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先週のNHK大河ドラマ「八重の桜」は、「池田屋事件」がテーマでした。
 
 
池田屋も昨年久しぶりに訪れました。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
池田屋は三条小橋の西側のたもとにあります。向こうには三条大橋が見えますね。
 
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三条小橋の架かっている高瀬川です。
 
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木屋町ですね。京都らしい街並みです。
 
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この三条小橋を西に50メートルほど西に行ったところが池田屋です。
 
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「華の舞」の池田屋店になっているのですね。
 
 
「八重の桜」でも最後の紀行の所で現在の池田屋が紹介されていましたが、さすがに店全体が写されることはなく、左端にある石碑だけがクローズアップされていました。
 
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池田屋事件は今更言うまでもありませんが、1864年(元治元年6月5日)に、京都三条木屋町の池田屋に潜伏していた長州藩や土佐藩の尊皇攘夷派の志士たちを、京都守護職配下の新撰組が襲撃した事件です。
 
 
 
尊攘派の古高俊太郎を捕縛し自白させた結果、「祇園際の前の風の強い日を狙って御所に火を放ち、その混乱に乗じて中川宮を幽閉し、一橋慶喜と松平容保を暗殺し、孝明天皇を長州に連れ去る」という驚愕の計画が企てられていることが明らかになりました。
 
 
 
「八重の桜」では、新撰組が会津藩の指示を待たずに襲撃したとされていました。新撰組の暴発に会津藩は困惑状態のように描かれていますが、実際はどうなのでしょうね。会津藩にとっては迷惑なことだったのでしょうか?もし池田屋事件がなくて、御所に火をかけられていたら、もっとたいへんな事態になっていたかもしれませんね。池田屋事件と新撰組の評価は本当に難しいですね。
 
 
 
向こうには三条大橋が見えます。
 
 
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三条大橋まで来ました。
 
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ここは東海道の始点でもありますね。
 
 
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池田屋事件では、新撰組と尊攘派の志士たちが橋の上まで来て斬り合っていたそうです。
 
その時誤って擬宝珠を斬りつけてしまったそうです。
 
 
 
それがこの傷跡でしょうか?
 
 
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鴨川の流れはゆったりとしていました。
 
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三条大橋を渡ってみました。
 
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京都を訪れたのは一昨年が最後です。居酒屋・池田屋、かなりそそられて店内に入ってみたものの撤退しましたよ、宿敵長州ですからね(笑)結局どうして利用しなかったのか思い出せません^^;
三条大橋の記事TBさせていただきますね!

2013/3/13(水) 午後 10:18 puni 返信する

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puniさん:あれ、puniさんは八重と同じ会津人でしたっけ?
池田屋の中には私は入ったことはありませんね。
内部も当時の池田屋の間取りになっていたら最高ですね。
どうでしたか?

2013/3/14(木) 午後 10:01 kaientai1867 返信する

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