うつ病〜4年間の闘病記録〜

回復して言いたいこと★吐き出したいこと

不安神経症の原因☆自己分析

[ リスト | 詳細 ]

私の不安神経症の原因&誘引を、メンタル系のネットや本から引用して分析してみました☆
記事検索
検索

全3ページ

[1] [2] [3]

[ 次のページ ]

愛情のバケツ

今日、親子の関係についてのテレビを見ていて思い出しました。


その子供は、窃盗などしていた過去があり


それは親に振り向いて欲しくてしていた、


と自己を振り返っていました。



まだ若いのに(高校生くらいだったかな)、



そんなふうに自分の気持ちに気付いて正直に言えるのがスゴイな〜と



思って見ていました。





よく似たことが私にはあります。



私は、姉といつも比較されて


劣等感でいっぱいで育ちました。


まあ、ようは周りの大人たちは私の個性をみてくれていた、



とは、私は全〜く感じられず育ちました。



なんでこれくらいのことが出来ないの、



それにくらべてお姉ちゃんはこんなに勉強が出来て立派なのに、と。



宿題を姉にきいても、こんなんもわからんのか、アホに教える時間はない、と。



そうすると、私は何にも出来ない、と



何事にもハナッからあきらめるクセができました。



ちょっとグレたのも、「みんなと違う自分を見て!!みんなと違う私を認めて!!」



というアピールだったし、



そしてイライラやストレスもそれなりに溜まっていました。



高校時代、家では俗にいう「キレやすい子」、



外では感情が平坦で大人びた冷めた印象、だったと思います。



別居していた父方の祖母に、「アホでもいいんや」と言われたとき


ホッとしました。



でも一瞬です。



また自宅へ帰ればバカにされます。



家出をしても結局1週間ほどで帰り…



私が認めて欲しい人は、母親でした。



認めてもらえたのは、アホなりに手に職をつけて働き出したころです。



看護師という仕事も、何か人の役に立ちたい、


自分の存在して良いところを探していたのだと思います。


人のため、人のため…そう思いつつ


本当は自分が満たされたかったんです。



人に優しくして自分を認めてもらいたい、という思いが強かったのです。



今はではどう違うかと言えば、



人をどうこうしたい、と考えるより



まず自分。



これは私の場合は、ですよ。



私が看護師になると



みんな手のひらを返したように周りの大人は喜びました。



変な学習をしてしまった私。



周りの期待通りにすれば喜んでくれる、私を見てくれる、



と。




だから「結局みんな自分のことばっかり」



「私なんてどうでもいい、どうなったっていい」



と、人間不信に。




今となっては、母親自身も無条件の愛情不足で



今も苦しんでいるのが分かって



この連鎖は仕方なかったんだな〜と思えるのですが。



それまでは、



就職してから、母はかわいそうだから自分が守らなきゃ!、とか思っていました。


なるべく母親の希望に剃っていましたし、


沿わないと「あなたは冷たいわね」と言われることがショックでしたし。



私を思い通りにさせたくて、姉の悪口を私の前で言ったり。



姉はこうだけど、あなたは違うわよね、してくれるわよね、と。



それでも自分は気付かず、


「生んでもらって感謝しているし」といい子を演じていました。



嫌われたくなかったのです。


今思えば、母はかわいそうではありません。




恵まれた環境にいながら、自分は不幸だと思い込んでいるのですが



それも母の親が、母を認めないことに原因があり、



親離れできず苦しんでいるので



親子関係や家族のおのおのの役割って



本当に大事なものだな〜と思っています。





でもだんだん、主人からの無条件の愛情をもらっていくにつれて


母親からの愛情が自己中心的なものだったことに気付いて



怒りが出てきました(笑)!!



