緑の時を待ちながら

しばらくの間、お休みにさせていただきます・・・どうぞご了承ください

スペインの旅

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全4ページ

[1] [2] [3] [4]

[ 次のページ ]

イメージ 1

【バルセロナ(続)】
スペイン最後の夜は、バルセロナのバルで過ごした。そこは繁華街から少し離れていたので、それほど繁盛している店でもなかったけれども、地元の人らしい5,6人が酒を飲んでいた。最初にビールと赤ワインを頼んでから、カウンターに並んでいるタパスを選ぼうとしたが、もう時間も遅いらしくあんまり種類が多くなかった。うまくかみ合わない会話に苦労しながら、やっとトルティージャとコロッケを温めてもらいテーブル席に座って食べる。しかし、残念なことにそれはあんまりおいしいものではなかった。やがて10時になろうとする頃、店内の人間たちがゆっくりと動き出し、どうやら閉店時間が近づいているらしかった。そろそろと、店の親父に手を振ってバルを後にする。こんな何の驚きもない経験も、あとあとじんわりと効いてくることになるのだろう。

途中でコンビニ風の店をひやかしてから、ホテルの部屋に戻って、日本へ帰るスーツケースを荷造りする。テレビからは相変わらず速射砲みたいにしゃべりまくるスペイン語が流れているが、もうすっかり慣れてしまっていた。それにしても、スペイン人はなぜこうも早口なのだろうか。だからという訳ではないが、時々映されるアニメ番組はほとんど日本のもので、それは妙に懐かしくさえある。見覚えのある『クレヨンしんちゃん』の落ち着きのない動作も、口から出る言葉と考え合わせると、どうしてもまるで別人のように見えてくるのだった。

朝4時のバルセロナ・プラット空港には、まだ朝日が届いていなかった。閑散としたベンチに座り、ホテルが用意してくれた朝食の包みを開ける。サンドイッチとジュースと小さめの青い林檎がひとつ。眠気が体中を覆っていて、食欲はただのひとかけらもない。林檎をそっと服で磨き、掌に載せてぼんやりと眺めてみる。窓の外に見えている飛行機の向こう側の空に、うっすらと朱色のニュアンスが混じり始めてきた。
それからしばらくの間、今回の旅で訪れたスペインの街々をゆっくりと思い返していた。やがてアナウンスがあり、搭乗客のほとんどがいなくなった後で、重く沈んだ体を持ち上げてフランクフルト行きの飛行機の方へ歩き出す。さっき磨き上げたピカピカの青い林檎は、空港の待合室のベンチにそっと置いたままで。

イメージ 1

【バルセロナ(続)】
その後カテドラルの方へ歩いて行くと、だんだん人の数が増えてきた。どうやらこのあたりがバルセロナの中心地なのかもしれない。途中の真っ赤な看板に注意をひかれ、よく読んでみるとダリ作品の展示室であった。そうなのだ、ここはあのダリを育てた場所でもあり、今回もできれば少し北のフィゲラスにある“ダリ劇場美術館”へまで足を伸ばしたかったのだが、残念ながらそれは次回のお楽しみとしよう。
カテドラルは外壁を修復中で大きなシートがかけられていたが、その前の広場にはたくさんの人がいて、今にも皆でカタロニアの民族舞踊“サルダーナ”でも踊りだしそうな雰囲気が漂っていた。コロンブスが女王に謁見したという階段の周辺からも、重く厳かな歴史の空気が静かに流れ出している。

もう明日には帰らなければならないので、ここで最後の買物となった。いろいろな店でいくつかのスペイン土産を買い求める。なかでも、この国のどこにでもあるデパート“エル・コルテ・イングレス”が一番便利だった。そこには何でもあり、特に1階の良い場所がサッカー・グッズ売り場になっていて、今更ながらスペイン人のサッカー好きを如実に表していた。考えてみれば、ここは世界一とも言われる“リーガ・エスパニョーラ”の中でも大人気のクラブ“FCバルセロナ”の本拠地なのである。赤と青のストライプが美しい帽子やタオルを、思わず購入してしまった。時間があれば10万人近くが入場できるというカンプノウ・スタジアムへも行きたかったのだけれども。

