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アンコール遺跡【6】のつづきです。 3日目の昼食後、再びガイドさんが交代するようで それまで1時間半くらいスコーンと時間が空いてしまいました。 どうするよ?と急遽相方と相談の上、 待ち合わせの場所からほど近い(と思った) 『戦争博物館』に行ってみることに。 ちょうど他の案内から戻ってきた「できるガイド」のパムさんを捕まえ トゥクトゥクに行先を指示してもらいました、ラッキー☆ カンボジアは旧フランス領なので左ハンドルの右側通行。 地図で見るかぎり近かそうだったのですが 意外と距離があり、歩かなくてよかったー。 国道6号線から道端で牛が草を食んでいるわき道に入り ガッタガタの未舗装の道を進むと「War Museum」という看板。 何とも手作り感いっぱいの博物館。 ここは一応カンボジア国軍が作った博物館らしいのですが どうみても、「近所の物好きお父さんが作っちゃった博物館」的なノリです。 カンボジアの内戦後、田畑などに放置されていた 銃火器や戦車、爆弾や地雷などを集めてきて展示しているようです。 木漏れ日の中にたたずむ対空機関砲。 なんでまたここに来たかって言うと。 ガイドのパムさんが道中で話していたことが どうにも頭から離れなかったからです。 「カンボジアはお年寄りが少ないんですよ」 さらっと聞き流してしまいそうな一言です。 「お医者さんも先生も少ないからカンボジアは大変なんです」 この言葉でようやく、ポル・ポト政権の大虐殺と内戦のことだと理解。 カンボジアという国は。 ベトナム戦争のとばっちりのように アメリカと南北ベトナムに侵攻されて内戦状態になり アメリカからの空爆はカンボジア全域で行われて沢山の死者と難民が出ました。 ころりと置いてある焼夷弾と対戦車地雷。 観光地の地雷除去はほとんど済んでいるとパムさんは言っていましたが カンボジアには未だ地雷や不発弾が残る地域もあるそう。 内戦の最中にできたポル・ポト政権のめちゃくちゃな独裁で 死者100万〜200万人とも言わる大虐殺が行われました。 カンボジアいう国は現在、日本の半分くらいの国土に 約1500万人弱の人口がいるそうです。 その中の100万〜200万人。 しかも虐殺されたのは、 学者、医師、裁判官、弁護士、教師などの知識階層ばかり。 最終的には文字が読めるってだけで連行して殺していたそうな。 ビビりのポル・ポトが政権の矛盾をつつかれたくないために 頭良さそうな人はみんな殺しちゃったんだね。 その後のカンボジアは悲惨な内戦状態が 90年代に入るまで続いていたことはKahoneyも知ってるぞ。 学生時代、『アンコール・ワット』に行きたいと思い立ったとき 当時は内戦終結直後だったために、渡航が難しくって断念したんです。 横っ腹の外装のめくれが生々しい戦車。 その時代に埋められた地雷で多くの子供が亡くなったそう。 理由は「危険・地雷あり」の看板の文字が読めず 仕切られたエリアに入って遊んでしまうから。 だって、文字が読める人みんな殺されちゃったんだもん。 ポル・ポトとクメール・ルージュが中央を追われた後も ずっと続いていた内戦はきっとこんなのを使ったゲリラ戦だったんだろうな。 近くにいた別グループのガイドさんが「触ってもOK」というので これはM16かしら? タイの射撃場のライフルも本物ですが これは確実に人を撃ってるはず。 カラシニコフなど名だたるアサルトライフルやサブマシンガンがずらり。 無造作に積まれたガスマスク。 大虐殺が行われたのは30年ちょっと前。 パムさんはその後生まれたそうです。 今の子供たちはみんな、この時代のことを学校で習います。 パムさんもご両親から話を聞いたり、学校で習ったりして知ったそうです。 そう言われてみて思い出すと確かに お年寄りをあんまり見かけない…。 当時働き盛りだった人がみんな殺されちゃったから? どこへ行っても40歳以下くらいの若い人と子供がやけに多い印象で タイのように「店先でぼんやりしてる爺ちゃん」とか記憶にないな。 平均寿命が短いっていうのもあるかもしれませんが…(タイは65歳) パムさんの説明は本当に分かりやすい。 この博物館にもついてきてほしかったなあ。 カンボジアの旅は考えることが一杯です。 ふむふむと見て回っていると、草むらからガサゴソと音がします。 「コブラとか?!」 タイでもちょっと郊外に出ると普通にコブラが出るので ビックリしますが… ここんちで飼われているコブタちゃんでしたw 草をモシモシ食べながら、ウンチをプリプリしていました (゚▽゚*)モエ モッシャカモッシャカ。 まるで個人のお宅のようで、鶏のヒナとかもトコトコしてたり。 リアル戦車とコブタちゃん、不思議な博物館です。 駐車場には輸送用ヘリも。中も見られて生々しい…。 ミグ。たぶん中国のライセンス生産もの。 