そしてその時の怒りを思い出して



その都度、主人に出していきました。



ようやく親離れ後に、母親が悪いわけではなかったことに気付いたんです。





結局、母親の愛情は、「条件付きの愛情」だったのです。



私の思う通りになれば、喜んであげる、と。



自分の思い通りにしてくれる子供を望んでいたのですが、


それは母親も、


ありのままの自分を親に認められた、



という経験がないからなのです。



子供が自分の思い通りにしてくれることが


母自身、自分が愛されているという愛情が感じられるときなのでしょう。



思い通りにならないと、


なんで私の思い通りにしてくれないの、と



自分中心に考え、それをぶつけててしまいます。



だから私は、「親に迷惑をかけているダメな子供だ」と



罪悪感がふくらんでいきました。





母自身が子供(私)からの愛情を試している。



本人はもちろん無意識です。



それと思い込みがあります。



バカだと良いところに就職できないから幸せになれない、と思い込みもありました。




不思議なもので、親から愛情をちゃんともらうと子供の心は安定します。



私はもらったのは主人でしたが、


自分のありのままを認めてもらえた、という愛情で


自分の中の愛情バケツがいっぱいになると


あまり人から認められなくても気になりません。



そして愛情を他の人のバケツに注ぎたい、と思います。



昔の私は、



自分の愛情バケツに注いで欲しいから、相手のバケツに注ぐ、



という条件付きでしたが



一旦愛情バケツがいっぱいになると



それ以上はもう入らないので



注いだ分のお返しなんていりません、という感じです。



ようするに見返りを求めなくなりました。



相手から注いでくれたら、あふれ出して幸せな気分になります。



子供はいつも母親からの無条件の愛情が欲しい。



どんな姿でも


どんなアホでも


どんなことをしても


私は去ってはいかないよ、見守っているよ、と。



あらゆる人に愛情の試し行動ばかりしていた私に


それを教えてくれたのは主人でした。



本当は母親に教えてほしかったで〜す!



しかもこれが今では逆転していて、


私が母の試し行動で


愛情を注いでいくことに。



子供をかわいそうと思う目でみないで欲しい。


私も母をかわいそうだと思っていませんから



そういう態度はしません。



かわいそうだと思って接すると、本人は自分に不安になりますし、


自分は不幸だと思い込みます。


それは祖母が母にそうして母を育てたからです。


そしてかわいそうだと思うと、


本人ができる余計なことまで


手を出して助けてしまいがちになります。



手を差し伸べてはいけない時があります。




私はだた主人がしてくれたことを


母にするのです。



条件付きも無条件の愛情も


良くも悪くも


愛情って連鎖するみたい??



      
 



                        




      
        




                    

  

不安神経症の時の自己分析です。



「加藤諦三ホームページ」(http://www.kato-lab.net)から考えてみます。


(引用許可いただいていますので抜粋させていただきます)



第4章 神経症者の要求の特徴2 (3)



 自己中心的な人は自分の心の葛藤に完全に囚われて消耗している。


 ……(以下省略)



これについては、以前自己分析していましたので


http://blogs.yahoo.co.jp/kaimaii/21933089.html


なので次のテーマへ…





第5章 神経症者の要求の特徴3 (2)




