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明日から盆休みだ!
今年は今更言うまでもなく、敗戦七十年の節目の年と言う事で安保法案の改正と相まって、国賊勢力の勢いが例年になくよいようだ。
安倍談話の内容如何に依っては、靖国神社周辺が国賊共の為に騒がしくなるであろう!
同憂同志の想いは同じであろう。
杞憂であればそれにこした事はないのだが、そうでないから困るところだ。
官憲は亡国憲法に拘束されて、国賊共を有効に取り締まる事が出来ない現状にある。
だからといって靖国神社周辺での国賊共の跳梁跋扈を恣にさせておく訳にもいくまい。
そこで我等右翼の出番と言う訳だ。
靖国神社の聖域を護る。
これこそが靖国防衛の本旨だ。
聖域を汚されてなるものか!
どれ程のとこが出来るか分からんが、今年は久々に靖国防衛に参加の為上京する。
関東周辺の同憂同志の諸君、久しぶりに靖国神社であいませう。
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近況など右翼の寝言
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今年は無念屈辱の敗戦より70年を迎える。
例年の如く8月9日と言へば長崎の原爆ばかりが強調され、日ソ中立条約を無視して突如参戦したロシア当時のソ連の暴虐は、余り顧みられることはない。
停戦後も矛を納めず武装解除し我が軍が無力になったことをこれ幸いと、武力を背景に我が軍人軍属民間
人を恫喝して、暴虐の限りを恣にし.そのことによって助かるばずの尊い日本人の命が失われたことか!
しかし、戦後マスコミはその事を殆どと言っていいほど国民に知らせようとしない。
ソ連の暴虐に依る悲劇は、何故起きたか?
日本軍の武装解除こそが最大の原因である。
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先週末の事、とある情報を入手した。
中核派が、民衆に直接行動を呼びかけるアジビラを全国に配布していると言う。
ワクワクしながら、拙いパソコン技術をフル稼働させて難渋しながらやっとのことで調べてみると
「戦争に向かう世界を変えられるのは、民衆の直接行動だけ。 6・15国会包囲デモに結集せよ!」
という事らしい。
「直接行動」と言えば、我々行動右翼は「天誅・斬奸」というテロを想起してしまうんだなぁ。 だから、「直接行動」などと言う言葉は軽々しく使うのんじやぁないよね。
まぁ 奴等の間では光輝ある記念日的存在となっている6月15日に第一次安保騒乱時の国会10万人デモ・国会突入の栄光を再現したかったんだろうねぇ。
当時の写真まで掲載してたもの。
然も、現役の中核派全学連委員長・斎藤郁真とやら学生が中核派の旗をバックにした写真入りで「2・3年で革命を成就してみせる云々・・・・・と意気込んでたわ。
併しそれは、荒唐無稽の夢想でしかないわな。
それでも意気込みからして、絶えて久しい騒乱事態を久々に惹起してくれるのだろうか?と
逆の立場で吾輩も期待してたんだけどねぇ。
ところがイザ蓋をあけてみるとサバ読み当たり前の奴等の発表でも2万5千人という、警察発表に至っては5千人だというから唖然とするほかないではないか。
サヨクは戦時中の大本営発表をよく批判の的にするが、それよりも酷いわい。
10万人でも革命は成らなかったんだ。世相も革命には断然不利な状況下の今日2万5千人(実態5千人)じゃぁ2・3年裡の革命など天地がひっくり返っても無理だろう。併しその意気やよし!敵ながら天晴れ!と褒めてあげたい。(笑)
えっ、右翼如きに褒められたって嬉しくない。迷惑なだけ。だってか。それは失礼。
併し、二十歳そこそこのガキが5千人を動員し得る器量にはマジで敬服するよ。