いつものことで慣れましたがうちの相方、やけに銃火器と戦闘機に詳しい…。 程よい時間になったので、待っててくれたトゥクトゥクで待ち合わせ場所へ。 最終日の午後は『ロリュオス遺跡群』に行きますよ。 これは『バコン(たぶん)』 アンコール王朝の最初の頃の寺院だそう。 さっきから写真が見にくくてスミマセン。 カメラの電池が切れて、一部日本の携帯で撮っておりました。 『ロリュオス遺跡』というのは 『アンコール・ワット』などよりもさらに古い時代(8世紀〜9世紀頃)の遺跡で 日本で言うと平安時代の初めの方くらいにあたるのかな? そしてアンコールの中では最古の遺跡と言われる 『プリヤ・コー』 レンガが多用されていますね。 ちょっとアユタヤの遺跡を思い出しました。 この遺跡も例のごとく「野焼き」で見つかったそう。 レンガが真っ黒焦げになっています。 見つかって良かったのか悪かったのか…。 帰りの便までの時間は再び『オールド・マーケット』 こちらで晩御飯を食べたり(詳細は後日)お土産買ったり。 マーケットの中にある生鮮売り場では お肉屋の看板ブタさんがにっこり…。 ここで「気持ちが悪い」とか言ったらダメですよw ブタさんのためにも美味しくガッツリ食べてあげなければ。 タイやカンボジアに来て、豚でも鶏でも魚でも ホントに頭の先から、足の先までいろんな調理法がある。 隅々まで食べちゃうことに感心しているKahoneyです。 でもタランチュラの佃煮は無理だ…矛盾してごめんね (-ε-) 帰りはもう一人、別のお客さんが合流して空港に向かう予定でしたが そのお客さん、自力で空港に行っちゃったようで 行方を捜してるうちに時間が無くなっちゃって、ギリギリで空港到着。 ほらー、やっぱり荷物持ってきて正解だったじゃない! 飛行機の出発も遅れたので、まあ問題はなかったんですけどねw いろいろ感慨深かったカンボジア、シェムリアップの旅。 タイ赴任中にまた是非来たいと思います! お疲れ様でしたw ご飯ネタはまた今度。 P.S. ツアーでご一緒させていただいた皆様、大変お世話になりました ( ゚∀゚ )デヘ 【ランキングに参加してみました!気が向いたらポチっとな!】
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近隣の観光スポット
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アンコール遺跡【5】からのつづきです。 最終日、ガイドさんが変わりました。 朝、約束の時間に 新しいガイドさんが来たのですが初っ端からひと悶着。 コースの都合でガイドさんが変わるようで 2日目までのガイドのパムさんは、3日目の注意事項なども きちんと指示してくれていました。 渋滞などでフライトの時間にホテルに戻れないこともあるので チェックアウト後に荷物は持ってバスに乗ってくださいねと パムさんから言われていたので、荷物を持っていくと 新しいガイドさんは何やら勝手にボーイさんと話をして ホテルに荷物を預けてしまいました。 おーい、ちょっと待てー! この旅行中、夕方の渋滞状況も見ていたので どう考えてもパムさんの意見が正しいと思う。 「戻ってこられます」と言うガイドさんを説得して 荷物を持って行くことにしました。 このガイドさんも日本語のできる方ですが… 通じない…パムさんとかなりのガイドスキルの差を感じるなあ。 日本語は上手なのですが、それよりも ガイドとしての経験や細部への気配りが違うのだと思います。 ちょっとなー、あんまり任せないで自己管理。 さい先の悪いスタートですのん。 気を取り直して。 3日目最初の目的地は Kahoneyが今回の旅で一番行きたかったところです。 ここに行きたいがために1泊2日でもよかった旅を 2泊3日にしたようなものです。 その遺跡は『バンテアイ・スレイ』 ここには『東洋のモナリザ』と呼ばれるデヴァター(女神像)があります。 この遺跡は他の遺跡群とは離れたところにあり、 小一時間車に揺られていきます。 お、単車の洗車場w 周りの景色はまた一段とローカルになり 高床式の木造住居や広い庭先で走り回る 鶏や子豚やワンコ、ちびっこが見られます。 今も井戸を利用していて、 ガスではなく薪で炊事をしているそうです。 しばらく走ると急に整地された場所に到着。 バスやトゥクトゥクが沢山止まっています。 『バンテアイ・スレイ』に到着です。 観光地としてかなり整備したようで 自然を活かしつつ歩きやすい遊歩道もあります。 広い敷地にお土産物を売るモールのようなものもありました。 後で見ようね、後で。 ここはとーっても小ぶりな遺跡です。 しかしその内容は! めっちゃクオリティの高い彫刻やレリーフが満載です。 細かい!そして綺麗! ヒンドゥー教の寺院なので参道にはリンガが並んでします。 柱の彫刻もひとつひとつが細密。 この遺跡、やけにタイ人のツアーグループが沢山いて タイ語のガイドさんの解説も聞こえてきます。 