 神経症者は自分のしてきたことを棚に上げて、要求だけはする。


そしてその要求が通らないと相手を酷い人だと恨む。


或いは社会は不公平だと社会を恨む。


この神経症的母親にしても、子供を始め周囲の人を恨んだ。


彼女の周囲で子供達に大切にされている母親というのは、


その母親が若い頃に、母親としての愛情があったから、


年をとって子供達から大切にされているのである。


ところが自分がしてきたことを棚に上げて、


「あの人はあんなに子供達から大切にされている」と、


特定のある部分だけを取り出す。


 私は悩んでいる人が来るとよく


「あなたは、十年前には何をしていましたか?二十年前には何をしていましたか?」と聞く。


それは悩んでいる人は今の不満の種を十年前、二十年前に蒔いているからである。


 神経症者で病気になって悔しがっている人が居る。


体力がなくなったと、周囲の健康な人を妬む。


「あの人はあんなに健康なのに」と、健康な人を見ては自分の不健康を恨む。


しかし健康な人が十年前にしていたことと、自分が十年前にしていたことの比較はしない。


会社を終わって深夜までお酒を飲んでいる人と、


会社を終わってスポーツクラブに行く人とでは十年後には健康に差がでて当たり前である。



 神経症者で悩んでいる人は「なぜ自分はこうなってしまったか」と言う原因を考えようとしない。


だから事態は改善されないで、いよいよ悩むことになる。


いよいよ人を恨むことになる。


 悩んでいる人は現在の自分の悩みが今までの生き方の結果だと言うことを理解しない。


今まで長年にわたっていい加減な生き方をしてきた「あか」が


悩みという形を取って表れたのだと言うことを理解しない。


だから常に他人を責めることになる。


例えば私の所に悩んでいる人が手紙を書いてくる。


その手紙の書き方、封筒の書き方、封筒の選び方、


言葉の使い方、手紙の出し方のいい加減さは驚くべきものがある。


自分が書いてそれを「相手に」出すのだと言う姿勢がない。


「相手」を考えていない。


これは何も私の所に手紙を出すときだけが酷いわけではないだろう。


自分の身の回りの人との付き合い方が常に相手を無視した付き合いなのである。


そうした小さな小さな些細な日常の生活のいい加減さが


長い間に垢となって身に付いてきたのである。


 何カ月もお風呂に入っていないで垢だらけのエリート・ビジネスマンと、


いつも清潔にしている平凡なサラリーマンとあなたはどちらと握手するであろうか。


悩んでいる人は口で綺麗なことを言い、表面立派なことをしているのだが、


自分の日常の立ち居振る舞いが酷く自己中心的で、


何よりもずるく利己的になっていることに気がつかない。




以上が抜粋です。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。



痛い痛い…痛すぎる…



ここまでズバッと書かなくても…(泣)



と、思うが、実際は私はこんな感じでした。



書き方が、ですます調ではないから、かなりきつく聞こえる文章だけど


要点はすべて私の場合は当たってます。



母をみていてもそのままです。



「あの人はああなのに、こうなのに、いいな〜なんで私は貧乏なの…」



でも、実際は貧乏でもないし


相応の生活だし


今までそういう生活をしきたからなんだよ、


ということに気付きません。



足りないなら今まで働いて貯めるかすればいい。



しかしそう言うと


「私は体が弱いの」


と、言います。


なら仕方ないから、そんなこと言わず父のお給料でやったらいいやん、



と言いたくなります。



まるで、お金が天から降ってくるものかのように



自分にはなんであの人のようにお金が無いのか、と言います。



自分ではなく


運や他人が悪いと思っています。



いつもお金と不幸な人がテーマの話題ばかり…。



そして、私がそうだったのですが、



私より「かわいそう」だと思う人と自分を比べて安心するのです。



無意識なんですが、



そうして自分をなぐさめていたんです。



ですが、そういう人が幸せそうにしていると


何故か不愉快になり、不安にさせてくなっていました。



自分が不幸だと思い込んでいるから



楽しい話をしていても



最後には



「え〜、でも、こうなるかもしれないよ〜ならないように注意しないとね


 ま、でもあなたなら大丈夫よね」



とか、なってもいないのに



悪い結末を想像させるニュアンスの言葉やイヤミを吐きます。



相手の思いより、自分の感情の消化を図ってしまっていました。





日常のいい加減さ…


痛いところ突かれてこれまた痛いですが、これも私にはありました。



たまにすると、これをしたあれをした、と



大げさに言いました。



ですが実際は毎日していませんでした。



毎日していることなら、当たり前のことで



そんな大げさに言うこともないのです。



毎日続けることがいやで続きませんでした。



掃除もきらいでした。



「私には出来ない、合わない」


という言葉で片付けて努力はしませんでした。




しかし、今は毎日片付けて部屋を綺麗に保っています。



お弁当も毎日、


主人のお見送りも毎日、



家事も毎日、



お風呂も毎日、


うがい手洗いも外出後は忘れない(これは病気のため仕方ないのですが)、



これが以前は出来ませんでした。



意味がないことに思えていたのです。



すぐに変化がでないことや、人から評価されないこと、人に気付かれないことは



私には意味がないと感じていたんです。



毎日毎日、3度3度のこと、



変わったことではなく当たり前のことをすることが



とても大事なことだと、今では感じます。



今までは、人と違うことをして自慢するのが好きでした。



私はこんなことをした、こんな経験をしてきた、と。






そして、「相手を考えていない」



これについても、思い当たることがたくさんあるのですが、



1つ例を挙げると、



メールです。



以前は、私がメールを友人に入れて、


返ってこなかったりすると心の中で怒っていました。


自分が軽くあつかわれた、バカにしている、などと思いました。



もちろん、今ではそんなことは思いもしません。



相手に都合があって返すのを忘れているんだろう、と考えます。



そして、私自身も忘れることがよくあるし、


友人から返信がきて、



あ、そういえば私メールを送ってたんだ


と、気付き、メールしたことすら忘れてしまっていることもよくあります。



今はそんな軽い思いだけど、不安神経症の時は、



いちいち相手の返信がある、ない、にこだわっていました。



それはもちろん、前回の分析と同様、自分が擬似親子関係愛情を



投影していたんだと思います。





とにかく私は相手に心があること、都合があること、



分かっているふりをして



実は理解できなかったんです。




不満があるとすぐ顔に出ました。



しかしその不満をはっきり言葉で言いませんでした。



 
         
