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今日、親子の関係についてのテレビを見ていて思い出しました。
その子供は、窃盗などしていた過去があり
それは親に振り向いて欲しくてしていた、
と自己を振り返っていました。
まだ若いのに(高校生くらいだったかな)、
そんなふうに自分の気持ちに気付いて正直に言えるのがスゴイな〜と
思って見ていました。
よく似たことが私にはあります。
私は、姉といつも比較されて
劣等感でいっぱいで育ちました。
まあ、ようは周りの大人たちは私の個性をみてくれていた、
とは、私は全〜く感じられず育ちました。
なんでこれくらいのことが出来ないの、
それにくらべてお姉ちゃんはこんなに勉強が出来て立派なのに、と。
宿題を姉にきいても、こんなんもわからんのか、アホに教える時間はない、と。
そうすると、私は何にも出来ない、と
何事にもハナッからあきらめるクセができました。
ちょっとグレたのも、「みんなと違う自分を見て!!みんなと違う私を認めて!!」
というアピールだったし、
そしてイライラやストレスもそれなりに溜まっていました。
高校時代、家では俗にいう「キレやすい子」、
外では感情が平坦で大人びた冷めた印象、だったと思います。
別居していた父方の祖母に、「アホでもいいんや」と言われたとき
ホッとしました。
でも一瞬です。
また自宅へ帰ればバカにされます。
家出をしても結局1週間ほどで帰り…
私が認めて欲しい人は、母親でした。
認めてもらえたのは、アホなりに手に職をつけて働き出したころです。
看護師という仕事も、何か人の役に立ちたい、
自分の存在して良いところを探していたのだと思います。
人のため、人のため…そう思いつつ
本当は自分が満たされたかったんです。
人に優しくして自分を認めてもらいたい、という思いが強かったのです。
今はではどう違うかと言えば、
人をどうこうしたい、と考えるより
まず自分。
これは私の場合は、ですよ。
私が看護師になると
みんな手のひらを返したように周りの大人は喜びました。
変な学習をしてしまった私。
周りの期待通りにすれば喜んでくれる、私を見てくれる、
と。
だから「結局みんな自分のことばっかり」
「私なんてどうでもいい、どうなったっていい」
と、人間不信に。
今となっては、母親自身も無条件の愛情不足で
今も苦しんでいるのが分かって
この連鎖は仕方なかったんだな〜と思えるのですが。
それまでは、
就職してから、母はかわいそうだから自分が守らなきゃ!、とか思っていました。
なるべく母親の希望に剃っていましたし、
沿わないと「あなたは冷たいわね」と言われることがショックでしたし。
私を思い通りにさせたくて、姉の悪口を私の前で言ったり。
姉はこうだけど、あなたは違うわよね、してくれるわよね、と。
それでも自分は気付かず、
「生んでもらって感謝しているし」といい子を演じていました。
嫌われたくなかったのです。
今思えば、母はかわいそうではありません。
恵まれた環境にいながら、自分は不幸だと思い込んでいるのですが
それも母の親が、母を認めないことに原因があり、
親離れできず苦しんでいるので
親子関係や家族のおのおのの役割って
本当に大事なものだな〜と思っています。
でもだんだん、主人からの無条件の愛情をもらっていくにつれて
母親からの愛情が自己中心的なものだったことに気付いて
怒りが出てきました(笑)!!
そしてその時の怒りを思い出して
その都度、主人に出していきました。
ようやく親離れ後に、母親が悪いわけではなかったことに気付いたんです。
結局、母親の愛情は、「条件付きの愛情」だったのです。
私の思う通りになれば、喜んであげる、と。
自分の思い通りにしてくれる子供を望んでいたのですが、
それは母親も、
ありのままの自分を親に認められた、
という経験がないからなのです。
子供が自分の思い通りにしてくれることが
母自身、自分が愛されているという愛情が感じられるときなのでしょう。
思い通りにならないと、
なんで私の思い通りにしてくれないの、と
自分中心に考え、それをぶつけててしまいます。
だから私は、「親に迷惑をかけているダメな子供だ」と
罪悪感がふくらんでいきました。
母自身が子供(私)からの愛情を試している。
本人はもちろん無意識です。
それと思い込みがあります。
バカだと良いところに就職できないから幸せになれない、と思い込みもありました。
不思議なもので、親から愛情をちゃんともらうと子供の心は安定します。
私はもらったのは主人でしたが、
自分のありのままを認めてもらえた、という愛情で
自分の中の愛情バケツがいっぱいになると
あまり人から認められなくても気になりません。
そして愛情を他の人のバケツに注ぎたい、と思います。
昔の私は、
自分の愛情バケツに注いで欲しいから、相手のバケツに注ぐ、
という条件付きでしたが
一旦愛情バケツがいっぱいになると
それ以上はもう入らないので
注いだ分のお返しなんていりません、という感じです。
ようするに見返りを求めなくなりました。
相手から注いでくれたら、あふれ出して幸せな気分になります。
子供はいつも母親からの無条件の愛情が欲しい。
どんな姿でも
どんなアホでも
どんなことをしても
私は去ってはいかないよ、見守っているよ、と。
あらゆる人に愛情の試し行動ばかりしていた私に
それを教えてくれたのは主人でした。
本当は母親に教えてほしかったで〜す!
しかもこれが今では逆転していて、
私が母の試し行動で
愛情を注いでいくことに。
子供をかわいそうと思う目でみないで欲しい。
私も母をかわいそうだと思っていませんから
そういう態度はしません。
かわいそうだと思って接すると、本人は自分に不安になりますし、
自分は不幸だと思い込みます。
それは祖母が母にそうして母を育てたからです。
そしてかわいそうだと思うと、
本人ができる余計なことまで
手を出して助けてしまいがちになります。
手を差し伸べてはいけない時があります。
私はだた主人がしてくれたことを
母にするのです。
条件付きも無条件の愛情も
良くも悪くも
愛情って連鎖するみたい??
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