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バレーボールのとくちょうは、あまり用具を必要としないことですが、げたばき(下駄履き)やはだし(裸足)でプレーすることはできません。まず、ボールは小学生の体力に合わせた、おとなのボールよりやや小さくて軽い、軽量4号球(二百十グラムで周囲が六十四センチ)です。また、かかとの高いくつやはだしでプレーすると、足首をねんざしたり人にふまれてけがをすることがあるので、ゴム底で布製の運動靴をはいてください。最近はすべらないようにつくられたバレーボール専門のくつ(靴)も売っています。
ユニフォームは、試合の時、全員が同じ色と型で、前に高さ五センチ、背中に十センチ以上の大きさの番号を、またキャプテンは、左胸にはば二センチ、長さ八センチのマークを横向きにつけることがルールで決められています。寒い時は、長そでのトレーニングシャツとパンツを、また練習中にひざを打つこともあるので、レシーブ用のひざ当ても用意するとよいと思います。
コートの大きさは図のとおりです。小学生用のコートは十六メートル×八メートル、センターラインの後方二・七メートルにアタックラインを、またコートの右後方二・七メートルにサービスエリアを設け、その中からサーブを打ちます。ネットの高さは小学生では、男女ともに二メートルとし、ネットの両はしサイドライン上にサイドバンドという白い帯をつけます。そして、その外側にそって赤白十センチにぬり分けた二本のアンテナを取りつけ、ボールをその間から相手コートに返すよう位置をしめします。
【引用資料】
小学生バレーボールの育ての親 山梨国体バレーボール競技アドバイザー
『バレーボール教室』「君も名選手になれる」著者 豊田博(とよだ・ひろし)氏
昭和8年山口県生まれ。日本体育大学卒業。東京オリンピックの強化コーチをつとめ、以後、科学的な技術とトレーニングの理論や方法を広めてきた。最近は、小中学生のバレーボールの振興と育成にも努力している。
現在、千葉大学教授。日本バレーボール協会常務理事、科学研究委員長、規則委員長。国際バレーボール連盟ルール委員長。公認コーチ指導員。昭和62年刊
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2012年04月16日
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バレーボールは一八九五年(明治二十八年)、つまり、いまから九十年ほど前にアメリカのYMCA(青年キリスト教同盟)の体育指導者だったW・Gモーガンさんが、若い人もおとしよりも、男も女もだれもが手軽に楽しくできるスポーツとして、テニスにヒントを得て考え出したスポーツです。
はじめは、バスケットボールの中のゴムのふくろを取り出し、体育館の中央にテニスのネットを取ってボールの返し合いをしたといわれ、はじめての試合は五人制でおこなわれたという記録がのこっています。その後、アメリカの軍隊や学校でもレクリエーションとして取り上げられ、一九三〇年代の終わりごろに現在の六人制口ーテーション(移動式)ルールが正式ルールとなりました。
第一次世界大戟の時にヨーロッパに伝えられたバレーボールは、ソ連、チェコ、ポーランドなどヨーロッパの各国に伝えられ、さかんに国際試合が各地でおこなわれるようになって、一九四七年に国際バレーボール連盟がつくられたのです。
日本では、アメリカYMCAのF・Hブラウンさんが神戸や東京で指導をはじめたのがきっかけでしたが、はじめは四人が四列にならんでチームを組んだ十六人制だったのです。その後九人剃固定式ルールが用いられ、一九二七年に日本バレーボール協会がつくられ、しだいにさかんになりました。
一九六四年の東京オリンピック大会で、〝東洋の魔女〟とよばれた全日本女子チームのかつやく、さらにはミュンヘンオリンピックでの全日本男子チームの優勝がきっかけとなり、現在は小学生から.ママさんまで三百万人が楽しむスポーツとなりました。
【引用資料】
小学生バレーボールの育ての親 山梨国体バレーボール競技アドバイザー
『バレーボール教室』「君も名選手になれる」著者 豊田博(とよだ・ひろし)氏
昭和8年山口県生まれ。日本体育大学卒業。東京オリンピックの強化コーチをつとめ、以後、科学的な技術とトレーニングの理論や方法を広めてきた。最近は、小中学生のバレーボールの振興と育成にも努力している。
現在、千葉大学教授。日本バレーボール協会常務理事、科学研究委員長、規則委員長。国際バレーボール連盟ルール委員長。公認コーチ指導員。
昭和62年刊
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バレーボールはすばらしいスポーツだ 豊田博氏著
バレーボールが生まれて九十年がたちますが、世界のスポーツへと発展した理由はなんでしょうか。まず第一は、ボールと空き地があれば、だれでも楽しく手軽にできるスポーツだからでしょう。お昼休みに芝生の上で円陣パスをする人、木と木の間にロープを取って、楽しくボールを返し合う人などよく見る光景です。
第二の理由は、ルールがかんたんでだれもがすぐ理解できることでしょう。サーブを確実に相手コートに入れ、そのボールを三回以内にネットごしに相手方に返せばいいのです。ネットの高さやコートの大きさを少しかえれば、小学生からママさんまであまり人数に制限なく、だれでも楽しくプレーできるのです。
国際試合や日本リーグの試合には一万人をこす観衆が集まり、選手のファインプレーに柏手を送るように、自分がやっても見ても楽しいスポーツです。またバレーボールは、団体でやるスポーツで、チームの一人ひとりがそれぞれ役割を持ち、レシーバーのファインプレーで上がったボールをセッターがスパイカーにトスし、スパイカーが相手コートにつきささるような強烈なスパイクを決めるというように、みんなが目分の責任をはたすことによりゲームが成り立つのです。
強いチームになるには、まず一つひとつの技術を正しくマスターするように努力する気持ちが必要ですし、みんなで楽しくプレーするためには、なんといっても助け合いの精神がたいせつなのです。
【引用資料】
小学生バレーボールの育ての親 山梨国体バレーボール競技アドバイザー
『バレーボール教室』「君も名選手になれる」著者 豊田博(とよだ・ひろし)氏
昭和8年山口県生まれ。日本体育大学卒業。東京オリンピックの強化コーチをつとめ、以後、科学的な技術とトレーニングの理論や方法を広めてきた。最近は、小中学生のバレーボールの振興と育成にも努力している。
現在、千葉大学教授。日本バレーボール協会常務理事、科学研究委員長、規則委員長。国際バレーボール連盟ルール委員長。公認コーチ指導員。
昭和62年刊
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