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【バルセロナ(続)】
スペイン最後の夜は、バルセロナのバルで過ごした。そこは繁華街から少し離れていたので、それほど繁盛している店でもなかったけれども、地元の人らしい5,6人が酒を飲んでいた。最初にビールと赤ワインを頼んでから、カウンターに並んでいるタパスを選ぼうとしたが、もう時間も遅いらしくあんまり種類が多くなかった。うまくかみ合わない会話に苦労しながら、やっとトルティージャとコロッケを温めてもらいテーブル席に座って食べる。しかし、残念なことにそれはあんまりおいしいものではなかった。やがて10時になろうとする頃、店内の人間たちがゆっくりと動き出し、どうやら閉店時間が近づいているらしかった。そろそろと、店の親父に手を振ってバルを後にする。こんな何の驚きもない経験も、あとあとじんわりと効いてくることになるのだろう。
途中でコンビニ風の店をひやかしてから、ホテルの部屋に戻って、日本へ帰るスーツケースを荷造りする。テレビからは相変わらず速射砲みたいにしゃべりまくるスペイン語が流れているが、もうすっかり慣れてしまっていた。それにしても、スペイン人はなぜこうも早口なのだろうか。だからという訳ではないが、時々映されるアニメ番組はほとんど日本のもので、それは妙に懐かしくさえある。見覚えのある『クレヨンしんちゃん』の落ち着きのない動作も、口から出る言葉と考え合わせると、どうしてもまるで別人のように見えてくるのだった。
朝4時のバルセロナ・プラット空港には、まだ朝日が届いていなかった。閑散としたベンチに座り、ホテルが用意してくれた朝食の包みを開ける。サンドイッチとジュースと小さめの青い林檎がひとつ。眠気が体中を覆っていて、食欲はただのひとかけらもない。林檎をそっと服で磨き、掌に載せてぼんやりと眺めてみる。窓の外に見えている飛行機の向こう側の空に、うっすらと朱色のニュアンスが混じり始めてきた。
それからしばらくの間、今回の旅で訪れたスペインの街々をゆっくりと思い返していた。やがてアナウンスがあり、搭乗客のほとんどがいなくなった後で、重く沈んだ体を持ち上げてフランクフルト行きの飛行機の方へ歩き出す。さっき磨き上げたピカピカの青い林檎は、空港の待合室のベンチにそっと置いたままで。
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