とにかく人に対して



「なんでこうしてくれないんだ、ああしてくれないんだ」



と、いう不満がとても多かったんです。



人に対して



「こうするべきなのに」


とも思っていました。



今は違います。



人に、こちらから言ってもいないことに



こうして欲しいと思いませんし、



もし自分の都合に合わせてもらいたいことがあれば言います。



過去の私はそれでも、



相手に心があり都合があるということ、


自分では分かっているつもりでいたのです。



でも実際は違っていたんです。




         
これが愛情不足を補う無意識の下での手段だったから…


まあ、私の場合悔やんでも仕方が無い。




自分でまいたタネは



結局自分に返ってくるものだから



その結果を自分が受け止めるしかない☆



自分の今の行いが、明日を1年後をその先の生き方を決めています。





 
関連 ⇒ http://blogs.yahoo.co.jp/kaimaii/22466422.html 「種まき人生」

     http://blogs.yahoo.co.jp/kaimaii/22558412.html  主人の「種まき人生」





            






       

久々です☆


不安神経症の時の自分の自己分析!


「加藤諦三ホームページ」(http://www.kato-lab.net)から考えてみます。


(引用許可いただいていますので抜粋させていただきます)




今回はちょっと耳と心が痛い話ですが



昔の私と向き合って思いを書きたいと思います。




第4章 神経症者の要求の特徴2(2)



 自己中心的な人は常に人間関係がこじれる。


自己中心的な人は自分が「独善的に」「誠意」を尽くせば


相手も自分に誠意を尽くすのが当たり前と感じている。


そして自分の期待した反応がないと


「自分がこんなにしているのに、」と相手に不満を持つ。


「私がこんなにしているのに」と言う不満を持つが、


周囲の人に言わせれば「お前にしてくれとは頼んでいない」ということである。



 自己中心的な人は相手の感情を無視している。


例えば、自分が相手に会いたい時に、


相手は自分に会いたくないということは思いも寄らない。


あるいは相手に自分と会う時間的ゆとりがあるかないか等は思いも寄らない。


つまり相手に個人としての人格を認めていない。


 そして思うように行かないとすぐに


「誰も私を分かってくれない」と不平を言う。


そもそも相手はその人がそんなに「独善的に」「誠意」を尽くすことを求めていない。


しかし自己中心的な人は、自分の誠意のつくし方が間違っているということが理解できない。


 悩んだ人がよく手帳や日記を送ってくる。或いは研究室に来て手帳をおいていく。


そしてそれに対する相手からの反応がないと


「私がここまで自分を打ち明けているのに」と猛烈に不満になる。


「命の次に大切な手帳をあなたに見せたのに、あなたは、、」とものすごく怒る。

まんいちその手帳をなくそうものならおそらく一生恨まれるであろう。


 彼が理解できないのは「私にとって大切なもの」が


「他人にとって必ずしも大切なもの」ではないと言うことである。


他人の手帳を見たいなどと思う人はまず居ない。


そこがどうしても理解できない。


 よくそこまで自分の過去の傷を人に打ち明けなくてもいいのにと思うほど打ち明ける人がいる。


誰にも不必要に自分の恥部を打ち明けて話をする人はたいてき自己中心的である。


打ち明けることで相手からの同情とか保護を求めているのである。


 おそらく手帳をおいて行くのも、不必要に自分の恥部を打ち明けるのも、


相手に「母なるもの」を求めているのであろう。


無意識のうちに相手と疑似親子関係を築こうとしているのである。


神経症者が相談に来たからといって悩みについての具体的な解決を求めているのではない。





以上が、抜粋です。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。





これも私にはよく当てはまります。



加藤さんはご本人も経験されているだけあって



過去の私と同じ心理状態だ、と、わかりやすい文章が多いです。





私は以前は


「自分は優しい!自分の長所は優しいところ」と、思っていました。



今は、



優しくない時もあれば、優しい時もあれば、



私を優しいと感じる人もいれば、そう感じない人もいるだろう、



結局のところ、



まぁ、悪人でないことは確かかな!