混みあう中、すぐ横でやっているので 日本語とタイ語の2か国語放送のようなガイド合戦、楽しいw 端っこまで彫刻が施された門。 でも門に使われている石の色が違います。 この遺跡が発見された経緯が非常に「カンボジア」っぽいのですがw 一帯のジャングルを畑にしようとして「野焼き」をしたところ この見事な遺跡が出現したそうです (*゚ロ゚)ヤイタ? 『バンテアイ・スレイ』とは『女の砦』という意味で もとは赤色の砂岩を使ったピンク色の美しい建物だったそうですが 遺跡は一度丸焼きになっているのでアチコチの壁が真っ黒焦げ。 現在、中央祠堂は立ち入り禁止になっているので 第3周壁から中を覗くことしかできません。 遠くから見ても、彫像やレリーフの素晴らしさは 他の遺跡と比べることができないくらいです。 レリーフのモチーフはシヴァ神だったり 「ラーマーヤナ」の場面だったり 西側の門に回り込んで中央祠堂を覗くと… はい、写真の左端に注目! これが『東洋のモナリザ』です! コンパクトカメラの望遠じゃこれが限界! 次来るときはカメラ買い換えなきゃ! 遠巻きに見ても表情、特にまなざしがリアル これ、モデルを目の前に置いてデッサンしてるって感じ。 この素晴らしさを目の当たりにしてちょっと疑問。 なんで『東洋のモナリザ』なんだ? この遺跡ができたのは10世紀中頃。 ルーブル美術館に置いてある『モナリザ』は16世紀初頭の作。 『バンテアイ・スレイ』の方が500年以上前に完成してるのにね! こういう呼ばれ方にも欧米からの上から目線を感じるなァ (-ε-)チッ 中央祠堂の全体像。 他の遺跡に比べたら、本当に小さな寺院です。 池に映る姿も素晴らしい。 遺跡を出て駐車場に戻る途中にはお土産物屋さん。 まだ新しい建物ですが、お土産売りの攻撃は手ごわいものがありますw やっぱり我が家はタイ人に見えるらしく、 百戦錬磨のお土産売りの兄さんも「サワッディーカップ!」 でも横にいた別の兄さんが気が付いて 「ジャパニーズ?!コニチワ、ガイドブック・ヤスイ!」 すぐさま切り替えてくるところも見事。 ツアーのワゴンに乗り込もうとした時 前日、遺跡の神像に乗って写真を取ろうとして怒られた 痛い日本人学生2人組を発見!!!しかもこの日は女連れ! 私はカンボジア人の女の子を連れていると思ってたのですが 相方の見立てでは「日本人の女の子」だったよう。ナンパか。 「あの英語じゃカンボジア人の女の子には通じねーだろーなー」 というと、我が家がとっても英語に堪能みたいですが、そうではなくw カンボジアの人の英語は話すのも聞くのも難しい! ホテルの従業員でも全く聞き取ってくれないので 日本人だけでなく欧米人ですら四苦八苦。 「ワイン」や「ジントニック」ひとつ注文できない! 逆に、あの時彼らと話していたタイ人の方の英語は 素晴らしい発音でびっくりでしたけどw 浮かれてパスポートや財布を盗まれないよーにね〜と 遠巻きに心にもないことを言ってみるwふぉっふぉっふぉ。 帰り道、途中にあった露店にとまります。 どうやら予めコースに含まれていたようで 手際よく、ヤシ砂糖の作り方の説明を始めました。 ヤシを絞った汁を飲ませてくれましたが 匂いは「葉っぱ」くさくて倒れそうでしたが 飲んでみると甘くて意外にクセがない。 それを煮詰めて型に詰めて砂糖になるんだってさ。 なんかね、出来立てのヤシ砂糖は 和三盆の落雁をちょっと「ワイルド」にしたみたいな味っていうか。 結構おいしいんでお土産に買ってしまいましたw 筒に詰めたものが3つで1ドル。 うーん、結構簡単に作ってるし、庭先のヤシを採って作ってるから 原価そんなにかかってないよなーwボッタくってるなー ( -ω-) 「3つもいらないから1つにしてちょ。」 1ドルより細かいお金は現地通貨のリエルになるのですが だいたい1ドル=4100リエルくらいだそうで お釣りでもらって困っていた1000リエルを出して「これで!」 露店のおじちゃん…OKって言ってくれましたw ちょっと安くなったって訳だな、よしよし。 また来た道を帰ってお昼ごはんです。 この日の午後は… 野ざらしになった「ミグ」と「戦車」と「カラシニコフ」に会いに行きます。 【7】につづきます。 【ランキングに参加してみました!気が向いたらポチっとな!】