その器量と心意気を「革命」ではなく「維新」の方向に注いでくれれば尚いいんだけどねぇ。
「破壊なくして建設なし」と言うから、本来なら左右手を組んで現状を打破するのが合理的なんだろうけど、打ち立てんとする理想が全然違うのだから所詮無理たわな。そこで吾輩がどうしても理解出来んのは、中核派全学連を始め反日サヨクの打ち立てんとする理想は何なんだ!と言う事だわ。
昭和の全学連運動は、「共産主義こそ地上の楽園」という確固たる信念の下に米帝の日本支配を打破して日本列島に「地上の楽園を建設する」という理想建設の革命運動だったのでせう。
そして多くの純粋なる若人が時に命を懸け、将又獄窓に呻吟しつつ理想達成の人柱となって来たわけだ。
ところがサヨクには不幸なことだが、共産主義は地上の楽園どころかこの世の地獄ということが暴露されてしまって本家のソ連が崩壊してしまった。まぁ分家の支那と北鮮は辛うじて残っているけど、共産主義国家の看板を掲げているとはいへ、その実態はレーニンやマルクスが喧伝した共産主義の理想とは全然かけはなれたものではないのかね。
信じた理想が理想ではなかったことが判った以上は、過去に拘泥することなく新たな理想を追い求めていくのが、真の革命家の途ではないのかねぇ。
併し今のサヨクは建設の理想無きままに、破壊の為の破壊に血道を挙げているようにしか吾輩には観えぬ。
老眼も進んで吾輩の目が悪くなったせいかも知れんがねぇ。
最近、重信房子の自伝を読む機会があったんだけど、そこにはいたるところに「愛国心」が溢れてたなぁ。共感出来るところも多々あった。
目指すべき方向は違えども、祖国を愛し国民同胞を慈しむ気持ちは奴等にもあったんだなぁ。としみじみ感じたものだ。将に革命戦士の鑑だなぁと感心もした。
吾輩はファンになってしまったよ。
えっ、時代錯誤のボケ右翼にファンになられりゃぁ迷惑だ。ってかぁ。
中核派のガキども!貴様らも彼ら革命戦士の末裔なんだろうがぁ。戦士と言うことは兵士だろ。兵士の使命は何ぞや。敵から国民大衆を守ることと違うのか。その為に革命を戦い取ろうとしてるのだろうが。
ところがどうだ。守るべき対象の国民大衆を動員して、日頃権力の暴力装置と批難する機動隊の前面に対峙させて、何が革命ぞ!
民衆の直接行動に期待せねばならぬ革命など未来永劫成るものか。
直接行動とは、革命戦士自らがやるものぞ!
寝言は寝てぬかせ。
右翼も落ちぶれたが、左翼は更に落ちぶれたのう。
落胆のあまり、毒舌が過ぎましたかのう。
老兵の戯言とお聴き流しください。
ではご免蒙ります。
追記 韓国の「民主労総」などと言う外国勢力を革命戦線に呼び込むということは、革命成就後の主導権を乗っ取られる。或いはくれてやる。と言うことだ。
それとも中核派は既に反日的在日勢力に乗っ取られてしまっておるのか?
抑々革命の本旨は「救世済民」だろう。
日本を売るのが目的ならば、革命ではなくて単なる売国行為だな。
外患誘致罪だ。法で裁いても死刑なんだから、司法の手を煩わせることなく、日本国民の固有の権利たる祖国防衛権を発動して天誅を降しても問題ないわなぁ。
本文でも言った様に、「直接行動」とは本来非合法行為に当たるわけだから、左翼の直接行動に対し右翼が直接行動で応じたからと言って、右翼だけが裁かれ、或いは批難されねばならぬ謂れはあるまい。
まぁ我等行動右翼が出るまでもあるまい。官憲機動隊に潰されて終わりよ。
平成の「反共抜刀隊」計画が浮上するほどに頑張って欲しいものだねえ。嗚呼 楽しい妄想が広がるわ(笑)
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今、衆議院で審議されてるらしい安保法案が「違憲」だの「合憲」だのと喧しい。
抑々、憲法があって国があるのではない。
国家なき処に憲法は存在しない道理である。
違うか!