としか言えない…(笑)



と、聞かれたら答えると思いますが、



それより普段、そんなことすら考えないです。





昔は、自分が何かしたら「見返り」を求めていました。



私がこれをしてあげたんだから、



私がこんなにしてるんだから、



何かお返しがあって当然だろう、と思っていました。



自分の期待通りにならないと、



「非常識な人…この人は常識を知らないんだ」



と相手を責めて自分をなぐさめていました。



自分の考えが歪んでいたことには



全く気付きませんでした。




今は、何かするにも



自分がしたいからしているだけで、



見返りを求めることは無く、



だから、相手も自分のしたいようにしてくれたら良いと思っています。



自分の思い通りにならないと、



「誰も私のことをわかってくれないんだ」


「みんな結局自分のことばっかりなんだ」



と、卑屈になっていました。




今では、


分かってくれる人は分かってくれるし、分かってくれない人はわかってくれないだろうけど



自分のことを全て分かってもらおうとは思わない、



長く付き合っていけば、そのうち



相手のことも分かっていくし、



自分のことも知ってもらえるだろう、



というように、すぐに変化を求めなくなりました。




そして、みんな


自分のことばかりではない。





昔の自分は、私を思っている友達なら


私のことをいつも心配してほしい、


私のことを一番に思って欲しい、



という考えだったので



裏返せば



私の思い通りに人を巻き込みたい…という思い。



もちろん当時無意識です。



悩みを打ち明けて、その後、


「大丈夫?」とか相手からメールが来なかったら


私のことなんて考えていないのね!こんなに辛いのにひどい!


と、思っていました。



今は、そんなこともちろん考えませんし思いもしません。



私が自分に対して心配しすぎないので、


相手を心配しすぎなくなったからです。



心配しすぎて相手に巻き込まれていくと


相手だけでなく自分も不安定にしていくことがよくありました。





私が人に巻き込まれなくなったのは


親離れして心理的に人に依存しなくなり、自己主張できるようになり


芯が立って来たからかと感じます。



人と自分の境目がはっきりしているのです。





そうすると、相手への心配も不安神経症の時の私とは変わりました。



現実は現実、心配しても始まらない、という感じ。


見守って行くというかんじ。



本人が話したくなったらいくらでも聞くよ〜!!という思い。



だから同じく人に対しても、



私も話したくなったら話すから良かったら聞いてね〜



という思い。



相手に解決を求めていないんです。



困難にぶつかっても乗り越えること、解決することは



「悩んでいる本人の問題」「自分自身」だと思っています。



友達は関係なく、自分自身の問題、と。



それが大事なことだと今は思っています。



だから、相手にどうのこうのしてもらおうと思わないから、



結局自分のことばっかり…と、思うこともないわけです。





今は


こんな状況だけど、温かく見守ってて!



勇気をちょうだい!背中の後押しお願い!



感情を出さしてもらって、明日からまた頑張るゾ!



と、いうような感じで話してるかな〜。




でも、




不安神経症のときの私は、



「悩み」を通じて、相手に求めていたこと、



それは…この文章にかいている通り、




【無意識のうちに相手と疑似親子関係を築こうとしているのである。】




ど、いうことだったと思う。




だから、自分の期待通りにしてもらえないと



いろんな感情がうずまいた。



期待通りの反応でないと、なんだか相手への恨みがでたり



心配してくれないと怒ったりで、



本題が何かわからなくなっていたようなことも。



悩みではなく、


悩みを打ち明けた後の相手の反応に意識が集中していたんです。



自分の期待通りになるかならないか…



私をかわいそうだと思ってくれるか…とか。





だけど今は、


「みんな自分のことばかり」ではない、と分かります。




自分が思っているの心配の仕方と



相手が思っている心配の仕方が違ったんです。



自分が変わって初めて分かりました。



相手に求めていることが



違ったんだと。




もちろんこういう考えをしていたのは


私は、無条件の愛情が不足していたから。



それは



私が悪いわけでなく、親が悪いわけでもない。



親も、そのまた親からの連鎖があったからです。



きっとこれに気付くことができただけで



ラッキーだと思う。



愛情不足で



考えをゆがめることが身についてしまい



現実逃避の考えを続け過ぎて



どんどん快適に生活できる範囲が狭まってきて



この考えではもう私は生きるのが辛い!



