越後上杉毘沙門堂

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【七尾城/百間馬場編】能登守護畠山氏と謙信公養子≪畠山義春≫の実家城

2011.04.10登城 展望台から眺める七尾城本丸跡
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七尾城は、石川県七尾市古城町にある中世の山城で、日本五大山城の一つです。

日本五大山城は、次のとおりです。

1.越後国【春日山城】  主な城主「上杉謙信公」  
2.出雲国【月山富田城】  主な城主「尼子経久」  
3.近江国【観音寺城】   主な城主「六角義賢」  
4.近江国【小谷城】  主な城主「浅井長政」  
5.能登国【七尾城】  主な城主「畠山義綱」  

また、【小谷城】の代わりに

武蔵国【八王子城】(主な城主「北条氏照」)を入れ「日本五大山岳城」とも言います。

他の七尾城記事もお立ち寄りください。
【七尾城/二の丸編】
【七尾城/調度丸編】
【七尾城/本丸編】

七尾湾が一望、石動山系の北端の標高300mほどの尾根上(通称:城山)にあり、

その尾根から枝分かれする大小の尾根にも無数の砦を配置した大規模な山城です。

「七尾」という名は「七つの尾根」(松尾・竹尾・梅尾・菊尾・亀尾・虎尾・龍尾)から由来されています。

現在は、本丸直下の長屋敷跡と百間馬場跡の展望台には車でも行け、城下の七尾城史資料館附近から

大手道が延びており、ここからの登城も出来ます。

城の歴史は、七尾畠山氏の初代当主で能登国守護「畠山満慶」が正長年間(1428~1429)頃に砦程度の

規模で築いたのが始まりで、守護所は府中(七尾城山の麓で現府中町)に置かれていました。

次第に拡張、増強され、以後約150年間にわたって領国支配の本拠となり、五代当主「畠山慶致」の頃に

守護所も七尾城内へと移されます。

その後、畠山義続・義綱の頃に能登では戦乱が続き、戦国の世ならではの戦闘目的の要害となり七尾城史上

最大規模の縄張りとなります。

1576年(天正4年)には、能登国に侵攻した「上杉謙信公」に包囲され、一年にわたって持ちこたえますが、

重臣同士の対立の末に重臣「遊佐続光」の内応により徹底抗戦を主張した重臣「長氏一族」が殺害され、

翌年9月13日に開城されます。

謙信公の死後、越中国と能登国を繋ぐ要所である【七尾城】は、「織田信長」によって領され、城主として

「前田利家」が入城しますが、既に山城の時代ではなくなったっとし、拠点を【小丸山城】に移し、

しばらく利家の子の「前田利政」が城主となるも、のちに、1589年(天正17年)に廃城となりました。

※ 越後上杉氏の家臣「上条政繁」と「畠山義春」との関係は【上条城(柏崎)】を参照下さい。


城郭概略図です。
※ クリックして大きくしてご覧下さい。
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城郭マップです。(長屋敷跡の駐車場にあります。)
※ クリックして大きくしてご覧下さい。
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パンフの城郭図(駐車場に設置されています。)
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小丸山城城下の一本杉通りと小丸山城近景
※ 織田信長時代に前田利家が造った小丸山城下の街並みです。
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小丸山城麓の西光寺の正門
※ この門は七尾城の搦手門だったらしいですが、お寺に居た方に聞くと違うと言っていました。果たして?
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七尾城を西側から観る遠景
※ まさしく七つの尾根が見えますね。
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七尾城登口
※ 麓の交差点ですが、登口の石碑が建っています。写真右手附近には七尾城史資料館があります。
  この資料館附近から大手道登城口があります。
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車で登城します。車道登城途中に大門道という古道がありました。
※ 大門という集落があるので、そこからの城道のようです。搦手道でしょうか?
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本丸北駐車場です。ここら辺りは能登守護「畠山氏」の重臣「長一族」の屋敷跡です。
※ 4月初めで未だ雪がありました。
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駐車場から更に登り、左に曲がって行くと展望台があります。
※ 当時の「百間馬場」という郭で馬場跡です。古図を見るとこの附近には馬洗い場などが記されています。
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百間馬場から見下す現在の能登島と七尾湾、七尾市街地です。
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百間馬場から眺める七尾城本丸
※ トップの写真を見るとおり、本丸郭と三段重ねの見事なる石垣の武者走りが見られます。
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長屋敷跡
※ 展望台から本丸北駐車場に戻りました。駐車場附近全体が長屋敷跡のようです。駐車場の東側の一段高い所がありますが、そっちの方はこは、「長一族(ちょういちぞく)」の長(おさ)が居城していたのでしょうか?
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長屋敷から調度丸へ
※ 駐車場東側に城下へ延びる大きな竪掘様の谷は烏帽子谷と思われます。また長屋敷から本丸及び調度丸の境界には大きな堀切が造られています。それを過ぎると向って左(写真では右)は本丸直下の断崖、右手(写真では左)は土塁様になっており、ここが虎口として【番所】が設けられていたようです。
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調度丸手前
※ 番所があったと思われる虎口を過ぎると、また大きな竪掘か谷と思われる境界があり、調度丸へ入ります。
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調度丸から見上げる本丸石垣
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≪ ちょいスタTime ≫

