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山梨県小学生バレーボール連盟編集 平成3年『小連昭和誌』募集作文集(4)
「バレーボールと私」八代バレーボールスポーツ少年団 6年飯田さおり

 小学五年生の時から、今まで、バレーを続けてきて、よかったと思った事や、学んだ事が、たくさんありました。特にその中でも、バレーのスポ少に入る前までは、全然諾をしなかった人と、仲良くなれて、休み時間などでときどきバレーなどをして遊ぶようになった事が、バレーのスポ少に入ってよかったなぁと思いました。それに同学年以外の人とも仲良くなれました。
 バレー部のキャプテンになって、学校生活の中でも、責任感が強くなったし、集会委員や班長に、・自分から立候補できるようになって、せっきょく的になりました。
 学んだ事もありました。それは、夏の暑い日などのバレーの、練習中、みんなあせがだらだらで、足を一歩動かすのが、せいいっぱいで、ものすごくつかれていました。それで私は、休もうと思い、先生に言おうと思った時、私の目に大きくうつったものがありました。それは、私以外の、五人の仲間でした。みんな真っ赤な顔をして、本気でがんばっていました。みんなが、こんなに、しんけんになっているとは、気が付きませんでした。私は、反省しなければいけないと、思いました。「私だけが大変なんじゃない」という事を。キャプテンとしても、こんな弱気じゃいけないし、こんなにあまくはないんです。それて私は、人の気持ちをよく考え、せいいっぱい、がんばる事を一つ、学びました。
 五年生のころは、あまりチームのまとまりがよくなかった私達も、六年生になったら、みんなの心が一つにまつまれるようになりました。特に、小学校最後の試合、会長杯の試合。 1試合は負けてしまったけど、2試合目、本当にもう出来ない最後の試合。試合中、私がセッターのポジションの時、向こうからのフェイントを、絶対とってやろうと、無理をして取ろうとした時、足をひねってしまい、すごく痛かったけど、この前学んだ事、「私だけが大変じゃない」し、もう後もどり出来ない。最後の試合と思い、痛くても一生けん命がんばりました。そしてみごと勝ち
ました。ものすごくうれしかった。足は、はれてしまったけど、この足が痛かったから、私はここまでがんばれたんだと思います。小学校生活の中でいい思い出ができました。それに、こんなにやさくし、がんばり屋で、私にいろいろ学ばせてくれた友達と出会えてよかったです。私はもうすぐ中学生。中学校へ行っても、バレーのスポ少へ入って学んだ事をもとにいろいろな事に生かしていき、いくらつらくても、人の気持ちを考え、せいいっぱいがんばります。

山梨県小学生バレーボール連盟編集 平成3年『小連昭和誌』募集作文集(3)
「バレーボールから学んだこと」足和田スポーツ少年団 4年三浦こずえ

 わたしのゆめは、バレーボールのせんしゅになることです。それも、すばらしいせんしゅにね。そのすばらしいといういみは、どんなことにも立ちむかっていくことです。いままでわたしは、ただうまくなればいいと思っていました。でもバレーにはいってだいじなことをまなびました。まず、わたしだけではないということです。それは、練習のときでも、試合のときでも、チームの人と助けあい、がんばっていくということです。次に、あいさつ、声を出すということです。
これはわたしにとって心にのこるようなことです。それは、声を出せば勝つからです。声、あいさつをわすれないでがんばっていきたいです。さいごに、わたしが今思っていることをしょうじきにいいます。今のわたしの心は、バレーのことでいっぱいです。だけど、わたしは思います。もっと自分の心の中をかえたいって。なぜかというと、本当は、バレーのことだけがいっぱいではないと思うからです。すこしは、あそびのことや、友達のことなどが心の中にあると思います。
これからはバレーボールでいままで学んだことをはっきし、自分の心をもっともっとかえていきたいと思います。そのためには、自分だけではないということや、やさしい気持ちになって考えてみなければいけないと思います。いっしょうけんめいがんばっていきたいと思います。また、ほかのチームのいい所をまなんでいきたいです。

