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前回の句会で
「秋祭老人と子供ばかりなり」
が特選を頂いたが、その後偶然にも「季寄せ」を開いたら、大虚子に
「老人と子供と多し秋祭」
があることを発見した。そこで「これは類句と思われるので、折角先生が採ってくれたが辞退します」と申し入れた。近くの図書館に行った時、町内会の祭りにぶつかったが、年寄りと子供ばかりだったのでその寂しさを詠ったものである。しかしもしかしたら頭の片隅に、昔読んだ句の印象が残っていたのかもしれない。盗作は問題外だが、類句の範囲は難しい
「柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺」
は小学生でも知っている子規の名句であるが、その句が出来る以前に漱石は子規に
「柿食えば銀杏散るなり建長寺」
を送っている。子規は明らかにその句を踏まえて法隆寺の句を作ったはずである。しかしこちらの方がはるかに優れているので誰もが類句とは言わない。いわば本歌取りである。虚子の有名な句に
「遠山に日の当たりたる枯野かな」
があるが、蕪村に
「遠山に夕日一すじ時雨哉」
あることを知った。
俳句上達の第1歩は先達の名句を詠みこんで、それを真似することである、と教えられたが、こうした類句まがいは生じやすい。ここが難しいところである。
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