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手元の要項を見ても安易な取り組みであることは否めない。中学一年生と小学六年生が一緒になって活動する大会との事。
本来中学生は教育内活動(部活動)
小学生は社会体育(スポーツ少年団)
であり、こうした大会にはそれなり配慮と基本方針が求められる。
最近では中学生の社会体育進出も目覚ましいが、多くの小学生指導者が疑問を持つ中で中学生団体が主導する大会へ競技規則の違う小学生児童が参加する事には大きな違和感が生ずる。
山梨日日新聞記事 中学一年生と小学生チームの大会
結果で見れば全般に小学生の方が中学一年生チームより力が上である。
交流目的の講習会・研修会なら理解できる。
大会とは「規模の大きな協議会」で内容から見ると「交流会」
小学生が何かの大会に出場するときには保護者の認可が求められる。指導者の判断外である。傷害でも起きた時の処理や大会競技規定などしっかりした要項と小学生指導者と中学生指導者の綿密な打ち合わせが求められる。中学生指導者の中には中学部活の存続をこの大会に求めているという話も耳にするが、これはいかがなものかと考える。小学生3年生ころからバレーをはじめ、六年生。本来なら小学から中学生なる間の三月、ホッとするなかでの休息タイムである。ここで失念して』中学校では他の競技に進む児童も居る。
何ら基礎的調査や意義を考えることなく、また無理解のままこうした大会を主催する山梨県協会や傘下団体もいかがなものかと思われる。
最近のある大会のプログラムを見たが、中学生・小学生ともその構成人員の少ない事に唖然とした。六人ギリギリのチームも多い。
今は理解できない短絡的な大会を持つことより、協会が一体となりその方針や対策を確立する中で、いち早く基本的なバレーボール人口の増加や確保など対策を考えないとならない時期に来ている。 バレーボール指導者や団体は真剣に受け止め善処することが求められる。
小学生と中学生では基本的の競技規則が違う、一度や二度の練習で理解できるものではなく、恒久的な対策が急務である。
また小中の人口減少は高校バレーにも深刻な問題となることは必然である。
参考資料昭和61年の中学校新人大会 中央大会
地域予選 昭和61年
大会要項
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永久追放と云う言葉と日本協会の通知文書
この言葉の持つ意味は深い。指導者の行き過ぎや新聞報道も理解できるが、永久追放と云えば「無期懲役」にも値する処分である。ましてやチーム解散などは、そこに活動する子供たちの現状や将来を考えてのことなのであろうか。指導者に復帰する機会も閉ざされる今回の処理は一考をようする。私たち指導者は懸命に子供たちのことを考えて活動している。しかも未だに無報酬やボランティア活動の範疇の指導者が多い。
また現在の競技指向は「勝こと」により指導者の価値観が決まる側面を持っている。現在は小学生・中学生・高校生のバレー離れが進中で短絡的な」取り組みが目立つバレーボール界に於いて焦る指導者も多くなっている。日本協会も処分よりより良い指導。望まれる指導方法や指針を明確にすべきで事後処理より事前指導が望まれる。
残念ながらスポーツと体罰は古来より指導の一環として刻まれてきている。体罰や言葉の暴力それに精神的苦痛でバレーボールから離れて行った子供たちは多い。叩いても何も言われない指導者を目指した間違った指導者も私を含めて多かった。
日本協会は、今回の事柄を真剣にとらえて、対策を至急に講じる必要がある。潜在する事案を早急に突詰めて善処し、指導者も選手も預ける保護者も安心活動ができるようにすべきであり、形だけの倫理規定より、内容を伴ったものにしないといけない。
昨今の小学生・中学生・高校生指導者の一体取り組み望まれ、小学生指導者が安心して選手を養成できる環境を整えることも必要と思われる。
日本協会や日本小学生連盟も頂点に構えるのではなく、指導者の支えとして活動を展開しないとならない時期にきている。
最近ではテレビ界に主導された運営が目立ち、必要不可欠ではあっても、さらに過激な頂点バレーを目指して過激な指導に陥る指導者も居るのでないか。
今回の彼が永久追放なら日本全国には同様な指導者も多く居られる。
追放され、解散を余儀なくされたチーム。一日も早い社会復帰を望んでいる。
日本協会も、永久追放・チーム解散の定義を明確にすべきである。
適切な処理とは何か、これは地方加盟団体で日本協会が行うべきものではないか。
今後も小学生バレーボール愛する多くの指導者のために日本協会は何をすべきか考える大切な岐路に立っている。
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