うつ病〜4年間の闘病記録〜

回復して言いたいこと★吐き出したいこと

回復して〜大切なこと〜

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イライラは自分の問題

イライラはその人自身の問題です。



イライラした時は


あれ??


私がイライラしてるのはなんでかな…


と考えてみてください。



「あの人がこうしてくれなかったから…」


「ここはこう言うべきなのに…こうするべきなのに…


 あの人は常識がない、なんでこんなことするんだろう」


「なんで、あの人はこんなことするんだろう」


と思うことありませんか?


以前の私は、こう思うことば〜っかりだんです。



他人が自分をイライラさせている、



周りが自分のイライラを作っている、



そう思い込んでいたんです。





イライラするのは



【自分の思う通りに物事が進まなかったとき】



でした。







以前こんなことがありました。




主人が父親と釣りに行きました。



私はお弁当をつくりました。



しかし主人は二日酔いで出発が遅れて、昼食を食べてから出発することに。



私は朝早くからお弁当を


片麻痺のあるお父さんに合わせてお弁当を作りました。




でも、結局昼からの出発になり、


「あ、そうなんや〜。じゃあ、お弁当は私たちで外で食べよう!」


と私が提案。


徒歩すぐの川で、主人と私がそのお弁当を食べました。


主人と義父が釣りに出かけると


私は一人で食べる予定だったんですが


思いがけない私へのプレゼント  ← 私が勝手に思っています


楽しかったです☆





以前の私なら…


「せっかくお弁当作ったのに!!ひどい!」


とイライラして怒り、


作ったという自分の手間や努力をあきらめられず


「持っていって!おやつに食べて帰ってきてよ」


と、相手の都合を考えず無理を要求していたり


自分の頑張りをアピールしたり、


要求が通らなかったら、すねたりしていたと思います。



が、それは第三者から見たら


おかしいことです。



頼んでもいないことを勝手にして


そして断るとすねるし困ったな…と。






釣りに行く主役は私じゃないし


私が好意で作ると言って勝手に作っただけ。

(言ったときは主人は喜んでいましたが)


誰も頼んでいないことなのです。



そしてお弁当が主役ではないのです。


それを持っていったって困るだけです。



自分が作った、こんなに頑張った、


気が効くと思われたい、


認めてほしい、


自慢したい、


という気持ちになっていたと思います。



でも主人の親孝行に


お弁当なんて関係が無いし


お父さんもお弁当を望んでいるわけではないのです。



そんなことより


主人がする行動そのものに意味があるのですものね。





イライラは

自分の中に原因がある場合が多いと思います。



周りや物事は


自分の思い通りにはなりません。



相手にも相手の思いがあるし


それを考えて自分がどう動くのがいいのか

(不快だと思ったことを伝えるのがいい場合ももちろんありますが)


相手にとっても自分にとっても良い方向へ進むために


大切なことを見極めることも大切なのですね。





そしてイライラしたら


まずは周りを変えようとするのではなく


自分を癒してあげましょう☆




【自分の思い通りになるわけがない】



そんなふうに思い込みを作ったら、


思い通りになったとき


超ラッキー!!


と思うことが増えて


自分は幸運だ、と錯覚して


ほんとに運がいいな〜


と思うことも増えますし楽しくなります☆

   

この世界は自分だけのものではないので


イライラした時は、



【自分の思い通りになるわけがないんだから】



と、自分自身に呪文を唱えて



ついでに、主人の3大用語、


【大丈夫】


【なるようにしかならない】


【しゃーない しゃーない (仕方ない)】


も、唱えてみて下さい^^;





〜過去の記事に追記して〜 




https://mental.blogmura.com/うつ病/
     


         