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アンコール遺跡【4】からのつづきです。 昼食後、午後の観光に向かいます。 午後の一発目は『オールド・マーケット』 タイでいうタラート(市場)と、 外国人好みのレストランやパブが並ぶエリアだそうで ここもめっちゃ楽しみにして来ました。 バスを降ろされたところで懐かしい匂いが。 ふあああ、蒲郡の匂いがする! 目の前が干物屋さんでしたw 普通に旨そう…。 カンボジアは南西部は海に面していますが シェムリアップの辺りは淡水魚がほとんど。 近くに東南アジア最大の湖、トンレサップ湖があって 雨季と乾季で大きさが全然違うんだってさ。 パムさんは『雷魚が一番おいしいですよ』って言ってたけど 雷魚か…むーん、臭そうだけど。 道端にはサトウキビのジュース屋さん サトウキビを圧縮器に通して汁を絞ってました。 途中で、パイナップルなどの果物も投入してましたがお味は…? 後ろにいる白人カップルの表情が物語ってるかw マーケットの中は、野菜や果物、魚介、肉で山盛り! 綺麗で新しいから、ふつうに買って帰りそうになります。 魚や川エビもピンピンで美味しそう! 面白かったのはお肉屋さん。 豚の頭とか商品並べてるタイル貼りのカウンターに 売ってるお母さんたちも乗っかってて、 そこで肉を「ズダンズダン!」と切り分けています、豪快。 見つけました。噂に聞いていた「珍味」です。 タイの「タガメのフライ」も強烈なビジュアルですが これはそれを上回る迫力。 はい、「タランチュラの佃煮」です☆ 女性の手のひらぐらいのタランチュラが足を曲げて 直径50cm位の大皿に山盛りにされています。 ちょっと外の通りに出ると カラフルな建物が並んでいて、お土産に良さげな雑貨屋や 素敵なカフェやレストランが続いています!素敵! 全然疲れてないけどカフェに入ってみるのだw カンボジアのコーヒーは苦くて濃くて独特の味だけど Kahoney、意外と嫌いじゃない味です。 ここから、客待ちしているトゥクトゥクを眺める。 タイのトゥクトゥクは3輪で運転席と客席は一体になっていますが カンボジアのトゥクトゥクは小型バイクが客車を牽引している形。 一服してまたプラプラしますよ。 香辛料やお菓子を売っているお店。 検疫を通らないといけないから買えませんがお米も色々。 黒いもち米とかありましたが、どんな時に食べるのかなあ? 唐辛子をいっぱいかけたのと ハーブが入ったのと2種類。なんの粒粒だろう? あ、シジミだ。(と、タニシみたいなのが少々) 1時間弱しかいられなかったけど全然足りない! 次来るときはこの近くにホテルを取って このマーケットを起点にしよう、決めたもんね。 では次の観光スポットへ。 泥んこ遊びで大喜びの子供 田んぼや畑には必ず牛がいます。 パムさんが言うには、カンボジアの農業は基本手作業。 稲は穂先を刈り取って、茎の部分を多く残し それを牛が餌にして食べ、田んぼに糞をする。 糞は肥やしになってまた稲ができるということで 「一石二鳥です。」 パムさん、四文字熟語やことわざが好きなようで 時々ビックリするようなことを言いますw 国道6号線沿いに次々できるホテルをさして 「雨後のタケノコのように」と表現していました。 Kahoney、こんな言葉知ってても使ったことないし 若い子とか知らないんじゃないか?パムさんスゲー。 到着したのは『プリヤ・カン』 12世紀後半の、もとは仏教寺院だったそうで その後ヒンドゥー教寺院に作り替えられたようです。 レリーフも細かいし、状態のいいリンガも残っています。 ヒンドゥー教のリンガ(男性器)崇拝についても パムさん、ふつうにサラッと日本語で 「大きなリンガです!」とか言うので 聞いてるこちらが「てへっ(゚▽゚*)」となってしまいます。 綺麗に残っているものもありますが 崩壊している部分も多いそう。 アプサラ(天女)の踊りもイカしてます。 珍しい円柱の建物。ギリシャ神殿みたいねぇ。 日本のお寺の仁王様と同じ役目。タイにもあるね。 白人のお客さんを連れたガイドさん、 いろいろ地面に書いて説明してました。 お次は『ニャック・ポアン』 入り口は池というか沼というか カモなどの鳥が沢山いました。 仲良しのカモ兄弟。お尻をプリプリプリプリ。 ここは12世紀後半に作られた 病気の治癒を祈願する沐浴場だったそうです。 中央の池と東西南北の池、計5つの池で構成され それぞれに意味があったそうです。 中央の池からそれぞれの池に水を通す仕組みになっています。 これは象さんの形をしていました。 ぱおーん、鼻は無くなってますが口元は笑っていますw 昔の人はいい仕事してるなあ、可愛いねぇ。 で、この日のラストはここ『東メボン』 ここは昔、巨大な人口の貯水池の中に浮かぶように建っていて 王様は船でここまでやってきたそうです。 今は水もなく乾燥した場所なのでちょっとビックリ。 この遺跡は古いレンガ造りから砂岩の石組みに変わる 過渡期の建築様式を見せていて、どちらの特徴も持っています。 レンガには沢山の穴が開いていて、 これは上から漆喰を塗った時の定着をよくするためだそう。 一部には穴の中に漆喰が残っているそうです。 柱の彫刻も細かくて見事です。 最上部には塔が5つあって仏様も祭られています。 なるほどと感心していたとき ガイドのパムさんがいきなり日本人の若者から声を掛けられました。 2人連れの大学生と思しき男の子。 若者A:「ここって何が有名なんですか?」 