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埴谷雄高の父(般若三郎)は単なる台湾製糖社員ではなく、警察官(警部)、税吏。姉は教員。父親の台湾製糖への就職(天下り?)はその後のことのようだ。

1 般若三郎 明治三十四年 1901 臺南縣警察部警務課 警部
2 般若三郎 明治三十五年 1902 阿猴廳潮州庄支廳 警部
3 般若三郎 明治三十六年 1903 鳳山廳阿公店支廳 警部
4 般若三郎 明治三十七年 1904 鳳山廳阿公店支廳 警部
5 般若三郎 明治三十八年 1905 鳳山廳阿公店支廳 警部
6 般若三郎 明治四十一年 1908 阿緱廳稅務課
7 般若三郎 明治四十二年五月 190905 臺中廳稅務課
8 般若三郎 明治四十二年十一月 190911 新竹廳財務課
9 般若三郎 明治四十三年 1910 新竹廳財務課
10 般若三郎 明治四十四年 1911 新竹廳財務課
11 般若初代 昭和十一年 1936 臺北州州立臺北第一高等女學校 教諭
12 般若初代 昭和十二年 1937 臺北州州立臺北第一高等女學校 教諭
13 般若初代 昭和十三年 1938 臺北州州立臺北第一高等女學校 教諭
14 般若初代 昭和十四年 1939 臺北州州立臺北第一高等女學校 教諭
15 般若初代 昭和十四年 1939 臺北州州立臺北第三高等女學校 教諭
16 般若初代 昭和十五年 1940 臺北州州立臺北第一高等女學校 教諭
17 般若初代 昭和十五年 1940 臺北州州立臺北第三高等女學校 教諭
わたくしの『検閲と発禁――近代日本の言論統制』が森話社から刊行されました。メインの第二部は全て書き下ろしです。
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【目次】
はじめに
第一部 近代文学と検閲の攻防
Ⅰ 自由民権運動
Ⅰ─1 明治中期横浜の出版人吉永良延と発行禁止
Ⅰ─2 問題児川上音二郎──脱法的表現活動からの転身
Ⅱ 鴎外の戦い
Ⅱ─3 森鴎外と検閲──「ヰタ・セクスアリス」発禁に始まる戦い
Ⅱ─4 森鴎外「蛇」の検閲と読者の身体
Ⅱ─5 森鴎外「山椒大夫」の治者
Ⅱ─6 森鴎外の歴史小説と検閲の抑圧
Ⅲ 反骨とレジスタンス
Ⅲ─7 芥川龍之介「影」の反骨精神──検閲官を愚弄する小説
Ⅲ─8 近代小説としての「赤い蝋燭と人魚」
Ⅲ─9 雑誌『農民闘争』の発禁と埴谷雄高の収監
Ⅳ 昭和維新運動と新官僚
Ⅳ─10 岡本綺堂「経帷子の秘密」の鎮魂
Ⅳ─11 佐藤春夫「律義者」、江戸川乱歩「芋虫」の検閲
Ⅳ─12 検閲官生悦住求馬小伝

第二部 検閲原本の探求
概説
一九一六年(大正五)──『日支併合論』
一九一九年(大正八)──『新社会』二月号/『新社会』七月号
一九二三年(大正一二)──『若人』一一月
一九二四年(大正一三)──『文芸と宗教』二月創刊号/『社会主義研究』五月創刊号/『急進』一〇月号
一九二五年(大正一四)──『急進』二月号/『原始』一〇月号/『文学界』一月号
一九二六年(大正一五・昭和元)──『労農文化』四月号/『労農文化』五月号
一九二七年(昭和二)──『原始』三月号
一九二八年(昭和三)──『矛盾』九月
一九二九年(昭和四)──『童話運動』二月号/『労働芸術家』三月/『少年戦旗』一〇月号(独立創刊号)
一九三〇年(昭和五)──『十二番街』四月/『産児制限評論』五月号/『世界の動き』六月号/『国鉄時報』一一月号
一九三一年(昭和六)──『社会思想研究』一〇月/『財界時報』一一月号
一九三二年(昭和七)──『芸備之友』二月/『働く婦人』六七八月合併号/『働く婦人』八月号(改訂版)/『バツト』一〇月創刊号/『湘友会誌』(現、湘南高校)一一月創刊号
一九三三年(昭和八)──『農民の旗』三月号/『コツプ神奈川地方協議会パンフレツト』三月/『映画クラブ』一二月
一九三四年(昭和九)──『霊化』二月号/『月刊維新』一二月号
一九三五年(昭和一〇)──『財界彙報』一月号/『るねつさんす』二月創刊号
一九三六年(昭和一一)──『維新』六月号/『週刊日独通信』六月八日/『日本歌人』九月号
一九三七年(昭和一二)──『法の流』(日本山妙法寺)一月号/『鳰の巣』六月/『他山の石』一〇月
一九三八年(昭和一三)──『土木』一月号/『経済マガジン』三月号
一九三九年(昭和一四)──『槐』五月/『新風土』六月号
一九四〇年(昭和一五)──『躍進』八月号/『学友』一〇月号/『南湖院一覧』一九三九年(昭和一四)度版

第三部 資料編
資料概説
資料① 内務省警保局編「禁止項目」
資料② 「検閲基準」──一九三〇年(昭和五)
資料③ 「北支事変ニ関スル一般安寧禁止標準」──一九三七年(昭和一二)八月一三日
資料④ 山形県特高課「出版警察執務要綱」

初出一覧
あとがき
索引


版権免許証 1886(M19)年

蔵:徳富蘇峰記念館
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これも数年前に見つけたもの。
徳富蘇峰記念館のホームページ(上記)で公開されました。
ずっと教材として使いたかったものです。
数年前に写真を撮らせてもらった時には画像の公開は不可という条件がついていましたが、公開されて使えるようになりました。


発禁処分の命令書。

1921(T10)年6月16日『国民新聞』
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蔵:徳富蘇峰記念館

若手のどなたかに検証の小レポートを書いて貰いたい。
数年前に記念館で見つけて気になっていました。
記念館のホームページがリニューアルされ、
ネット公開されました。

2015.02.05追記
ある方から「現存最古」は誤りとのご示教をいただきましたので、
「おそらく現存最古の」という看板を外しました。
ご示教下さったAK先生に感謝。

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