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世界バレー界の現況と課題 競技の内容
世界バレー界の動きと今後の課題 世界バレー界の変遷過程
(『バレーボール指導教本』日本バレーボール協会普及委員会編 1977年 一部加筆)
競技の変容
加盟国100を越えた現在,世界のトップグループにはいると考えられる国をあげると,男子ではソビエト,チェコ,東独,ポーランド,ブルガリア,日本,ハンガリー,ユーゴスラビアにつづく中国,韓国,アメリカ,キューバ,ブラジルなどがあげられる。また女子では,日本,ソビエト,ルーマニア,韓国,東独,ハンガリー,キューバ,北朝鮮などである。これを見ると男子ではヨーロッパ勢というよりも,より的確には中欧圏諸国が圧倒的に多い。女子では中欧5,アジア4,米大陸1の比の状態と見てよいと思う。これらのグループの中で順位に多少の浮沈はあるが,ここ10年余の問の顔ぶれは,ほとんど変わらない。このことから,世界のバレーボールを論ずるには,この中欧のバレーボールを知ることがたいせつである。
【中欧のバレー】
そこでまず中欧のバレーについて述べることにしたい。ところで中欧圏バレーの最右翼は,ソビエトである。このソビエトバレーについては,日ソ交流10余回を重ねているので,いまさら詳述しないが,かつてベリヤコフをはじめクラフチエンコやシビリヤコフなど100kgを越す巨体を駆使し,床も裂けよと強打した,いわゆる力のバレーは,現在のソビエトには見られなくなった。では柔軟なバレーに変貌したかというと決してそうではなく,底流として依然力のバレーに支えられているバレーに違いはない。
【チエコのバレー】
次にこの力のバレーに其向から立ちはだかっているのがチェコバレーである。チェコはご存じのとおり,自ら中欧の博物館と誇称し,高いその文化と技術を追求している国柄である。したがって,この土壌ではぐくまれたチェコバレーは、チェコ特有の味わいのあるバレーで,チェコはこの頭脳的テクニックバレーをもって世界のリーダーだと自負している。いわれるとおり,たとえば東京オリンピックの立役者ムシル。ゴリヤン1人のために苦杯をなめさせられたともいえるメキシコ・オリンピック。来日したチームではコーデルカ,アアデルカなどと人気をよんだ,コーデルカのにくらしいまでのテクニックと頭脳的プレイは記憶に新しいところである。この対照的な両者の存在によって,世界のバレーは絶えず新しい刺激を受け啓発され前進を促されたわけで,この意味において,中欧はもとより世界のバレーにとってもこの両者の存在と役割は貴重なものであるといえる。
【東ドイツのバレー】
次は東ドイツのバレーである。前二者が力と技のバレーというならば,東独のバレーはさしあたり理詰のバレーと評してよいと思う。これも何ごとにつけても合理性と科学性を忘れない民族性に基づく発想のうえに成立したバレーであるといえよう。たとえば,常に眉をあげて見はるような高いトスをあげ,一球入魂の意図的プレイで進めるバレーは,このところ少しも変わっていない。ということは,確固たる理論が裏うちしている証拠であると考える。
以上中欧のリーダー格三国について三様のバレーのあることを述べてきたが,ここにひとこと附言しておきたいのは,三国三様ではあるが1つ共通点として感得することがらがある。それはひとことでいうならば,個人技が重視され,個人技に依存し,評価されているということである。バレーボールは最終的に1人が処理する関係から,個人技を重視し尊重されるという理由もわからぬではないが,バレーボールはチームゲームズであるということとチームゲームではチームワークが本領であることを心得なければならないと思う。こうした中欧バレーに−大旋風を巻き起こさせたのがいうまでもなく日本バレーである。
【日本のバレー】
日本がまだ中欧諸国に胸を借りていた間は,彼らのバレーにさしたる変化は見られなかったが,対等に戦うことになった1970年頃から,彼らのバレーに大きな変化が見られるようになった。とくにミュンへン・オリンピックの優勝によって立場が変わることになって以来,日本バレーは中欧勢はもちろんのこと各国から畏敬の目をも・つて研究されることになった。
以上中欧の代表的なバレーの動向について述べてきたつもりであるが,ルーマニアや先年メキシコで世界選手権初優勝をとげモントリオール・オリンピックでも優勝したポーランドのバレーはどのようなバレーかというと,端的にいうならば日本とソビエトの長所をミックスして仕上げたバレーであると許してよいと思う。そし七また,このバレーは中欧バレーの第4のタイプであると同時に世界における近代バレーのこれからの姿であるといってよいと一思う。
中欧バレーについ七なお言及すべき分野がいくつか残されているが,このへんで若干他のゾーンの状況についてふれておきキいと思う。それは最近の世界バレー界に新興勢力として台頭してきた中米,なかんずくキューバのバレーである。
1974年女子チームが初来日して,バネとスピードに富んだ力強いプレイを印象に残したが,男子もこれに類似のユニークなバレーである。問題は日本の裏側にあるブラジルでなく,お隣の中国バレーである。中国はかの文革以後暫時国際場等から遠ざかっていたが,最近に至って登場することになった。これからは球技にかけて特有の資質をもつお国柄,近い将来には,必ず大きく成長するであろうと思われる。次にあげるのは,斯技の本家であるアメリカのバレーのことである。メキシコ・オリンピックでソビエトを破ったのがアメリカである。これは長身者によるブロックカが力のバレーを封じ込めた見本といってもよかろう。ともあれスポーツに限らず負けず嫌いなアメリカのこと,今後世界の桧舞台であるオリンピックにバレーが実施されることになった以上,めそめそ引きさがるとは考えられないので,これもまたいずれ本格的に乗り出してくると思われる。そうなれば世界のバレーに,ひと波乱も起こしかねない力をもっていると見てもまちがいではないと思う。
【総括】