パム :「レンガと砂岩の古い寺院で…あとは特に何もないです」 若者B:「カンボジア人がそんなこと言うとか駄目じゃないっすかあ?!」 若者Aはさらに矢継ぎ早にアレコレ質問しまくります。 その間、Kahoneyたちは足止め。 しばらく待たされてようやく 若者B:「僕ら、割り込んでます?」 ええ、ええ、割り込んでますとも。 彼らは自分たちがどれくらい失礼なのか分からないようです。 Kahoneyはちょっとパムさんに感心しました。 もし、今日がパムさんのお休みの日だったら きっと親切に説明してあげたはずです。 でもこの日、彼は仕事中で『正規の料金』を払ったお客さんを連れています。 お金も払わず割り込んできた人に詳しく説明をして きちんと料金を払ったお客さんを待たせるなんてNGです。 さっきまで詳しく説明してくれていたパムさん。 「特に何もない」訳がない!相手にしなかっただけです。 若いから仕方がないのかもしれませんが 近くにいたタイ人観光客に英語で「どこから来たのー?」とか話しかけ 別れ際に「サワッディーカー!(←間違えてる)」、大はしゃぎです。 こちらのツアー客は全員タイ駐在員とその家族。 もう、「あちゃー(-ε-)」な気持ちで見ていられません。 この寺院、四方の角に 象さんの形をした守り神が置いてあるのですが あろうことか、この2人組 「登って写真撮ろうぜ」 わーわーわー!何言ってんだ馬鹿! パムさんが「それは登ってはダメです!!」と間髪入れずに注意。 近くにいたさっきのタイ人観光客も唖然としています。 同じ仏教国の人です、当然でしょう。 ここも世界遺産の一部。 考えりゃ分かるだろ!と思いますが 彼らは考えても分からなかったようです。痛すぎる。 こちらの大人チーム全員、何も言いませんでしたが こんなアホな若者が日本人なのかと思うと 「うちの馬鹿がホントすみません!!!」 てな気持ちで皆さん見ていたことでしょう。 心が真っ黒なKahoeney。 あの子たちが悪い女にでも引っかかり 有り金全部持ってかれて、痛いめにあえばいいさ! と、心の中で念じてみました。プチ呪い。 パムさんは、「私が子供のころは登って遊んでたんですけどね〜」と 世界遺産に指定されていろいろ厳しくなったことも教えてくれました。 こんな無謀な観光客、一杯いるんだろうね。 この日は大晦日、夜はガラ・ディナー(パムさん曰く忘年会)。 早めにホテルに送ってもらいました、やれやれ。 そして最終日。 一か所目の遺跡であの日本人の若者2人組に再び遭遇! しかもまんまと女の子を連れている! プチ呪い…(*゚ロ゚) 【6】につづきます!!! 【ランキングに参加してみました!気が向いたらポチっとな!】
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アンコール遺跡【3】からのつづきです。 初日の解散時、ガイドのパムさんはこう言いました。 「Kahoneyさんのお迎えは、朝4:50です」 何だとぅっ (*゚ロ゚)?! ホテルへのお迎え順路が一番手だったため 衝撃的な時間を告げられました。 仕方ありません、ツアー2日目の最初の行程は 『アンコール・ワットで日の出を見よう!』 年末年始のツアーで日の出?それって初日の出?! そんな期待を裏切って恐縮ですが 残念ながらKahoeneyたちが見に行ったのは 『大晦日日の出』です! ( -ω-)ナンジャソリャ? パムさん曰く、元旦の初日の出は とんでもなく混雑するらしく(それも日本人で) まあ、そんなムギュムギュで日の出鑑賞するのも疲れるので 『大晦日日の出』もOKですわ、問題なし。 ネムネム状態でお迎えのバスに乗り 各ホテルに宿泊の方々と合流して『アンコール・ワット』に向かいます。 道中、夜も明けぬ国道6号線の沿道を眺めていると 意外なことに食堂や売店はこんな早朝にも営業中。 お客さんもチラホラ入っていて驚きました。 パムさんの話では、カンボジア人は朝が早いそう。 まだ電気がない地域も多く、日の出とともに農業に出る習慣があり それもあってお役所や学校、会社の開始時間も早いそうな。 それに合わせて食堂や売店も暗いうちから営業しているみたい。 真っ暗な中『アンコール・ワット』に到着。 ここで大失敗が一つ。懐中電灯を持って来ませんでした。 本当に明かりも何にもないところなので ガイドさんが持っているだけでは足元がかなり危ういです。 行かれる方は是非、懐中電灯をお持ちください。 何故こんなに真っ暗なうちからやってきたのか。 それは場所取りのためだったようで 早めに少し高い場所をキープするのが肝要。 「この辺から出ますよ〜」な説明を受けて城跡の石垣に登ります。 狭いところに次から次へと観光客がやってくるのでモジャモジャです。 うーん、暗いのでデジカメの露出の調整が難しい… 大分目が慣れてきたので周りを見渡してみると おおおおお、こんなに並んでたんか! 目の前の広場にもどんどん観光客がやってきます。 