両手に買物袋をぶら下げたまま地下鉄に乗ることは少々憚られたのだが、タクシーもなかなかつかまらなかったので、仕方なく地下鉄でホテルへと帰った。すでに夕方のラッシュが始まっていて、満員電車に揺られていると、案の定ひとりの少女が異常に接近してきた。少女は揺れに逆らうような奇妙な動きを何度か繰り返した後、次の駅で電車を降りてしまった。プラットホームに立つ彼女と一瞬目が合い、半分笑っているようにも、あるいは怒っているようにも見えた。自分の持っていた何かがなくなったことはわかっていたが、この異国の地における不思議な体験の代金としては、ほとんど知れたものである。

イメージ 1

【バルセロナ(続)】
バルセロナでも旧市街になると道は狭い。歩き進んでいく度に両側から建物が迫ってくるようで、昼間でも薄暗く、どこか湿っぽい感じがある。もちろん旅情は増大していくのだけれども、いかにも名にしおう危険地帯に入って来た実感があった。昔の貴族の館を改造したというピカソ美術館は、そんなゴシック地区の一画に立っていた。
入口近くからすでに人だかりが出来ていて、入場するのに30分ほど待つことになった。さすがにピカソ人気は相変わらずすごいものだった。この美術館には彼の少年時代と晩年の、2つの離れた時期の作品が充実している。最初期の「初聖体拝受」の天才的煌めきから、後期の「ラス・メニーナスの変奏」の自在な軽やかさまで、何という豊穣なイマジネーションなのだろうか。しかも、我々は彼についてもっと多く知っている。ここにある作品の中間に、青の時代、バラ色の時代、そしてキュビスムの時代の、更に素晴らしい作品群が存在していることを。

昼食のフィデウア(パスタのパエリア)を食べた後、午後はすべて自由行動となっていた。この街にはまだまだ行きたい所がたくさんあるが、何はともあれ地下鉄に乗りこんでカサ・ミラへと向かう。ターミナル駅の人波を追いかけるように歩いていくと、いつの間にか電車に乗っていて、そしてまた、大勢の降車する人たちに付いて階段を上ると、いつの間にかカサ・ミラのある交差点に出ていた。
別名ラ・ペドレラ(石切り場)と呼ばれるこの奇妙な格好の建物は、自分にはむしろ女性的な優美さを主張しているように思われた。建物を構成しているものすべてが、優雅な曲線から出来上がっているのである。それにしても、またしてもガウディ作品であり、このカタルーニャ人の想像力と創造力には、ほとほと感心せざるを得ない。
中に入ると真ん中が空洞になっていた。楕円形に開いている空をしばらく見上げてから、エレベータに乗って上階へ昇る。公開されているのは上部だけで、低層階にはなんと一般市民が普通に居住しているそうなのだ。アールヌーボー風の室内もほとんどが曲線で仕上げられていて、なんとも心が休まってくる。
そして、もっと驚かされたのは屋上に出た時であった。この奇妙な光景は何と表現すればいいのだろうか。煙突の覆いのデザインが宇宙人みたいにも見え、また通路の端にトンネルがあって、それだけでも面白いのだが、そのトンネルの穴の中に、遠くサグラダ・ファミリアの4本の尖塔が小さく覗いているのである。

カサ・ミラの驚きを反芻しながら大通りをゆっくりと下っていくと、またまた風変わりな建物が右側に現れてきた。今度は海のイメージで統一されているという、これもガウディの手になるカサ・バトリョである。確かに普通のビルとはまるで違っているのだが、もうあまり驚くことはなくなっていた。この街の不可思議な建造物にもすっかり慣れてしまった自分を半分おかしく感じながら、世界遺産の建物をチラリと一瞥しただけで、通り過ぎる。

イメージ 1

【バルセロナ(続)】
翌日、バルセロナは小雨模様だった。しっとりと霧雨に濡れた街並の中を、バスはモンジュイックの丘を目指して走る。ゆるやかに蛇行して登っていく丘の途中には、オリンピック・スタジアムやカタルーニャ美術館、ミロ美術館などの文化施設がたくさんあった。今はサッカーが中心となっているスタジアムを見やりながら、1992年に有森選手が銀メダルを獲得した坂道の力走を、ぼんやりと思い出していた。
展望台からは、この街の大部分が一望できた。カメラのシャッターを4度切らないと収まりきれないパノラマが、雨のあがりかけた曇り空の下に広がっている。そして今まであまり実感がなかったのだが、ここバルセロナがやはり港町であるということがはっきりとわかった。コロンブスの塔の向こう側に、鉛色の海が静かに光っている。

