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山梨県かいのきた小学生バレーボール ジュニアバレーボールスクール

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山梨県小学生バレーボール連盟事業年表 昭和58
1月19
・常任理事会
2月24
・常任理事会 近県バレーボール勉強会について
3月29日〜31
・近県バレーボール勉強会
4月15
・常任理事会
4月23
・県協会とライオンカップ打合せ
4月25
・常任理事会 ライオンカップと総会事前打合せ
4月30
・総会開催 県スポーツ会館
5月13
・ライオンカップ要項郵送
5月15
・後援依頼状提出
5月21
・代表者打合せ会
5月28
・ブロック大会組合せ
6月5日〜19
・ブロック予選会
626
・ライオンカップ県大会
628
・第3回関ブロスポ少競技別交流会山梨県大会要項発送
76
・常任理事会
710
・第2回関東スポーツ少年団競技別交流大会 予選会第1日目
717
・第2回関東スポーツ少年団競技別交流大会 予選会第2日目
 代表 韮崎 琢美
82日〜4
・第2回関東スポーツ少年団競技別交流大会 関東大会
810
・日米戦バレーボール入場券販売
8月13日〜16
ライオンカップ全国大会 東京
8月28
・朝日生命バレーボール教室 会場長坂
912
・常任理事会
916
さわやか杯YBSと会場側との話し合い
918
・県体育祭
919
・さわやか杯打合せ会
108
・さわやか杯組合せ会議文化会館にて
1013
・アシックスバレーボール教室主催者側との話し合い
11月3日・12
・第6回さわやか杯 長坂にて
1119日・20
・アシックスバレーボール教室 県体
1125
・常任理事会
1218
・中1、小6バレーボール大会
山梨県小学生バレーボール連盟事業年表 昭和57
1月7日 
・県協会へ本年度行事日程表提出
2月14日 
・関東小学生バレーボール連盟第1回会議 会長出席
2月21日 
61年国体選手強化体カテスト
2月26日 
・常任理事会
4月24日 
総会開催 キューバ、日立戦入場券販売
5月   
・県協会主催巡廻バレーボール教室
5月28日 
常任理事会 ライオンカップ要項について
6月5日 
・常任理事会 会長杯組合せについて
6月13日・20日 
・会長杯ジャンピングカーニバル
6月23日 
・常任理事会
6月27日〜
・ライオンカップ各ブロック大会
7月25
・ライオンカップ山梨県大会
8月2日〜4日
・第1回関ブロスポ少競技別交流大会 関東大会
8月13日〜16日 
・ライオンカップ全国小学生大会 東京
9月19
・県体育祭 浅川中・石和中
10月2日
・さわやか杯組合せ会議 文化会館
1017
・第5回さわやか杯小学生バレーボール大会 日川高校他
1019日 
・アシックスバレーボール教室打合せ会
1024日 
・さわやか杯バレーボール大会2日日
1120日〜21
・アシックスバレーボール教室
1219
・県協会主催 中学1年生・小学6年生大会
山梨県小学生バレーボール連盟事業年表 昭和56
3月13
・常任理事会
3月17
・ライオンカップ打合せ会
4月11
・総会開催
・ライオンカップ兼ルール説明会が甲府市教育センターにて開催
4月15
・ライオンカップ会場手配
5月20
・ライオンカップ代表者会議
5月30
・さわやかバレーボール教室が県体育館で聞かれた
6月13
・ライオンカップ会場準備
6月14
・1日目武川、白州
6月21
・2日目武川
7月4日
・常任理事会
7月23
・日米対抗バレーボール女子甲府大会に協力。
8月1日 
・会長杯ジャンピングカーニバル組合せ
8月2日 
・審判研修会
8月14日〜16日 
・会長杯ジャンピングカーニバル大会県体にて開催
8月18日〜20日 
・ライオンカップ全国小学生バレーボール大会東京にて開催
8月22日・23日 
・小学生バレーボール選抜選手強化合宿 白州にて
9月20日 
・県体育祭浅川中、石和中で開催
10月3日 
・さわやか杯組合せ、打合せ会
1013日 
・さわやか杯、YBS会場下見
1014日・25日  
・さわやか杯協力審判員説明会
1018日 
・第4回さわやか杯小学生バレーボール大会開催 竜王町民体他
1030日 
・常任理事会
1122日・23日 
・関東スポーツ少年団大会 栃木県今市市にて
1212日 
・中学1年生と小学6年生バレーボール大会組合せ
1220日 
・中学1年生と小学6年生バレーボール大会 県体、甲工高にて開催
 
