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小学生(バレーボール)指導者大会への補助金交付(山梨県も参加)
【資料】
日本小学生バレーボール連盟 黎明から草創のとき
㈲日本バレーボール協会指導普及委員長 日本小学生バレーボール連盟 副会長 豊田博氏
(『小さな点』日本小学生バレーボール連盟 結成10周年記念誌 平成4年刊 一部加筆)
指導者講習会への参加者も回を重ねて5回目を迎えるとスポーツ少年団や社会体育活動としての地域単位の小学生チームが各地で生まれ交流試合を持つようになって、各県より小学生大会の開催経費を補助してほしいという多くの要望が日本協会によせられるようになった。
昭和45年度に日本協会に報告された小学生のバレーボールイベントは教室あり研修会あり大会ありで種々多様であったが、その主なものを挙げると次の通りであった。
●広島県小学生バレーボール教室(広島スポーツセンター、100人)
●名古屋市小学校バレー指導会(吹上ホ−ル男9、女32チーム)
●東京都小学生バレー教室(駒沢体育館、150人)
●町田市子供バレー練習会(町田市営球場、男女75チーム)
●小松市子供バレー教室(小松市体育館、241人)
このような講習会開催の報告があった県に対し指導普及委員会予算より1県20万円の補助金が交付され又、指導用のテキストが指導者用に作成された。
このように全国各地で開かれる教室や大会には、当時メキシコオリンピックに於ける全日本男女ナショナルチームの活躍や、テレビで全国的なブームをよび起こした“アタックNα1〝や“サインはⅤ”の放映によるマスコミ関係者の協力と支援により、年を追って参加者が増加の−途をたどり社会体育活動としての小学生バレーボールの発展の大きな原動力となっていったことも忘れてはならない力の1つであった。又当時参議院議員となられた大松博文氏やバレーボールを支援して下さる政治家を相談役として、小学校バレー教材化のための特別委員会の結成案も考えられたが、日の目を見ないままで今日迄立ち消えになったのは残念なことである。
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