創設当初は新興住宅地として開発されたグエル公園は、現在ではそれほど郊外にある訳ではなかった。駐車場にバスを停めて、緑の多い舗装されていない道をしばらく歩く。途中ピンクに塗られたガウディの家の横を通り、奇妙な植物の根を想像させる回廊を抜けて、外周をタイル装飾されたベンチが曲がりくねっている広場で一休みをする。少し濡れているベンチに浅く腰をかけ、このアントニ・ガウディという男の奇抜な意匠を味わってみるが、あまり大きな違和感は感じられない。階段の中ほどに永遠に動きを止めているタイル模様のドラゴンですら、このバルセロナの芸術的空間の中で、いかにも自然な形で得意げなポーズを決め続けている。

昼間のサグラダ・ファミリアは、大勢の観光客であふれかえっていた。きのうの夜更けの静けさが嘘のように、人々の話し声、建築現場の機械音、周辺を走る車の騒音がひとつに溶けあい、聳え立つ尖塔をたどって空の高みへと立ち昇っていく。きのうも見た東側の生誕のファサードもカオス的な彫刻群が目を捉えて離さないが、自分にはむしろ西側の受難のファサードのほうがより深く印象に残った。西側は一見あっさりとしすぎているように見えて、しかしそれがかえって“間”を饒舌に使った現代劇みたいな表現を可能とさせているのである。
この聖家族教会は、造りはじめられて既に100年以上が経過しているという。それを長いと考える人もいるかもしれないが、スペインを旅していると、そんな時間はごくごく普通のことのようにも思えてくる。ガイド氏の話によると、入場料収入が増えているため、あと15年ほどで完成する予定であるそうだ。展示ルームにある完成予想図の壮大な姿を、いつの日かまた見上げることができるのだろうか。

イメージ 1

【バルセロナ】
夕刻といってもまだ明るい時間に、バスはバルセロナの街に入った。車窓から初めて見るバルセロナの街並は、しっとりと落ち着いた風情をたたえていた。夕食の買物なのだろうか、パン屋や惣菜屋といった店先に女性たちが忙しく動いている。花屋の軒先には、赤、緑、黄の色彩が賑やかに輝いていた。これまで通過してきたスペインのどの街よりも、シックで印象的なたたずまいである。どこかパリのイメージが漂っている気がするのは、ここがフランスにすぐ近いという地理的な影響もあるに違いない。バルセロナには、思っていたとおり芸術の香りが溢れていた。そして、途中緑濃い街路樹の大通りを何度か曲がりながら、バスはアラゴン通りにあるホテルへと到着した。

ホテルで少し休んでから、カテドラル方面へ夕食に向かう。ようやく夜の帳が降りてはいたが、街はまだまだ活発に動き続けている。途中でバスが信号待ちで止まった時、窓の外の風景を見て驚いてしまった。そこに駐車していた車が、自分が出発前に成田に置いてきたのと形も色もまったく同じホンダ車だったからである。こんなところで我が愛車に遭遇することになるとは、なんという不思議なめぐり合わせなんだろうか。
レストランは活気に溢れていて、料理もシンプルでありながら十分美味しかった。デザートのプリンを食べ終え、店内のスペイン語の喧騒に心地よく囲まれながら、なぜか懐かしい気分を味わっている自分がおかしかった。

夕食後にホテルへと帰る途中、ツアー客のうち何人かで、バスを途中下車することになった。既に夜中の10時を過ぎていたが、ホテルからあまり離れていないサグラダ・ファミリアまで歩いていこうと、急に話がまとまったからである。地図を頼りにしばらく歩いていくと、やがて見事にライトアップされた聖家族教会の尖塔が何本も視界に入ってきた。そして、ほとんど誰もいない世界遺産のすぐ前で大きく深呼吸しながら、その荘厳さと、その深遠さと、その軽妙さとを、すべて独り占めにしている自分を心の底から楽しんでみる。
それからホテルへと帰る道では、案の定迷子になってしまった。なんとかたどり着くことができたが、眠りに落ちる前に、真夜中のバルセロナをあてどなく歩いていた、そんな旅の記憶が、自分の中に静かに沈殿していった。

全4ページ

[1] [2] [3] [4]

[ 次のページ ]


.
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
MuseuM
MuseuM
男性 / O型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
検索 検索

Yahoo!からのお知らせ

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

話題の新商品が今だけもらえる!
ジュレームアミノ シュープリーム
プレゼントキャンペーン
お肉、魚介、お米、おせちまで
おすすめ特産品がランキングで選べる
ふるさと納税サイト『さとふる』
ふるさと納税サイト『さとふる』
11/30まで5周年記念キャンペーン中!
Amazonギフト券1000円分当たる!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事