されば、憲法が国防上国家存立の大任を全う出来ないならば、これを変えるのが当たり前だ。
ところが、国賊・売国奴どもの妨害で改憲が容易でないのが現状である。
だからと言って、今日の国防の危機的状況を放置することは亡国への途に他ならない。
立憲制だの法治国家だのと言ってみたところで、日本という国があっての話だわな。
国が滅んで、憲法が残るのか?
抑々憲法とは、國體を明文化したものである。而して憲法の使命とは、國體国家を護持することである。
ところがどうだ、現行憲法は皇國國體とはかけ離れた物であるし、国家を護る事を放棄する代物である。
これでは憲法とは言えまい。
憲法モドキ・似非憲法だ!
将に亡国の代物、この様な物に捉われる必要はない。
国防の危機ということは、即ち国民生命の危機である。
護憲を叫び、新安保法案の違憲を唱える者どもは、日本国民の生命・財産を危険に晒して之を喜ぶ国賊・売国奴という他ない。
観よ!我が国を取り巻く内外の現実を。
外に在っては、赤支の暴戻・南鮮の反日・北鮮のテロ等々敵性国家に取り巻かれ、内に於いては朝野にこれ等敵性国家群の傀儡たる反日売国奴勢力が跳梁跋扈を恣にして国民をかどわかし、日本は今や国家存亡の岐路に立たされている。
内外誠に重大危急の折柄、憲法モドキ・似非憲法如きに拘泥することなく賊輩どもの戯言を無視して国家存立の根幹たる国防を大磐石の安きに置かねばならぬ。
之国民の生命財産を預かる政府の一大責務ならざるか。
安倍内閣は、これら戦後歴代内閣が放置してきた責務の一端を果たそうとしてるに過ぎぬ。
併し、まだまだ不十分である。
反日左翼が言う程に、この程度の法案で後顧の憂いなく戦争ができるものか!
これが戦争法案だと言うならば、赤支・南鮮・北鮮の実態はどうなんだぁ。
憲法を守って国を亡ぼす勿れ!
徒然なるなるままに。
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6月6日(晴) 宝塚出撃
この日、宝塚市立西公民館に於いて「売国奴・元朝日新聞記者 植村隆」の講演会が開催されるとの予てからの情報に基づき抗議行動を展開した。
統一行動ではないが、県内の団体が各自街宣許可をととって自然集結、更に大阪方面からの参加も得て総勢約10台、相互に連絡しあいながら時に集結し或いは散開して、会場及び宝塚駅周辺に各々のスタイルで街宣を展開した。
加えて保守系市民団体が、会場前に於いてサイレントパネル抗議を繰り広げた。
吾輩は0600出発し、国道176の山越えで0830頃市内に侵入したのであるが、地理不案内の為会場を探しあぐねて滋賀から遠征してきた誉田大兄と偶々出くわしたのをこれ幸いと、彼の先導によって漸く会場に辿り着けるという始末でした。(苦笑)
当初は黎明出撃して官憲の規制前に会場に乗り付けて、そのまま居座ってやろうと思ってたんだけど・・・・・。
結局、直近の規制線で車を乗り捨てて徒歩で会場へ向かった。
周辺立哨中の私服や機動隊が、無線を飛ばしていたが誰何されることもなく辿り着けたわ。
さて会場前はと言うと、2個小隊程の機動隊と私服官憲更には宝塚市の職員がウジャウジャ屯してをったが、すんなりと会場内へ入ることが出来た。
それもその筈、吾輩は作務衣姿で誰がどこから視ても右翼には見えなかったはずだもの。
事がトントン拍子に運んだので、このまま「この期に及んでの植村隆の言い訳を聴いてやれ」と受付の方に行って開演時間と入場料の確認をしてをると始めは普通に応対してた主催者側が、吾輩の後を追ってゾロゾロと近寄って来た官憲どもの様子で察したのだろうねぇ。
