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ご無沙汰もいいところですね。近況報告ですが実はアメリカで半分社会人してます。あと1年で帰国ですが。近況報告終わり。
さて、ニコニコ動画で始まってしまったらき☆すた全話無料放映、無料だからほいほい見に行くのもナーとも思いますがやっぱり見ちゃいますね。2017年のインターネットのノリで見るらき☆すたというのはなかなかいい。1人で見てもいい作品なんだけどコメント付きだと余計にいい。10年前の自分に「10年たってもらき☆すたがどうのこうの言ってるよ」と伝えたらどんな顔をしてしまうのでしょう。いや、全く得るものがなかったというわけでもない10年間だったので前向きに人生を頑張って欲しい。
さて。らき☆すたと言えば……あれやこれやあるんですが。
前半のエンディング、主要メンツ4人でカラオケに行くんですよね。それでひとりひとりだったり皆で一緒にだったりであれこれ歌を歌う。その中の1つに柊かがみの「I'm proud」があるんですが。
あれがいい。すごくいい。
とんでもなく上手に歌うというわけではなく、むしろ音が出なかったり歌い出しをミスったりでわりと踏んだり蹴ったり感。なんだかうまく歌えないその様子も「キャラクタを保ったままあえて下手に歌うのすごい!」というコメント欄に散見されるメタな感じの評価まで含めて良いんです。が。
ただ「キャラクタに下手に歌わせる」だけでなく、それがカラオケボックスだから、いい。と。ぼくは。おもいます。
カラオケである曲を歌うということは、その曲を既にどこかで聞いて知っているということ。おまけに、1回どこかで耳にしたというレベルでなく、その曲に対する積極的な感情の動きがあったということ。「この曲いいな」とか、「今度カラオケで歌おう」とか、「歌えるかな?」とか。
そういう、眼に見えないところでの心の動きが如実に感じられる。それが、たまらなく、たまらないのです。
そして、それが実際にある歌だからまた輪をかけてステキなわけで。オリジナルは華原朋美さんなんですが、それを聴いてみると「彼女もこれを聴いていたんだなあ」と、大洗駅に行ったときと同じような感慨が。ガルパンもいいぞ。
おまけにあまり上手に歌えなかったという結果は、今後その曲を耳にした時に「あれ、うまく歌えなかったのよね……」となんとなくひとりあの日のカラオケを思い出してしまったり、もしかしたらあらためて聞いて「いや、ところどころはうまくいってたしあそこもああやって歌えばなんとかなるかも……今度行った時またやってみようかな」なんてチャレンジ心が頭をもたげているなんてことも起こる。かもしれません。何にせよ、その曲に対する穏やかならぬ(激しいというわけではない)感情が今後彼女の心の中にほんの少しでも残ることは確かで。
いや、もう、そういう、「語られているわけではないもののこういうことがあったとはっきりと存在を認識できること」が、僕は、大好きなんですなあ。
という。話でした。二次創作ってそういう影(心情的にマイナスなもの、というイメージではない)に光を当てることだよね、と書きながら思いました。思っただけ。おわり!
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