山梨県小学生バレーボール連盟編集 平成3年『小連昭和誌』募集作文集(2)
バレーボールと私 昭和少女スポーツ少年団 5年上野由起子

 私が昭和少女スポーツ少年団に入って、二年がたちます。私とバレーボールの出会いは、一枚の入団募集のパンフレットでした。これまで私の通っている西条小学校からはバレーに入団している人はいませんでした。それは、練習がとなりの押原小学校でやっているからです。中には、少女バレーのあることを知らない人もいました。だから、私と友達の純子ちゃんは、西条小学校からは、少女バレーに初めて入る事になりました。学校が終わると私達は急いで押原小学校へ向かいます。歩いて20分くらいかかります。入団した時は、知らない人ばかりで、話をすることもできませんでした。でも先ぱいがやさしい声をかけてくれたり、ちがう学校から来ているので、かんとくさんや、友達がいろいろと気をつかってくれたりして、私たちはすぐにみんなとうちとけました。その時はとてもうれしかったです。でも私は、すぐに障害にぶつかりました。それは、足のいたみです。はげしい運動をすると、足の関節がいたくなるのです。足がいたくなると歩く事もできません。病院へもかよいました。「もう、バレーはできないね」とお母さんにいわれました。
でもわたしは、やめるのはいやでした。せっかくできた友達とはなれるのもいやでした。練習を休んで家にてると、キャプテンの千恵子ちゃんから電話がきました。「由起子ちゃんがんばろうね」はげましの電話です。私はうれしくなりました。バレーは好きだからやめたくない、もし足がいたくてレギュラーになれなくてもいっしょうけんめいがんばろうとその時、思いました。それから足はときどきいたくなります。でもあまり無理をしないようにして、バレーを続けています。二年たってみて、あの時やめなくてよかったと思いました。何より一番うれしかったのは、それまで苦手だった体育が好きになり、ひっこみじあんだった性格が明るく元気になったことです。毎日の練習はきびしいです。かんとくさんは、おこると、とてもこわいです。でも、いっしょうけんめい教えてくれるのでおこられても、がんばろうと思います。
 私と同じ時に、お母さんが、ママさんバレーに入りました。お母さんは、34才になってから、バレーを始めたので、あまり上手ではありません。いまでは、私の方が上手です。「若い時からやっていればよかったよ」といつもお母さんは言います。妹も来年、四年生になって少女バレーに入りたいと言っています。私達家族はバレーボールを通じて、一つの、つながりをもちました。家でよく、バレーの話をします。おたがいにはめたり、注意したりして、楽しい会話をしています。本当にバレーに入ってよかったと思います。これから、苦しい事があっても続けていきたいと思います。

山梨県小学生バレーボール連盟編集 平成3年『小連昭和誌』募集作文集(1)
7番のキャプテン 春日居スポーツ少年団 6年雨宮由香里さん

 私は、今スポーツ少年団のキャプテンとして、じゅうような役をつとめさせてもらっています。私がバレーボールに入ったのは、小学校4年生のときです。そのとき私は、部の中でも1番背が小さかったので、この中でやっていくことができるのかなと不安でした。でも1日目から練習が楽しくて、バレーのある日は朝から、早く夕方にならないかと思うくらいでした。
 でも私は、いつになってもサーブが入らなくて、サーブが入る人をみるとうらやましくて、先ぱい達が向こうのコートから打ってくるとき、アウトになってしまい困ってる人をみると「アウトになるだけの力があるのなら半分その力がほしいよう」と人の力をほしいと思ったこともあります。でも先ぱいや、コーチの指導をうけながらも、いっしょうけんめい練習しました。そして、思いっきり手に力を入れて「入れ」と思って打ったら、ボールがネットをこえました。「やった」と思ったあの時のうれしさは、今になってもわすれられません。そして、四年の後半から、五年生ごろまで、ずっとバックセンターを受けもっていました。
 そんな私が、「五年のキャプテンは由香里だ」とコーチに言われた時、一しゅんおろおろしてしまい、「五年の中で1番チビの私なんかがなぜキャプテンなんだろう。」オーバーハンドも、スパイクも下手なのに」と思いました。パスの時間に、コーチが私と副キャプテンの恵里子さんを呼び、いろいろな話をしてくれました。私達をえらんだわけ、そして、おこられる時は、2人がまっ先におこられること、プレーをミスした友達をはげますこと、などいろいろなことを話しをしてくれ、キャプテンという役が、どんなに大変かわかってきました。キャプテンになって、初めての試合は、朝からきんちょうして、「コーチに教わったことをやればよい」と何度も何度も、心の中でじゅもんのようにとなえていました。体育館へ入った時から、試合中の役わり、など、バレーに入った時の私の心とちがって、自分で一つ一つのつらいかべをつきやぶる勇気が一つ一つの行動から作られるような気がしました。六年生になってから、また、大きな石が背中にのっかったようなえらい仕事がまちかまえていました。練習のときは、進んでネットをはり、みんなに体そうをすすめ、コーチがくるまでの準備をみんなの先頭に立って集合の合図がいつくるかを見たりなど、キャプテンの仕事はたくさんあります。キャプテンなので少しでもみんなの前で、上手なプレーをしたいと思うのに、私は体が小さくて思いっきりジャンプをしてもネットから、指先が少ししか出ないのでブロックが苦手です。私は、「こんどこそ止めてやる」とボールを見ながら、ジャンプしますが、タイミングがあいません。そして、いちばん小さい、私と、2番目に小さい、友達は、いつもできなくて、すぶりばかり練習しました。私は「ようし、この人より
早くできるようになろう。」と思い家でも、天じょうを目やすに、はねる練習をしました。
でも、いつになってもできません。私の背番号は7番でベンチでおうえんするとき何回もあります。でも私はベンチから友達を応えんするしかありません。キャプテンがベンチだとはずかしいけれど私は、キャプテンとして、やれることをやってきました。今思うと、喜び悲しみなど、いろいろありましたが、バレーに入ったからこそこの感動は生まれたのだと思います。

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