そう感じで、考えを変えた訓練。



過去と今の頭の中が別人になったかのようで



違う2つの世界を知れたこと



そうそうできない経験だと思って(ほんまか??)



私の手の届く範囲の人に



愛情をいっぱい配りたい☆





                      
…と、結局いつもこの言葉にたどりつくな〜(笑)



        
       

久しぶりに「不安神経症」関係の記事を書きます☆



私が不安神経症から回復した経過を


簡単にまとめて書いてみようかと思います。




H17.12月    2年間闘病していた うつ病から脱する


 内服終了する

             
            見るもの全てがまぶしくてハイテンション


              ↓↓↓


            http://blogs.yahoo.co.jp/kaimaii/12210677.html

            (うつ病を脱した直後の気持ち)


     3月    様子観察で診察は受けていたが、通院も終了となる



H18,5月   不安神経症 再来

           私:不安神経症は治ってなかった!

             それならまたうつ病になるかもしれない!



     6月〜7月  不安症状で働けなくなり勤め先を辞める 


           私:またうつ病になるくらいならストレスから逃げて逃げて逃げまくろう!



     8月  1日激短バイトを始める 

           私;1日ごとに人間関係も場所も変わるから
             
              これなら大丈夫だろう


     10月  不安神経症状で働けなくなる

   
           私:なんで私はこんなことも出来ないの…

             私はずっとこのまま働けないままなのか…

             働くから神経症がでるのか…

             私はこんなに無力だったのか…

             うつ病が回復したら前みたいに働けると思ったのに…

             結局私の力なんてこんなものだったんだ…

             迷惑をかけないようにおとなしく家にいよう…


             ☆ここが1番底の状態だったよう。自分の力は全く無いと心底思った。


           主人;自分の出来ることをしたらいい

              考えすぎたらしんどくなるで(←何度も言われ洗脳される)

              私の出来ない家事を手伝ってくれる



    10月〜    主人のお弁当作りと家事に専念する


           私;主人はなぜ毎日毎日こんなに働いても辛そうではないの?

             なんで仕事のあとで笑ってられるの?

             なんで仕事のあとで疲れているのに家事ができるの?

             私がおかしいの?

             もしかしたら私がおかしいのかもしれない…?

             あらゆる場面で主人に私の考えを全て言っていよう


           主人:へ〜そんなことまで考えてたんや

              そりゃしんどくなるわ

              考えすぎやで

              考えすぎたら頭も体も固まるで(←何度も言われ洗脳される)



 
H19年  1月  不安神経症状出て1日寝たきりに


            私;ストレスを溜めないように溜めないように考えて行動してきたのに

              どうしてまた症状が出たの…

              しかも働いていないのに家でも出た…

              ストレスはどこに逃げても逃げれないものなんだ…

              
            主人;考えても、なる時はなるしならん時はならへん(←何度も洗脳)

               
           
       1月  自己流の認知の訓練を生活の中で始める 


           ・昔と先のことは考えない訓練

           ・頭をからっぽにする

           ・考えなくても、なんとかなるという体験を積む

           ・楽しむ

           ・1つのことを続ける

           ・ストレスと向き合う 嫌な家事をどう考えを変えて出来るようにするか 

           ・自分がいかに無意識に考え事ばかりしていたかを思い知る






       3月  あら不思議 徐々に親ばなれを実感

            ・親の言っていることがおかしいと感じる

            ・自分が好きになる

            ・楽しい時間が増える

            ・言っていいことと悪いことの区別がつくようになる

            ・弱くていいとわかる

            ・価値観が変わる

            ・責任のない言葉を言わなくなる

            ・自分の主張をし始める(いい意味で)

            ・前に進むためには…と自然に前向きなことを脳が考えだす

            ・人の目が気にならなくなる

            ・自分の出来ることと出来ないことが分かり始める

            ・自分は自分、相手は相手、という自他の距離がはっきりする


       8月  完全に親ばなれを実感

          
            ・言い訳をしなくなる

            ・不安神経症さんがが去ったのを感じる

            ・裏表の自分が統合されたように感じる

            ・自分の芯を感じる

            





