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2011年04月20日
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山梨県小学生バレーボール連盟編集 平成3年『小連昭和誌』募集作文集(8)
「やりたかったバレーボール」玉諸スポーツ少年団 2年 高野宜子
わたしが、バレーボールをやりたいとおもったのは、わたしのおねえちゃんが、ふたりとも、バレーをしていたからです。わたしは、ほいくえんのころから、おかあさんに、つれられて、おねえちゃんの、しあいのおうえんにいきました。なんども、しあいをみているうちに、わたしもおねえちゃんみたいに、バレーボールをやりたいとおもいました。おかあさんが、とうばんのときは、いっしょに、体育かんにいって、みんなのれんしゅうをみながら、ボールをかりて、あそんでいました。早く、一年生になって、バレーをやりたいと、いつもおもっていましたが、二年生になって、やっとバレーぶに、はいることが、できました。れんしゅうは、おもっていたよりむずかしく、たいそうは、せんぱいたちに、おそわりながら、やりました。わたしが、バレーをはじめて、まだ、一年にもたたないのに、ぶいんがすくないので、コートの中で、れんしゅうができて、5月のライオンカップのときは、ユニホームをきて、5年生たいかいの、ほけつになりました。ときどき、かんとくが、メンバーチェンジをしてくれて、わたしに、サーブをうたせてくれました。わたしは、はじめての、ほんしあいで、コートに、でたので、きんちょうして、ドキドキして、サーブをうったので、ネットタッチをしてしまったことを、今でもよくおぼえています。すこしして、4年生が、ひとり、やめてしまいました。だから、9月の、さわやかはいのとき、わたしは、せんしゅで、しあいに、だしてもらいました。わたしのばしょは、バックセンです。つよい、サーブが、わたしの、ばしょに、くると、いっしょうけんめい、アンダーで、うけました。ダイダのとき、まえみたいに、サーブが、しっぱいしないようにと、いのりながら、
うちました。そうしたら、サーブが、きまって、とてもうれしかったです。みんなで、いっしょうけんめいがんばったので、ベストエイトに、のこることができて、ゆめのようでした。
2年生なのに、ユニホームをきて、しあいに、だしてもらえて、とてもうれしくかもいます。今は、バレーぶで、いちばんチビだけど、みんなにまけないように、いっしょうけんめい、れんしゅうして、もっともっと、しょうずになりたいとおもいます。
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山梨県小学生バレーボール連盟編集 平成3年『小連昭和誌』募集作文集(8)
「バレーをしてよかった事」わんぱくスクール 4年猪股竜司
ぼくがバレーボールを始めたのは、2年生の夏休みごろからです。始めのころは、なにもできなくて、あそんでばかりいました。そのころわんぱくは強くて、いつも勝っていました。始めてぼくがし合でサーブをうったとき、心ぞうがドキドキしました。そして、からぶりをしてしまいました。4年になって、わんぱくBで何回もし合に出たけれど、まだ一度も勝ったことかありません。でもおじいちゃんと、おばあちゃんがおおえんに来てくれたし合のとき、1セットだけ勝つことができてとってもうれしかったです。ぼくたちのわんぱくスクールは、韮崎、長坂、竜王、塩山、山なし市、西掛、来往などからあつまったチームです。あまりいっしょにれんしゅうしたり、あそんだりできないけれど、心を1つにしてがんばれば、きっといいチームになると思います。ぼくはバレーボールで、たくさんの友だちができて、ほんとうによかったです。これからもがんばりたいです。
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山梨県小学生バレーボール連盟編集 平成3年『小連昭和誌』募集作文集(7)
「バレーボール部にはいってよかったこと」千塚スポーツ少年団 5年萩下朋美さん
「ファイト、ファイト」
今日も元気な声が、体育館にひびきます。私はバレーボールが大好きです。でも、はいったばかりのころは、やめようかと思いました。火、木、土の週三回のれんしゅうは、なれるまで大変だったし、友だちもいなかったからです。私が、スポ少にはいって一年くらいたちました。なかのよい友だちがはいったので、私もまたれんしゅうに行くようになりました。れんしゅうを休まずに行くようになったら、先ぱいや、あまり話したことのない子ともなかよくなれ、オーバーや、アンダーもわかってきました。それからはバレーボールが本当に楽しくなりました。今思うと、友だちのできなかったのは、私が自分から声をかけなかったり、話しかけられても、うまくしゃべれなかったせいかもしれません。そのころの私は、なかのよい友だちが2、3人きまっていて他の子とはあまり話しませんでした。でも今はちがいます。バレーにかぎらず、学校の人でも、なかのよい人がたくさんいます。バレーの友だちとうまくいったので、学校でも勇気をもって話しかけたのがよかったんだと里います。バレーにはいってよかったことは友だちの他にもたくさんあります。一年から私のつうしんぼは、体育がふつうであとはよいでした。体育があがらなかったのです。けれど今年の一学期、先生に 「バレーのせいか、だんだん運動が上手になりましたね」といわれ、体育がよいになりました。とてもうれしかったです。私はこれからもずっとバレーボールをつづけて行きたいと里います。まだバレーボールは下手ですが、オーバーとアンダーのれんしゅうをがんばって、今度はせの高い人もはいり、アタックやブロックもできるので、市の中で一位になりたいです。いいえ、きっとなるようにがんばります。もし一位になれなくても、スタメンからおとされても、大好きなバレーボールを必ずつづけていきたいと里います。
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山梨県小学生バレーボール連盟編集 平成3年『小連昭和誌』募集作文集(6)
「バレーボールと私」朝日スポーツ少年団 5年田村千英
わたしが、バレーボールに入ろうとしたきっかけは、母もバレーボールをしていて、それを見た時です。
わたしは、2年生の時に、スポ少バレーボールに入りました。初めは、2年生の友達がいなかったので、いつも、先ぱいたちにめんどうを見てもらっていました。
つらい時、悲しい時もあったけど、他のみんなが元気づけてくれたり、わからない所を教えてくれたり、助けてくれたから、今までやってこれたのだと思います。
初めのころは、こわくて受けられなかったレシーブが、今はできるようになり、すごくうれしい気がします。それは、自分が少しでも、うまくなれた気がするからです。
先ぱいたちの試合を見ている時、勝っても負けても、力を合わせて、たたかっている様子に心から、おうえんしました。わたしも、早く上手になりたいと思いました。
先ぱいたちが、卒業したり、転校したりして、おうえんしていたわたしたちが、少しずつ試合に出ることになりました。はじめは、負けてばかりでした。
あの先ぱいがいてくれたらなぁとか、強いボールが、すごくこわく弱気になってしまうのです。
でも、だんだん、このつらさをのりこえて、やっと、選手になっているんだと、みんなで、声をかけあって、がんばれるようになってきました。
負けるとくやしく、みんな少しずつうまくなって試合にもなれてきました。そしたら、はじめて試合に勝てたのです。男子とした時です。うれしかったです。その時のみんなの顔は、ニコニコして、笑顔でした。あとから入ってきた人たちも、わたしが2年生の時と同じ気持ちでおうえんしてくれていると思います。だから、力いっぱいがんばりたいと思います。
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