劣等感と無条件の愛

私のうつ病になった背景に、強い劣等感がありました。




私の家族は、父は某有名国立大学卒業、


母は医者の道を祖父に押し付けられ、


イヤで大学受験を逃げた過去があります。


私は2人姉妹。


姉は小学校からオール5の優等生で


現在薬剤師です。



そんなインテリ家族の中、


私は姉といつも比べられて大きくなりました。


私が小学校に入学して、担任の先生にこう言われました。


「あなたが、あの○○さんの妹ね」

と。


期待感でいっぱいの先生の顔を私は潰すと、


自分に罪悪感を感じていました。


小学校6年生のとき、


私は母に平手打ちをされました。


「あんたのせいで、なんで私はこんなみじめな思いをしないといけないの」


と。



中学校の時、3者面談で、母が先生に、

「姉はできるのに、この子はダメで…」

と言いました。



先生は、「お姉さんは関係ないですよ、お母さん。この子はこの子です」

と言ってくれたのを覚えています。


しかし母はそう思えない、と。


高校生の時、母は私の3者面談に来たくないと、


離婚した父をわざわざ呼んで、


面談には父が来てくれました。


父は私に何も言いませんでした。



馬鹿でもいいと言いました。


でも私は、そんなことを言う父が馬鹿だと思っていました。



中学、高校の6年間同居していた祖父に、


私は頭が悪いから嫌いだ、と姉を可愛がり、


私は無視をされていました。


私のことは「いらないから、引き取ってくれ」

と、父方の祖母にお願いしている姿を見ました。


私はいらない子…



とてもショックでしたが、感情にフタをし、


記憶から消していました。




祖父から、あからさまに差別を受けました。


入学祝いのお金の金額も姉の10分の1でした。


物を燃やされ、


かかってきた電話はつないでもらえませんでした。




いつの間にか、

「私なんか…」

「どうせ私は…」

と自分を否定することしか出来なくなっていました。


私は誉められた記憶がありません。


もちろん誉めることだけが大事ではないのですが。


出来ない私を認めて欲しかった。


ぐれたこともあります。


高校を卒業して、看護師になる夢が私にはありました。


それを聞いて、母と祖父は私に


地元で有名の看護学校に行って欲しいと願いました。


私は、無意識に期待に応えたいと思い


そこを目指すようになりました。


私はそこに合格しませんでした。


別の看護学校に入ると、周りの期待が失われたとひしひしと感じ、


私はその看護学校を1ヶ月で退学し、


浪人をして次の年に母と祖父が願っていた看護学校に受かりました。


周りは喜びました。


周りが喜んでくれたので


私もすごく嬉しくなりました。


看護学校に行き、看護婦になり


それからどんどん周りが変わっていきました。


私を見てくれるようになったのです。




今から思えば、人の目や評価が変わったことを感じた、


【最悪の体験】です。


私はその時、もちろん無意識です。


周りの大人の期待に沿おうとは思っていませんでした。


無意識に、周りの大人が願ったことが


自分の願いとすりかわってしまっていたのです。


子供時代、周りの大人に振り向いてもらえず、


周りの期待に沿うことで、


ようやく振り向いてくれたこの感覚が、


自分にとって素晴らしい体験となってしまい、


反対に見捨てられることが恐くなりました。





ところが今、


「私なんか」と思うことは全くありません。




どんなに小さいことで悩んでも、私は私、


これが自分、これもかわいい自分、


と、自分自身が大好きで、大切です。



こうなった背景に、彼の対応があります。


うつ病で、


お風呂も入れず、歯も磨けず、臭いし


頭はボサボサでフケだらけ。


着替えもせず、服は毛玉だらけ。


どんなに汚いと思う姿を見せても、


彼の態度は全く変わりませんでした。


それでいいんだよ、と認めてくれていたのです。


そして、嫌な顔一つせず私の世話をしてくれ、


動じることなく見守ってくれていました。



失敗したっていい、


出来なくていい、


どんな姿でもいい、


そんなことで嫌いにならない、


そんなことで去ってはいかない、と


態度で示してくれました。



そんなことが重要なんじゃないんだ、と


態度で教えてくれました。



みんな完璧じゃない、


出来なくてもいい、


弱くたっていい、


自分が出来ることをしたらいいんだよ、と。



そんなわけはない


自分の得にならないことをするわけがない!


私は、彼の愛を信じられず


この人は私の何が目的なのか、


私の何を狙っているのか…


そんなことを考え、試し行動ばかりしていました。




それでも変わらない彼。



それが私に大きな安心感を与えてくれ、


私自身への罪悪感が少なくなり


自分を見つめる勇気が持てました。



出来ないことも認めてほしい、


子供のとき私はそれを無意識に望んでいたはずです。




私はただただ


現実の姿を


ありのまま愛してほしかった。



私はずっと


愛に飢えていたんです。





〜過去の記事に追記して〜


   
         

予定と心の重荷

私の経験ですが、


予定を立てると案外厄介です。




予定通りにいかないと、


不安が増したり


自分の不甲斐なさに目がいきがちです。



たったこれだけのことなのに出来なかった、と。


でも実際の自分は出来ない。


出来ないことに気が付いてしまう。


自分はだめだと思っているのに


もっとだめな人間になってしまう。


こうでなければ、、、という思いだけがあり


焦る。




健康であってもなくても


予定通りになんかいかないことは、たくさんあります。



しかし、それが特に何も用事があったわけではない。、


それなのに出来なかった、と


必要以上に自分を責めます。




うつ病を脱したあとは、


まだ病気のときからの考え方が抜けておらず、クセづいてしまっていたり、


もともと私は不安神経症がベースにありましたし、


不安材料を自分で見つけては、


そこからマイナスに考えが走りがちでした。




明日はこうしよう、


今日はこれをしよう。


毎日これを続けよう。




と、気負うと、


「出来なかった」という結果だけが残ります。


考えてその通りになったほうが


安心していました。


けれどそれを繰り返してばかりいると


度胸がつきにくかったです。



環境の変化に適応しにくかったです。




計画や予定なんてたてなくても


生きていけるので大丈夫!!



予定を立てなければ、


出来なかったことに目が向くことは少ないです。





最初は訓練がいりました。


行動計画は立てず、


その日その時、思い立ったことをしてみる。



したくなければ、あきらめてほっておく。


気が向いたらする。


時間ギリギリになったらする。



時間ギリギリになると、



余計なことを考えずに行動に移せます。



そして


自分を責めない。



自分1人が相手の運命を握っているわけではない。


自分1人がその日出来ないことがあっても


時間は流れます。


相手は、それなりに生きていけます。


それをしなかったことで


誰も窮地に陥りません。



自分が相手を支配しているわけではない。



迷惑かけてはいけない、と


自分を犠牲にしてまで


かけないように努めなくたって良いんです。




考える時間を減らして、


あきらめと開き直りの訓練していくと、


徐々に自分への課題を課していっても負担になりません。


こうでなければならない、


と完全主義的な思考と、


不安になるようなことを考えないようにする。






上手く生きようとしなくて良いんです。



考えても、考えなくても


物事の現象、周りの流れから


なるときはなるし、


ならないときは、ならない。





ケースバイケースですが



まずは


自分の考えや思い込みに



気付くことから変化は始まると思います。






〜過去の記事に追記しました〜 




          

         

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