|
2019.7.31(水) 晴れ 蒸し暑い 36度以上
昭和36年3月袋井商業高校卒業、3年生の時の担任の先生です。当時は金の卵と言われ、3年生の一学期を終わるころには、就職先がほとんど決まっていた。私は、親の稼業瓦工場を継ぐために、就職するつもりがなかったが、ただ一人就職先が決まらない私を心配してくれた。 その結果、3年間、丁稚奉公に出ることにして、繊維問屋に丁稚奉公で就職したが、絶えれず、先生に頼んで、適当な職場を探してもらった。その結果、今の私が有る。とてもリッチな生活をしているとは言えないが、別にお金に困ることは無い。自分の好きなことが、お金の心配なしで出来、日々 前向きで、積極的に活動し、とても楽しい生活を送っている。そのため、何時も先生には感謝していた。
弟も、彼が高等学校の先生の時代、お世話になったとして、彼に香典を出すように頼まれた。大勢の弔問客は、元先生並び現役の先生方で、ひしめいていた。その中で、マツダの社長の顔があったが、私の同級生の顔が、見えなかったのは、残念だった。
|

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用



