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スポーツ指導の基本原則・指導の基本的考え方
資料『スポーツ少年団の指導員のためのテキスト』 財団法人日本体育協会・日本スポーツ少年団
スポーツ少年団は、少年たちのスポーツのクラブであり、しかも地域を基盤とし、学校のような通過集団ではなく、生活集団としてとらえることができる。
もともとクラブは、ある目的を達成しようとして集まった集団を意味しており、クラブヘの参加は各自の自由意志に基づいたものであって、運営や活動はすべて自主的に行なっていこうとする考え方が基本となっている。クラブでは指導者による一方的な指導ではなく、相互に教えあい、相互に教わりあうという補完が基本となり、指導者の立場はクラブの活動のさまざまな助言、自主的活動の助長ということになる。すなわち、指導者は団員の自主的な活動を「助ける」ということになる。
このようなクラブの在り方と、その指導という考え方からいって、スポーツ少年団での指導には次の三つの分野があげられる。
a.技術指導一一運動やスポーツの技能とか競技能力の向上をめざして、団員が練習、学習を行なうことについて、必要かつ適切な指導をする。
b.生活指導一団員ひとりひとりの生活全般、交友、からだの問題など、さまざまな問題について相談相手となり、適切な助言をする。
C.運営指導一団員たちの自主的な団の運営や、役割の分担とその遂行などについて、必要な場合に適切な助言指導をする。
この三つの分野のうち、スポーツの指導は主に技術指導、競技方法の指導が中心となるが、この場合でもできるだけ団員の自主性、自発性を尊重し、すべてに指導者が口を出し、指図をするということは極力避け、必要な要点と、問題点を提起して、団員自身の判断や考察によって行なわせるようにすることが必要であろう。
団員たちが自主的に団を運営し、自ら活動を行なうことに対し、指導者が適切な指導、助言を行なうことによって、団の発展と活動の推進、向上を図るというのが、指導の基本的な考え方といえる。
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スポーツ少年団とは
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間違っているこどもの指導
小学生スポーツ指導のありかた 序章 白州七星バレーボールクラブ 清水三郎
最近の小学生スポーツをみるにつけて、これでいいのかといつも思う。それは子供も指導者も預ける父兄や取り巻く地域もその目的を見失っている感が強い。
元来、子供のスポーツは年代にあった基礎体力をつけ、健全な精神育成にある。こうしたことは種目に係らないことであり、種目特性偏重の体力の付け方は子供の成長にとって大きなマイナスとなる。
また小学生のスポーツ指導は指導者の理念が大きく影響することは誰でも理解できることである。私も現役指導のころよく体罰=暴力で子供自由に扱う指導方法を用いたことがある。それはその子供本位のことではなく、チームがみじめな負け方や、指導が思うように浸透していない腹立たしさから手を出したこともあった。
周囲を見ても実業団・高校・中学の指導者の中にはボールだしよりピンタのほうが多いような指導者もいた。親もなにか言うとレギュラーを外されるので、わが子がみじめに叩かれていても見て見ない振りをする。こうした誤った指導はその目的と目標が高いほど生まれやすいと考えられる。
また組織も「暴力絶対反対」などを組織で訴え、犯したものは永久追放など措置をとっている組織もある。こうした行為は何の解決策にもならない。全国大会などなければ暴力は必然的に少なくなる。目標が小さいほど過激な練習も無くなる。
現在でも偶に試合など見るが、強いチームはあっても、優れた人間づくりに精を出しているチームや組織は少ない。また組織も組織の為の組織や役員の為の組織があまりにも多くうんざりする。子供が主役であるという基本的な考えが方が欠けている感が強い。今後は私の体験や反省を踏まえて様々な指導を論じてみたい。
私が小学生バレーボール指導に携わったのは、昭和40年代の後半、折しも地域は中学生による異性不純交友が大問題になり、地域の子供たちも世間の目にさらされている時期だった。私がバレーボールを始めたのは中学2年生の時、バスケット顧問が他校に移り、バスケット部が廃部となり、途方に暮れていたとき人生の師匠でもある上原喜隆先生の誘いで急きょ男子バレー部が発足した。上原先生は朝鮮師範学校でバレーボールをはじめ、九人制中衛として活躍、神宮大会で活躍校内でも級長を務めた逸材で、赴任先の鳳来中学校で男子バレーボールをはじめて山梨県優勝を成し遂げた。勝利の帰還はオート三輪で凱旋パレードをしたとのこと。上原先生とのことは別稿に譲り、高校生の時も顧問はいたが練習や実践組み立ても生徒が中心で実施した。やがて高校を卒業、家業の製材業を父親のもとで修行のかたわら、卒業した母校の男子バレーボール指導にいった。これが私のバレー指導の始まりである。
私は全日本小学生バレーボール大会には女子男子で数回参加しているが、二度とも監督・コーチを6年生で臨んだことがある。これは私の目指す子供の能力開発の一環で、選手としてだけでなく、限りなく子供の能力を信頼し育成することが私の指導理念であったので、ありとあらゆる場面で子供の活躍の場をつくった。
