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アンコール遺跡【6】のつづきです。 3日目の昼食後、再びガイドさんが交代するようで それまで1時間半くらいスコーンと時間が空いてしまいました。 どうするよ?と急遽相方と相談の上、 待ち合わせの場所からほど近い(と思った) 『戦争博物館』に行ってみることに。 ちょうど他の案内から戻ってきた「できるガイド」のパムさんを捕まえ トゥクトゥクに行先を指示してもらいました、ラッキー☆ カンボジアは旧フランス領なので左ハンドルの右側通行。 地図で見るかぎり近かそうだったのですが 意外と距離があり、歩かなくてよかったー。 国道6号線から道端で牛が草を食んでいるわき道に入り ガッタガタの未舗装の道を進むと「War Museum」という看板。 何とも手作り感いっぱいの博物館。 ここは一応カンボジア国軍が作った博物館らしいのですが どうみても、「近所の物好きお父さんが作っちゃった博物館」的なノリです。 カンボジアの内戦後、田畑などに放置されていた 銃火器や戦車、爆弾や地雷などを集めてきて展示しているようです。 木漏れ日の中にたたずむ対空機関砲。 なんでまたここに来たかって言うと。 ガイドのパムさんが道中で話していたことが どうにも頭から離れなかったからです。 「カンボジアはお年寄りが少ないんですよ」 さらっと聞き流してしまいそうな一言です。 「お医者さんも先生も少ないからカンボジアは大変なんです」 この言葉でようやく、ポル・ポト政権の大虐殺と内戦のことだと理解。 カンボジアという国は。 ベトナム戦争のとばっちりのように アメリカと南北ベトナムに侵攻されて内戦状態になり アメリカからの空爆はカンボジア全域で行われて沢山の死者と難民が出ました。 ころりと置いてある焼夷弾と対戦車地雷。 観光地の地雷除去はほとんど済んでいるとパムさんは言っていましたが カンボジアには未だ地雷や不発弾が残る地域もあるそう。 内戦の最中にできたポル・ポト政権のめちゃくちゃな独裁で 死者100万〜200万人とも言わる大虐殺が行われました。 カンボジアいう国は現在、日本の半分くらいの国土に 約1500万人弱の人口がいるそうです。 その中の100万〜200万人。 しかも虐殺されたのは、 学者、医師、裁判官、弁護士、教師などの知識階層ばかり。 最終的には文字が読めるってだけで連行して殺していたそうな。 ビビりのポル・ポトが政権の矛盾をつつかれたくないために 頭良さそうな人はみんな殺しちゃったんだね。 その後のカンボジアは悲惨な内戦状態が 90年代に入るまで続いていたことはKahoneyも知ってるぞ。 学生時代、『アンコール・ワット』に行きたいと思い立ったとき 当時は内戦終結直後だったために、渡航が難しくって断念したんです。 横っ腹の外装のめくれが生々しい戦車。 その時代に埋められた地雷で多くの子供が亡くなったそう。 理由は「危険・地雷あり」の看板の文字が読めず 仕切られたエリアに入って遊んでしまうから。 だって、文字が読める人みんな殺されちゃったんだもん。 ポル・ポトとクメール・ルージュが中央を追われた後も ずっと続いていた内戦はきっとこんなのを使ったゲリラ戦だったんだろうな。 近くにいた別グループのガイドさんが「触ってもOK」というので これはM16かしら? タイの射撃場のライフルも本物ですが これは確実に人を撃ってるはず。 カラシニコフなど名だたるアサルトライフルやサブマシンガンがずらり。 無造作に積まれたガスマスク。 大虐殺が行われたのは30年ちょっと前。 パムさんはその後生まれたそうです。 今の子供たちはみんな、この時代のことを学校で習います。 パムさんもご両親から話を聞いたり、学校で習ったりして知ったそうです。 そう言われてみて思い出すと確かに お年寄りをあんまり見かけない…。 当時働き盛りだった人がみんな殺されちゃったから? どこへ行っても40歳以下くらいの若い人と子供がやけに多い印象で タイのように「店先でぼんやりしてる爺ちゃん」とか記憶にないな。 平均寿命が短いっていうのもあるかもしれませんが…(タイは65歳) パムさんの説明は本当に分かりやすい。 この博物館にもついてきてほしかったなあ。 カンボジアの旅は考えることが一杯です。 ふむふむと見て回っていると、草むらからガサゴソと音がします。 「コブラとか?!」 タイでもちょっと郊外に出ると普通にコブラが出るので ビックリしますが… ここんちで飼われているコブタちゃんでしたw 草をモシモシ食べながら、ウンチをプリプリしていました (゚▽゚*)モエ モッシャカモッシャカ。 まるで個人のお宅のようで、鶏のヒナとかもトコトコしてたり。 リアル戦車とコブタちゃん、不思議な博物館です。 駐車場には輸送用ヘリも。中も見られて生々しい…。 ミグ。たぶん中国のライセンス生産もの。 いつものことで慣れましたがうちの相方、やけに銃火器と戦闘機に詳しい…。 程よい時間になったので、待っててくれたトゥクトゥクで待ち合わせ場所へ。 最終日の午後は『ロリュオス遺跡群』に行きますよ。 これは『バコン(たぶん)』 アンコール王朝の最初の頃の寺院だそう。 さっきから写真が見にくくてスミマセン。 カメラの電池が切れて、一部日本の携帯で撮っておりました。 『ロリュオス遺跡』というのは 『アンコール・ワット』などよりもさらに古い時代(8世紀〜9世紀頃)の遺跡で 日本で言うと平安時代の初めの方くらいにあたるのかな? そしてアンコールの中では最古の遺跡と言われる 『プリヤ・コー』 レンガが多用されていますね。 ちょっとアユタヤの遺跡を思い出しました。 この遺跡も例のごとく「野焼き」で見つかったそう。 レンガが真っ黒焦げになっています。 見つかって良かったのか悪かったのか…。 帰りの便までの時間は再び『オールド・マーケット』 こちらで晩御飯を食べたり(詳細は後日)お土産買ったり。 マーケットの中にある生鮮売り場では お肉屋の看板ブタさんがにっこり…。 ここで「気持ちが悪い」とか言ったらダメですよw ブタさんのためにも美味しくガッツリ食べてあげなければ。 タイやカンボジアに来て、豚でも鶏でも魚でも ホントに頭の先から、足の先までいろんな調理法がある。 隅々まで食べちゃうことに感心しているKahoneyです。 でもタランチュラの佃煮は無理だ…矛盾してごめんね (-ε-) 帰りはもう一人、別のお客さんが合流して空港に向かう予定でしたが そのお客さん、自力で空港に行っちゃったようで 行方を捜してるうちに時間が無くなっちゃって、ギリギリで空港到着。 ほらー、やっぱり荷物持ってきて正解だったじゃない! 飛行機の出発も遅れたので、まあ問題はなかったんですけどねw いろいろ感慨深かったカンボジア、シェムリアップの旅。 タイ赴任中にまた是非来たいと思います! お疲れ様でしたw ご飯ネタはまた今度。 P.S. ツアーでご一緒させていただいた皆様、大変お世話になりました ( ゚∀゚ )デヘ 【ランキングに参加してみました!気が向いたらポチっとな!】
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2011年01月12日
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