さて,次のことを最後に本論を締めくくりたい。そのことは,これまでのバレーボールは高さ(時間差)と横(左右のゆさぶり)が基調となっていたバレーであった。ところが,1965年以降,オーバーネット許容ルールの改正に伴い必然的に長身者の有利性が助長せられ,ためにチームは急速的に大型化された。それとともに一方において,大型に対応する方策の研究も活発に行われるようになった。
この結果,高さと横にさらに縦のプレイを加えかつこれにスピードが倍加し,いわゆるダイナミックなバレーが現出するに至った。おそらく今後は,近代スポーツに不可欠の要素となっているスピード化がいちだんと進むとともに,ダイナミック性がますます増加することと思う。このようにバレーボールが発展を指向しているときに,モントリオール・オリンピック終了期から適用されたワンタッチ無視のルール改訂がどのようなバレーに成長していくか,さらにまた競技の近代化をはかるための研究活動など,プレイの進化とともにバレーボールがますます発展の方向に不断の活動をつづけているのは,青年の力強さを思わせるにたる現在の世界のバレーボール界である。 (坂上光男)
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世界バレー界の現況と課題 【事業】(5)ジュニア世界選手権
世界バレー界の動きと今後の課題 世界バレー界の変遷過程
(『バレーボール指導教本』日本バレーボール協会普及委員会編 1977年 一部加筆)
【事業】ジュニア世界選手権
第5番目は1977年,いよいよ開幕することになっている第1回ジュニア世界選手権である。将来の世界のバレーを推進する大きなファクターとなるこの大会の使命は重く,期待も大である。本書が発刊される頃に細部の事項の取り決めも完了するであろう。いずれにしてもこの大会のもつ使命の重大性から,大会の成功を念願してやまない。
以上連盟が主催または関与する世界的規模の事業について一般的な状況を述べてきたが,連盟発足以来の事業として高く評価するとともに,さらにいっそうの整備充実をはかり,バレーボールが近代スポーツとして,確固たる地位を保有するよう発展することを期待する。
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世界バレー界の現況と課題 【事業】(4)ユニバーシアード
世界バレー界の動きと今後の課題 世界バレー界の変遷過程
(『バレーボール指導教本』日本バレーボール協会普及委員会編 1977年 一部加筆)
【事業】ユニバーシアード
以上の三イベントとしての大会のほか,連盟が支援する世界的事業にユニバーシアード大会がある。この大会は,国際学生スポーツ連合の制定によるユニバーシアード憲章により,1965年以来1年おきに開催されている。いうまでもなくこの大会は,学生を中心に友好親善と学生スポーツの振興をめざすもので,競技会運営に検討の余地が少なく
ないようである。
わが国は1965年以来,毎回男女をこの大会に派遣しているが,参加資格の関係で不利な条件が多く,所望の成果をおさめられないでいる。憲章改訂という困難な問題もあるが,対象が学生であるたてまえのもとに,類似の資格や条件で実施するよう,間接的にしても連盟が働きかける配慮があってもよさそうに思う。
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世界バレー界の現況と課題 【事業】(3)ワールドカップ
世界バレー界の動きと今後の課題 世界バレー界の変遷過程
(『バレーボール指導教本』日本バレーボール協会普及委員会編 1977年 一部加筆)
【事業】(3)ワールドカップ
これは1961年の三大陸国際大会が前身をなすもので,この大会を加えると日本で開催されることになっている大会(1977年)は通算5回目になるのであるが,1973年のブラハ大会が都合で国際大会に変更になったことから,日本での大会は第3回となる。女子はプラハ、大会の1973年,ウルグアイで第1回が開催され,ヤシカ単独チームが日本を代表して参加,善戦よくソビエトに迫り,第2位の成績をおさめた。いずれにしても,世界選手権とオリンピックが世界におけるバレー界の双壁とするならば,ポストオリンピックのワールドカップは,大会のもつ使命と意義はまことに深いものがある。この意味において日本で開催する大会は,何としても成功させなければならないとともに,将来ますます発展するよう方向づけなければならないと思う。
ことに連盟が巨大化した今日,ワールドカップのもつ意義と各ゾーンの発展方策とを考えるとき,この大会をいっそう充実した大会として連盟の事業に位置づけすることがたいせつであり,当面の課題の1つであると考える。
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世界バレー界の現況と課題 【事業】(2)オリンピック
世界バレー界の動きと今後の課題 世界バレー界の変遷過程
(『バレーボール指導教本』日本バレーボール協会普及委員会編 1977年 一部加筆)
【事業】(2)オリンピック
オリンピック東京大会は,アジアの地域ではじめて開催されるということでひじょうに意義の深い大会であった。さらにバレーボール関係者にとって,大きくは世界のバレー界にとってオリンピックにバレーボールをという多年の念願がかなえられ,世界のスポーツの祭典である桧舞台にバレーボールが行われることになったことの喜びと意義は
実に大きいものであった。種目採用から男女両種目実施にこぎつけられたのは,先に述べた当事者の尽力は筆舌に尽せぬものであるが,これを支えたものは世界のバレーボールの急速的な,そして驚異的な普及発展ぶりであった。
東京大会における女子の優勝,ミュンへン大会における男子の優勝と,オリンピックに関する限りわが国の男女のバレーボールの成績はまさにトップを行くといってもよく,モントリオールにおいてもおおかたの期待に応える成果をあげた。
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