簡単ですが私の場合こんな感じでした。



この過程で、もちろん主人の愛情があったのは支えになりました。



私は気付くまでが本当にらせん階段の中にいるようで辛かったのですが、


気付いたらあとは本当に早いもので


あっという間に階段をかけ上がった感覚です。



すべてが順調にコロコロと転がっていく…というような感覚です。



頭では分かっていても私には出来ない…



そう思っている時は辛かったです。



その時は心底気付いていなかったように思います。



何か体験をして初めてガツンっと頭を殴られた感覚で気付きました。



「周りがおかしいのではなく、私がおかしい!」


「私には何も力なんて無かった!」


「症状が出ないように考えて行動したのに出たから、考えても仕方がないんだ!」
(症状が出ないように…と考えること自体が症状を呼んだ)


と、


3ヶ月ごとくらいに頭を殴られるようなショックな気付きがあり


その都度落ち込んでましたが


主人から無条件の愛情という安心感をもらいました。



家庭の中の無条件の愛情は本当に大事だと実感しました。



それをもっと幼いときに感じれる環境があったら


私は不安神経症にならなかったかもしれないと感じています。



だからと言って、なったことを悔やんだりはしていませんョ。


今の自分が大好きなので


過去の自分を否定しては


今の自分がありえない。



ただ、家庭の愛情が私の場合は足りなかったんだな〜と


しみじみ感じます。



損得勘定やエゴばかりで機能していた私の子供時代の家族。


今もなおバラバラですが


私は主人からもらった愛情を母と姉に配りたい、


そう思っています☆





               





          

「ハリボテ」だった私

「ハリボテ」だった私




働いている人はすごい
    
    ↓

働けられれば病気が治った証拠




大きな会社のひとはすごい

     ↓

大きな会社の人と結婚すれば安定した生活が送れるはず!





すごく高いレストランで食事が出来るひとはお金持ち

     ↓
     
そんなところで食事ができた私はみんなと違ってすごい!




彼の欠点がみえた

     ↓

そんな欠点のあるひととは付き合えない 



自分の思い通りにならないひと

     ↓

自分勝手で思いやりのないひと!




 自分の意見を言うひと

     ↓

ひとの気持ちをくめない冷たいひと!



自分の意見を言わず、怒らないひと

     ↓

    優しいひと!



  笑っているひと

     ↓

悩みが無くてのんきで幸せなひと!



待ち合わせに遅れてくるひと

     ↓

失礼なひと!常識がないひと!




自分が待ち合わせに遅れる

     ↓

分かってもらえないかもしれないけど、いろいろあったからなの!






    わたし

     ↓

色々な問題を抱えてたくさん苦労を知っている!

私はひとを裏切らない優しいひと!

   私は許されるひと!

    私は特別!





は〜

なんて薄っぺらい…

と、思うかもしれませんが

本当に

私はこの図式でした。




先日、

友人と話していて思い出しました。





今では

おかしいことを言っていたことに

すぐ気付きますが


当時は本気でそう思っていましたので

全く!!気付きませんでした。


周りがおかしいと思っていました。


周りのひとは

こんな幸せがあることを知らないんだな〜、

と思ってました。




今考えてみれば


もっと大切なことは


いっぱいある!!





働いてエライなんて全く思わない!


「働く」ってお金をもらうだけが

働くことではないと思いますし

逆に

お金をもらわなくても

自分や家族のために「働く」ことって

たくさんあります。


そして

働くことと病気が治ることは別問題です。




大きな会社のひとと結婚したとしても

幸せなんて別問題!

とんでもない!


高級料理店で料理を作るコックさんの腕はすごいが

食べた私なんて全くすごくない!!




周りはそんなこと

な〜んにも関心ないし、

すごいだなんてちっとも

思わないんだよ。



それがすごいと感じていた私の

器の小ささと臆病さをさらけ出していただけ。




人だって

中身を見ていたわけではなかったんです。



建前やマナーを見ていましたし。

私が怒ることを

言わないひとが好きでした。



これはまさに…

大事なことは…


そんなの関係ねえ!!


だったんですよね。


お〜

恥ずかし。



そして、

自分の力を知ったとき


諦めるのも強さだと思います。




           


 

全3ページ

[1] [2] [3]

[ 次のページ ]


.

過去の記事一覧

kaimai
kaimai
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!
お肉、魚介、お米、おせちまで
おすすめ特産品がランキングで選べる
ふるさと納税サイト『さとふる』
コンタクトレンズで遠近両用?
「2WEEKメニコンプレミオ遠近両用」
無料モニター募集中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事