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新年おめでとうございます。
 
今年もよるしくお願いします。
 
 
 
東京都知事選に元首相の細川護煕氏が立候補しそうですね。
 
東京都知事は細川氏で決まるような気がします。
 
 
 
昨年の10月末に京都の地蔵院に行きましたが、ここで偶然、細川護煕氏の書いた襖絵を目にしました。
 
久々に目にした名前だったので、今はこのような活動をされてるんだとその時は思いました。
 
東京都知事選で突然細川氏の名前が浮上したのでてびっくりしました。そして、細川護煕氏なら東京都知事は適役だなとも思いました。
 
 
 
 
 
 
 
さて、地蔵院ですが苔寺で有名な西芳寺の少し南に位置しています。
 
 
 
玄関にあたる山門です。
 
 
イメージ 1
 
 
 
 
 
山門を中に入ると、美しい竹の道が目の前にありました。
 
 
別名「竹の寺」と呼ばれているので、ここがこの寺の象徴のような場所でしょうね。
 
 
 
イメージ 2
 
 
 
 
 少し歩くと右側に石碑がありました。
 
 
「細川頼之の碑」とあります。
 
 
イメージ 3
 
 
恥ずかしながら、細川頼之(よりゆき)についてはほとんど知らないので、あの大名家の細川家の人ではあろうけど、明智光秀の義父の細川幽斉の頃の細川家ではなく、もっと前の細川家の人ではなかろうかと思いました。
 
 
 
 
 
 
さらに進むと、本堂がありました。
 
 
イメージ 4
 
 
 
 
 
 
本堂の左側に細川頼之の墓がありました。
 
 
地蔵院は細川家と関わりが深い寺なのだなと思いました。
 
 
 
イメージ 5
 
 
 
 
自然石を用いた珍しい墓だそうです。自然石の墓はそういえばあまり見たことはありませんね。
 
 
イメージ 6
 
 
 
 ここまで手厚く葬られているとは、細川頼之かなり大物なのだなと思いました。
 
帰ってから調べてみました。するとやっぱり、室町時代初期の人で室町幕府の管領でした。
 
幼少の足利義満(後の三代将軍)の補佐をし、半済令の施行や南朝との和睦に尽力したようです。
 
この地蔵院も細川頼之が建設したそうです。彼の墓があって当然ですね。
 
それ以来地蔵院は、細川家の庇護を受けてきたそうです。
 
 
 
 
 
本堂を右に行くと、奥の院というのかさらに門がありました。
 
 
イメージ 7
 
 
 ここには枯山水の庭園がありました。
 
さらににその庭を眺める東屋に襖絵が描かれていましたが、それが細川護煕氏の手によるものでした。
 
残念ながら、庭園も襖絵も撮影は禁止でした。
 
 
 
偶然、細川護煕氏の筆となる襖絵を見て、現在はこのような活動をされているのかと思った次第です。
 
そして、なぜ地蔵院と細川護煕氏が関係しているのかももはや言わずもがなですね。
 
 

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熊本ゆかりのある方。
しかし引退されていた事、年齢のこと、総理時代の辞め方など熊本県民は余り賛成はしていないようです。
熊本県知事ではありましたが、生まれも育ちも東京みたいですね(^^)
いまさらながらWikiで知りましたwww

2014/1/12(日) 午後 0:50 glorialphard 返信する

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GAKさん:肥後熊本藩は細川家でしたね。54万石の大大名ですよ。薩摩の島津に対する抑え役を期待されていたようですね。
熊本では人気がありませんか?当時は自民党一党支配体制を打破して期待されてましたけどね。国民福祉税(実質消費税ですね)の創設を提唱してこけましたね。東国原氏よりは良いと思いますが。

2014/1/13(月) 午前 9:28 kaientai1867 返信する

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