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分割還付の初例

論文に書きかけなので情報源は公開しませんが、
 
大正五年六月二十一日付発行、大阪毎日新聞第一一八二六号。奈良県吉野郡風屋郵便局、小川郵便局において「近ク暗殺時代来ラン」と題する禁止記事を切り取り、残りを還付。
但し、これはその郵便局の差押通牒の誤解による。
 
内務省警保局が正式に新聞紙の分割還付を通牒するのは大正九年十月九日。その実際の例を僕が確認できる最古例は大正十四年九月末。

転載元転載元: 水沢不二夫のブログ

芥川龍之介の〈内閲〉に言及した文章を発見。
初出は1922(T11).07.07発行『大横浜』第19巻7号。
風俗壊乱による発禁は地方長官に委任されており、東京では実務は警視庁が行っていたため、警視庁での検閲になっている。
 
【2011.09.10追記】
初出(?)は1922(T11) .05.28『秋田魁新報』第四面。通信社から配信されたものか、それとも『大横浜』が転載したものかは不明。なお『秋田魁新報』ではタイトルは「女性雑感」となっている。
 
1990年代後半に出た岩波書店版『芥川龍之介全集』の年譜には見出せなかった。全集はその後に第二次の刊行があるが未確認。
 
 
「女生雜感」
芥川龍之介
 
 女が男のやつてゐる仕事(しごと)に關係するのも惡(わる)くはない、然りと雖もその資格(しかく)を認めるのは女が女自身男と生理的及び心理的(しんりてき)に違ってゐる點を強調(けうてう)することに於てのみである、どうもそれが男(をとこ)も女も違はないといふ點(てん)ばかりを強調するものであるならば、それは只今(たゞいま)までの男の仕事が一部分(ぶぶん)、男のやうな女の手に行(おこな)はれるといふに過ぎないから、結局、世の中の進歩(しんぽ)にはなるまい。
 
 狼は入間に飼(か)はれると犬になるであらう、併(しか)し决して猫にはならない。
 女が世の中の仕事(しごと)に關與するとなると必然(ひつぜん)に女らしさを失ふやうに思ふ人があるが、私はさうは思はない、成(な)る程(ほど)、在來の女らしい型は壞れるかも知(し)れない、併し、女らしさそのものは無(な)くならない筈である、それは、犬(いぬ)が泥棒見ると食ひ付(つ)くやうなものだらう。私は犬よりは狼(おほかみ)を好む。子供を育てたり裁縫(さいほう)をしたりする優い牝(めす)の白狼を好む。
 
 曾て或る雑誌の表紙の繪を二枚警視廳の役人にみせたところが一つは女の裸體畫(らたいぐわ)だから許可することは出來ないもの、一つは男の裸體畫だから表紙(へうし)にしても好いと云ふことになつた、所が(ところ)がその繪は両方とも女(をんな)の裸體畫で一方を男の裸體畫と思つたのは祝福すべき役人の誤(あやま)りだつた。
 斯樣に我々(われわれ)は女の裸體は滅多に見られないけれども、女(をんな)は相撲を見にゆきさへすれば何時(いつ)でも逞い男の裸體を見ることが出來る、今の世の中は男(をとこ)の作つた制度や習慣が支配(しはい)してゐるから男女に依つては非常に不公平な點があるけれど唯不公平といふ意味(いみ)が必ずしも男だけが得(とく)をしてといふ意味ではないことは、女(をんな)が得をして男が損をしてゐる場合(ばあひ)もあることは以上の例でも分(わか)るであらう。
 
 男女關係の場合(ばあひ)などでは誘惑するものはいつも男(をとこ)で、誘惑されるものはいつも女(をんな)であると一般には考へやすいが、實際(じつさい)はさうばかりでもない、女(をんな)の誘惑する場合も屡々ある、言葉(ことば)で誘惑をしなくとも素振で誘惑(ゆうわく)する場合が多くさうである、かう云ふ點は現在(げんざい)男(をとこ)のやつてゐる仕事(しごと)を女もやるやうになつたらば男の冤罪(えんざい)を召蕕垢海箸できるかも知(し)れないと思ふ。
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尾崎紅葉が茅ヶ崎の烏帽子岩を詠んだ句を発見
 
  浦人のつゞれにはぢよ烏帽子岩
 
 
これは江見水蔭の短い文章に埋もれていたのものである。以下に全文を引用する。
 
紅葉君から叱られた句が有ります。私が片瀬に浪居して居た時です。海上二里餘の處にある烏帽子岩へ、船を一隻仕立て見物に行つたのです。大層面白かつたから、其紀行を手紙に書いて、紅葉君に報導して、是非同所へ御案内したいから、御來遊を乞ふと書添へたです。すると大眼玉の返簡が來ました。そんなにぶらぶら遊んで居る身分では無いではないか、それに船を仕切るなんて、浪人にあるまじき事だと有って。
  浦人のつゞれにはぢよ烏帽子岩
しかし、其頃の私だつて、浦人にはぢる程の錦は着て居ませんでしたが、それ程までに深く私の身上に注意して居て呉れられたのは、感謝のきはみでありますから、わが耻をさらして、故人の徳を傅へるのであります。
(江見 水蔭 「烏帽子岩」一九〇三(明三六)年十一月二十五日『卯杖』)
 
江見水蔭には烏帽子岩を舞台にした『姥島探検記』があり、この烏帽子岩周遊の経験を生かしたものと推定される。
1933(S08) 年5月27日 伊藤とし 26歳 党容疑者
本籍 宮城県牡鹿郡石巻町本町166
住所 中野区沼袋南2-69
検挙場所 中野
留置署名 中野
 
データ源:国立公文書館アジア歴史研究センター所蔵『検挙人名簿』110/342
    (ページ右上の連番は「0162」、右下の連番は「175」)
埴谷雄高は前年3月に逮捕、起訴され、豊多摩刑務所で裁判中。埴谷は1933(S08) 年11月に執行猶予となったが、妻の起訴の有無などは未詳。
 
同頁には「武田泰淳」「国木田虎雄」の名もある。「虎雄」は「国木田独歩」の息子・詩人。

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