急に態度を豹変させて、「あんたらの言い分を聴きにきたのじゃ。」と言った吾輩の言葉尻を捉えて入場を拒否すると言い出したのである。
そこで吾輩曰く 「ワシは従軍慰安婦問題に賛成・反対どちらでもないが、朝日新聞が誤報を認めて形だけにせよ謝罪したこの期に及んでこの記事を書いた張本人である植村隆がどんな言い訳をするのか、聴いてみたいと思うのは人の情じゃろうが」と。
すると相手は「本を買って読めばいい」などとぬかすではないか。
吾輩更に曰く 「講演案内には反対者お断り!などとは書いて無かったろうが。書いてありゃぁ始めから来やせんよ。こちらも金と時間を使って来とるのだから、入場お断わり本を読めと言うなら本を進呈してくれ」と。
これに対して相手は「自分で買え」と言う。
この当たりからだんだん怒りが込み上げてきて語調も荒く声も大きくなってきたんだけれど。(元々難聴で地声は大きい方なんだけどねぇ)
吾輩曰く 「限定講演じゃぁあるまい。一般講演じゃろう。ここまで来てまともな理由説明もなく、黙って帰れと言われても帰れるわけなかろうが、それなら始めからファン限定と書いとけ」
「だいたいワシのどこがいかんのじゃぁ。別に右翼の格好して来とるわけでもなし、抗議に来とるわけでなし、普通の格好で、普通の人情として講演を聴いてみたいと言うとるだけやないかい。」と。
相手曰く 「あんたらの言い分を聴きに来た。と言うのが抗議になる」と。
そこで吾輩は「そういう誤解を与えたのなら謝る。飽く迄も植村隆の言い分を聴きに来たのだ。これが何の抗議になるんじゃぇ」と。
すると相手は「そういう事は混乱の原因になる」とか言い出すので、吾輩は「黙って大人しく聴くから入れろ。若し混乱を起こしたら、その時に放り出せばよかろうが、ファン限定じゃぁない一般講演なんだから。人を偏見で視るんじゃぁないよ」
その後「いれろ」「いれない」「帰れ」「帰らぬ」で押し問答となり、吾輩問うて曰く 「お前何者だ」と。相手答えて曰く 「支援のボランティアだ」と。
そこで吾輩は「ならば主催者を呼べ。主催者の判断は、また違うかも解らんだろうが」と。
対して相手は、吾輩の声が大きいのが既に抗議になるというではないか。
散々理不尽な訳の解らぬ応対で、こっちを怒らせておきなから。
挙句の果てには、「植村隆が命を狙われているという噂もあるから、混乱の元になる者は入れない」とまで言い出す始末である。
そこで吾輩曰く 「そんな危ない講演会なら、初めから但し書きすべきである。何となれば、何も知らないお年寄りや子供連れが来て巻き添えになればどうするんだ」と
そんなやり取りを、併設の図書館での休憩をはさみながら一時間ばかりも続けたのであるが、埒も開かないので主催者に取り次いでもらおうと館長を呼んだのだが、主催者側の弁護士とやらまで登場して施設管理権の行使とやらで退去命令を食らってしまった。
忌々しいがどうにもならぬわ。
その頃には、会場前で神州党の抗議演説も始まっており、市民団体も参集したをったので、暫し演説のマイクを握らせてもらった。
午後からは、遅まきながら隊服に着替え本来の抗議行動の一環として神州党主催の宝塚駅頭演説会に合流し、途中市民団体のサイレントパネルにも参加してその後情報意見交換を兼ねた休憩を挟みながら、1930頃まで抗議街宣を展開して2100頃帰還せり。
当日宝塚に参集された同憂同志の皆さん、お疲れ様でした。
併し、売国奴植村隆の言い訳を、その表情を直に観ながら聴いてみたかったなぁ。
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