島が出てきた。主婦モデルで有名な黒田知永子さん等が、イースタン&オリエンタル・エキスプレスに乗ってマレー半島を縦断する途中に、やっぱりフェリーでこの島を訪れるのだ。この偶然の符合には、ちょっと驚いてしまった。それにしても、なんという優雅で美しい旅なのだろうか。

しかし、しばらくたったら何だか少しおかしくなってきた。あの時代の沢木さんも、黒田さんも、ペナンの屋台の店で同じような中華麺を食べている。その値段が120円くらいと、ほとんど変わっていないのだ。そして、もちろん、私もそれをおいしく食べてきた。ペナンでは、流れる時間までもが、ずいぶんと遅いみたいだ。

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