|
保護房内は46時中殆ど変化が無いと言う事は、以前に記した通りである。
「今、何時頃」という時間の経過が、皆目わからぬ。
まるで止まってた時間の中で生活している様な感覚である。
そのことをこれ幸いと看守どもは時間にいい加減になる。
特に食事の配食時間が、看守のご都合次第となるのである。と言っても早くなる事は、先ずあり得ない。
真冬の朝食に「冷やしみそ汁」がでる。また、表面の油が白く固まった「冷やしすき焼き」がでたりする。
刑務所の食事は、独居拘禁者の場合三度の食事を居房内で食うが、工場出役者は昼飯のみ工場の食堂で食う。
食事の配膳配食は、担当の懲役囚が看守の監視下にこれを行う。
保護房入房者は、この配食された食事を出前の「おかもち」に似た箱に入れて看守が運んでくるのである。
通常は、配食終了直後に運んで来るからそれ程冷めないのであるが、質の悪い看守になると「カラ下げ」後の食器洗いを見届け食事の立ち会い勤務が終わり、休憩に上がるついでに運んでくる。そうなると、配食から悠に30分は経過している。その間、舎房外の廊下に「おかもち」を置いているので、冒頭の様な「冷やしみそ汁」や「冷やしすき焼き」が出来上がってしまうのである。
そして、毎度その「冷やし」を持ってくる看守は決まっているんだなぁ。
だからこちらも、「担当さんよぅ、真冬に冷やしすき焼きかぁ、前橋刑務所も中々粋なことをやるねぇー」などと嫌みの一言も言ってやるんだが、無言で食事を差し入れた後「うるせぇー」と言わんばかりに、食器孔の蓋を勢いよく閉めて帰って行くんだな。
こちらに看守個人を特定されていないと思って、そういう嫌がらせをやるんだな。反面、巡回視察などで吾輩の方から看守の顔が確認出来る場合は、極めて大人しく振る舞っているわけよ。
併し、配食時の指輪の特徴とか、靴飾りの特徴とかを丹念に観ておれば個人を特定するのなんか簡単だわな。
ある朝など、みそ汁の上澄みだけを持ってきたこともある。
後日舎房主任に「先日は珍しく朝から澄まし汁が出たよ。ここに来て初めてだねぇ」と言うと、暫く考えて苦笑いしながら「よく言っとくよ」と帰って行った。
年が明けると、本来はあり得ない事なんだけれども日夕点呼をとる様になった。そしてその都度解錠開扉する。併し、万一に備えて警備隊や手余り職員合わせて10名程が立ち会うのである。
ある日、その中にこの性悪看守がシラッとした顔で立ち会って居たので、詰問してやったらとうとう自白した事がある。
それからの食事というものは、熱っ熱っのホッカホカ 主食の麦飯だけは当時3等級に区分されていて融通出来ないが、具やおかずは常に大盛り、「熱いからこぼすなよーっ」などと言いながら足下の食器孔から差し入れてくる。ちょっと冷めてるときや遅れた時などは、吾輩が何も言わんのに看守各人が尤もらしい言い訳を自主申告して行くのが慣例となってしまった。
「最早桂田を誤魔化すことは出来ない」と漸く悟ったのであろう。
では吾輩はどうやって時間を計り、看守どもに噛みついていたのであろうか。
「軍人勅諭」全文を自分自身の常のペースで暗誦すると、約15分になる。これを基準にして換気扇の回る時間とその間隔を計ったところ大体15分づつであった。そこで朝飯後換気扇が何回まわると昼飯が来るか。昼飯後何回目位で晩飯が来るか。という具合である。
又、朝は点呼後朝飯までの間、欠かさず「祝詞」をあげる。そして朝飯が正しい時間に配食されているかを知るのである。
はたまた、朝の出役及び夕の還房時は全受刑者、全職員が慌ただしく動く訳だから刑務所全体がざわつく。そしてこのざわめきは年中誤差無く続くので時間を計る目安にするには、丁度よかった。
ただ、夕食後から翌朝の点呼時までは皆目時間の推移が判らぬ。
なんの変哲もない朝だと解って居ても、朝が来るのが何時も待ち遠しかったなぁ。なんせ保護房の中で朝を迎えると言うことは、無事に一日娑婆に近づいたと言うことだから。
時間の経過、日月の推移に無頓着になってしまえば、精神の正常を保つことはできんだろう。と思ったもんだわな。
保護房越冬の自信は、攻守所を替え看守どもは最早下僕のごとくである。
軍歌演習や運動の合間に、休憩がてらちょっと大人しくしていると処遇首席自らが駆けつけて「保護房解除」を言い渡そうとする。そこで吾輩は解錠開扉された保護房の中で、軍歌演習を再開する。
以前ならば「座れーっ」「大人しくしろーっ」と怒鳴り散らして、忌々しげに房扉を勢いよく閉めて帰っていたのが、この頃になると暫く吾輩の様子を無言で眺めた後、「今日もダメか」というように力無く房扉を閉めて帰っていくのである。その後ろ姿は、まこと憐れですらあった。当に敗軍の将の姿そのものである。
ある日吾輩曰く「よぅ 爺さんよう 元々貴様の対応の仕方が間違ってたから事此処にいたったんだろうが、だから一言ご免なさいと言え。そうすれば全てを水に流して、残りの刑期を模範囚として務め上げてやる」
首席力無く答えて曰く「この制服を着てる以上それは出来ぬ」と。
後日他の職員が言うには「首席が懲役に謝るなんて言うことはお前なら分かるだろうが、大将中将の将官クラスが二等兵に謝るのと同じだよ。そんなことお前の好きな軍隊でありえるか」と。
吾輩反論して曰く「名誉ある軍隊を引き合いに出すとは何事じゃ、この獄吏獄卒ぶぜいがーっ」「抑も何が将官級じゃーっ所長で精々連隊長、その下じゃから大隊長止まりじゃわい。なにを偉ぶっとるんじゃ」と。
斯様な具合で、攻守逆転した保護房逗留戦は更に続くのである。
人気ブログランキング」(政治)に登録をしていますので、以下のアドレスクリックにご協力をお願い致します。
https://blog.with2.net/in.php?778997
|