「 畠山氏と謙信公の養子「畠山義春」 」について

他の城郭研究資料または、フリー百科事典『 Wikipedia 』などいろいろな文献より抜粋し
源さんがアレンジさせて頂いております。
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畠山氏は、武蔵国の武家の一族で、坂東八平氏の一族・秩父重弘の子「秩父重能」が

武蔵国畠山郷(はたけやまごう)/現在の埼玉県深谷市畠山周辺に所領を得て畠山姓を称し始まります。

その子「重忠」は、はじめは平家方についたが後に源頼朝に従い一ノ谷や奥州合戦などで活躍。

重忠はのちに北条時政と対立し戦死して畠山氏は一旦滅亡します。しかし、その後、

八幡太郎「源義家」の後裔「足利義純」が、「畠山重忠」の未亡人と再婚して畠山氏を再興し

これにより足利宗家から高待遇を受けることになります。

1336年(建武3年)に「足利尊氏」が室町幕府を創立すると、畠山氏は越中・河内・紀伊の守護に任じられ

義純6代の孫「畠山義深(よしとお)」が能登国ほか数カ国の守護を兼任、その子「基国(もとくに)」は、

足利幕府の管領の要職に付き、能登・越中・河内(時には、越前・山城も)の守護を兼ねるようになります。

そして応永15年(1408)基国の次男「満慶(みつよし)」が能登一国の守護となって能登畠山氏を起てます。

二代「義忠」まで京都に在って、三代「義統(よしむね)」が文明9年(1477)に能登に入ります。

こうして歳月が経ち、能登守護8代当主「畠山義続」の代になると、重臣「遊佐続光」「温井総貞」ら家臣団に

よる権力争いが頻発、家臣団を統率できず、大名権力が失墜し、重臣達は大名権力を傀儡化する

「畠山七人衆」と呼ばれる年寄衆組織を作り実権を握るようになります。

義続は一連の騒乱の責任を取り、家督を嫡男「義綱」に譲り隠居し、以後は義綱の後見人を務め、その後は

畠山七人衆の実権を握る「温井総貞」を他の重臣と協力して誅殺し、一旦大名権力の回復をしますが、その後に

さらなる権力強化を図ったため重臣の反発を招き、義続は義綱と共に国外追放され、孫の「義慶(よしのり)」

が家臣団によって擁立。その後は、「義慶」から「義隆/春王丸(しゅんおうまる)」へと代が変わり、越後国同様

に守護を傀儡化しながら長・遊佐・温井らの重臣間の主導権争いが演じられていくのです。

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謙信公の養子になった≪畠山義春≫とは、

能登から追放された8代当主「義続」の子で、9代当主「義綱」の弟です。

謙信公が、七尾城から一旦上杉一門の「上条政繁」のもとへ預けた後に、謙信の養子としています。

その後「上条政繁」 に子がなかったため、改めてその養子となります。

(以下に別説あり)

畠山氏は前述のとおり足利氏一門の名門なので、謙信公が名門の家柄には敬意を持つことから、その血筋も

養子にした一因と考えられます。義春の成人後は、越中能登前線に配置され、後に養父に従って

【信濃海津城】に赴任します。

謙信公死後の、天正14年(1586年)、上条政繁が越後上杉を出奔し、後に義春自身も出奔します。

出奔の理由については、諸説がいろいろあります。

出奔後は、豊臣家直臣となり、関ヶ原では東軍に付き、江戸幕府に仕え、家康の命で畠山姓に復し

上杉氏とも和解したそうです。

≪別説≫

上条政繁と畠山義春は同一人物であるという説で、当時「上条定憲」の代で断絶していた上杉上条氏を

謙信公が既に養子にしていた「畠山義春」に1571年に「上条政繁」と改名させ、

上杉上条氏の再興をさせたという説です。


※ 上条政繁についての源さんの見解は 【 春日山城/毘沙門堂・御屋敷編】の≪ちょいスタ≫をご覧ください。


【七尾城】へのアクセス地図は、下記をクリックして下さい。
http://yahoo.jp/s7t0Z6

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