最初はみんな懐中電灯を片手に恐る恐る歩いていましたが 徐々に明るくなるにつれお弁当を食べだしたりしています。 待ってるうちに寒くなってきました。 乾季の明け方は結構冷え込みます。 Kahoneyはしっかり着こんでいきましたが 半袖の方たちはガチガチ震えていました。 スウェットのパーカーとかウィンドブレーカーとか 1枚持って行くこともおすすめしますね。 ふーむ、美しいですのん。 この日は中央の塔のかなり右手から日が昇りましたが 「春分の日」と「秋分の日」は塔の真後ろから日が昇るんだとか。 昔の人ってホントにすごいよね! この日に合わせて『アンコール・ワット』に来るのもイイですね。 日の出を堪能して外に出て来ると お堀の水は文字通り、鏡のように静まりかえっています。 午前中しか開かないスイレンの花も咲いています。 お堀手前にはこんなに人が!みんな早起きしたのねぇ。 さ、満喫したところで一旦朝食をとりにホテルに戻ります。 明るくなった通りはまだ7:00前だというのに いきなり交通量が増えています(バンコクの比ではありませんが)。 活気の出てきた街を眺めていると、 ガイドのパムさんが「あれ見てください」 何だ? ピクピク動いてるけど… あ!豚くん?! (*゚ロ゚)ダイレクトスギ! 「多いときは2〜3匹積んでますよ」 ひょー、「ドナドナ」の風情すらもないのねぇ。 通りにはハングルの看板が沢山出ています。 カンボジアは韓国企業の進出が進んでいて 在住の韓国人もとても多いそうです。 韓国料理のレストランもいっぱいありました。 これは…将軍様の方のレストランみたいですが。 近くにはお坊さんの学校もあるんだって。 ガイドのパムさんの解説は非常に面白い。 道端のちょっとしたお店や人でも 何がどうなってるのか、カンボジア人ってどうなのか 詳しく教えてくれるのですごく楽しい。 しかも年号や数字に強いようで 説明が具体的で説得力があります。ふむふむ。 ホテルで朝食を済ませ(※詳細は後日) 日焼け止め、虫よけもガッチリ装備しました。 大晦日の夜はガラ・ディナー(パムさんは忘年会と訳してましたw) スタッフがものすごくボチボチ準備を進めています。 タイもそうですが、こういった作業中 何もしていない人が沢山いるのはなぜでしょうねぇ? 2日目の遺跡はここ、『タ・ケウ』です。 10世紀頃に着工したにもかかわらず、 内戦などで工事が中断、装飾が一切施されずに 石積みだけの状態で放置されたそうです。 確かにつるんとしていますがシャープな印象。 一番上まで登った相方が変顔でポーズをとっているところを 後ろから来たおじさんが見て硬直しています。 遺跡の上に「アリ塚」です。 カンボジアには沢山あるそうで、 田畑にできたものは縁起がいいので崩さないそうです。 寺院の建設工程を見るような、なかなか男らしい遺跡でしたね。 さてお次。 2日目のメイン遺跡でもあります。 映画『トゥームレイダー』の撮影が行われた つまりアンジェリーナ・ジョリーが来ちゃった 『タ・プロム』です! 遺跡自体はものすごく神秘的なのですが なんせ映画以降、大人気観光スポットになってしまったため 人がモリモリのモジャモジャMAXです! この人数を一人でさばいていたガイドさん、すごい。 この遺跡はガジュマルの浸食による崩壊を直さないことにした遺跡。 現状維持できるところは補強し、崩れてしまっているものは そのまま残しておくんだそうです。 それでも、残っている彫刻などは素晴らしく このデヴァター、写実的ですばらしくって一目惚れ。 お腹のあたりとかすごいよね! 足が無くなっているのが残念です。 名物の巨大なガジュマルは撮影スポットとして大人気。 増える観光客に対応したのか、ポイントにはお立ち台ができていました。 そんな中で(ものすごく)目につく一団が。 中国のツアー御一行のようですが 全員おそろいの帽子を持っていて迷子にならないようにしています。 それもオレンジ色のキャップ、緑色のツバの…。 激しいポージングを繰り広げていますが それより何よりその帽子が! 目について笑えます!いや、それ欲しい! 生い茂るガジュマルは こんなに写実的で綺麗な顔のデヴァターまで 隠してしまおうとしています。 アユタヤの仏頭と同じように 長い年月をかけてこうなったのでしょう。 何だか綺麗すぎて人が入ってるみたい…。 古い樹の上からさらに若い樹がからまってます。 これ以上浸食が進まない様に、根を切っているところもあるそうで それでも育っていく樹は後ろから支えていたりもします。 こんな風にジャッキアップしているところも。 あ、ここは『トゥームレイダー』に出て来たぞ! でも「みかん君」が御一行とはぐれてやしないか心配。 遺跡を出てトイレ休憩をしていたら 相方はおみやげ売りの人たちに取り囲まれていました ( ゚∀゚ ) この日の男性ツアーメンバーのなかでは若い(見えるだけ)のと 前日買ったお土産Tシャツを着ているため ◆若者 + すでにお土産Tシャツ = いいカモが来た という公式にのっとり襲われた模様。 