老人ホームの慰問は劇団七星一座を結成し、冬期間練習した。これは自分の言葉や声をどう人に役立てるかというバレーボールの基本練習にもなった。私のバレーボールは破天荒であった。きっと当時の子供は迷ったと思う。私の練習方法は普通の練習とは全く異にしていた。しかし強かったマナーも抜群であった。私が真面目であれば「グッドマナー賞」も貰えたが、私の為に子供には迷惑かけたと思う。
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小学生スポーツ指導のありかた 序章 白州七星バレーボールクラブ 清水三郎
最近の小学生スポーツをみるにつけて、これでいいのかといつも思う。それは子供も指導者も預ける父兄や取り巻く地域もその目的を見失っている感が強い。
元来、子供のスポーツは年代にあった基礎体力をつけ、健全な精神育成にある。こうしたことは種目に係らないことであり、種目特性偏重の体力の付け方は子供の成長にとって大きなマイナスとなる。
また小学生のスポーツ指導は指導者の理念が大きく影響することは誰でも理解できることである。私も現役指導のころよく体罰=暴力で子供自由に扱う指導方法を用いたことがある。それはその子供本位のことではなく、チームがみじめな負け方や、指導が思うように浸透していない腹立たしさから手を出したこともあった。
周囲を見ても実業団・高校・中学の指導者の中にはボールだしよりピンタのほうが多いような指導者もいた。親もなにか言うとレギュラーを外されるので、わが子がみじめに叩かれていても見て見ない振りをする。こうした誤った指導はその目的と目標が高いほど生まれやすいと考えられる。
また組織も「暴力絶対反対」などを組織で訴え、犯したものは永久追放など措置をとっている組織もある。こうした行為は何の解決策にもならない。全国大会などなければ暴力は必然的に少なくなる。目標が小さいほど過激な練習も無くなる。
現在でも偶に試合など見るが、強いチームはあっても、優れた人間づくりに精を出しているチームや組織は少ない。また組織も組織の為の組織や役員の為の組織があまりにも多くうんざりする。子供が主役であるという基本的な考えが方が欠けている感が強い。今後は私の体験や反省を踏まえて様々な指導を論じてみたい。
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スポーツ指導の基本原則・指導集団としての少年団の特徴
資料『スポーツ少年団の指導員のためのテキスト』 財団法人日本体育協会・日本スポーツ少年団
スポーツ少年団は、スポーツ活動を中心としており、日常活動における指導の内容は、そのスポーツの運動技能の獲得に関するものが主であることはいうまでもない。そして運動技能の習得をめざし練習をしていく過程で、健康、体力の増進を図り、また社会的態度、健康安全に対する態度を育成し、運動に関する知識を習得させていくよう、指導を進めなければならない。
そしてさらに、スポーツ少年団には、学校集団や家族集団にはみられない次に示すような幾つかの特微かあり、そこに多くの教育的効果が期待できるのである。
a.活動に対する団員の欲求の一致……スポーツ活動をしたい、スポーツが上手になりたいという意欲をもった少年たちの集団であり、意欲の面からみた等質集団である。したがって指導の方向性をほぼ一本化でき、指導しやすい集団といえよう。
b.集団構成員の多様性……ひとつのスポーツ少年団にはさまざまな年齢の少年が入っており、学校教育にみられない特微がみられ、むしろ一般の社会集団に類似している。このようなメンバーの構成の多様性は、社会的態度の育成と指導に、最も効果が期待される集団である。
C.生活と結びついた活動……スポーツ少年団活動は、少年たちの生活する地域における活動である。学校のように校区にこだわることもなくヽ地域の少年たちの生活と密接に結びついた活動を行なうことができる。
d.地域住民と繋がった集団……スポーツ少年団では、指導者も団員も同じ地域に住んでいるのが一般の形態であり、そのため活動の場以外でも顔を合わせることが多い。このことによって団員たちが指導者をよく理解することになり、ヽさらには地域の大人への理解へと繋がる。ひとりの少年とひとりの大人との理解が次々と連鎖反応を起こし、その地域の住民全体の相互理解へと進む可能性をもっていて、地域住民と繋がった集団としての特徴をもつことになる。
e.活動の自由性……学校教育は年間のカリキュラムによって教育が行なわれており、ややもすると形式化し不消化になりがちなところもあろう。スポーツ少年団では、年間のカリキュラム、指導計画を進めながらも、少年の成長に応じて変更したり、付け加えたりすることができ、時間にとらわれない自由な活動ができる。
f.グルーピングの自由性……キ旨導の進め方に合わせて、自由にグルーピングをすることができ、また自由にグループの組み変えもできる。
このようにスポーツ少年団には指導集団としての特徴が数多く指摘できるが、この集団の特徴を活かした指導がなされることが重要なのである。
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