全国大会を通して得たもの 塩山フレンド保護者会 会長山本一行
『小連昭和誌』平成3年編集 山梨県小学生バレーボール連盟 
 
 平成2年4月より保護者会長となり、今までは傍観音的立場であったものが、急に会を任され、とまどう日々の連続でした。他のチームの監督や保護者の顔もわからず大変失礼した事や、保護者会の運営もわからず迷惑をかけた事もありました。しかし、この時思った事は、監督と選手と保護者の潤滑油となり、自分のできる事を精一杯やって行こう。そしてできるなら、選手の夢、全国大会に一緒に行ける様、できるだけの事をしてやろうと。
 その日からは仕事も早めに切り上げ、練習会場に駆け付け、選手の仕上がり具合をチェックしては、素人判断をし、監督に「ああでもない」、「こうでもない」と提言しては監督にうるさがられました。また、バレーボールの本を買い込んでの俄か知識で選手にアドバイスし、監督から注意された事もしばしばありました。そんな中で、自分の子供にショッキングな事を言われました。「お父さんは監督じゃないんだからあんまりいろいろ言わないで」とピシャリと言われてしまったのです。自分自身の気負いに気づき、技術的な事は監督にお任せし、それ以外の試合に向けての選手のコンディション作りや、機会ある毎に全国大会の話をし、ムードの盛り上げに努めました。
 全国大会予選では、選手の中に故障者がいたにもかかわらず、監督の指示と選手の動きが良くマッチし、関係者の必死の応援も加わって全国大会出場権を手中にする事ができました。そしてこの時から、監督、選手そして保護者のそれぞれの戦いが始まりました。今まではただ単に、全国大会に出場できれば良い、何か何でも全国大会だと考えていましたが、いざ勝ってみると、山梨県を代表して大会に参加するわけであり、納得の行く試合ができるよう環境を整える必要がありました。技術的な面は監督にお願いしてあるが、その他の応援体制は全く未知のものであり、前年度出場の韮崎チームより資料をお借りし、これを基に何度となく話し合いをし、準備を進めました。
 大きい事業に必要な、人、物、金集めは思ったより大変でした。人と物は、卒団生と保護者の力をお借りし早めに揃いましたが、資金集めは思うように進まず、残された日数も次第に少なくなり、気ばかり焦る日々が続きました。
 しかし、暑い中、一生懸命練習している選手や監督を見ると弱音を吐いている事はできない。保護者が一体となって、何とか選手にがんばってもらおう。選手や監督の汗を見て保護者がその気になったように、保護者の努力を見て、選手もきっと感ずるものがあると信じ、心新たに取り組みました。その甲斐あってか必要なものも全て揃い、全国大会に臨む事ができました。
 戦績は予選を勝ち進み、決勝トーナメント2回戦で敗退、ベスト32位となり、長く苦しくもあり、楽しかった全国大会は終わりました。監督と選手は力の限り戦い、保護者は我を忘れて応援した。そしてこの何ともたとえようのない満足感は、バレーボールをやっている、しかも、全国大会に出場したチームの関係者に強く感じられるものだと思います。
 たしかに、小学生で全国大会まではとか、いろいろな批判もありますが、戦っている選手の目、戦い後の喜びの、くやしさの涙を見るにつけ、何か何でもこの体験を後輩にもさせてやりたいと思いました。
 ワン・フォア・オール、オール・フォア・ワンの塩山フレンドの団旗の基、1人が皆の為に、皆が1人の為に燃焼し、団結の強まった全国大会でした。
貴重な体験を今 白州七星てんとう虫バレーボールクラブ 清水朗子さん
『小連昭和誌』平成3年編集 山梨県小学生バレーボール連盟 
 
 「根性と努力」6年生の時、監督からひとりにひとつずつボールが渡された。そのとき、私がボールに書いた言葉である。
 私が所属していたのは白州七星てんとう虫バレーボールクラブで、その6期生だった。「みんなはひとりのためにひとりはみんなのために」を団訓に、そして「一、小さな愛、−、小さな誠実、一、小さな協力、一、小さな忍耐、一、小さな奉仕、一、小さな親切、一、小さな思いやり」という七つのちかいの下にあった。活動の内容はバレーボールはもちろんのこと、奉仕活動や慰問活動も行っていた。そういったバレーボール以外のことを通じて、言葉や文字では教えてはもらえない貴重な体験をすることが出来たと思う。
 小学校6年間のバレーボール生活の中で一番思い出に残っているのは、6年生としての最後の県大会・さわやか杯である。決勝の相手は貢川だった。第一セット1−8とリードされ、1−9、2−9とかなり辛い試合だった。しかしサーブでもり返し1614で1セットをとり、そのまま2−Oで優勝を勝ち取った。8点差を逆転してのさわやか杯初優勝であり、その喜びは相当なものだった。また、3つの県大会優勝の中でもこの大会の優勝が最も嬉しかった。何故ならば、5期生つまり一年上の先輩がいつも決勝で盾敗していた宿敵山梨を、準決勝で破ることが出来たからである。
 学校の体育の授業で跳び箱もなわ飛びも何ひとつ出来なかった私が決勝のコートに立つまでの道程は、まさに「根性と努力」の連続であったと思う。指導をして下さった先生、またバレーボールをする環境に恵まれ、数多くの好成績を残すことが出来たことは、十年を経た今でも浮かんでくる思い出のひとつとなっている。
 現在は、開会式などの補助をしたり、時々ではあるが監督代理としてベンチに座ったりすることもある。最近、様々な情報の中で、スポーツ少年団とはなにか、その主旨することは一体何であるのかという、肝心なことが失われてきているような気がする。また、小学校卒業後にリーダーとしてスポーツ少年団活動に関わっていくことが可能である、ということが知られていないのも否定できない。山梨県のスポーツ少年団全体に言えるのだか、バレーボールの伜の中でも熟考したいことである。
 私は、今までのスポーツ少年団活動から学んだことを「今」に還元していきたい、そして、指導というより見守り自分も学ぶような気持ちで子供たちに接していきたいと思う。ボールに刻んだ言葉は卒団式と共に消えてしまったのではなく、いつも胸の中にある言葉として残しておきたい。

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