しかしよく見ると、何か持ってる… すでに一枚Tシャツ購入していましたw すると「こっちのも買ってよ!」と言わんばかりの猛攻撃。 いらないものは買いませんが 欲しいものがあったら物売りの子から買います。 小さな女の子が持っていたブレスレットが 普通に可愛かったので4つ買いました。 幾つぐらいなのか、きっと5歳くらいなんだと思うけど。 すごい笑顔で喜んでくれるから困っちゃう。 午前の観光の最後は『スラ・スラン』 王様やお妃が沐浴するために作られた人工池で 10世紀頃にはすでに作られていたそうです。 今は水をたたえて綺麗なところになりましたが ポル・ポト政権時代は水を抜いて水田にされていたそうです。 しかも、池の真ん中に祠があったそうですが これもクメール・ルージュに破壊されたそうです。 もういない人を掴まえていうのもなんですが 「ポル・ポト馬鹿じゃね?!」 このツアー中何度となく思った次第…。 この後、ガイドのパムさんからポツポツと カンボジアの悲惨な過去の話が出てくることに。 取りあえずお昼ご飯を食べに行って 午後の観光にくり出します。 【5】につづく! 【ランキングに参加してみました!気が向いたらポチっとな!】
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アンコール遺跡【2】からのつづきです。 国道6号線。 バンコクから陸路で来られることが分かり バス大好きのKahoneyは「帰りはバスじゃダメかなー」 などと妄想しておりましたが、 一緒にガイドさんの話を聞いていた相方は どうやら「自走」を企んでいたようです。 普段から休日は通勤号を運転している相方、 (もちろんタイランドの運転免許証あり) 交通量はバンコクと比較にならないくらい少ないので まあ、それもイイかなっと思ってみたりしましたが うちの車じゃ国境越えられないんじゃ…。 タイのナンバーの車ってカンボジア走れないんですかね? ヨーロッパみたいに通勤で国境越えしてる人っていないのかなあ? そんな事を考えながらホテルで休憩し 再びツアーバスが迎えに来てくれました。 今度は他のコースの方も合流しての大所帯になります。 ホテルの回りはまだ田舎臭さのある通りも シェムリアップ中心部に近づいてくると ファーストフードの看板が見えたりして街の様相。 信号がほんとに少ない街ですが、一応あるにはあるのね。 めっちゃ急いで渡れって感じですね。 バス移動だと意外な速さで目的地に到着。 欧米人は貸自転車で移動してる人も沢山いますが それも可能な見学エリアです、これも次回の検討材料。 さ、今から『アンコール・ワット』。 世界に山ほどある世界遺産の中でも 確実に一軍先発間違いなしのビッグネームですね。 ふああー、うそみたい。実物よー! 『アンコ―ル・ワット』の「ワット」 意味は「お寺(タイ語と一緒)」なのですが 本当は王様のお墓じゃないかと言われているそうです。 普通、お寺は東向きに建てられるところ 『アンコール・ワット』は西向きに構成されているので 現在の研究では、当時の設計段階においては お墓のつもりだったんじゃないかと考えられているそうです。 12世紀前半、当初はヒンドゥー教の寺院として建てられたのち 時代を経て仏教寺院になったり、クメール・ルージュに立て籠もられたりと いろいろ大変だったのねー、よく頑張ったよ。 さて、西大門から入ります。 『アンコール・ワット』と言ってイメージするのは 教科書だとか、「世界ふしぎ発見」とかではなくて 『地雷を踏んだらサヨウナラ』という映画のラストシーンですかね。 内戦時代に、一ノ瀬泰造(実在)という この地で亡くなった戦場カメラマンの映画(主演:浅野忠信)です。 この映画のラストシーンがこの『アンコール・ワット』。 今はこんなに沢山の観光客が来るところになったんだなあ。 お経を納めていたところだそうです。 なんか、すご過ぎて「合成写真」みたいだ (*゚ロ゚)チャントイッタヨ! こちらもアチコチ養生シートに包まれて 修復中の箇所があるのですが、現在は上部の回廊にも入れるようです。 数年前に来た方は登れなかったんだってね。 実は回廊の中には沢山の仏像があって、 それはいろんな時代に寺院に寄進されたものらしいのですが そのほとんどが頭をはねる等して破壊されています。 それが何百年も前の戦争でって言うならまだしも つい30年くらい前にクメール・ルージュによって 破壊されたっていうのがショックですね。 よそのチームの日本語ガイドさんの話も聞いちゃうw ガイドさん同士はみんな顔なじみのようで、 お疲れ〜みたいに声をかけ合ってました。 世界中の言語が飛び交っておりますが 会社が違ってもガイドさんの制服はみんな同じ。 つまり、この黄色いシャツを着ていないガイドさんは 政府公認のガイドじゃないってことですね。 さあ、こんな急勾配を登って行きますよ。 手すりがあるとはいえ、階段の奥行はめちゃ浅です。 あきらめて下でお連れさんを待ってる方も大勢います。 ふお―――、なんか神々しい! 第三回廊は中央に一番大きなモロコシヘッドがあります。 須弥山(仏教的に世界の中心)に見立てているそうです。 で、その内部は。 うーん、こうして写真にしてみると、とても神聖な雰囲気の場所ですが 実際には観光客がモリモリで、隙を縫って撮影するのは大変。 上から見たところ。森が広がってます。 こんな高いところにも超細密な彫刻が施されています。 ガイドさんの話だと、石を全部積み上げて建物を完成させてから 後からコツコツ彫刻を彫り込んでいったんだそうです。 だから、「あ、間違えた!」とか言って そこだけ新しい石に差し替えるとかもできない訳です。 高い位置の彫刻も、足場を組んでコツコツコツコツ…… はー、気の遠くなる話だ。 しかも、カンボジアの炎天下で! デヴァター(女神像)はどの遺跡にも沢山彫られています。 アンコールワットの中だけでも無数にありますが 作者が違うのか、よく見ていると 全身のバランスや顔の造りがそれぞれ違って個性的。 っていうか時々不細工なのもいて笑えます。 職工さんが新米だったのか…色々想像します。 これなんかやけに短足で手の動きもちょっと妙。 第三回廊から降りてきたところにある「お立ち台デヴァターズ」 これはすごかった!他より大きめのサイズですが、 スタイルが良くて小顔、顔の造作もきれいです。 何よりもデッサンが狂ってない自然なポージングですね。 実はKahoney、このデヴァターの前でも写真を撮ったのですが 自分の不細工さがより引き立ってしまったので載せるのは自粛。 さらに下まで降りてくると 第一回廊の有名な壁画が見られます。 上下3段になったところに天国、現世、地獄が彫られてまして 閻魔様に裁かれて地獄に落ちる子が続出。 あこぎな商売をした罪ではりつけのうえ全身釘刺しの刑。 ひょ――!、こんな無体な 。・゚・(ノε`)・゚・。 悪いことしなけりゃいいんですよ、悪いことしなけりゃ。 もう一つ有名な『乳海攪拌』のレリーフがあるのですが 現在は修復のため全体を見られず無念。 他にも『マハーバーラタ』『ラーマヤナ』など メジャーモチーフ満載です。 とーっても広い『アンコール・ワット』 ココだけで2〜3日通わないと、全部見きれません。 翌日、早朝にもう一回ここに来るのですが 今度は『アンコール・ワット』で日の出を見ちゃいます。 それはそれで楽しみw 夕日鑑賞スポットということで、観光客のほとんどは 日没が近づくとこの丘を目指して大集合となります。 すでに丘の上の西側ポイントに いち早く場所取りをした人たちの姿が! これは負けてはいられません。 一般の観光客は徒歩で登りますが こんな可愛い象さん☆で登ることも可能。 でも、ここの坂道を象で登るのは絶対怖いと思う…。 急勾配の登山道を、世界各国の観光客がもくもくと登って行きます。 一日炎天下を観光してヘトヘトになった体に堪える ハードな観光スポットですが、それだけ見ごたえがあるのでしょう。 山頂の遺跡をガシガシ上ると、すでに満員御礼 どこか夕日の見える場所を探さなきゃ! すき間からご無礼して何とか腰を落ち着けます。 見える景色…カンボジアの平原です。 こんなに混雑して子供もいる場所でタバコを吸う愚か者多数。 自前の携帯灰皿を使ってる人はまだしも(でも遺跡は禁煙) そのまま遺跡に吸い殻を捨てる大馬鹿者もおりました。 それを見ていた白人の女性がムッとして タバコを捨てた男性を後ろから突き落とす「フリ」をしていましたが そのまま「落としちゃえばいいのに」と思った悪魔のKahoeneyです (-ε-)ダメダッテ 素晴らしい… これは頑張って見に来た甲斐がありました。 美しすぎて言葉を失います。 さて。 急いで撤収です。 ここは明かりも何にもない山の上。 足場の悪い道を暗くなる前に下って行かなければいけません。 みんな我も我もと一気に山下りです。 ガイドさんが来た道は混むからと 象さん専用道に案内してくれたので 帰りは象さんといっしょ!わーいわーい ( ゚∀゚ ) 下に着いた頃にはとっぷり暮れてしました。 この後は晩ごはん(詳細は後日)。 街の中に戻っていきます。 バンコクに来た時も「暗い街だなあ」と思いましたが シェムリアップの夜はそれとは比較にならないほど暗い! 街路灯はほとんどなく、商店などの明かりも暗い。 歩いたね、ホント。 しっかり寝て翌日に備えねば。 なぜなら2日目は! 『トゥーム・レイダー』です! ちがう、その舞台になった『タ・プロム寺院』です! てな訳で【4】につづく! 【ランキングに参加してみました!気が向いたらポチっとな!】
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